第35話 チームトリニティ
西暦2307年――トリニティ拠点・上空
スローネツヴァイが加速した。
赤いGN粒子を引きながら、一直線にアインへ迫る。
ヨハンは退かなかった。
「サーシェス!」
GNランチャーを構え、照準をツヴァイへ重ねる。
躊躇なく引き金を引いた。
赤い光条が空を貫く。
ツヴァイは直前で軌道を変えた。機体を横へ滑らせるように射線を外し、そのまま速度を落とさずアインとの距離を詰める。
『狙いは悪くねえ!』
サーシェスの声には余裕があった。
『だがな――素直すぎるんだよ!』
GNバスターソードが振り下ろされる。
アインが腕部で受け止めた。
激突。
装甲が軋み、コクピット全体が激しく揺れる。
「ぐっ……!」
ヨハンは機体出力を上げて押し返そうとする。
だがサーシェスは正面から力比べを続けなかった。
一瞬だけ力を抜く。
アインの姿勢が前へ崩れる。
そこへツヴァイが回り込み、バスターソードを薙いだ。
「何っ!?」
警報。
ヨハンは反射的に機体を旋回させる。
刃がアインの肩部を切り裂いた。
装甲片が赤いGN粒子の中へ散っていく。
『ヨハン兄!』
ネーナの声。
ドライから放たれたビームがツヴァイとの間を横切り、サーシェスを引き離す。
「ネーナ、逃げろ!」
『嫌だ!』
「命令だ!」
『嫌だって言ってるでしょ!』
ドライがさらに接近する。
『ミハ兄が死んで、ヨハン兄まで置いていけるわけないじゃん!』
ヨハンの言葉が止まった。
ミハエルの姿が脳裏をよぎる。
いつも勝手に前へ出る弟。
その後ろで好き放題に振る舞う妹。
二人をまとめるのは、いつも自分だった。
三人で一つ。
そう思っていた。
だからこそ。
「……ネーナ」
『何?』
「お前は生きろ」
『ヨハン兄?』
ヨハンは操縦桿を倒した。
アインがツヴァイへ向かう。
「俺が奴を止める」
『だったら私も――』
「駄目だ!」
珍しいほど強い声だった。
ネーナが黙る。
「ミハエルはもういない」
ヨハンはツヴァイだけを見据える。
「俺まで戻れなかったら、お前だけでも生きろ」
『そんなの……』
「行け、ネーナ!」
アインが加速した。
◇
スローネツヴァイ・コクピット
「兄妹愛か」
迫ってくるアインを見ながら、サーシェスは楽しそうに笑った。
「戦場らしくなってきたじゃねえか!」
アインからビームが連続して放たれる。
ツヴァイが回避。
次弾。
さらに次弾。
ヨハンは射線をずらしながら、ツヴァイの逃げ道を限定していく。
ただ怒りに任せて撃っているわけではない。
サーシェスもそれには気づいた。
「なるほど。兄貴の方は頭も回るか!」
アインが突進する。
至近距離。
射撃ではない。
機体そのものを叩きつける勢いでツヴァイへ組みついた。
二機がもつれながら高度を落としていく。
「貴様だけは……!」
アインの手がツヴァイの腕を掴む。
ヨハンは残った武装を至近距離で向けた。
「ここで落とす!」
だが。
「甘ぇんだよ!」
GNファングが射出された。
距離はほとんどない。
回避する空間もない。
一基がアインの背部へ突き刺さる。
もう一基。
さらに一基。
機体内部で爆発が連続した。
「ぐあっ!」
コクピットの照明が明滅する。
アインの力が抜けた。
ツヴァイが拘束から脱する。
『ヨハン兄!』
ネーナの叫び。
サーシェスは距離を取らなかった。
GNバスターソードを構える。
「じゃあな、兄貴」
ヨハンのモニターいっぱいにツヴァイが映る。
その向こうに、ドライが見えた。
「ネーナ……」
最後に妹の名を呼ぶ。
「生きろ」
バスターソードがアインを貫いた。
◇
スローネドライ・コクピット
「――ヨハン兄?」
アインの動きが止まった。
一瞬遅れて、機体中央から光が漏れる。
「ヨハン兄!」
爆発。
スローネアインが炎に包まれた。
ネーナは叫んだ。
「ヨハン兄ぃぃぃぃっ!!」
炎の中からツヴァイが現れる。
ミハエルの機体。
その中にいる男がミハエルを殺した。
ヨハンも殺した。
二人とも。
ほんの少し前まで、そこにいた。
『逃げろ』
ヨハンに言われた。
『生きろ』
最後までそう言われた。
それでも。
ネーナは操縦桿を倒した。
スローネドライが反転する。
逃走方向ではない。
ツヴァイへ向かって。
「ふざけんな……」
涙で視界が滲む。
「ふざけんなぁぁぁっ!」
ドライの砲門が一斉に火を噴いた。
◇
スローネツヴァイ・コクピット
「来るか」
サーシェスの笑みが深くなる。
「そうこなくっちゃな!」
ツヴァイが加速する。
ドライのビームが周囲を駆け抜ける。
一発。
二発。
サーシェスは機体を滑らせるように避けた。
ネーナの射撃には、ヨハンのような冷静さがない。
照準も軌道も荒い。
怒りと悲しみのまま、目の前の敵へ火力を叩き込んでいるだけだった。
だが、その分だけ躊躇もなかった。
「死ね!」
ドライが突っ込む。
「お前が死ねぇぇぇっ!」
至近距離から撃つ。
ツヴァイの装甲をビームが掠めた。
サーシェスの表情から、一瞬だけ笑みが消える。
「危ねえな!」
バスターソードが振るわれる。
ネーナはドライを急上昇させた。
刃が脚部装甲を削る。
警報が鳴る。
それでも止まらない。
「返せ!」
『あ?』
「ミハ兄のガンダムを返せ!」
「そりゃ無理だ」
ツヴァイが追う。
「もう俺のだ!」
「お前のじゃない!」
ドライが反転。
砲撃。
ツヴァイが回避する。
その瞬間、ネーナはさらに距離を詰めた。
「ミハ兄を返せ!」
撃つ。
「ヨハン兄を返せ!」
撃つ。
「返せぇぇぇっ!」
サーシェスは笑わなかった。
激情に任せた攻撃。
技量では自分に及ばない。
だが、死ぬことすら考えていない人間の攻撃は、それなりに面倒だった。
「ったく!」
GNファングを射出する。
ネーナは避けない。
一基を撃ち落とす。
二基目がドライの肩を貫いた。
機体が揺れる。
「まだぁっ!」
三基目。
脚部を破壊。
それでもドライは前へ出る。
サーシェスが舌打ちした。
「しつけえんだよ!」
ツヴァイが正面から突っ込んだ。
ネーナも退かない。
二機が交錯する。
GNバスターソードが、ドライの胴体を深く切り裂いた。
「――っ!」
コクピットに火花が散る。
警報音が途切れた。
モニターの半分が暗転する。
ドライが高度を失い始めた。
それでもネーナは操縦桿を握っていた。
「ミハ……兄……」
力が入らない。
「ヨハン……兄……」
視界の端に、ツヴァイが映る。
最後まで。
憎い男が乗った、兄のガンダム。
ネーナは震える手を武器のトリガーへ伸ばした。
「……ばか……」
何に向けた言葉だったのか。
兄たちへか。
自分へか。
目の前の男へか。
もう分からなかった。
サーシェスはドライへ照準を合わせる。
「終わりだ」
ツヴァイが撃った。
赤い光がドライを貫く。
次の瞬間。
スローネドライが爆発した。
炎が空へ膨れ上がり、赤いGN粒子を飲み込んでいく。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
フェルトは観測情報を見つめていた。
一つ。
そして、もう一つ。
表示されていたGN粒子反応が消えていく。
「アイン……反応消失」
声が小さくなる。
数秒後。
「ドライも……消失しました」
ブリッジが静まり返った。
スメラギは目を閉じる。
ロックオンは何も言わなかった。
アレルヤも俯く。
ティエリアですら、ヴェーダの異常から一瞬だけ視線を離した。
刹那は、ただ一つ残った反応を見ていた。
スローネツヴァイ。
搭乗者。
アリー・アル・サーシェス。
「三人とも……」
アレルヤが呟く。
ロックオンが低い声で続けた。
「死んだか」
ネーナがしたことは消えない。
結婚式場を襲い、何の関係もない人間を殺した。
自分たちとは決別していた。
それでも。
その事実と、今ここで三人が殺されたことは別だった。
刹那の視線はツヴァイの反応から動かない。
「サーシェス」
その名を口にする声に、怒りが滲んでいた。
「俺が戦う」
スメラギが刹那を見る。
「刹那」
「奴はまた来る」
確信していた。
サーシェスという男は戦場から離れない。
まして、ガンダムまで手に入れた。
「その時は俺が戦う」
ロックオンも否定しなかった。
彼もまた、同じ男を追う理由を持っている。
だが、今はそれどころではなかった。
「スメラギさん!」
クリスが声を上げる。
「ヴェーダへのアクセス権限、さらに失われています!」
スメラギが即座に振り返った。
「独立系への移行を続けて!」
「了解!」
トリニティが消えた。
そして同じ時刻。
ソレスタルビーイングの根幹まで、何者かに奪われようとしている。
◇
地上・移動車両
レイナスの端末へ戦闘結果が届いた。
スローネアイン――反応消失。
スローネドライ――反応消失。
スローネツヴァイ――アリー・アル・サーシェスが奪取。
三人。
全員死亡。
レイナスはしばらく画面を見ていた。
深く付き合ったわけではない。
特にネーナについては、彼女が何をしたか知っている。
好意的に見る理由もない。
それでも。
「……全滅か」
口から出たのは、それだけだった。
王留美から通信が入る。
『戦闘は終了しました』
「ああ」
『サーシェスはツヴァイで戦域を離脱しています』
レイナスは位置情報を確認した。
すでに追いつける距離ではない。
「追跡できる範囲でいい。行き先を拾ってください」
『分かりました』
レイナスは戦闘記録へ目を戻す。
ミハエル。
ヨハン。
ネーナ。
彼らを信用していたわけではない。
仲間と呼ぶほど近くもなかった。
最後まで、その距離は縮まらなかった。
「気に入らない相手だったからって、殺されて当然になるわけでもないだろ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
そして、ツヴァイの識別情報を見る。
前とは違う。
サーシェスの名前を知った。
顔も知った。
行動も知った。
今は乗っている機体まで分かっている。
「随分目立つ足を手に入れたな」
『レイナス?』
「いや」
シートへ身体を預ける。
「今度は見失いにくそうだと思っただけだ」
一度逃した。
二度目も結果的に間に合わなかった。
だが、それで判断が変わることはない。
「次に会ったら止める」
静かな声だった。
「今度は逃がさない」
車両はそのまま夜の道路を走り続けた。
その頃には、チームトリニティと呼ばれた三人のGN粒子反応は、世界のどこにも残っていなかった。