機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第37話 残る理由

第37話 残る理由

西暦2307年――宇宙・プトレマイオス

レイナスが帰還してから数時間。

ヴェーダを失ったプトレマイオスでは、各システムの独立運用への移行が続いていた。

ガンダムは動く。

艦も動く。

通信もできる。

だが、それは以前と同じ状態を意味しない。

これまでヴェーダが担っていた情報支援の多くを、自分たちで補わなければならなくなった。

そして何より。

ヴェーダそのものを奪った何者かがいる。

その事実は、この艦の位置や情報が今後も秘匿され続ける保証がなくなったことを意味していた。

スメラギは居住区画の一室を訪れていた。

向かいに座るのは絹江・クロスロード。

「先に結論から言うわ」

スメラギは普段より少し硬い声で切り出した。

「この艦から降りることを提案します」

絹江は驚いた様子を見せたものの、すぐには答えなかった。

「……理由を聞いても?」

「もちろん」

スメラギは端末をテーブルへ置く。

「あなたをここへ移したのは、地上にいるよりプトレマイオスの方が安全だと判断したから。でも、その前提が崩れた」

「ヴェーダですね」

「ええ」

スメラギが頷く。

「何者かにヴェーダを掌握された。どこまで情報が漏れているかも分からない」

プトレマイオスの現在位置。

クルーの情報。

運用状況。

どこまで相手に把握されているのか。

それすら断定できない。

「それに三大国家群――今は事実上の国連軍ね。彼らにはGN-Xがある」

これまでなら、ガンダム四機という戦力そのものが大きな防壁だった。

だがGN-Xの登場によって、その優位は失われつつある。

「ここも戦場になる可能性が高い」

「だから、降りた方がいいと?」

「少なくとも、その選択肢は改めて提示しておくべきだと思ってる」

スメラギは絹江を真っ直ぐ見る。

「安全な地上拠点を用意する。王留美にも協力してもらえる。もちろん、あなたがソレスタルビーイングと接触したことが外部へ漏れないよう最大限配慮するわ」

「弟との連絡は?」

「今までと同じ。安全を確認した上でなら可能よ」

そこまで説明して、スメラギは言葉を切った。

「無理に残ってもらう理由はない」

絹江は黙っていた。

視線を落とす。

地上へ戻る。

本来なら、それが普通なのだろう。

自分は兵士ではない。

ソレスタルビーイングの構成員でもない。

戦闘能力もない。

この艦が攻撃されれば、自分にできることなどほとんどない。

そして――死ねば取材も何もない。

そこまで考えた上で、絹江は顔を上げた。

「残ります」

スメラギの眉が僅かに動く。

「理由を聞いてもいい?」

「地上へ降りれば安全だとは、もう思えません」

絹江は静かに答えた。

「私は一度、サーシェスに殺されかけています。彼が私を狙った理由も、まだ完全には分かっていません」

ラグナ・ハーヴェイは殺された。

チームトリニティも全滅した。

そしてヴェーダまで奪われた。

何かが動いている。

その中心に近づいた人間が、次々と消えている。

「安全な場所を用意していただいても、そこが本当に安全なのか、今の状況では誰にも保証できません」

スメラギは否定しなかった。

「それに」

絹江は少し間を置いた。

「私は記者です」

スメラギが彼女を見る。

「ここで何が起きているのか知りたい」

「記事にできる保証はないわよ」

「分かっています」

「知ったことを外へ出すことも許可できないかもしれない」

「それも分かっています」

「それでも?」

「はい」

迷いはなかった。

「私はソレスタルビーイングに賛同したわけではありません。武力介入が正しいとも、今は思っていません」

そこは明確にする。

保護されたから。

助けられたから。

それだけで立場を変えるつもりはない。

「でも、外から調べていた時には見えなかったものが、ここにはあります」

若いクルー。

ガンダムマイスター。

戦争根絶を掲げながら、自分たち自身も戦争の中へ沈んでいく人々。

そして彼らすら知らないところで動いている何者か。

「ここまで見て、何も知らなかったことにして地上へ戻ることはできません」

スメラギはしばらく絹江を見ていた。

やがて、小さく息を吐く。

「レイナスが止めなかった理由が少し分かった気がする」

「え?」

「こっちの話」

スメラギは立ち上がった。

「分かったわ。ただし条件は変わらない。戦闘時は必ず指定区画へ避難。勝手な移動は禁止。外部通信もこちらで管理する」

「分かりました」

「それと」

スメラギは扉の前で振り返る。

「残ると決めた以上、今まで以上に危険になる可能性は覚悟して」

絹江は頷いた。

「はい」

扉が閉じる。

一人になった絹江は、しばらく動かなかった。

自分で選んだ。

保護されているからではない。

誰かに命じられたからでもない。

自分の意思で、この船に残る。

          ◇

プトレマイオス・展望区画

「残るんだって?」

背後から聞こえた声に、絹江は振り返った。

ロックオンがいた。

壁へ軽く背を預け、こちらを見ている。

「もう聞いたんですか?」

「スメラギさんからな」

絹江は窓の外へ視線を戻した。

地球が遠くに浮かんでいる。

「反対ですか?」

「そりゃまあ」

即答だった。

絹江が振り返る。

ロックオンは困ったように笑った。

「ここは観光船じゃない。次にいつ撃たれるか分からない船だ」

「それはスメラギさんからも聞きました」

「なら話が早い。地上へ降りた方がいい」

「嫌です」

「即答かよ」

「あなたも降りないでしょう?」

ロックオンが黙る。

絹江は彼へ身体を向けた。

「私には危険だから降りろと言って、自分は残るんですか?」

「俺はガンダムマイスターだからな」

「理由になってません」

「なるんだよ」

「なってません」

しばらく睨み合う。

先に視線を逸らしたのはロックオンだった。

「……頑固だな、あんた」

「あなたに言われたくありません」

「俺は仕事だ」

「私も仕事です」

「記者とガンダムマイスターを同列にするなよ」

「危険なところへ自分から行くという意味では、似たようなものでは?」

「一緒にされたら全国の記者が困るぞ」

「では、ロックオンさんだけの問題にしておきます」

「なんで俺だけなんだよ」

絹江の口元が僅かに緩む。

ロックオンも諦めたように息を吐いた。

「レイナスも止めなかったのか?」

「一人で動くなとは言われました」

「あいつ……」

「止めても調べるだろう、と」

「そこは正しいな」

「ロックオンさんまで」

少しだけ空気が柔らかくなる。

だがロックオンの表情はすぐに戻った。

「サーシェスを追うつもりか?」

絹江は否定しなかった。

「調べるつもりです」

「一人で?」

「しません」

「本当に?」

「皆さん、私を何だと思ってるんですか」

「一回殺されかけても調査をやめない記者」

絹江が目を細めた。

「レイナスさんにも同じことを言われました」

「だろうな」

ロックオンが笑う。

「でも、約束は守ります」

「約束?」

「一人では追わない」

絹江はロックオンを見る。

「あなたもですよ」

笑みが消えた。

「俺も?」

「以前、話しましたよね」

サーシェス。

KPSA。

ロックオンの家族を奪ったテロ。

彼がソレスタルビーイングにいる理由の一つ。

「私には危険だから一人で追うなと言って、自分だけ追うのはなしです」

ロックオンは窓の外を見る。

「……覚えてたか」

「記者ですから」

「便利な言葉だな、それ」

「そうですか?」

「都合が悪くなると大体それで返してくる」

絹江は少し笑った。

しばらく二人で地球を見る。

やがてロックオンが口を開いた。

「俺はさ」

絹江が横を見る。

「サーシェスみたいな奴をなくすために、ここにいる」

声は穏やかだった。

「KPSAみたいな連中も。ああいう連中が生まれる戦争も」

絹江は黙って聞く。

「だから、あいつが出てきたら戦う」

「復讐ではなく?」

ロックオンはすぐには答えなかった。

「……そう言い切れたら格好いいんだけどな」

苦笑する。

「家族を殺した連中に繋がってる男だ。何も思わないって言ったら嘘になる」

「そうですか」

「否定しないのか?」

「何をです?」

「復讐は良くないとか」

絹江は少し考えた。

「私は、家族を殺された経験がありません」

ロックオンを見る。

「だから、その感情を分かったつもりで否定するのは違うと思います」

ロックオンは何も言わなかった。

「でも」

絹江は続ける。

「死なないでください」

「……」

「あなたまで一人でサーシェスを追って死んだら、私は怒ります」

「怖いな」

「本気です」

「分かったよ」

ロックオンは両手を軽く上げた。

「一人では追わない」

「約束ですよ」

「ああ」

短い返事。

その時だった。

艦内に警報が響いた。

二人が同時に顔を上げる。

直後、艦内放送が流れた。

『全クルー、第一種戦闘配置!』

スメラギの声。

『国連軍艦隊を確認! GN-X多数!』

ロックオンの表情が一変した。

先ほどまで絹江と話していた男が、一瞬でガンダムマイスターへ切り替わる。

「来やがったか」

通路へ向かう。

絹江も動こうとするが、ロックオンが振り返った。

「指定区画へ!」

「分かっています!」

「絶対出るなよ!」

「ロックオンさん!」

足が止まる。

絹江は彼を見る。

言いたいことは一つだった。

「さっきの約束、忘れないでください」

ロックオンは一瞬だけ目を細めた。

「ああ」

そして走り出す。

「行ってくる」

          ◇

プトレマイオス・ブリッジ

メインモニターに光点が増えていく。

一つや二つではない。

国連軍艦艇。

そして、その周囲を展開するGN-X。

「数、増えます!」

クリスの声が響く。

「敵MS部隊、こちらへ進路を固定!」

スメラギは表示された戦力を睨む。

ヴェーダを失った直後。

独立運用への移行も完全には終わっていない。

そのタイミングで、この規模の攻撃。

「偶然じゃないわね……」

フェルトが敵の進路を確認する。

「完全にこちらの位置を把握しています」

「やっぱりヴェーダから……」

クリスが呟く。

断定はできない。

だが疑うには十分だった。

ブリッジの扉が開く。

レイナスが入ってくる。

「状況は?」

「国連軍よ」

スメラギが答える。

「GN-Xを含む大部隊。まっすぐこっちへ来てる」

レイナスはモニターを見る。

大量の敵影。

そして格納庫には四機のガンダム。

自分用の機体は――ない。

「……よりによって帰ってきた日にこれか」

ロックオンたちも格納庫へ向かっている。

スメラギが指示を飛ばす。

「ガンダム四機、出撃準備!」

「了解!」

レイナスは敵影を眺めたまま尋ねる。

「俺は?」

スメラギが振り返る。

「待機」

「だよな」

「生身で宇宙に出るとか言わないでよ」

「言わないよ」

即答だった。

スメラギが僅かに意外そうな顔をする。

レイナスは肩をすくめた。

「できるのと、やる意味があるのは別だろ。酸素まで抱えてGN-Xの群れに突っ込む趣味はない」

「ならよかった」

「ただ」

モニターの敵影がさらに増える。

レイナスの目が細くなった。

「ここまで来られたら話は別だ」

プトレマイオスの防衛線を抜かれれば、艦内には戦えない人間もいる。

絹江もいる。

その時まで待つだけだ。

「船に取りつかれた奴は俺がやる」

スメラギは一瞬だけレイナスを見る。

「あてにするわ」

「ああ」

警報が鳴り続ける。

格納庫では四機のガンダムが順次起動していく。

ヴェーダを失った状態での、初めての大規模戦闘。

国連軍のGN-X部隊が迫る。

プトレマイオスと敵艦隊の距離は、急速に縮まり始めていた。

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