第42話 帰る場所
西暦2307年――宇宙・プトレマイオス周辺宙域
デュナメスのGNスナイパーライフルが火を噴いた。
狙いはスローネツヴァイの胸部。
サーシェスは直前に機体を捻った。
ビームが左肩を深く抉り、装甲と内部機器をまとめて吹き飛ばす。
『チィッ!』
ツヴァイが姿勢を崩す。
だが、サーシェスは退かなかった。
残ったGNファングを放つ。
三基。
それぞれが異なる軌道を描きながらデュナメスを取り囲んだ。
一基目。
ロックオンが撃ち抜く。
二基目の射撃を機体を沈めてかわす。
三基目が死角へ回った。
『ロックオン、後ろ!』
フェルトの警告。
「見えてる!」
デュナメスが強引に機体を捻った。
ビームが左肩の装甲を掠める。
そこへ。
ツヴァイが飛び込んできた。
「――っ!」
振り下ろされるGNバスターソード。
ロックオンはライフルを横にして受けた。
砲身が両断される。
そのまま刃がデュナメスの装甲へ食い込んだ。
衝撃。
コクピットが激しく揺れる。
ロックオンの身体がハーネスへ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
『どうした! 家族の仇なんだろうが!』
サーシェスの声が通信に響く。
ロックオンは歯を食いしばった。
「言われなくても……!」
デュナメスが脚を振り上げる。
ツヴァイを蹴り飛ばした。
距離が開く。
使い物にならなくなったライフルを捨て、ビームピストルを抜く。
連射。
ツヴァイが回避運動。
一発。
腰部へ直撃した。
装甲が弾け飛ぶ。
それでも止まらない。
二機は再び互いへ向かって加速した。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「デュナメス、損傷拡大!」
フェルトの声に焦りが混じった。
モニター上では、デュナメスとツヴァイの反応が何度も交差している。
スメラギが周囲の戦況を確認した。
助けを向かわせたい。
だが、余裕がない。
国連軍のGN-X部隊はまだ戦線を維持していた。
刹那。
アレルヤ。
ティエリア。
三人とも複数機に拘束されている。
そして。
もう一つ。
通常とは異なる反応が高速で戦場を駆けていた。
青白い光を纏ったGN-X。
「レイナス機、敵二機を突破!」
クリスが声を上げる。
そのGN-Xが、さらに加速した。
◇
GN-X・コクピット
青白い光が機体を包んでいる。
OVER RISE。
初めて実戦で成立させた、新しいアニマの使い方。
敵が遅くなったわけではない。
自分と機体の間にあった僅かな隔たりが消えたように感じる。
操縦。
駆動。
加速。
姿勢制御。
すべてが一続きになっていた。
「……悪くない」
敵GN-Xが二機。
左右から射撃。
レイナスが操縦桿を倒す。
GN-Xが一気に沈み込んだ。
二本のビームが頭上で交差する。
そのまま前進。
一機目の懐へ。
ビームサーベルがライフルを切断する。
すれ違いざまに反転。
もう一機の背後へ回り、推進器を斬った。
敵機が戦線から流されていく。
レイナスは機体状況を確認する。
出力上昇。
応答速度上昇。
フレーム負荷は許容範囲。
アニマの消耗も想定ほどではない。
問題は――。
「初回から全部うまくいく話ほど、後で高くつくんだよな」
まだ試したばかりだ。
どこに負荷が返ってくるのか分からない。
戦闘が終わった途端、機体が動かなくなる可能性だって捨てきれない。
その時。
『レイナス!』
スメラギの声。
「聞こえてる」
『ロックオンが危ない!』
レイナスの視線が動いた。
遠方。
デュナメス。
スローネツヴァイ。
双方とも大きく損傷している。
確認は一瞬だった。
助けに行く。
そう決めた時には、すでに機体を反転させている。
「そっちへ行く。進路を空けてくれ」
だが。
三機のGN-Xが前へ出た。
ビームライフルがこちらを向く。
「……追加料金まで取る気か」
青白い光が強まった。
レイナスは操縦桿を握り直す。
「悪いが、今は付き合ってる時間がない」
GN-Xが消えるように加速した。
◇
デュナメス対スローネツヴァイ
デュナメスの左腕はもう動かない。
メインカメラにもノイズが走っている。
ロックオン自身も無傷ではなかった。
額から流れた血が片目へ入り込む。
ツヴァイも満身創痍だった。
左肩部大破。
腰部損傷。
GNファングもほとんど残っていない。
それでも。
サーシェスは笑っていた。
『いいねえ! こういうのを待ってたんだよ!』
「俺は待ってねえよ」
ロックオンは荒い呼吸を整える。
照準を合わせる。
「ここで終わらせる!」
『つれねえな!』
ツヴァイが加速した。
デュナメスも前へ出る。
狙撃戦は終わった。
互いに武装を失い。
互いに傷つき。
最後に残った距離を、自ら詰めていく。
ツヴァイがGNバスターソードを振り上げた。
ロックオンは残ったビームピストルを構える。
『死ねぇ!』
「お前がな!」
交差。
ツヴァイの刃がデュナメスの右胸部へ突き刺さった。
装甲を貫く。
内部構造を破壊。
爆発。
コクピットが激しく揺れた。
破片が飛び散る。
「――ッ!」
ロックオンの身体へ衝撃が走る。
脇腹。
右肩。
熱い。
何かが深く刺さった。
視界が揺れる。
それでも。
意識は残っていた。
右腕も動く。
そして。
デュナメスのビームピストルは。
ツヴァイのコクピット付近へ押しつけられている。
サーシェスの笑みが消えた。
「……捕まえた」
トリガーを引く。
至近距離。
回避する余地などない。
ツヴァイの胸部が爆発した。
『ぐおおおおっ!?』
GNバスターソードが抜ける。
ツヴァイが吹き飛ぶ。
デュナメスも爆発の余波を受け、反対方向へ流された。
二機の間に距離が生まれる。
どちらも。
追わなかった。
追えなかった。
◇
ロックオンの視界が暗くなる。
警告。
警報。
赤く染まった表示。
音だけが妙に遠い。
「……やった、か?」
モニターを見る。
ツヴァイの反応は残っている。
生きている。
だが機体はほとんど動いていない。
戦闘続行不能。
デュナメスも同じだった。
推進系は半死。
右側の制御が利かない。
コクピット内に煙が漂っている。
ロックオンは脇腹を押さえた。
手袋が赤く染まる。
「こりゃ……まずいな」
通信にノイズが走った。
『――オン!』
聞き慣れた声。
『ロックオン! 応答して!』
「……聞こえてる」
自分でも驚くほど声が弱い。
『生体反応が落ちてる! 出血してるの!?』
「まあ……ちょっとな」
『ちょっとじゃない!』
フェルトの声が震えていた。
ロックオンは苦笑する。
「怒るなよ……」
『帰ってきて!』
その言葉で。
もう一人の顔が浮かんだ。
絹江。
――死なないでください。
――あなたまで一人でサーシェスを追って死んだら、私は怒ります。
その後。
自分から教えた。
ニール・ディランディ。
自分の名前を。
「……そうだったな」
『ロックオン?』
「帰らないと……怒られる」
操縦桿へ手を伸ばす。
激痛。
一瞬、意識が飛びかける。
歯を食いしばった。
残った推進器を起動。
大破したデュナメスが、ゆっくりとプトレマイオスへ向きを変えた。
◇
スローネツヴァイ・コクピット
煙が充満している。
モニターの半分は死んでいた。
サーシェスが額から流れる血を拭う。
「……クソが」
胸部装甲大破。
コクピットブロック損傷。
制御系にも異常。
あと僅かに着弾位置がずれていれば、今頃は自分ごと消し飛んでいた。
「やってくれるじゃねえか……!」
モニターの向こう。
デュナメスが離れていく。
追えない。
GN-X部隊も戦線を下げ始めていた。
サーシェスは操縦桿を殴った。
「次だ……!」
残った推力を使う。
ツヴァイもまた、国連軍側へ後退していった。
◇
戦闘宙域
三機目のGN-Xを退けたレイナスの視界に、デュナメスが入った。
酷い。
右胸部は抉られ。
装甲は各所で剥離。
姿勢制御すら安定していない。
それでも。
自力でこちらへ向かっている。
「……そこまで持たせたなら十分だ」
レイナスは接近した。
『レイナス……』
「喋らなくていい。機体は?」
『何とか……』
「なら、その何とかはもう使わなくていい。こっちで持つ」
GN-Xをデュナメスへ寄せる。
肩を支えるように機体を接触させた。
「スメラギ、ロックオンを確保した。かなり出血してる。医療班を格納庫へ」
『分かった!』
通信の向こうで慌ただしく指示が飛ぶ。
『レイナス……』
「何だ」
『サーシェスは……』
レイナスは後方の反応を確認した。
「生きてる。だが、あっちもまともに戦える状態じゃない」
短い沈黙。
『……そうか』
それきり声が途絶えた。
「ロックオン?」
返事がない。
生体反応は残っている。
だが弱い。
レイナスの表情から軽さが消えた。
「ここまで帰ってきて、最後に運賃不足は勘弁してくれよ」
OVER RISEの出力を上げる。
青白い光が強くなる。
大破したデュナメスを支えたまま、GN-Xがプトレマイオスへ加速した。
◇
プトレマイオス・格納庫
「デュナメス収容!」
固定アームが大破した機体を捕らえた。
ハッチが開く。
医療班が一斉に動く。
コクピットからロックオンが運び出された。
パイロットスーツは血に染まっている。
「血圧低下!」
「腹部の出血が多い!」
「輸液準備!」
担架へ移される。
その先。
格納庫入口に絹江が立っていた。
戦闘中は指定された区画を動かなかった。
戦闘終了。
ロックオン重傷。
その報告を受けて、ここまで来た。
担架が近づく。
閉じていたロックオンの目が、僅かに開いた。
絹江を見つける。
「……帰ったぞ」
絹江の表情が歪んだ。
「……はい」
声が震える。
「お帰りなさい」
「約束……守っただろ」
「こんなの……」
言葉が続かない。
死なないでほしいと言った。
確かに生きて帰ってきた。
けれど。
こんな姿で帰ってこいとは言っていない。
絹江は担架へ一歩近づいた。
「ニールさん」
ロックオンの口元が僅かに動いた。
「……その名前で呼ぶの、今かよ」
「今だからです」
「そっか……」
小さく笑った。
直後。
瞼が落ちる。
「ニールさん!」
「意識レベル低下!」
医療班が担架を押し出そうとした。
「待ってくれ」
レイナスだった。
GN-Xから降り、そのままこちらへ来ている。
ロックオンの状態を確認する。
腹部。
右肩。
出血。
呼吸。
「アニマを使う。先に出血を抑える」
医療スタッフがすぐに反応した。
治癒効果については以前から聞いている。
だが、実際に重傷者へ使うのは初めてだった。
「腹部の損傷が深い。内出血もある!」
「分かった。破片は?」
「複数残ってる。そこは触らないで!」
「ああ。余計なところまで直して、取り出せなくなったら本末転倒だ」
レイナスが担架の横へ立つ。
絹江が不安そうに見る。
「レイナスさん……」
「できるところまでやります」
絹江にだけ敬語で答える。
「後は医療班に任せた方が確実です」
右手をロックオンの腹部へかざした。
青白い光が灯る。
戦場で見せる激しい光とは違う。
淡く。
静かな光。
それがロックオンの身体へ染み込むように広がっていく。
フェルトが息を呑んだ。
アニマに治癒効果があることは知っている。
知識としては。
だが。
目の前で使われる光景は初めてだった。
「……血圧、上がってる」
医療スタッフがモニターを見る。
「出血量も減少!」
損傷した組織の回復が促される。
開いた傷が縮まり。
止まりきらなかった出血が弱まっていく。
万能ではない。
体内へ入り込んだ破片を消すことはできない。
失われた血液が戻るわけでもない。
損傷を一瞬でなかったことにする力でもない。
だが。
死へ傾いていた身体を、確実に引き戻している。
レイナスは余計なことをせず、出血の大きい箇所から順にアニマを集中させた。
額に薄く汗が浮かぶ。
戦闘。
OVER RISE。
その直後。
それでも手を止めない。
「レイナス」
スメラギが格納庫へ駆け込んできた。
状況を見る。
「どのくらいまでいける?」
「今すぐ死ぬ勘定だけは、何とかひっくり返せそうだ」
視線はロックオンから外さない。
「完全に治すのは?」
「そこまでやるより、出血と損傷を抑えて専門家に渡した方がいい。俺は医者じゃないからな」
医療スタッフがモニターを確認する。
「もう大丈夫! これなら手術に入れる!」
その言葉を聞いて。
レイナスは初めて力を抜いた。
青白い光がゆっくりと消える。
「後は任せる」
「ええ!」
担架が再び動き出した。
絹江も後を追おうとして。
一度だけ振り返る。
「ありがとうございます」
レイナスは壁へ軽く身体を預けた。
「礼なら起きてから本人に言わせてください」
少し間を置く。
「これだけ働いたんだ。飯の一回くらいは奢ってもらわないと、こっちも割に合わない」
絹江の張り詰めていた表情が、ほんの僅かに緩んだ。
「伝えておきます」
「お願いします」
担架が医務室へ運ばれていく。
フェルトもその後を追った。
レイナスはそれを見届けてから、小さく息を吐いた。
スメラギが横から見る。
「大丈夫?」
「俺はな」
「OVER RISEを使った直後でしょう」
「だからって、治せる奴を目の前で死なせたら寝覚めが悪い」
レイナスは自分の手を見る。
「こういう時に使わないなら、持ってる意味もないだろ」
スメラギは何も返さなかった。
レイナスもそれ以上言わない。
しばらくして、格納庫の奥からイアンの声が飛んできた。
「レイナス!」
嫌な予感しかしない声だった。
レイナスが顔を向ける。
「今度は何だ?」
「お前のGN-X、データがおかしいぞ! あの青いのを使った時に何をした!」
数秒。
レイナスは天井を仰いだ。
「……ほら来た」
「何が?」
「請求書」
スメラギが呆れたように息を吐く。
レイナスは壁から身体を起こした。
「まあ、機体が動いてるだけ安い方か」
「早く来い!」
「今行くよ」
格納庫の奥へ歩き出す。
だが。
一度だけ。
医務室へ続く通路を振り返った。
ロックオンは帰ってきた。
重傷。
しばらく戦えない。
サーシェスとの決着もつかなかった。
それでも。
生きている。
今はそれで十分だった。
◇
プトレマイオス・医務室前
時間が過ぎた。
扉の前には絹江とフェルト。
少し離れて、刹那、アレルヤ、ティエリア。
スメラギも合流している。
誰もほとんど話さなかった。
やがて。
扉が開く。
医療スタッフが出てきた。
「手術は成功しました」
張り詰めていた空気が、一気に緩む。
フェルトが目を閉じる。
アレルヤが息を吐く。
刹那は無言のまま、僅かに俯いた。
「かなりの重傷です。しばらく戦闘には出せません。絶対安静が必要です」
絹江が頷く。
「命は?」
「大丈夫です」
その一言で。
絹江の肩から力が抜けた。
壁へ手をつく。
泣かなかった。
ただ。
深く息を吐いた。
「……よかった」
フェルトも小さく頷く。
ティエリアは閉じた医務室の扉を見る。
ロックオンは生きている。
だが。
次の戦いには出られない。
四人いたガンダムマイスター。
その一人が欠けた。
国連軍はまだ残っている。
サーシェスも生きている。
そして。
戦いは終わっていない。
束の間の安堵のすぐ向こうに。
次の戦場が待っていた。