第39話 赤い残光
西暦2307年――宇宙・プトレマイオス周辺宙域
戦場を、赤い光が切り裂いた。
エクシアが加速する。
正面にいたGN-Xがライフルを向けるより早く、その姿が視界から消えた。
次の瞬間には懐へ入っている。
GNソードが閃き、GN-Xの右腕が武器ごと宙を舞った。
別方向から二機。
射線が重なる。
エクシアは減速すらしない。
機体を捻って二本のビームの間を抜け、そのまま一機の背後へ回り込む。
『速い――!』
国連軍パイロットの声が通信に走る。
照準が追いつかない。
いや。
それ以前に、機体の反応そのものが違っていた。
赤く染まったのはエクシアだけではない。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
イオリア・シュヘンベルグが遺したシステム――TRANS-AM。
それまで数の優位によって押し込まれていた四機のガンダムが、一斉に戦場を押し返し始めていた。
キュリオスが敵陣を高速で横断する。
追従しようとしたGN-Xが旋回した瞬間、その進路へデュナメスの射撃が飛び込んだ。
ライフルを撃ち抜かれたGN-Xが後退する。
そのさらに後方。
ヴァーチェが砲門を開いた。
『撃つ!』
赤い機体から放たれた粒子光が、国連軍の隊列を大きく割った。
数はまだ国連軍が上回っている。
GN-Xの性能も低くない。
それでも、先ほどまでの戦況は完全に失われていた。
◇
少し離れた宙域。
一機のGN-Xが、同型機から放たれたビームを紙一重でかわした。
国連軍の識別信号を失ったその機体を操るのは、レイナスだった。
「……なるほど」
操縦桿を倒す。
GN-Xが滑るように軌道を変えた。
奪ってから、まだ大した時間は経っていない。
それでも基本操作はほぼ掴めた。
反応が素直だ。
推力も十分。
機体の挙動にも妙な癖が少ない。
敵機が追ってくる。
レイナスは一度だけ推力を落とした。
距離が詰まる。
敵のライフルが動く。
その直前にGN-Xを急旋回させた。
敵機の横へ出る。
ビームサーベルを一閃。
ライフルだけを切り落とす。
反撃を受ける前に離脱した。
「量産機でこれか。随分と景気のいい話だな」
悪くない。
むしろ、かなりいい。
自分の機体がない現状を考えれば、これほど都合のいい拾い物もなかった。
もっとも。
今は機体そのものより、気になるものがある。
レイナスの視線が動いた。
モニターの向こうを赤い光が横切る。
エクシア。
一機のGN-Xを抜き去り、次の敵へ向かっている。
「……」
レイナスの目が細くなる。
速い。
だが、それだけではない。
加速。
機体の応答。
武装の取り回し。
何もかもが通常時とは違う。
タクラマカンで自分がやった、アニマによるMS全体の強化。
一瞬、それが頭をよぎった。
似ている。
だが――。
警報音が鳴った。
レイナスは視線を戻す。
「今は仕事が先か」
二機のGN-Xが迫っている。
機体を加速させた。
◇
国連軍艦隊・旗艦
戦況表示の上から、次々と味方機の反応が後退していく。
撃墜された機体ばかりではない。
武装を失ったもの。
推進器を破壊されたもの。
戦闘続行不能と判断して下がったもの。
だが結果は同じだった。
前線を維持できない。
「ガンダム各機、依然として高出力を維持!」
「前衛部隊が押し戻されています!」
「鹵獲されたGN-Xも敵戦力として交戦中!」
指揮官は黙って表示を見ていた。
作戦開始時。
GN-X部隊は確かにガンダムと互角以上に戦えていた。
数の優位もある。
プトレマイオスまで突破した機体もあった。
それが今はどうだ。
四機のガンダムが突然、これまで確認されていなかった能力を発動した。
性能差が再び開いている。
しかも一機は奪われた。
これ以上続けても、得られるものより失うものの方が大きい。
「……全軍、後退」
「司令?」
「損傷機を回収しつつ戦闘宙域から離脱する。ガンダムの新能力について、得られたデータを持ち帰れ」
「了解!」
命令が全軍へ伝わった。
前線のGN-Xが、順次攻撃を止める。
味方を援護しながら後退を開始した。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「敵MS部隊、後退を開始しました」
フェルトの報告に、スメラギが正面モニターを見る。
「敵艦隊も反転してる」
クリスが続ける。
撤退。
スメラギは迷わなかった。
「全機、追撃しないで。プトレマイオス周辺へ戻って」
『了解』
ロックオン。
アレルヤ。
ティエリア。
少し遅れて刹那からも応答が返る。
『了解』
最後に。
「レイナス」
『聞こえてる』
「あなたも帰ってきて」
モニター上では、一機だけ形の違う味方反応がGN-X部隊から離れようとしている。
『そのつもりだ』
一拍置いて。
『こいつも持って帰るぞ』
スメラギは眉を上げた。
「GN-Xを?」
『動く機体を捨てるほど余裕はないだろ』
間髪入れず、別回線からイアンの声が飛び込んだ。
『持って帰れ! 擬似GNドライヴごとだ!』
レイナスが小さく笑う。
『だそうだ』
「……分かったわ。収容準備をして」
『助かる』
声が少しだけ弾んでいる。
スメラギはそれを聞き逃さなかったが、何も言わなかった。
「それからクリス。国連軍へ回線を開いて」
「え?」
「さっき回収したGN-Xのパイロットを返すわ。撤退するなら、今のうちに引き取ってもらいましょう」
「あ、了解」
クリスが通信を送る。
しばらくして返答が来た。
「向こうも応じるって。指定座標に回収艇を出すそうです」
「小型艇を一隻。パイロットを乗せて指定位置まで運んで。武装は使わないことを双方で確認して」
「了解」
通信を聞いていたレイナスが口を挟む。
『それがいい。いつまでも乗せておく理由もない』
「ええ」
『機体の返却まで要求されたら?』
スメラギは鹵獲されたGN-Xの反応を見る。
「それは断るわ」
短い沈黙。
『安心したよ』
スメラギは苦笑した。
「あなた、結構気に入ってるでしょう」
『否定はしない』
それだけ答えると、レイナスのGN-Xはプトレマイオスへ進路を向けた。
◇
国連軍が完全に離脱する前に、双方の小型艇が指定宙域へ向かった。
医務室で簡単な処置を受けたGN-Xのパイロットは、宇宙服を着た状態で引き渡される。
拘束する必要もなかった。
相手側の艇への移乗を確認。
双方の小型艇はすぐに反転した。
それだけだった。
捕虜を抱え続ける理由はない。
機体は残る。
パイロットは帰る。
戦場で生じた一つの問題が、そこで片付いた。
◇
プトレマイオス・格納庫
四機のガンダムが順番に収容されていく。
最後に入ってきたのは、見慣れない機体だった。
白を基調としたGN-X。
つい先ほどまで自分たちを攻撃していた国連軍の主力MSが、固定アームへ収まる。
整備員たちの視線が一斉に集まった。
ハッチが開く。
レイナスがコクピットから降りてきた。
足場へ降りるなり、すぐに機体を振り返る。
イアンはすでに端末を片手にGN-Xの周囲を歩いていた。
「外から見る限り、損傷はほとんどないな」
「乗って帰るつもりだったからな。壊すわけにもいかない」
「擬似GNドライヴも無事。制御系も生きてる。武装も――」
端末を操作する。
「こいつは調べ甲斐がありそうだ」
「俺も同感だよ」
レイナスはGN-Xを見上げた。
間近で改めて見る。
国連軍が投入したガンダムへの対抗手段。
量産機でありながら、その性能は従来機を大きく上回っている。
そして。
今の自分には専用のMSがない。
「イアン」
「なんだ」
「解析が終わったら、こいつ使えるようにしてくれ」
イアンが端末から顔を上げる。
「もう乗る気か」
「動く機体があるのに、俺だけ格納庫で見送るのもそろそろ飽きた」
「鹵獲品だぞ。お前の専用機じゃない」
「分かってる。必要なら使わせてくれって話だよ」
イアンは少し考えたあと、再びGN-Xへ目を向けた。
「まず徹底的に調べる。それからだ」
「それでいい」
無理に話を通す必要はない。
解析する価値があることは、レイナスにも分かっている。
それに。
使える状態で残るなら十分だった。
「随分機嫌がいいな」
後ろから声がした。
ロックオンだった。
デュナメスから降りてきたらしい。
レイナスは振り返る。
「そう見えるか?」
「ああ」
「ようやくまともに乗れそうな機体が一機増えたんだ。それくらいは勘弁してくれ」
ロックオンがGN-Xを見上げる。
「そういや、前にも敵の機体を持っていったよな」
「……前?」
「タクラマカン。イナクト」
レイナスは少し考えた。
「ああ。あれか」
「パトリックが聞いたら泣くぞ」
「誰だ?」
「本当に覚えてないのかよ」
ロックオンが呆れた顔をする。
レイナスは記憶を探り、ようやく思い当たった。
「ああ……あの時のパイロットか」
「相手は多分、一生忘れないと思うぞ」
「それは悪いことしたな」
口ではそう言いながら、あまり悪びれた様子はない。
ロックオンが笑った。
その横を、刹那が通りかかる。
一度足を止めた。
「レイナス」
「ん?」
「TRANS-AMを見たか」
レイナスの表情から、僅かに軽さが消えた。
「ああ」
「どう思った」
レイナスは答える前にエクシアを見た。
赤い光はもうない。
いつもの白と青の機体。
それでも先ほど見た光景は、鮮明に残っている。
「まだ分からない」
刹那は黙って続きを待つ。
「ただ――」
レイナスは少しだけ目を細めた。
「面白いものを見たとは思ってる」
刹那が僅かに首を傾ける。
「ちゃんと見直してから考えるよ」
「分かった」
刹那はそれ以上聞かなかった。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
戦闘後の確認作業は続いていた。
敵の撤退。
味方機の損傷。
GN-Xの鹵獲。
返還したパイロットが国連軍側へ収容されたことも確認された。
そして。
最も大きな変化。
TRANS-AM。
「起動中の出力上昇は間違いない」
クリスがグラフを拡大する。
「でも、解除後に各機とも出力が落ちてる」
スメラギは表示された数値を追う。
「GN粒子を一気に消費してるのね」
「みたい。再充填まで本来の性能を出せない時間がある」
強力。
だが、無制限ではない。
使えば必ず代償が残る。
スメラギはそれを頭へ入れる。
「切り札にはなる。でも使いどころを間違えれば危険ね」
「うん」
フェルトが別の端末を操作していた手を止める。
「スメラギさん」
「何?」
「レイナスから戦闘記録の閲覧申請です」
「どれ?」
「TRANS-AM起動前後。エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ。全部」
スメラギは一瞬だけ考えた。
「許可して」
「了解」
フェルトが操作を続ける。
スメラギはその横で、先ほどのレイナスの顔を思い出した。
戦場で何かを見つけた時の顔だった。
◇
プトレマイオス・居住区画
端末の中で、エクシアが赤く染まった。
レイナスは黙って映像を見る。
GN-Xが撃つ。
エクシアが消える。
いや。
消えたように見えるほど速く動いた。
敵機の背後へ回る。
斬撃。
次。
レイナスは映像を止めた。
少し戻す。
再生。
TRANS-AM起動。
停止。
数値を見る。
もう一度戻す。
今度はエクシアではなく、デュナメス。
次にキュリオス。
ヴァーチェ。
それぞれの起動前と起動後を繰り返し確認する。
「……」
レイナスは頬杖をついた。
タクラマカンでの戦闘が頭をよぎる。
あの時。
アニマを機体全体へ流した。
装甲。
フレーム。
駆動系。
推進器。
機体を構成するものすべてをアニマで補強し、性能を無理やり押し上げた。
結果は出た。
だが。
今見ているものとは違う。
レイナスは再びエクシアの映像へ戻した。
通常状態。
TRANS-AM。
通常状態。
TRANS-AM。
何度も切り替える。
そして。
起動する、その瞬間で映像を止めた。
「……そうか」
小さく声が漏れた。
まだ方法は分からない。
TRANS-AMの仕組みそのものを再現できるとも思っていない。
そもそも自分が使うのはGN粒子ではなく、アニマだ。
それでも。
考え方なら。
レイナスは自分の右手を見た。
アニマを流す。
力を与える。
対象を強くする。
これまで自分がやってきたのは、それだった。
だが。
「ただ流し込むんじゃない……」
そこで言葉を止める。
まだ先がある。
今ここで分かったつもりになる必要はない。
レイナスは端末へ視線を戻した。
画面には、赤く染まる直前のエクシア。
その姿をしばらく見つめる。
やがて操作する。
映像が最初へ戻った。
「もう一回」
再生。
赤い残光が、再び宇宙を駆けた。