機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第48話 それぞれの空へ

第48話 それぞれの空へ

西暦2308年――宇宙・国連軍最終決戦宙域

パトリックから手に入れたGN-Xが、傷ついたプトレマイオスの前を駆ける。

先ほどまで乗っていた機体とは違う。両腕は揃い、推進器にも大きな損傷はない。戦場で奪ったばかりとはいえ、機体そのものはまだ十分に戦える状態だった。

レイナスは接近してくるGN-Xへライフルを二射。

敵機が射線から逃れた瞬間、ライフルを腰部へ戻し、右手でビームサーベルを抜く。

「そこだ!」

すれ違いざまの一閃。

GN-Xの胴体が裂け、背後で爆発した。

『レイナス、右上方から二機!』

フェルトの声が飛ぶ。

「見えた!」

一機はレイナスへ。

もう一機はその脇を抜け、プトレマイオスへ向かっていた。

狙う相手を迷う理由はない。

レイナスは母艦へ向かった機体を追う。

「OVER RISE!」

青白い光がGN-Xを包んだ。

機体そのものが一段上の状態へ引き上げられ、一気に距離を詰める。

プトレマイオスへライフルを向けた敵機の背後へ追いつき、ビームサーベルを突き込んだ。

爆発。

その光の向こうに、プトレマイオスが見える。

右舷は大きく損傷し、推進部から粒子と破片が流れていた。強襲用コンテナも被害を受け、GNフィールドを維持する余力もほとんど残されていない。

もはや戦うための船ではない。

生き残るために、ここから離れなければならない船だった。

『レイナス』

スメラギから通信が入る。

『本艦は戦闘宙域から離脱するわ』

「了解」

『ただ、通常航行は難しい。状況次第では艦を放棄する』

レイナスは一度だけプトレマイオスを見た。

それから周囲の敵影を確認する。

「分かった」

『あなたも戻って』

「戻れるところまではな」

『レイナス』

「このままじゃ後ろから撃たれる。離脱するなら、まず追手を止めないと駄目だろ」

通信の向こうでスメラギが黙った。

止めても無駄だと分かっているのだろう。

それに、レイナスの判断そのものが間違っているわけでもない。

「今度の機体は調子がいい。さっきまでよりは余裕があるよ」

『それ、あなたの機体じゃないでしょ』

フェルトだった。

「今は俺が乗ってる」

『そういう問題じゃない』

レイナスは小さく笑った。

「細かいところは帰ってから話そう」

わずかな沈黙。

『……絶対だから』

「ああ」

通信を切り、再び敵へ向き直った。

          ◇

アルヴァトーレを失ってなお、アレハンドロは戦いをやめなかった。

黄金のモビルスーツ、アルヴァアロン。

対するエクシアも、すでに限界に近い。

TRANS-AMを使い切り、各部には警告が並んでいる。長時間にわたる戦闘で、刹那自身の疲労も蓄積していた。

それでもGNソードを構える。

『私が世界を統一し――』

「違う!」

砲撃をかわし、懐へ飛び込む。

アルヴァアロンのビームサーベル。

エクシアのGNソード。

二つの刃が激突した。

「貴様が――」

エクシアが残された推力を振り絞る。

「世界を歪ませた!」

GNソードが黄金の装甲を貫いた。

アレハンドロの叫びが途切れる。

アルヴァアロンの機体が内側から膨れ上がり、次の瞬間、巨大な爆発に飲み込まれた。

エクシアも爆炎の中から弾き飛ばされる。

「ぐっ……!」

衝撃で刹那の身体がシートへ叩きつけられた。

視界が揺れる。

モニターには警告が幾重にも重なり、通信から聞こえるのはノイズばかりだった。

「プトレ……マイオス……」

返事はない。

操縦桿を握ろうとした指から力が抜ける。

限界だったのは機体だけではない。

連戦。

TRANS-AM。

アルヴァトーレ。

そしてアルヴァアロン。

張り詰めていた意識が、急速に遠のいていく。

「俺は……」

最後まで言葉にはならなかった。

刹那の瞼が閉じる。

操縦者を失ったエクシアは姿勢を崩し、爆発の余波で得た慣性のまま戦場から離れていく。

誰にも回収されることなく。

誰にも、その生存を確認されることなく。

ガンダムエクシアは刹那を乗せたまま、宇宙の闇へ流されていった。

          ◇

別の宙域。

キュリオスを覆っていたTRANS-AMの赤い輝きが消える。

直後、出力が大きく落ちた。

「くっ……!」

そこへ二機のGN-Xが迫る。

セルゲイ・スミルノフ。

ソーマ・ピーリス。

『アレルヤ、右だ!』

ハレルヤの声。

反射的に機体を振る。

ピーリスの射撃がキュリオスの脇を抜けた。

だが、回避先にはセルゲイがいる。

『逃がさん!』

「しまっ――」

正面からピーリス。

GN-Xがキュリオスへ組みついた。

激しい衝撃がコクピットを襲う。

「うああっ!」

その瞬間。

互いの脳量子波が強く干渉した。

アレルヤの中へ流れ込んでくる感覚。

失われていた記憶。

施設。

幼い頃の自分。

そして、そこにいた一人の少女。

名前が蘇った。

「……マリー?」

ピーリスの動きが止まる。

『何を……』

アレルヤは目を見開いた。

間違いない。

「マリー……パーファシー……」

『違う!』

ピーリスが叫ぶ。

『私はソーマ・ピーリスだ!』

「違わない……君は――」

『少尉、離れろ!』

セルゲイが割って入った。

GN-Xの攻撃がキュリオスを捉える。

装甲が弾けた。

片脚が吹き飛び、機体が大きく回転する。

アレルヤの身体がシートへ叩きつけられる。

「がっ……!」

警告音がコクピットを埋め尽くした。

それでもアレルヤは、遠ざかるピーリスのGN-Xを見ていた。

「マリー……」

やがて、その目が閉じる。

キュリオスの動きが止まった。

セルゲイはすぐには撃たなかった。

反撃はない。

『少尉、下がれ』

『中佐……』

『戦闘能力を失っている。パイロットを確認する』

セルゲイのGN-Xが大破したキュリオスへ接近する。

コクピット内の生命反応を確認。

『……生きている』

セルゲイは通信を開いた。

『こちらセルゲイ・スミルノフ。ガンダム一機を無力化。パイロットは生存している。回収部隊を回せ』

ほどなくして作業機が到着した。

大破したキュリオスへ取りつき、各部の状態を確認していく。

やがて、回収部隊から通信が入った。

『中佐』

『どうした』

『この機体――GNドライヴがありません』

セルゲイが眉を寄せた。

『何?』

『接続部から切り離されています。戦闘による脱落ではありません。意図的にパージされたものと思われます』

セルゲイはキュリオスの後部を見る。

確かに、本来そこにあるはずの太陽炉がない。

いつ切り離したのか。

誰が回収したのか。

この混乱した戦場で確認する術はなかった。

『……構わん。機体とパイロットを確保する』

『了解』

作業機が大破したキュリオスを曳航していく。

その心臓部だけを失ったまま。

ピーリスは、その様子を無言で見つめていた。

――マリー・パーファシー。

先ほど呼ばれた名前が、まだ頭から離れない。

なぜあの男が、その名を知っていたのか。

その答えを、今の彼女は持っていなかった。

ガンダムマイスター、アレルヤ・ハプティズム。

その戦いは、敗北と拘束という形で終わった。

          ◇

ナドレも限界を迎えていた。

TRANS-AM終了後の出力低下。

積み重なった損傷。

ティエリアは残った武装でGN-Xを狙う。

「まだだ……!」

射撃。

一機を撃破。

その爆発を突き抜け、別のGN-Xが現れた。

ビームがナドレの肩を撃ち抜く。

「くっ!」

さらに脚部へ直撃。

機体が大きく回転した。

ティエリアは操縦桿を動かす。

反応が返ってこない。

姿勢制御も失われている。

遠くにプトレマイオスが見えた。

傷つきながらも、戦場から離れようとしている。

「僕は……」

通信を開く。

ノイズ。

「まだ……」

返事はない。

ナドレは制御を失ったまま、戦線から遠ざかっていった。

          ◇

プトレマイオス・ブリッジ

艦内に警報が鳴り響いていた。

「右舷推進器、復旧しません!」

「姿勢制御も限界ッス! このままじゃ航路を維持できません!」

損傷表示は増え続けている。

スメラギは画面を見つめた。

刹那。

アレルヤ。

ティエリア。

すでに誰ともまともに連絡が取れない。

そして艦そのものも、これ以上は保たない。

「総員、退艦準備」

クリスが振り返った。

「……艦を捨てるんですか?」

「このままじゃ全員まとめて沈むわ」

スメラギは迷わなかった。

「使える脱出設備を全部確認して。負傷者を最優先。移動できる人間から順次退艦させる」

「了解!」

クリスが端末へ向き直る。

フェルトも各区画へ退艦命令を送った。

その手が、一瞬だけ止まる。

画面にはレイナスのGN-X。

まだ戦っている。

だが今は、自分の仕事をしなければならない。

フェルトは端末へ視線を戻した。

          ◇

退艦命令は医務室にも届いた。

モレノがニールの状態を確認しながら固定具を外す。

「動かすぞ」

「ここに残るって選択肢は?」

「あるわけないだろ」

「だよな」

ニールが身体を起こす。

傷が痛んだのか、一瞬だけ顔が歪んだ。

絹江がすぐ横へ回る。

「肩、貸します」

「悪い」

立ち上がった途端、艦が揺れた。

ニールの身体が傾く。

絹江がしっかりと支える。

「ほら」

「……思ったより使い物にならないな」

「今さらですか?」

「手厳しいな」

「いいから、ちゃんと体重かけてください」

「重いぞ?」

「今は文句言いません」

「今は、か」

二人はモレノたちとともに医務室を出た。

通路には退艦するクルーたちが行き交っている。

照明が明滅する。

また艦が揺れた。

絹江は壁へ手をつきながら、それでもニールから離れなかった。

「大丈夫ですか?」

「ああ」

ニールは息を整える。

「……行こう」

「はい」

二人は並んだまま、脱出区画へ向かった。

          ◇

戦場では、プトレマイオスの離脱が始まっていた。

その後方にレイナスが残る。

追おうとするGN-Xへライフルを撃ち込む。

一機が回避。

もう一機が左右へ分かれる。

「そっちは行かせない!」

レイナスは右へ向かった。

距離を詰める。

ライフルを腰へ戻す。

ビームサーベル。

一閃。

敵機が爆発する。

背後から射撃。

機体を捻る。

一発が肩を掠め、装甲が飛んだ。

「新品ってのは、もう撤回だな!」

反転。

残った敵へ向かう。

戦場全体では国連軍も統制を失い始めていた。

アルヴァトーレもアルヴァアロンも消えた。

ガンダムの反応も次々と戦線から消えている。

戦いそのものが終わろうとしていた。

『レイナス!』

フェルト。

「聞こえてる」

『退艦が始まった。私たちも移る』

レイナスは遠ざかり始めたプトレマイオスを見る。

「そうか」

『レイナスも戻って』

「帰るよ」

『……本当に?』

「前にも言っただろ」

接近するGN-Xを視界に捉える。

「まだ専用機もない」

『……うん』

「借り物で人生締めるのは、さすがに割に合わない」

少しの沈黙。

『帰ってきて』

フェルトの声は、それだけだった。

レイナスも余計な言葉を重ねなかった。

「ああ」

通信が切れる。

レイナスは操縦桿を握り直した。

「さて」

GN-Xが加速する。

「もう一仕事だ」

          ◇

プトレマイオスから脱出艇が次々と離れていく。

スメラギ。

クリス。

ラッセ。

リヒティ。

イアン。

モレノ。

負傷者も含め、生き残ったクルーが可能な限り分乗していた。

ニールもその中にいる。

隣には絹江。

座席へ身体を預けたニールを見て、絹江が念を押す。

「もう動かないでくださいね」

「さすがにもう動けん」

「信用してません」

「そこまでか」

「ここまでです」

ニールは苦笑した。

「じゃあ大人しくしてるよ」

少し離れた席では、フェルトが窓の外を見ていた。

戦場が遠ざかっていく。

まだ小さな青白い光が見える。

レイナスだ。

スメラギが隣へ来た。

「フェルト」

「……はい」

「今は離れるしかないわ」

「分かってます」

フェルトは答える。

それでも視線は逸らさない。

やがて青白い光さえ、宇宙の暗闇へ紛れていった。

          ◇

戦闘は終息へ向かっていた。

国連軍の残存部隊も撤退を始める。

最後までプトレマイオスを追おうとしていたGN-Xが進路を変えた。

レイナスは追わなかった。

周囲を確認する。

敵影なし。

「……終わったか」

ようやく操縦桿から力を抜く。

プトレマイオスの反応を探した。

遠い。

通信圏からも外れ始めている。

だが、それでいい。

逃げ切った。

「さて、俺も――」

警告音。

レイナスの眉が寄る。

「……ん?」

背部推進器。

出力低下。

姿勢制御系異常。

さっきまで正常だった表示が、次々と黄色から赤へ変わっていく。

敵から受けた損傷。

そして短時間とはいえ、OVER RISEで機体そのものを引き上げ続けた負荷。

一気に表面化していた。

「おいおい」

推進器が一基停止する。

続いてもう一基。

機体がゆっくりと傾いた。

「新品同然だったの、ついさっきだぞ」

補助系へ切り替える。

反応が鈍い。

推進力は戻らない。

レイナスはOVER RISEを解除した。

青白い光が消える。

通信を開く。

「トレミー、聞こえるか」

ノイズ。

「スメラギ?」

返事はない。

一拍置く。

「……フェルト」

やはり届かなかった。

レイナスは息を吐き、壊れたハッチの向こうへ目を向けた。

宇宙空間へ出ること自体はできる。

《アニマ》で身体と周囲の空気を覆えば、短時間なら生身でも移動できる。

だが、周囲には辿り着ける艦も施設もない。

プトレマイオスがどちらへ離脱したかは分かっていても、この距離を生身で追うのは現実的ではなかった。

「足があっても、行き先が遠すぎるか」

レイナスは機体を捨てる判断をしなかった。

まだ電力は残っている。

通信機も完全には死んでいない。

何よりGN-Xという大きな物体と救難信号があった方が、宇宙空間に生身で浮かぶより発見される可能性は高い。

「こっちの方がまだマシだな」

救難信号を設定する。

送信。

反応なし。

もう一度。

送信。

「……さて」

レイナスは操縦席へ身体を預けた。

戦闘中とは違う静けさが、コクピットを満たしている。

「帰るって言った手前、ここで遭難は格好つかないな」

誰も答えない。

レイナスを乗せたGN-Xは、戦場だった宙域をゆっくりと流れていった。

          ◇

刹那・F・セイエイ。

アルヴァアロンを撃破した後に意識を失い、ガンダムエクシアとともに消息不明。

アレルヤ・ハプティズム。

大破したガンダムキュリオスとともに国連軍へ回収され、拘束。

ただし、その心臓部たるGNドライヴは発見されなかった。

ティエリア・アーデ。

損傷したナドレとともに戦場から離れ、所在不明。

プトレマイオスはその役目を終えた。

スメラギたちは艦を放棄し、生き残ったクルーとともに脱出。

負傷したニール・ディランディの隣には、最後まで絹江・クロスロードがいた。

そして。

レイナス・レノアーク。

救難信号を発する一機のGN-Xとともに、誰もいなくなった戦場へ取り残された。

少し前まで同じ船にいた者たちは、それぞれ別の場所へ散っていく。

互いの生死さえ分からない者もいる。

捕らえられた者もいる。

帰る場所そのものを失った者もいる。

それでも、彼らは生きている。

戦いは終わった。

世界は変わる。

ソレスタルビーイングが望んだ形とは違っていても、もう以前と同じ世界には戻らない。

そして彼ら自身もまた、それぞれの場所で次の時間を生きることになる。

再び巡り合う、その日まで。

第一部 完

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