第44話 現地調達
西暦2307年――宇宙・国連軍艦隊前方
無数の光が、宇宙を埋めていた。
GN-X。
一機や二機ではない。
再編された国連軍が残存戦力を集め、ソレスタルビーイングを完全に仕留めるために送り込んだMS部隊。その赤いGN粒子が、艦隊前方に幾筋もの航跡を引いている。
対するソレスタルビーイングは四機。
ガンダムエクシア。
ガンダムキュリオス。
ガンダムナドレ。
そして――本来なら敵側に並んでいるはずのGN-X。
『敵MS部隊、展開!』
フェルトの声が各機へ届く。
『数、二十以上! 後続もあります!』
「やっぱり増えたか」
GN-Xのコクピットで、レイナスは正面を見据えた。
数字だけなら笑いたくなる。
こちらは四機。
向こうは二十機以上。
しかも後ろには艦隊までいる。
「人手不足の職場に仕事だけ追加するのは、どこの世界も変わらないな」
『レイナス』
スメラギの声。
『愚痴なら帰ってから聞くわ』
「残業代も付けてくれるなら考えるよ」
『交渉成立ね。全員帰ってきたら検討するわ』
「言ったな?」
軽口を交わしている間にも、敵影は近づいてくる。
距離。
速度。
射線。
レイナスの目から笑みが消えた。
『来るぞ』
刹那の声。
次の瞬間。
GNビームが宇宙を走った。
◇
宇宙・プトレマイオス前方戦闘宙域
戦場が爆発した。
十数条のGNビームが交錯し、赤と緑の粒子が暗闇を切り裂く。
エクシアが正面から突っ込む。
GNソードが一閃。
GN-Xのライフルを切断し、そのまま蹴り飛ばす。
キュリオスは変形。
高速で敵陣側面へ回り込み、追尾するGN-Xを引き離していく。
ナドレはGNビームライフルを連射しながら後退。プトレマイオスへ向かう敵を優先して撃ち落としていた。
そして。
青白い光が一筋。
「一機」
レイナスのGN-Xが急加速した。
OVER RISE。
全身を薄く覆うアニマ。
機体そのものが一段上の状態へ引き上げられ、通常のGN-Xではあり得ない応答速度で機首が振られる。
敵機が照準を合わせる。
遅い。
レイナスは射線から外れ、すれ違いざまにGNビームサーベルを振るった。
腕だけを落とす。
振り返らない。
次。
二機。
左右から来る。
右からの射撃を最小限の動きで抜け、左のGN-Xへ接近。
腹部へ蹴り。
姿勢を崩したところでライフルを撃ち抜く。
そこへ右の一機が追いついた。
「順番待ちは守ってくれよ」
機体を反転。
ビームサーベル同士が激突する。
一度。
二度。
三度。
四度目はない。
敵機の手首を斬り落とし、肩へ蹴りを叩き込む。
GN-Xが回転しながら離れていった。
『……また上がってる』
フェルトが呟く。
OVER RISE状態の数値。
前回の戦闘データと比較しても、レイナスは既に扱い方を変え始めている。
出力を常時最大にしているわけではない。
必要な瞬間だけ引き上げる。
無駄を削る。
『レイナス、機体負荷が上昇してる』
「まだ予算内だ」
『予算?』
「赤字になる前には切るよ」
『本当に?』
一瞬。
レイナスが黙った。
「……努力する」
『それ、信用できない』
「最近、俺の信用残高が減る一方なんだけど」
返事はなかった。
代わりに。
新しい敵影が表示された。
◇
宇宙・戦闘宙域側面
「来る……!」
アレルヤの表情が歪んだ。
頭の奥。
刺すような感覚。
脳量子波。
忘れるはずがない。
『アレルヤ?』
スメラギが異変を察する。
「います」
キュリオスが旋回する。
赤いGN粒子の向こう。
一機。
そして。
その傍らにもう一機。
「彼女が……!」
ソーマ・ピーリス。
そしてセルゲイ・スミルノフ。
二機のGN-Xがキュリオスへ向かってくる。
『被検体E-57』
通信に声が響く。
ピーリス。
『今度こそ――!』
アレルヤが操縦桿を握る。
頭痛。
恐怖。
それでも。
逃げなかった。
「僕は……」
キュリオスのGN粒子が強く輝く。
「僕はアレルヤ・ハプティズ厶ムだ!」
三機が交錯した。
◇
宇宙・プトレマイオス直衛宙域
ナドレの周囲をGNビームが通過する。
ティエリアは歯を食いしばった。
『敵機、さらに六!』
クリスの警告。
「分かっている!」
一機を撃つ。
かわされる。
別方向から二機。
ナドレが回避。
その空間を三本のビームが通過した。
これまでなら。
ロックオンの狙撃が飛んできた。
自分の死角へ回った敵を。
何でもないように撃ち抜いていた。
だが。
今はいない。
ティエリアの視線が一瞬だけ動く。
遠く。
プトレマイオス。
その中でロックオンは眠っている。
「……頼るな」
誰に言ったのか。
自分にだ。
「彼はいない」
GNビームライフルを構える。
「ならば――僕がやる!」
ナドレが加速した。
◇
国連軍艦隊後方
戦場のさらに奥。
巨大な影が動いた。
黄金。
艦艇ともMSとも違う異様な巨体。
アルヴァトーレ。
そのコクピットで、アレハンドロ・コーナーは戦況を眺めていた。
「まだ抵抗するか」
四機。
たった四機。
それだけの戦力が、GN-X部隊を食い止めている。
特に。
一機。
「……あのGN-X」
本来なら国連軍の機体。
だが。
識別信号はソレスタルビーイング側。
そして。
異様な青白い光を纏っている。
アレハンドロは目を細めた。
レイナス・レノアーク。
リボンズが僅かに興味を示していた男。
「だが」
どれほど異常な人間だろうと。
関係ない。
この戦いで。
すべて終わる。
アルヴァトーレが前進した。
◇
宇宙・戦闘宙域
警報。
刹那が振り返る。
巨大な反応。
『大型機接近!』
フェルトの声。
モニターに映る黄金の機体。
「何だ……あれは」
巨大だった。
通常のMSを遥かに上回る。
複数の擬似GNドライヴから放出される赤い粒子が、周囲の宇宙そのものを染めている。
『刹那!』
スメラギ。
『大型機をお願い!』
「了解!」
エクシアが進路を変えた。
黄金の巨体へ。
アルヴァトーレからGNビームが放たれる。
太い。
MSの武装とは規模が違う。
刹那は機体を振る。
ビームが横を通過。
後方でGN-X一機を巻き込み、そのまま爆発させた。
「この機体……!」
エクシアが加速する。
アルヴァトーレへ。
◇
宇宙・プトレマイオス周辺
「でかいな」
レイナスもアルヴァトーレを確認していた。
「あれだけ金色だと、塗装代だけでも馬鹿にならなそうだ」
『そこ?』
フェルト。
「大事だろ。予算の使い方には人間性が出る」
『今、戦闘中』
「分かってるよ」
GN-Xを一機蹴り飛ばす。
その瞬間。
アルヴァトーレの向きが変わった。
刹那ではない。
砲口。
その延長線。
レイナスの視線が動く。
「……おい」
プトレマイオス。
巨大な砲口へ粒子が収束する。
『高エネルギー反応!』
フェルトの声が跳ね上がった。
『アルヴァトーレ、砲撃来ます!』
スメラギが即座に叫ぶ。
『回避! 最大推力!』
プトレマイオスが動く。
だが。
レイナスは一目で分かった。
位置。
艦の速度。
砲口。
収束速度。
間に合わない。
『レイナス!』
「分かってる」
迷わなかった。
GN-Xを反転。
プトレマイオスへ。
OVER RISE。
青白い光が一気に強くなる。
『何を――』
「そのまま逃げろ!」
GN-Xが射線へ飛び込んだ。
直後。
宇宙が黄金に染まった。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「来ます!」
フェルトの声。
メインモニターが光に埋め尽くされる。
アルヴァトーレの主砲。
回避は間に合わない。
誰もが。
その光景を見た。
その手前へ。
小さな青白い光が割り込む。
「……レイナス?」
フェルトの声が掠れた。
◇
宇宙・プトレマイオス前方
「――っ!」
レイナスが右手を前へ突き出す。
コクピットの中。
意味のない動作。
それでも。
そうした方が集中しやすかった。
GN-Xの前方。
青白い光が広がる。
一点。
十メートル。
数十メートル。
さらに。
アニマの障壁。
アルヴァトーレの主砲が。
真正面から衝突した。
音のない宇宙で。
光だけが爆発する。
青白い壁。
黄金の奔流。
二つがぶつかり合う。
「ぐ……!」
GN-Xが押される。
推進器全開。
OVER RISE。
さらに。
アニマを障壁へ。
警告。
警告。
警告。
機体各部から異常表示。
『レイナス!』
フェルト。
「聞こえてる!」
光が強くなる。
「悪いけど――今は返事してる余裕がない!」
腕が震える。
肉体ではない。
GN-Xそのものが。
擬似GNドライヴ。
フレーム。
スラスター。
駆動系。
全てが悲鳴を上げている。
だが。
退かない。
後ろにはプトレマイオスがある。
「高い機体なんだろ……!」
アニマがさらに広がる。
「だったら少しくらい――元を取らせろ!」
黄金の光が。
青白い障壁へ押し込まれる。
一メートル。
さらに。
だが。
止まった。
レイナスの目が鋭くなる。
「ここから先は――」
アニマが爆発的に輝く。
「通行止めだ!」
黄金の奔流が左右へ裂けた。
プトレマイオスを避けるように。
巨大なビームが二方向へ流れていく。
そして。
数秒後。
砲撃が途切れた。
光が消える。
宇宙に。
青白い残光だけが残った。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
誰も。
すぐには声を出せなかった。
プトレマイオスは。
無傷だった。
スメラギが最初に我に返る。
「レイナス機は!?」
フェルトが端末を見る。
「……生きてます!」
安堵。
ほんの一瞬。
「でも――」
表示される機体情報。
赤。
赤。
赤。
「機体各部に異常! 擬似GNドライヴ出力低下! 右脚部応答なし、主推進器も――」
◇
宇宙・プトレマイオス前方
GN-Xのコクピット。
警告音が鳴り続けている。
レイナスは計器を見た。
「……よし」
一秒。
二秒。
さらに警告が増えた。
「…………よくないな」
右脚。
死亡。
メインスラスター。
出力三割以下。
左腕。
反応遅延。
擬似GNドライヴ。
不安定。
OVER RISE解除。
青白い光が消える。
『レイナス!』
フェルトの声。
「無事だよ」
『機体は無事じゃない!』
「そこは見解の相違だな」
『どこが!?』
「まだ爆発してない」
『それを無事って言わない!』
「……確かに」
レイナスは計器を見る。
どう好意的に評価しても。
戦闘続行は無理だった。
「請求書が一括払いで来たか」
『レイナス、帰投して!』
スメラギ。
「そうしたいんだけどな」
操縦桿を動かす。
GN-X。
ほとんど動かない。
「足がない」
『回収を――』
警告。
敵影。
レイナスが顔を上げる。
一機のGN-X。
こちらへ急速接近。
弱った敵。
仕留めるつもりだ。
ビームライフルを構えている。
『レイナス! 敵機接近!』
「見えてる」
回避不能。
こちらのライフルも反応しない。
普通なら。
詰みだ。
レイナスは接近するGN-Xを見た。
そして。
僅かに眉を上げた。
「……助かった」
『え?』
フェルト。
「ちょうど足が来た」
沈黙。
『……レイナス』
フェルトの声が変わった。
もう察している。
「大丈夫」
ハッチへ手を伸ばす。
「今度はちゃんと返す」
『前も返してない!』
「……そうだったな」
ハッチが開く。
真空。
レイナスの身体を青白いアニマが覆う。
周囲の僅かな空気ごと保持。
呼吸装備を確認。
「じゃあ」
壊れたGN-Xを蹴る。
宇宙へ。
「乗り換えるか」
◇
国連軍GN-X・コクピット
「な――」
国連軍パイロットが目を見開いた。
人間。
青白く光る人間が。
宇宙空間を飛んでくる。
「何だこいつは!?」
ライフル。
近すぎる。
撃てない。
GN-Xの肩へ。
レイナスが着地した。
「悪い」
聞こえるはずのない声。
当然。
相手には届かない。
それでも。
言った。
「ちょっと借りる」
アニマを纏った指が。
コクピットハッチへ食い込む。
装甲が軋む。
引く。
変形。
警告。
パイロットが叫ぶ。
「ま、待て! またか!?」
ハッチが開いた。
レイナスと目が合う。
「……また?」
一瞬だけ気になった。
だが。
今は後回し。
パイロットのハーネスを外す。
機外へ。
乱暴には扱わない。
壊れた自分のGN-Xへ向けて押し出す。
「悪いな」
レイナスが代わりに座る。
操縦系。
同型機。
確認する必要すらほとんどない。
ハッチは閉まらない。
「……ここは後で考えるか」
擬似GNドライヴ。
正常。
推進器。
正常。
四肢。
正常。
武装。
正常。
レイナスの口元が上がった。
「やっぱり中古でも動く奴はいいな」
GN-Xが旋回する。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
フェルトは。
頭を抱えたくなっていた。
「……本当にまた取った」
クリスもモニターを見ている。
「二回目だよね?」
スメラギが訂正する。
「GN-Xは二回目」
「他にもあるんですか?」
「聞かない方がいいわ」
◇
宇宙・戦闘宙域外縁
一機のMSが。
戦場へ近づいていた。
GN-Xではない。
細身。
黒を基調とした機体。
高速。
異常なほどの加速で。
戦場へ。
そのコクピット。
グラハム・エーカーは。
目の前で起きた光景を見ていた。
壊れたGN-X。
そこから飛び出す人間。
別のGN-Xへ取り付き。
パイロットを排出。
そして。
機体を奪う。
報告書。
返還されたパイロットの証言。
あの時。
内容を疑ったわけではない。
それでも。
実際に目の前で見ると。
「……なるほど」
笑みが浮かぶ。
「報告書に虚偽はなかったということか!」
新たに奪ったGN-Xが動く。
その操縦。
間違いない。
グラハムは通信回線を開いた。
『レイナス・レノアーク!』
聞き覚えのある声。
レイナスが眉を寄せた。
「……この忙しい時に、今度は何だ」
モニター。
接近する機体。
そして。
声。
思い出す。
ユニオンの基地。
アザディスタン。
二度。
直接会った男。
「……あんたか」
『覚えていてくれたとは光栄だ!』
「忘れるにはちょっと濃いからな」
グラハムの機体が武器を構える。
『ようやくだ』
声が弾んでいる。
『ようやく戦場で、君と相まみえることができる!』
レイナスは周囲を見る。
アルヴァトーレ。
刹那。
GN-X部隊。
プトレマイオス。
そして。
目の前のグラハム。
「参ったな」
新しく奪ったGN-Xの操縦桿を握る。
「今日は次から次へと追加料金が乗ってくる」
青白い光が。
再びGN-Xを包み始める。
「まあ――」
レイナスの目が鋭くなる。
「乗りかかった船だ」
グラハムの機体が加速する。
レイナスのGN-Xも。
真正面から加速した。
二つの光が。
激突した。