機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第4話 ソレスタルビーイング

第4話 ソレスタルビーイング

西暦2307年――王留美所有施設・応接室

「世界を変える、ねえ……」

レイナスは椅子へ深く座り直した。

随分と大きく出たものだ。

昨日までは工場で働き、今日の宿代を気にしていた。

それが今は、世界を変えるために協力してほしいと言われている。

落差が激しいにもほどがある。

「それで?」

レイナスは王留美を見る。

「具体的には、どうやって世界を変えるんだ?」

「その前に、一つ確認させてください」

「何だ?」

「ソレスタルビーイングについて、あなたはどう思われますか?」

レイナスの眉が僅かに動いた。

ここ数日、世界中でその名前を聞いている。

戦争根絶を掲げ、ガンダムによる武力介入を開始した私設武装組織。

「また急に話が飛んだな」

「そうでしょうか?」

「まあいい」

レイナスは腕を組んだ。

少し考える。

「面白い連中だとは思ってるよ」

「面白い?」

「ああ」

レイナスは続ける。

「戦争をなくすために、圧倒的な武力で戦争してる奴を片っ端から殴る。言葉だけ聞けば、相当無茶苦茶だ」

留美は黙って聞いている。

「でも、今のところ口だけじゃない。政府だろうが反政府組織だろうが関係なし。戦ってる奴には同じように介入してる」

「では、彼らの行動を支持しますか?」

「そこまでは言ってない」

即答だった。

「始まったばかりだろ。結果も出てないうちから正しいだの間違ってるだの決めるほど、俺は物分かりよくないよ」

レイナスはテーブルの茶を取る。

「ただ――」

一口。

「覚悟は決まってるんだろうな、とは思う」

「覚悟?」

「世界中から喧嘩売られるのなんて、始める前から分かってるだろ」

カップを戻す。

「それでもやった。だったら少なくとも、自分たちが何を敵に回したかくらいは理解してるはずだ」

レイナスの視線が留美へ向く。

「そうじゃなきゃ、ただの馬鹿だ」

「なるほど」

留美は僅かに笑った。

「では、そのソレスタルビーイングから協力を求められたら?」

「内容次第だな」

レイナスは即答した。

「何でも言うこと聞きます、なんて契約なら断る」

「当然ですね」

「それに俺は、この世界の事情をまだほとんど知らない。昨日今日来た奴に世界平和の判断を任せる方がおかしいだろ」

「では、知れば?」

「……さっきから妙に食いつくな」

レイナスが留美を見る。

留美は変わらず微笑んでいる。

レイナスは数秒、その顔を見つめた。

そして。

「ああ、そういうことか」

留美の目が僅かに細くなる。

「何でしょう?」

「いや」

レイナスは背もたれへ身体を預けた。

「随分回りくどい話をするなと思ってたんだよ」

紅龍へ視線を移す。

次に、室内を見回す。

自分の素性を一日で洗った情報収集能力。

ソレスタルビーイングについて執拗に尋ねる少女。

そして、『私たちに協力してほしい』という言葉。

「君、ソレスタルビーイングの関係者だろ」

沈黙。

紅龍の表情は変わらない。

留美もすぐには答えなかった。

レイナスは頭を掻く。

「違ったら恥ずかしいから、できれば早めに答えてくれ」

留美の口元が緩んだ。

「正解です」

「ああ、よかった」

レイナスは本気で安心したように息を吐いた。

「ここで『違います』って言われたら、今すぐ帰りたくなるところだった」

「驚かれないのですね」

「いや、多少は驚いてる」

「そうは見えませんが」

「驚いたからって椅子から転げ落ちる歳でもないんでね」

一拍。

「……その歳についても、いずれお聞きしたいですね」

「まだ覚えてたのかよ」

「もちろんです」

「しつこい女は嫌われるぞ」

「ご忠告として受け取っておきます」

「効いてないな、これ」

          ◇

同日――王留美所有施設・情報室

場所を移した。

壁面の大型モニターへ、世界地図が表示されている。

各地に示された紛争地域。

軍事基地。

三大国家群の勢力圏。

レイナスは画面を眺めた。

「改めて見ると、結構あちこちでやってるな」

「現在確認されている紛争地域の一部です」

「一部でこれかよ」

この世界へ来てからニュースは見ていた。

だが、一枚の地図へ集約されると印象が違う。

留美が端末を操作する。

映像が切り替わった。

ガンダム。

レイナスの視線がそちらへ向く。

「私たちソレスタルビーイングは、武力による戦争根絶を目的としています」

「それはテレビで聞いた」

「では、その先を」

留美が説明を続ける。

創設者、イオリア・シュヘンベルグ。

二百年以上前に計画された組織。

ガンダムによる圧倒的な戦力差を利用した武力介入。

世界へ敵として認識されることで、既存の対立構造そのものへ変化を促す。

全てが公開されたわけではない。

留美自身が、今この段階でレイナスへ明かしていい範囲だけ。

それでも。

レイナスは途中で口を挟まなかった。

黙って聞いた。

やがて説明が途切れる。

「……なるほどな」

腕を組む。

「どう思われます?」

「壮大だな」

「それだけですか?」

「二百年以上前の人間が仕込んだ計画にしちゃ、随分とまあ気の長い話だと思ってる」

画面のイオリアを見る。

「俺も大概長く生きてるけど、この爺さんには負けるな」

「生きている時間の話でしょうか?」

「そこ拾うなって」

留美が小さく笑った。

レイナスは再び画面へ目を向ける。

「ただ、一つ気になる」

「何でしょう?」

「ガンダムだ」

やはりそこだった。

「正確には、あいつらが撒いてる緑の粒子」

レイナスは映像を指差す。

「今のこの世界の技術水準から、あれだけ浮いてる」

「GN粒子です」

レイナスの目が変わった。

「GN?」

「はい」

初めて名称を知った。

「GN粒子……」

口の中で繰り返す。

「動力源と関係してる?」

「詳しいですね」

「見てりゃそのくらい予想はするよ」

「ガンダムには、GNドライヴと呼ばれる機関が搭載されています」

レイナスの身体が僅かに前へ出た。

留美はそれを見逃さなかった。

先ほど世界情勢を説明していたときより明らかに食いつきがいい。

「へえ……」

「興味がありますか?」

「そりゃあるだろ」

レイナスは当然のように答える。

「未知の動力。未知の粒子。それ積んだMSが四機。興味持つなって方が無理だ」

「やはり、モビルスーツがお好きなのですね」

「悪いか?」

「いいえ」

留美は微笑んだ。

「では、実物をご覧になりますか?」

レイナスが止まった。

数秒。

「……今なんて?」

「ガンダムの実物です」

「見せてくれるの?」

「条件があります」

「だろうな」

一瞬で現実へ戻った。

「危うく君をいい人認定するところだった」

「先ほども同じようなことを仰っていましたね」

「二回とも直前で踏みとどまってる」

          ◇

同日夕刻――王留美所有施設・テラス

夕日が街を照らしている。

レイナスは手すりへ軽く背を預けていた。

留美は少し離れた場所に立つ。

「で、条件って?」

「ソレスタルビーイングへ正式に参加していただきたい、という話ではありません」

「へえ」

それは少し意外だった。

「あなたについて、私たちはまだほとんど何も知りません」

「そりゃそうだ」

「そしてあなたも、私たちを知らない」

「その通り」

「ですから、まずは協力者という立場ではいかがでしょう」

レイナスは黙って聞く。

「必要に応じて、こちらから依頼をします。受けるかどうかは、その都度あなたが判断してください」

「拒否もできる?」

「はい」

「断ったら住居を追い出されるとか?」

「いたしません」

「身分証没収」

「いたしません」

「飯抜き」

「それもありません」

「……ずいぶん条件いいな」

「あなたを無理に従わせる方が危険でしょう?」

留美は平然と言った。

レイナスは少し黙ったあと。

「賢明だな」

冗談ではない。

昨日の映像を見ているなら当然の判断でもある。

「それに」

留美は続ける。

「あなた自身も、ソレスタルビーイングに興味を持っている」

「否定はしないよ」

「でしたら、お互いに利益があります」

レイナスは空を見た。

悪い条件ではない。

むしろ、今の自分にはありがたすぎる。

身分。

住居。

生活基盤。

そして。

ガンダム。

「最後の一個が露骨に効いてる気がするな……」

「何か?」

「こっちの話」

少し考える。

ソレスタルビーイングの理念へ全面的に賛同したわけではない。

世界を変える責任を背負うつもりも、今はない。

だが。

彼らが何をしようとしているのか。

その結果、この世界がどう変わるのか。

近くで見る価値はある。

「分かった」

留美を見る。

「その条件なら乗る」

「ありがとうございます」

「ただし」

レイナスは人差し指を立てる。

「俺が納得できない仕事はやらない。君らの命令なら何でも聞く、ってつもりもない」

「構いません」

「民間人を巻き込むような仕事も断る」

「承知しました」

「それから――」

少し間を置く。

「ガンダム見せてくれるって話、忘れるなよ」

留美が笑った。

「そちらが一番重要なのですか?」

「身分と寝床の次くらいには」

「世界平和は?」

「その次だな」

「随分低いですね」

「こっちは昨日まで無職だったんだぞ。優先順位ってものがある」

留美は楽しそうに笑った。

「では、決まりですね」

「ああ」

こうして。

レイナス・レノアークは、ソレスタルビーイングの外部協力者となった。

まだメンバーではない。

ガンダムマイスターでもない。

組織の全容も知らない。

ただ、世界を変えようとする者たちのすぐ近くへ。

一歩。

踏み込んだ。

          ◇

数日後――ソレスタルビーイング地上施設

「……おお」

格納庫へ入った瞬間。

レイナスは足を止めた。

そこにあった。

白を基調とした装甲。

胸部中央に輝く緑色。

これまで映像越しにしか見ていなかった機体。

ガンダム。

レイナスの視線が上へ動いていく。

脚部。

腰部。

胸部。

頭部。

細部の構造まで、映像とは比べものにならない情報量だった。

「これが……」

留美が隣へ立つ。

「ガンダムエクシアです」

初めて。

その名を知った。

「エクシア……」

レイナスは機体を見上げたまま、その名前を繰り返した。

GN粒子が微かに漂っている。

実際に近づくと、よりはっきり分かる。

未知の感覚。

《アニマ》とは違う。

ミノフスキー粒子とも違う。

自分がこれまで見てきたどの技術とも違う。

レイナスの口元が上がった。

「……いいじゃないか」

その声には、先ほどまでの面倒そうな調子がない。

純粋な興味。

機械を前にした男の顔だった。

「で?」

留美を見る。

「乗っていい?」

「駄目です」

間髪入れず返された。

「見るだけ?」

「見るだけです」

「触るのは?」

「許可が必要です」

「世知辛いな……」

「世界最高機密の一つですよ」

「分かってるよ。言ってみただけだ」

そう答えながらも。

レイナスの視線はエクシアから離れない。

そのとき。

格納庫の奥から、一人の少年が歩いてきた。

少年もレイナスを見る。

互いの視線が交わった。

レイナスは知らない。

この少年が誰なのか。

少年も知らない。

目の前の男が何者なのか。

留美が二人を見る。

「紹介します」

そして。

「彼は、刹那・F・セイエイ」

レイナスの眉が僅かに動く。

「ガンダムエクシアのガンダムマイスターです」

レイナスはもう一度、少年を見る。

若い。

想像以上に。

「……君が、これに乗ってるのか」

刹那は短く答えた。

「ああ」

レイナスはエクシアを見る。

それから刹那へ戻す。

数秒。

「そりゃまた……ずいぶん若いパイロットだな」

刹那はレイナスを真っ直ぐ見返す。

「お前は誰だ」

「レイナス・レノアーク」

一拍。

「今日から……まあ、臨時の手伝いみたいなもんだ」

「ソレスタルビーイングの人間か?」

「いや」

レイナスは笑う。

「今のところは、な」

刹那は答えない。

レイナスも、それ以上は言わなかった。

その背後には。

ガンダムエクシア。

世界を変えようとする少年。

そして。

別の世界から流れ着いた男。

二人の最初の出会いは。

驚くほど静かなものだった。

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