機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

40 / 55
第40話 束の間の静寂

第40話 束の間の静寂

西暦2307年――宇宙・プトレマイオス

国連軍の撤退から、しばらく。

プトレマイオス周辺の宙域に敵影はなかった。

だからといって、安全になったわけではない。

国連軍は戦力を失ったものの、壊滅したわけではない。残存するGN-X部隊は後方へ下がり、損傷機の修復と部隊の再編成を進めている。

次がある。

誰もが、そう考えていた。

それでも。

戦えない時間と、戦わなくていい時間は違う。

今だけは後者だった。

          ◇

プトレマイオス・格納庫

鹵獲したGN-Xは固定アームに収められ、装甲の一部を外されていた。

擬似GNドライヴ周辺には計測機器が取り付けられ、整備班が慌ただしく行き来している。

その様子を少し離れたところから眺めていたレイナスへ、イアンが声を飛ばした。

「まだいたのか」

「邪魔はしてないだろ」

「三十分前にも同じところに立ってたぞ」

「せっかく敵の新型を丸ごと持って帰ったんだ。気になるくらいは勘弁してくれ」

レイナスはGN-Xを見上げた。

自分で操縦したからこそ分かる。

量産機としては明らかに破格の性能だった。

それを今、イアンたちが一つずつ分解して調べている。

見ているだけでも退屈はしない。

「で、どうなんだ?」

「それを調べてる最中だ」

「そう急かしたつもりはないよ。まだ使えそうなら、それで十分だ」

イアンが端末から顔を上げた。

「もう次に乗る気でいるのか」

「他に空いてる機体もないからな。解析が終わって問題がなければ、候補には入れてくれ」

以前のように、戦場へ出るたび適当な機体を探すわけにもいかない。

少なくともGN-Xなら、ガンダムと同じ戦場についていける。

「勝手に持ち出すなよ」

レイナスは一瞬黙った。

フラッグ。

イナクト。

そして今回のGN-X。

過去を並べれば、イアンがそう言う理由も分からなくはない。

「……まあ、その辺の実績は俺も否定できないか」

「分かったら休んでこい。戦闘が終わったばかりだろ」

「分かったよ。後は任せる」

今度は素直に踵を返した。

数歩進んでから、もう一度GN-Xを見る。

「だから見るな!」

レイナスは振り返らず、片手だけ上げた。

          ◇

プトレマイオス・食堂

クリスはテーブルへ突っ伏していた。

「疲れた……」

その向かいで、リヒティが飲み物を口にする。

「生きてるだけいいだろ」

「それはそうなんだけどさぁ」

クリスが顔だけを横へ向けた。

「戦闘終わったら終わったで、記録整理、損傷確認、通信ログ整理。休憩って何?」

「今やってるだろ」

「これは力尽きてるの」

少し離れた席。

アレルヤは食事を取りながら、そのやり取りを聞いて笑っていた。

「でも、こういう時間も久しぶりな気がするね」

「言わないでよ」

クリスが顔を上げる。

「そういうこと言うと、すぐ次が来そうだから」

「ごめん」

「謝られると余計怖い!」

リヒティが笑った。

食堂には普段より多くのクルーがいる。

整備班。

ブリッジ要員。

戦闘配置から外れた者たち。

誰もが疲れていた。

それでも、話し声がある。

食器の触れる音がする。

そんな当たり前のものが、今は妙に貴重だった。

          ◇

プトレマイオス・ブリッジ

スメラギは椅子に座ったまま、手元の端末を眺めていた。

敵部隊の推定状況。

各国軍の動き。

補給線。

GN-Xの配備状況。

どれも不確定な情報ばかりだった。

「スメラギさん」

フェルトの声。

「何?」

「休まないんですか?」

スメラギは画面から目を離した。

「もう少ししたらね」

フェルトはじっと見る。

「……何?」

「前にもそう言ってました」

「言った?」

「二時間前に」

スメラギは時計を見る。

本当に二時間経っている。

「嫌なところで正確ね」

「仕事なので」

フェルトは真顔だった。

スメラギは苦笑して端末を閉じる。

「分かったわ。三十分だけ休んでくる」

「一時間」

「フェルト?」

「一時間です」

少しの沈黙。

「……はい」

スメラギが立ち上がる。

フェルトはその背中を見送り、正面へ向き直った。

その横には、格納庫から送られてきたGN-Xの解析データが表示されている。

視線が一度だけ、そこへ向いた。

あの戦闘。

レイナスが生身で艦を出ていった時のことを思い出す。

フェルトは小さく息を吐いた。

「……無茶しないって言ったのに」

誰にも聞こえない程度の声だった。

          ◇

プトレマイオス・展望区画

地球が見える。

絹江は窓の前に立っていた。

記者として世界を追ってきた。

イオリア・シュヘンベルグ。

ソレスタルビーイング。

ガンダム。

ラグナ・ハーヴェイ。

GN-X。

アリー・アル・サーシェス。

追えば追うほど、知りたいものは増えていった。

その代わり。

知ったことで、戻れなくなった場所もある。

「ここにいたのか」

後ろから声がした。

「ロックオンさん」

ロックオンが隣まで来る。

「休んでる?」

「そのつもりです」

「その割には難しい顔してたけどな」

「考えることが多いんです」

「記者ってのも大変だ」

「ガンダムマイスターほどではないと思います」

「比べるもんでもないだろ」

ロックオンは窓の外へ目を向けた。

地球がゆっくりと流れていく。

しばらく、二人とも話さなかった。

沈黙は気まずくなかった。

絹江が先に口を開いた。

「国連軍は?」

「再編成中らしい」

「また来ますか」

「来るだろうな」

迷いのない答えだった。

絹江はロックオンを見る。

「怖くないんですか?」

「怖いさ」

即答だった。

絹江が少し意外そうな顔をする。

ロックオンは笑った。

「何だよ、その顔」

「怖くないと言うのかと思いました」

「そんな格好つけてもしょうがないだろ。撃たれりゃ死ぬし、死にたくもない」

「……そうですね」

「それに」

ロックオンの表情から、少しだけ笑みが消える。

「約束もしたしな」

絹江は何も言わなかった。

サーシェスを一人で追わない。

そして。

死なない。

戦闘へ出る直前、自分が言った言葉も覚えている。

「守ってくださいね」

「ああ」

今度は冗談で流さなかった。

絹江は地球へ視線を戻す。

「私も守ります」

「勝手にサーシェスを追わない、って方か」

「もちろんです」

再び静かな時間が流れた。

ロックオンは窓に映る自分の姿を見た。

ロックオン・ストラトス。

ソレスタルビーイングのガンダムマイスター。

狙撃手。

そして――コードネーム。

以前、絹江に聞かれた。

それが本名なのかと。

あの時は答えなかった。

――いつか、自分から教えてください。

その言葉は覚えていた。

「絹江」

「はい?」

「前に名前の話しただろ」

絹江が振り向いた。

「覚えています」

「だよな」

ロックオンは少し笑った。

だが、次の言葉は軽口にはしなかった。

「ニールだ」

絹江の表情が止まった。

「え?」

「俺の名前。ニール・ディランディ」

絹江はすぐには答えなかった。

驚いたようにロックオンを見ている。

「……教えてくれるんですね」

「ああ」

「どうして今?」

ロックオンは窓の向こうへ視線を戻した。

次の戦いが近い。

その事実が無関係とは言えない。

けれど、それだけではなかった。

「前に言っただろ。覚えとくって」

絹江も思い出した。

いつか自分から教えてほしい。

それに対して彼は確かにそう答えた。

「今なら教えてもいいと思った。それだけだ」

絹江はしばらくその横顔を見ていた。

記者なら、ここから先はいくらでも質問できる。

なぜコードネームを使っているのか。

ディランディという姓。

家族。

過去。

けれど。

今は聞かなかった。

「分かりました」

「聞かないのか?」

「自分から教えてくれたことを、すぐ取材に変えるほど無粋ではありません」

「そりゃ助かる」

絹江が微笑む。

「ニールさん」

ロックオンの目が僅かに動いた。

「……ここじゃ、その名前で呼ばれることがないからな」

「嫌でした?」

「いや」

少しだけ間を置く。

「悪くない」

二人は再び地球を見る。

今度の沈黙は、先ほどまでとは少しだけ違っていた。

          ◇

プトレマイオス・居住区画

レイナスはベッドへ身体を預けていた。

机の上には端末。

TRANS-AMの戦闘記録も、GN-Xの解析資料も今は閉じている。

頭の中にはまだ、赤く染まったエクシアが残っていた。

試してみたいこともある。

だが急いで形にする必要はない。

戦闘直後に思いついたものを、そのまま答えだと思い込むほど若いつもりもなかった。

それに、次の戦いまでに休める保証もない。

今は休む。

それも必要な仕事だった。

端末が鳴った。

表示された名前はイアン。

レイナスは少し眉を上げ、通信を開く。

「どうした?」

『本当に休んでるかと思ってな』

「言われた通り部屋にいるよ。さすがに格納庫へ戻ったら、今度こそ追い出されそうだからな」

『分かってるならいい』

「わざわざ確認の通信まで入れるとは思わなかったけど」

『お前が妙なことを始めるよりマシだ』

レイナスは苦笑した。

「今日は大人しくしてるよ。そっちも根を詰めすぎるな」

『誰に言っとる』

「お互い様だろ」

短く笑って、通信を切る。

レイナスは端末を机へ戻した。

GN-X。

TRANS-AM。

国連軍。

サーシェス。

考えればいくらでも出てくる。

だからこそ、今は考えない。

目を閉じる。

次に戦う時まで。

束の間でも、身体を休めておく。

          ◇

国連軍・再編成拠点

格納庫では損傷したGN-Xの修復が続けられていた。

失われた機体。

損傷した機体。

パイロットを失った機体。

戦力は減った。

それでも、まだ戦える。

次の作戦へ向けた再編成が急ピッチで進められている。

その一角。

返還されたGN-Xパイロットが、簡素な会議室に座っていた。

向かいにはグラハム・エーカー。

「報告書は読ませてもらった」

グラハムが端末をテーブルへ置く。

「だが、文字だけではどうにも理解し難い箇所がある」

「……どの部分でしょうか」

「君のGN-Xを奪った男についてだ」

パイロットの表情が強張った。

「報告書に書いた通りです」

「生身で宇宙へ出てきた」

「はい」

「飛行中のGN-Xへ取りついた」

「はい」

「君を機外へ出し、そのまま機体を奪った」

「……はい」

グラハムはしばらく黙った。

「実に興味深い」

パイロットには、とてもそう思えなかった。

「その男について、覚えていることを聞かせてほしい」

「若い男です。見た目は二十歳前後。普通の宇宙服ではありませんでした」

「機体へ取りつく際に、何か装備を?」

「いえ。ただ……青白い光が見えました」

グラハムの目が細くなる。

「青白い光?」

「身体の周囲にありました。何なのかは分かりません」

「他には?」

パイロットは一度言葉を止めた。

自分でも、口にすれば荒唐無稽だと思う。

「コクピット周辺の装甲を……素手で変形させました」

グラハムの表情が止まる。

「GN-Xの装甲をかね?」

「はい」

「素手で」

「はい」

沈黙が落ちた。

だがグラハムの脳裏には、すでに一人の男が浮かんでいる。

かつて戦場でフラッグへ乗り込み。

その後、何事もなかったかのように返してきた男。

地上でも直接言葉を交わした。

「名前は?」

「本人からは聞いていません。ただ、通信で呼ばれていました」

「何と?」

「レイナス、と」

グラハムはゆっくりと背もたれへ身体を預けた。

「やはり、君だったか」

「ご存じなんですか?」

「二度ほど言葉を交わしたことがある」

グラハムの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。

「その時から普通の男ではないと思っていたが……私の認識は、まだ甘かったらしい」

パイロットは返す言葉がなかった。

グラハムは再び端末を見る。

「君自身への扱いは?」

「機体から降ろされた後、ソレスタルビーイング側に回収されました。軽い怪我の治療を受けて、その後こちらへ返還されています」

「尋問は?」

「ありません」

「そうか」

グラハムは立ち上がった。

「十分だ。休みたまえ」

「はっ」

会議室を出る。

廊下の先では、修復中のGN-Xが見えた。

グラハムは足を止める。

レイナス・レノアーク。

フラッグを扱い。

今度はGN-Xを奪った。

それも、生身で。

「機体を選ばぬ男だとは思っていたが……」

そこまで口にして、グラハムは小さく笑った。

戦場の外で会った時とは違う。

次に相まみえるなら。

今度こそ互いに、戦う者として向き合うことになるだろう。

格納庫では、次の戦いへ向けて整備の音が響き続けていた。

一方。

遠く離れたプトレマイオスでは、束の間の休息が流れている。

長くは続かない。

それでも今は。

誰もまだ、戦ってはいなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。