機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第31話 崩れる足場

第31話 崩れる足場

西暦2307年――プトレマイオス・ブリッジ

大型モニターに映し出された戦闘記録は、それまでソレスタルビーイングが築いてきた優位が過去のものになりつつあることを、何より雄弁に物語っていた。

赤いGN粒子を放つ量産型モビルスーツ――GN-X。

三大国家群へ供与されたその機体は、単機でガンダムを圧倒するほどの性能を持っているわけではない。それでも従来機とは比較にならない機動性と火力を備え、何より数が揃っている。

映像の中では複数のGN-Xが連携し、スローネ・アインへ射線を集中させていた。

ヨハンは回避しながら反撃するが、一機を狙えば別方向から次が来る。

スローネ・ツヴァイがGNファングを展開するとGN-Xは散開し、互いに援護しながら距離を取った。

その動きには、初めてGNドライヴ搭載機へ乗った兵士のぎこちなさがない。

「……完全に使いこなし始めてるな」

ロックオンが腕を組んだまま呟いた。

「パイロットも各国から選抜された精鋭だ。機体性能が同等に近づけば、練度の差も無視できない」

ティエリアの言葉に、アレルヤが頷く。

「それに数が違いすぎる。三機だけで相手をし続けるのは無理だよ」

少し離れた場所では、絹江がモニターを見ていた。

彼女に与えられた行動範囲は限られている。本来ならブリッジも自由に出入りできる場所ではない。

だが、いま映されている映像の大半は既に各国から公表され、報道でも流れ始めているものだった。

スメラギは短時間という条件で、絹江が同席することを認めていた。

「各国が、ガンダムと同じ技術を手に入れたということですか?」

「同じ、とは言い切れないわ」

スメラギが答える。

「でも少なくとも、これまでのような圧倒的な性能差はなくなった」

絹江の視線がモニターへ戻る。

世界中の軍隊を相手にしても、ガンダムは圧倒的だった。

その前提が崩れた。

「では……ソレスタルビーイングも?」

誰もすぐには答えなかった。

答えたのは刹那だった。

「戦う」

短い言葉だった。

絹江が振り返る。

刹那はモニターから目を逸らさない。

「相手が変わっても、俺たちのすることは変わらない」

「刹那」

スメラギが僅かに声を強める。

「気持ちだけでどうにかなる相手じゃないわ」

「分かっている」

それでも、刹那の表情は変わらなかった。

ロックオンが苦笑する。

「ま、今までみたいに正面から飛び込んで全部片づけるってわけにはいかねえな」

「戦術の全面的な見直しが必要になる」

ティエリアも認める。

ガンダムの性能を前提として成立していた戦術。

それ自体を変えなければならない。

絹江には、その事実を彼らがどう受け止めているのかまでは分からなかった。

恐怖がないはずはない。

それでも、誰も逃げる話をしていない。

「……怖くないんですか?」

口にしてから、少し直接的すぎたかと思った。

だがロックオンは気を悪くした様子もなかった。

「怖くないって言ったら格好はつくんだろうけどな」

苦笑する。

「残念ながら、そこまで出来た人間じゃねえよ」

「それでも戦う?」

「そのためにここにいるからな」

絹江は、それ以上聞かなかった。

その答えの奥にあるものを、彼女は少しだけ知っている。

KPSA。

家族。

そして、テロをなくすためにガンダムへ乗っているという言葉。

記者としてなら、もっと聞きたい。

けれど今は、質問を重ねる場面ではないと思った。

          ◇

地上――王留美の拠点

同じ映像を、レイナスも見ていた。

GN-Xがスローネを追い詰めていく。

機体の動きだけを見れば、やはりよくできている。

機動性。

射撃性能。

推進器の配置。

疑似GNドライヴを前提とした設計。

「……いい機体だな」

「またそれですか」

向かいにいた王留美が呆れたように言った。

「いや、敵になる可能性と機体の評価は別だろ」

「乗りたいのでしょう?」

「そこまで否定すると嘘になる」

レイナスは映像を停止した。

「ただまあ、今はそれよりこっちだな」

画面が切り替わる。

大量の資料。

輸送記録。

企業間取引。

研究施設。

技術者の移動。

それらを数日にわたって洗い続けているが、GN-Xへ直接繋がるものは未だに見つかっていない。

むしろ調べれば調べるほど、不自然さだけが増していた。

これだけの機体を用意するには、金も人間も設備も必要になる。

物を造れば、どこかに痕跡が残る。

それがない。

「随分綺麗に消されていますね」

王留美が言う。

「消したっていうより、最初から表に出る経路を使ってないんじゃないか?」

レイナスは一つの記録を開く。

三大国家群がGN-Xを受領した時期。

その直前まで、各陣営に大量の新型機を開発していた形跡は見当たらない。

「突然湧いて出たように見える」

「実際には、そんなことはあり得ません」

「ああ。だから誰かが前から用意してた」

レイナスは背もたれへ身体を預けた。

「それを一番効く時期に配った」

タクラマカン砂漠でソレスタルビーイングが消耗した。

直後にトリニティが現れた。

そのトリニティが過激な武力介入を繰り返し、世界からガンダムへの反発がさらに強まった。

そして今。

三大国家群へGN-Xが渡った。

結果だけを見れば、あまりにも綺麗だった。

「……出来すぎてるな」

「誰かの計画だと?」

「そこまでは言わないよ」

レイナスは指先で机を軽く叩く。

「結果から逆算して犯人を決めると、大体ろくなことにならない。仕事でもそういう見積もりは後で泣く羽目になる」

「ですが、疑ってはいる」

「疑うのは無料だからな。確定させると責任がついてくる」

王留美が僅かに笑った。

「随分と現実的ですね」

「百年も生きてれば、責任だけは安売りしない方がいいって覚えるよ」

「そういう時だけ年齢を使うのですね」

「使い道の少ない経歴なんだ。たまには働いてもらわないと困る」

王留美が端末へ目を戻す。

その時、新しい情報が表示された。

「レイナス」

声の調子が変わった。

「何か出た?」

「トリニティ側に動きがあります」

          ◇

トリニティ拠点

ネーナは何度目か分からない接続操作を繰り返した。

結果は同じだった。

アクセス拒否。

「なんでよ……」

端末を叩く。

「なんで繋がらないのよ!」

少し離れた場所では、ミハエルが苛立ちを隠そうともせず歩き回っていた。

「もういいだろ! ヴェーダなんかなくても俺たちにはガンダムがある!」

「よくない!」

ネーナが振り返る。

「システムのサポートも受けられないんだよ!」

「だったら自分でやりゃいい!」

「できるならやってる!」

「二人ともやめろ」

ヨハンの低い声が飛ぶ。

それでも以前のような余裕はなかった。

彼自身、何度もヴェーダへのアクセスを試みている。

すべて拒絶された。

さらに問題なのは、それだけではない。

「ラグナは?」

ミハエルが聞く。

ヨハンは答えず、通信回線を開いた。

呼び出し。

応答なし。

別の回線。

それでも応答はない。

「ラグナ・ハーヴェイ。応答してください」

沈黙。

ネーナの表情から、少しずつ苛立ちが消えていく。

代わりに不安が浮かんだ。

「……ヨハン兄」

ヨハンは答えない。

もう一度呼び出す。

返事はなかった。

GN-Xが現れた。

ヴェーダへのアクセスを失った。

そして、自分たちを支援していたラグナとも連絡が取れない。

偶然と考えるには、あまりにも多すぎた。

ヨハンは通信を切った。

「ここを移動する」

ミハエルが振り返る。

「は?」

「この拠点も安全とは限らない」

「誰が来るってんだよ」

「分からない」

ヨハンは立ち上がる。

「だから移動する」

ネーナも兄を見る。

「ラグナは?」

「別の方法で確認する」

「でも――」

「ネーナ」

ヨハンの声に、ネーナが黙った。

「今までと状況が違う」

それだけは、三人とも理解していた。

自分たちは狩る側だった。

圧倒的な性能を持つガンダムで戦場へ現れ、目的を達成して去る。

追いつける者はいなかった。

だが今は違う。

追ってくる者がいる。

しかも、自分たちと同じGN粒子を纏って。

          ◇

プトレマイオス・居住区

ブリッジから戻った絹江は、通路の窓越しに地球を見ていた。

青い星が静かに浮かんでいる。

そのどこかに沙慈がいる。

ルイスもいる。

自分が無事だという最低限の連絡は送った。

だが、それ以上は伝えられない。

背後から足音がした。

「眠れねえのか?」

ロックオンだった。

「まだ寝る時間ではないでしょう?」

「そうだったな」

隣へ立つ。

二人で地球を見る。

「弟が気になるか?」

「……ええ」

絹江は隠さなかった。

「こんな場所にいるなんて、もちろん言えませんから」

「言ったところで信じねえんじゃねえか?」

「姉がソレスタルビーイングの宇宙船にいる、ですからね」

「俺なら悪い冗談だと思うな」

絹江が小さく笑う。

その後、少し沈黙が続いた。

「ロックオン」

「ん?」

「あなたは、帰りたい場所はあるんですか?」

ロックオンの目が僅かに動いた。

絹江はすぐに付け加える。

「答えたくなければ、構いません」

「……記者にしちゃ引きが早いな」

「前にも言ったでしょう。何でも聞き出せばいいわけじゃありません」

「そうだったな」

ロックオンは地球を見る。

「昔はあったよ」

それだけだった。

絹江も、それ以上は聞かなかった。

「絹江」

「はい?」

「サーシェスのことだけどな」

空気が変わる。

「もう追うな、とは言わねえ」

絹江が意外そうに見る。

「止めると思っていました」

「止めてもやるだろ?」

「ええ」

即答だった。

ロックオンが苦笑する。

「やっぱりな」

「あなたも同じでしょう?」

「何が?」

「サーシェスが見つかったら、放っておくんですか?」

ロックオンは答えなかった。

その沈黙だけで十分だった。

「私には危険だから追うなと言って、自分は追うんですか?」

「俺はガンダムマイスターだ」

「理由になってません」

「なるんだよ」

「なってません」

視線がぶつかる。

先に折れたのはロックオンだった。

「……頑固だな、あんた」

「あなたに言われたくありません」

思わず、ロックオンが笑った。

「違いねえ」

二人の視線が再び地球へ向く。

しばらくして、ロックオンが言った。

「追うなら、一人で追うな」

絹江が横を見る。

「何か掴んだら、まず俺たちに話せ」

「取材源まで?」

「そこは記者さんの流儀に任せる。ただ、サーシェス本人へ一人で会いに行くのだけはやめろ」

今度は絹江が少し考えた。

「分かりました」

「素直じゃねえか」

「条件があります」

「……聞くだけ聞こう」

「あなたも、一人で追わないでください」

ロックオンの表情が止まる。

「俺も?」

「公平でしょう?」

「参ったな」

ロックオンは頭を掻いた。

「契約ってのは、結ぶ前に条件を確認しとかねえと高くつくんだな」

「それ、レイナスさんみたいですよ」

「……あいつの悪影響か?」

絹江が笑った。

ロックオンも苦笑する。

だが、その約束に答える前に、館内通信が鳴った。

『ロックオン、ブリッジへ』

スメラギの声だった。

「了解」

ロックオンは壁から離れる。

「続きは後だな」

「逃げました?」

「仕事だよ」

そう言って歩き出し、数歩進んでから振り返った。

「一人で追うなよ」

絹江も彼を見る。

「そちらも」

ロックオンは返事をしなかった。

ただ片手を上げ、そのまま通路の向こうへ消えた。

          ◇

地上――ラグナ・ハーヴェイ邸

静まり返った室内に、足音が響く。

豪奢な調度品の並ぶ部屋。

その奥で、ラグナ・ハーヴェイは椅子に座っていた。

正面に立つ男を見上げる。

アリー・アル・サーシェス。

その顔には、路地裏で絹江へ銃口を向けた時と変わらない、薄い笑みが浮かんでいた。

「話が違う……」

ラグナの声が震える。

サーシェスは気にした様子もない。

「世の中、契約通りに全部進んだら戦争屋なんざ商売上がったりだ」

「貴様……何をするつもりだ」

「俺か?」

サーシェスは笑みを深めた。

「仕事だよ」

その手が、ゆっくりと武器へ伸びた。

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