第38話 TRANS-AM
西暦2307年――宇宙・プトレマイオス周辺宙域
暗い宇宙を、無数の赤い光が横切った。
GN-X部隊。
これまでソレスタルビーイングだけが圧倒的な優位を持っていたGN粒子技術を、今や国連軍も手にしている。
その数は一機や二機ではない。
「エクシア、刹那・F・セイエイ――出る」
『デュナメス、ロックオン・ストラトス。狙い撃つぜ!』
『キュリオス、アレルヤ・ハプティズム。出る!』
『ヴァーチェ、ティエリア・アーデ。出撃する』
四機のガンダムが次々とプトレマイオスを離れた。
迎え撃つようにGN-X部隊が散開する。
直後。
戦場が赤い光で埋まった。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「敵MS、十八!」
フェルトの報告に、スメラギが眉を寄せる。
「後続は?」
「さらに接近中!」
「まだ増えるの……!」
クリスが敵艦隊のデータを表示する。
四機対十八機。
単純な数だけでも厳しい。
しかも相手は従来の量産機ではない。
GN-X。
擬似GNドライヴを搭載し、ガンダムへ対抗できる性能を持つ機体。
メインモニターではエクシアが一機と斬り結んでいた。
GNソードとGNビームサーベルがぶつかる。
以前の敵なら、それだけで押し切れた。
だがGN-Xは食らいついてくる。
別方向から二機目。
さらに三機目。
『刹那、右だ!』
ロックオンの射撃。
エクシアを狙っていたGN-Xが回避する。
その隙に刹那が一機を蹴り飛ばした。
「数が多すぎる……」
リヒティが呟く。
レイナスはブリッジ後方から戦況を見ていた。
腕を組み、何も言わない。
戦える。
四人とも十分に強い。
だが相手も、もう一方的に倒されるだけの機体ではない。
しかも数で押してくる。
「……嫌な商売するな」
スメラギが振り返る。
「何?」
「同じくらいの性能まで持ってきて、あとは数で殴る。正しいけど、相手にすると一番面倒だ」
「感心してる場合?」
「してない。困ってる」
その時。
艦が揺れた。
「っ!」
レイナスが壁へ手をつく。
フェルトが叫ぶ。
「敵機一機、防衛線を突破!」
「進路は!?」
「プトレマイオス!」
モニターが切り替わる。
一機のGN-Xがガンダム四機の隙間を抜け、こちらへ急接近していた。
「迎撃!」
艦の火器が動く。
ビームが放たれる。
GN-Xが回避。
一発。
二発。
機体を翻しながらプトレマイオスへ迫る。
レイナスがモニターを見る。
距離。
速度。
進路。
そして、格納庫付近の構造。
「スメラギ」
「何?」
「格納庫、開けられる?」
「……何する気?」
「欲しかったんだよ、あれ」
スメラギがレイナスを見る。
「まさか」
「向こうから来てくれるなら、輸送費もかからない」
「レイナス!」
「冗談は半分だ」
残り半分は本気だった。
レイナスはすでにブリッジの出口へ向かっている。
「取りつかれたら俺がやるって言っただろ」
扉が閉まった。
スメラギは額へ手を当てる。
「……嫌な予感しかしない」
◇
プトレマイオス・格納庫
警報灯が赤く明滅する。
レイナスは格納庫へ入ると、宇宙服ではなく最低限の呼吸装備だけを手に取った。
整備員が目を剥く。
「レイナス!?」
「外扉を開ける。全員、退避してくれ!」
「何する気だ!」
「現地調達!」
「はぁ!?」
説明している時間はない。
格納庫内の人員が退避する。
隔壁閉鎖。
減圧開始。
レイナスは呼吸装備を固定しながら、外部映像を見る。
GN-Xが接近している。
艦へ直接攻撃するつもりだ。
「……いい機体なんだけどな」
青白い光が、レイナスの身体を包み始める。
《アニマ》。
皮膚。
筋肉。
骨格。
全身を強化する。
さらに身体の周囲へ薄い膜のように展開し、残された空気ごと包み込む。
格納庫外扉が開いた。
空気が宇宙へ吸い出される。
レイナスは床を蹴った。
青白い光が、宇宙へ飛び出す。
◇
国連軍・GN-X
「人間!?」
パイロットが目を疑った。
プトレマイオスから何かが飛び出した。
MSではない。
人間。
青白く発光する人間が、宇宙空間をこちらへ向かってくる。
「例の未確認戦闘員か!」
情報は共有されていた。
ガンダムとは別に確認されている異常戦力。
生身でMSと交戦する男。
だが。
知識として聞くのと、実際に見るのは違う。
「ふざけるな!」
GN-Xがライフルを向ける。
レイナスは射線を見た。
発射。
青白い光が軌道を変える。
ビームが横を抜ける。
二射目。
今度はバリア。
光が衝突し、青白い障壁の表面を弾ける。
「なっ――」
その一瞬で十分だった。
レイナスがGN-Xへ到達する。
装甲へ着地。
右手を機体へ触れる。
「悪いな」
アニマが腕へ集中した。
「降りてもらう」
衝撃。
コクピット周辺だけを狙い、装甲を歪ませる。
GN-Xが激しく振り回される。
パイロットが機体を回転させようとするが、レイナスは装甲を掴んだまま離れない。
「くそっ!」
GN-Xが腕を伸ばす。
レイナスはそれを蹴った。
MSの腕が大きく弾かれる。
「相変わらず、この絵面だけ見ると俺が悪役だな」
返事はない。
当然だった。
レイナスはコクピットハッチへ手を掛ける。
アニマで一時的に指先と接触部を強化。
力を込める。
金属が軋んだ。
「な――」
ハッチが外側からこじ開けられた。
パイロットと目が合う。
「降りろ」
「……!」
「殺す気はない。機体だけ置いていけ」
パイロットが拳銃へ手を伸ばす。
レイナスはその腕を掴んだ。
「やめとけ」
銃を取り上げる。
「ここで意地張っても、割に合わないぞ」
◇
プトレマイオス・ブリッジ
クリスが口を開けたままモニターを見ていた。
「……本当に奪ってる」
リヒティも同じ顔をしている。
スメラギはこめかみを押さえた。
「前にもやったとは聞いてたけど……」
フェルトが通信を拾う。
『こちらレイナス』
「聞こえてる」
『パイロット回収してくれ。機体はもらった』
スメラギが即答する。
「人を宅配便みたいに言わないで」
『じゃあ捕虜一名』
「そういう問題じゃない!」
ロックオンの通信が割り込んだ。
『おいおい、本当にGN-X盗ったのか!?』
『盗ったんじゃない。鹵獲だ』
『言い換えただけだろ!』
『敵兵も生きてる。かなり優良な取引だと思うぞ』
『取引相手が同意してねえだろ!』
レイナスは返事をしなかった。
GN-Xのコクピットへ身体を滑り込ませる。
パイロット用に調整されたシート。
未知の操作系。
表示。
制御。
レイナスの目が輝いた。
「……へえ」
手を動かす。
「こうなってるのか」
『レイナス?』
フェルトの声。
「ちょっと待ってくれ。今、楽しい」
『戦闘中』
「分かってるよ」
計器を確認する。
基本的な思想は理解できる。
完全に未知ではない。
何より、機体そのものの反応が素直だ。
「よし」
操縦桿を握る。
「大体分かった」
GN-Xが動いた。
◇
戦闘宙域
国連軍のGN-X部隊に混乱が走る。
味方機の識別信号。
だが、その一機が突然こちらへ銃口を向けた。
『何をしている!』
「悪い」
レイナスが答える。
「今から敵だ」
ライフルを撃つ。
一機の武器を破壊。
そのまま加速。
「おっ」
想像以上の推力。
身体がシートへ押しつけられる。
レイナスは笑った。
「いいな、これ!」
敵GN-Xが斬りかかる。
レイナスは機体を捻り、紙一重で回避。
まだ操作に完全には慣れていない。
だがMSという兵器そのものには慣れている。
相手の重心。
推力の向き。
武器を振る前の姿勢。
それを見れば、次の動きは読める。
ビームサーベルを抜く。
一閃。
敵機の右腕だけを切断。
「まず一機」
『楽しそうだな、お前!』
ロックオンの声。
「新しい機体だぞ。楽しくないわけないだろ」
『こっちは必死なんだよ!』
「俺もちゃんと戦ってる」
言いながら、別のGN-Xの射撃を避ける。
反撃。
脚部を破壊。
撃墜ではない。
戦闘不能へ追い込む。
しかし。
数が減らない。
「……多いな」
後続が到着した。
さらにGN-X。
国連軍は明らかに数で押し切るつもりだった。
ヴァーチェが砲撃する。
複数機が散開。
キュリオスが追われる。
デュナメスへ二機。
エクシアには三機。
そして鹵獲GN-Xにも敵が集まる。
「そりゃ裏切った機体は目立つか」
レイナスは苦笑した。
次の瞬間。
三方向からビーム。
回避。
一発が肩を掠める。
装甲が弾けた。
「っと」
操作に慣れてきたとはいえ、機体性能そのものが飛び抜けているわけではない。
同型機が相手なら、純粋な性能差はほぼない。
そこを数で押されれば厳しい。
『レイナス!』
フェルトの声。
「大丈夫だ」
機体を旋回。
敵を一方向へまとめる。
「まだ壊してない」
『あなたの心配』
一瞬。
レイナスの手が止まりかけた。
「……そっちか」
『そう』
「了解。無茶はしない」
短く答えて、再び敵へ向く。
◇
月――ヴェーダ中枢
静寂。
地球圏で激しい戦闘が続いていることなど感じさせない空間。
巨大な量子演算システムの深部。
リボンズ・アルマークはヴェーダへ接続していた。
その傍らに、アレハンドロ・コーナー。
そして。
二人の前には、一つのカプセルがある。
イオリア・シュヘンベルグ。
二百年以上前に、ソレスタルビーイングという計画を生み出した男。
その肉体は今なお眠り続けていた。
「ついにここまで来た」
アレハンドロはカプセルを見上げる。
「長かった」
コーナー家が積み重ねてきた時間。
計画へ介入するための準備。
その全てが、この場所へ繋がっていた。
「あなたの時代は終わったのだよ、イオリア・シュヘンベルグ」
リボンズが振り返る。
「アクセスはほぼ掌握しました」
「ほぼ?」
「一部、独立した領域があります」
以前にも反応したもの。
通常のヴェーダ管理系とは異なる。
深部へ侵入した者を検知するように存在しているシステム。
「問題か?」
「いいえ」
リボンズは静かに答えた。
「今さら何が残されていたとしても、計画の主導権が彼へ戻ることはありません」
アレハンドロは笑った。
「当然だ」
銃を取り出す。
その銃口を、カプセルへ向ける。
「世界は変わる」
引き金へ指を掛ける。
「私によって」
発砲。
弾丸がカプセルを撃ち抜いた。
一発。
二発。
三発。
静寂の中に銃声が響く。
アレハンドロは銃を下ろした。
「さらばだ」
その瞬間。
リボンズの表情が変わった。
「……?」
ヴェーダ内部で何かが動いた。
「どうした?」
「システムが……」
次々と開いていく。
自分が命じたものではない。
アレハンドロの操作でもない。
もっと深い場所。
イオリア本人へ危害が加えられたことを条件に起動した、最後の仕掛け。
「これは……」
ヴェーダの内部に、膨大な情報が走る。
秘匿されていた領域が解放される。
そして。
遠く離れた場所へ。
四つの信号が送られた。
◇
宇宙・戦闘宙域
「くっ!」
エクシアが吹き飛ばされる。
三機のGN-Xが連携して追撃する。
刹那は機体を立て直す。
だがヴェーダから切り離された影響。
長時間の戦闘。
そして敵の数。
状況は悪い。
「ガンダム……!」
刹那が操縦桿を握り直す。
その時だった。
エクシアのシステムに、見たことのない表示が現れた。
「何だ?」
赤い文字。
新たなシステム。
これまで存在すら知らされていなかった機能。
同じものが。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
四機のガンダムへ同時に現れる。
ティエリアが目を見開いた。
『これは……ヴェーダから!?』
『何なんだ、こいつは!』
ロックオンの声。
アレルヤも表示を確認する。
『新しいシステム……?』
刹那の前に文字が浮かぶ。
TRANS-AM
「トランザム……?」
直後。
イオリア・シュヘンベルグの映像が表示された。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「映像?」
クリスが目を見開く。
通信ではない。
あらかじめ記録されていたもの。
それがガンダム各機とプトレマイオスへ送られている。
白髪の老人。
ソレスタルビーイングの創設者。
イオリア・シュヘンベルグ。
彼の声が響く。
自らの計画が歪められた時。
武力による戦争根絶という理念が、別の者によって利用されようとした時。
その時のために。
彼はガンダムへ、さらなる力を残していた。
スメラギが息を呑む。
「イオリア……」
ティエリアの通信が入る。
『ガンダムのブラックボックスが解除されている!』
イアンの声も続く。
『GNドライヴの制御領域だ! こんな機能、俺も知らんぞ!』
レイナスは鹵獲したGN-Xのコクピットから、その通信を聞いていた。
「トランザム……?」
当然、自分のGN-Xには何も起きない。
擬似GNドライヴ。
ガンダムの太陽炉とは別物だ。
その時。
刹那がシステムを起動した。
◇
ガンダムエクシア
「TRANS-AM」
刹那が呟く。
システム起動。
瞬間。
エクシアが変わった。
全身を巡るGN粒子。
機体表面。
出力。
赤い光がエクシアを包み込む。
「これは……!」
刹那が操縦桿を倒した。
エクシアが消えた。
少なくとも。
GN-Xのパイロットには、そう見えた。
『何っ!?』
次の瞬間。
一機のGN-Xの背後にエクシアがいた。
斬撃。
腕が飛ぶ。
さらに加速。
二機目。
回避しようとした時には遅い。
GNソードが武器を切断する。
三機目が撃つ。
エクシアは射線から消える。
残像。
赤い粒子。
そして次の瞬間には懐へ入っている。
圧倒的。
先ほどまで数で追い詰められていた戦況が、一瞬で覆った。
◇
鹵獲GN-X・コクピット
レイナスは動かなかった。
モニターの中。
赤く輝くエクシア。
異常な加速。
異常な反応。
だが。
レイナスが見ていたのは速度だけではなかった。
「……何だ、あれは」
通信の向こうでロックオンが叫んでいる。
『おい刹那! 何だその動き!』
刹那自身にも完全な説明はできない。
ただ、システムが解放された。
ガンダムが、それまでとは別次元の性能を発揮している。
レイナスは無意識にモニターへ身を乗り出した。
戦闘中だということを一瞬忘れるほどに。
「出力を上げただけじゃない……」
敵GN-Xが接近する。
警報。
レイナスは反射的に機体を動かし、攻撃を避けた。
だが視線はすぐエクシアへ戻る。
赤い粒子。
機体全体。
動力。
構造。
その全てが、一つの状態へ移行しているように見えた。
タクラマカンで、自分がやったこと。
アニマをMS全体へ流し込み、出力と強度を無理やり引き上げた。
似ている。
だが違う。
あれはもっと――。
「……」
まだ言葉にはならない。
まだ掴めない。
だからレイナスは、それ以上考えるのをやめた。
今は戦闘中だ。
「後で考えるか」
操縦桿を握り直す。
目の前にはGN-X。
その向こうには、赤く輝くエクシア。
レイナスの口元が僅かに上がった。
「面白いもの隠してたな、ガンダム」
TRANS-AM。
イオリア・シュヘンベルグが遺した最後の切り札。
その力が。
世界で初めて、戦場へ解き放たれた。