第47話 思わぬ寸志
西暦2308年――宇宙・国連軍最終決戦宙域
片腕のGN-Xが、傷ついたプトレマイオスの前を横切る。
右腕は失われ、左肩にも損傷。脚部の推力まで落ち始めていた。
それでもレイナスは残ったビームサーベルを握らせ、接近してきたGN-Xへ踏み込んだ。
敵の斬撃を紙一重でかわす。
すれ違いざまに一閃。
GN-Xの胴体が裂け、背後で爆発した。
「……さすがに厳しくなってきたな」
警告表示が増えている。
OVER RISEを使えばまだ動く。だが、使うほど機体の寿命が縮むのも分かっていた。
そんなレイナスの前に、新たな反応が現れた。
一機のGN-X。
戦域の外側から高速で接近してくる。
「増援か」
左手のサーベルを構える。
ところが、そのGN-Xはプトレマイオスにも他のガンダムにも目を向けなかった。
一直線にレイナスへ向かってくる。
そして通信が開いた。
『見つけたぞぉぉぉっ!!』
「……?」
『やっと見つけたぞ、イナクト泥棒!!』
レイナスの眉が動いた。
イナクト。
そこまで言われれば思い出す。
タクラマカンで長時間戦闘を続けていた時、途中から使わせてもらった機体。
正確には、飛行中の機体からパイロットを降ろして、そのまま借りた。
返してはいない。
「ああ……」
『思い出したか!』
「タクラマカンの」
『そうだ! この俺、パトリック・コーラサワーだ!』
名前まで聞いて、ようやく記憶が完全に繋がった。
「そうそう。そんな名前だったな」
『忘れてたのかよぉっ!?』
「悪い。あの時は十八時間くらい働いてたんだ。細かいところまでは覚えてない」
『俺からイナクトを奪ったことが細かいところで済むかぁっ!』
パトリック機がライフルを連射する。
レイナスは機体を左右へ振った。
一発、二発。
回避。
三発目をかわしたところで左脚の推力が一瞬落ち、機体が大きく傾いた。
「っと……」
姿勢を戻す。
警告。
左脚部推進系。
背部スラスター。
フレーム各部。
どこを見ても黄色か赤だった。
対して目の前のGN-Xは、両腕健在。推進器にも目立った損傷なし。ライフルもサーベルも残っている。
レイナスはしばらく相手を見た。
『何だ! 今さら怖気づいたか!』
「いや」
もう一度、自分の機体を見る。
それからパトリック機。
「こいつは思わぬ寸志が貰えそうだ!」
『はぁ!?』
レイナスのGN-Xからビームサーベルの光が消えた。
『お、おい! 何で武器をしまう!』
「その方が都合がいい」
『何の都合だ!?』
レイナスが加速した。
真正面。
パトリックもサーベルを抜く。
『舐めるなよ! 同じ手を二度も食うかぁっ!』
「覚えてるじゃないか」
『忘れるか!!』
振り下ろされるサーベル。
レイナスは直前で機体を横へ逃がした。
だが、損傷した脚部がついてこない。
刃がGN-Xの腰部を掠め、装甲が弾ける。
「……本当に限界だな」
『もらったぁっ!』
パトリックが追う。
レイナスは逃げなかった。
むしろスラスターを吹かし、相手へ突っ込む。
『なっ!?』
二機が激突した。
レイナス機の左腕が、パトリック機の右腕を掴む。
『離せ!』
「それは困る」
『何がだ!』
レイナスは一瞬だけ目を閉じた。
青白い光。
《アニマ》が機体へ流れ込む。
損傷したGN-Xの左腕が、無理やり出力を引き上げた。
パトリック機を引き寄せる。
コクピット同士が近づく。
そこでパトリックも気づいた。
『待て』
「ん?」
『お前……まさか』
レイナスは笑った。
「二度目は話が早くて助かる」
『やっぱりかぁぁぁっ!!』
次の瞬間。
レイナスは自分のGN-Xから離れた。
宇宙空間へ直接。
身体の周囲を青白い《アニマ》が包み、薄い空気の層を保持する。
『出たぁぁぁっ!?』
パトリックが叫ぶ。
『何で宇宙にそのまま出てくるんだよお前は!!』
レイナスは答えず、パトリック機のコクピットへ取りついた。
ハッチへ手を掛ける。
『やめろ!』
金属が軋んだ。
『おい! 待て! それ俺のだぞ!』
「知ってる」
『知っててやるな!』
《アニマ》で強化された指が装甲へ食い込む。
ハッチが歪む。
『また壊すのかよぉっ!』
「普通に開けてくれれば壊さずに済むぞ」
『誰が開けるか!!』
「だよな」
さらに力を込める。
ハッチが外側へひしゃげた。
『ぎゃあああっ! 俺のジンクスがぁぁぁっ!』
「機体より自分の心配した方がいいぞ」
レイナスがコクピットへ手を伸ばす。
『待て待て待て待て!』
「悪いな」
パトリックの身体を掴む。
『俺はこれをやり返すためにここまで来たんだぞ!?』
「そうだったのか」
『そうだよ!』
「じゃあ次は機体を取られない方法を考えてから来てくれ」
『次がある前提で話すなぁぁぁっ!!』
パトリックが宇宙へ放り出される。
もちろんノーマルスーツは着ている。
レイナスはそのままコクピットへ身体を滑り込ませた。
操作系。
同じGN-X。
迷う必要はない。
ハッチはまた壊してしまったが、戦闘には支障がない。
両腕。
正常。
両脚。
正常。
推進器。
正常。
武装。
ライフル、ビームサーベルともに使用可能。
表示された機体状態を確認して、レイナスは満足そうに頷いた。
「よし。これなら働ける」
外ではパトリックが漂いながら両腕を振っている。
『返せぇぇぇっ!!』
レイナスは先ほどまで自分が乗っていた大破寸前のGN-Xを見る。
最低限、姿勢制御は残っている。
「代わりならそこにある」
『いらねえよ!!』
「同じ機種だぞ?」
『腕がねえだろうが!!』
「細かいこと気にするな」
『細かくねえ!!』
レイナスは通信をプトレマイオスへ戻した。
『……レイナス』
フェルトだった。
妙な間がある。
「何だ?」
『また取ったの?』
「向こうから来た」
『……そう』
「しかも知り合いだった」
『知り合い?』
レイナスは宇宙で怒鳴り続けているパトリックを見た。
「前にも一機くれた奴」
『それ、知り合いって言わないと思う』
「そうか?」
別回線からクリスの声が割り込んだ。
『レイナス、今それどころじゃないから!』
「分かってる」
軽口はそこで終わった。
レイナスの目が戦場へ戻る。
プトレマイオスは傷ついている。
残存するGN-Xもまだいる。
遠方では、エクシアがアルヴァトーレへ食らいついていた。
「さて」
新品同然のGN-Xがライフルを構える。
「寸志も貰ったことだし、残業に戻るか」
◇
赤いエクシアが黄金の巨体を駆け上がる。
GNフィールドはすでに破られていた。
刹那はアルヴァトーレの砲撃をかわしながら懐へ潜り込み、GNソードを装甲へ叩き込む。
『私が! 私こそが世界を――!』
「違う!」
刹那の叫びとともに刃が走る。
「世界を変えるのは――!」
エクシアが加速した。
巨大な黄金の装甲を斬り裂く。
爆発。
アルヴァトーレの巨体が内部から次々と光を噴き出した。
刹那は爆炎の中からエクシアを離脱させる。
だが。
その直後。
黄金の残骸の中から、新たな反応が現れた。
「……まだいる」
アルヴァアロン。
戦いは終わっていなかった。
◇
プトレマイオス周辺へ戻ったレイナスは、先ほどまでとはまるで違う機体の反応に小さく息を吐いた。
「やっぱり両腕あると楽だな」
ライフルを撃つ。
一機のGN-Xが回避する。
その先へ回り込み、今度はサーベルを抜いた。
一閃。
敵機を斬り抜ける。
機体を失ったパトリックのことは、もう頭から消えていた。
優先するのはプトレマイオス。
その向こうで、また一機のGN-Xが母艦へ向かう。
「行かせるか!」
レイナスが追う。
その時。
通信へスメラギの声が入った。
『全機へ。プトレマイオスはこれ以上の戦闘継続が困難よ』
レイナスの表情が変わる。
『右舷推進系に重大な損傷。強襲用コンテナも限界が近い』
「離脱できるのか?」
短い沈黙。
『……その準備を始める』
明確な答えではなかった。
それだけで十分だった。
レイナスはプトレマイオスを見る。
傷だらけの船体。
ところどころから粒子と破片を流しながら、それでもまだ宇宙に浮かんでいる。
その中にはフェルトがいる。
スメラギも。
クリスも。
イアンも。
負傷したニールと、その傍にいる絹江も。
「了解」
レイナスは操縦桿を握り直した。
「なら、時間はこっちで稼ぐ」
『レイナス――』
フェルトの声。
「大丈夫だ」
今回は冗談を続けなかった。
新しく手に入れたGN-Xを反転させる。
敵部隊へ正面を向ける。
「せっかくボーナスが出たんだ」
そこで少しだけ笑う。
「使わずに帰ったら、もったいないだろ」
GN-Xが加速する。
その背後で。
プトレマイオスは、戦場から離脱するための最後の準備を始めていた。