第50話 残った者たち
西暦2308年――地上・王留美所有施設
貨物船《セレーネ》に救助されてから数日。
地上へ戻ったレイナスは、王留美から指定された場所を訪れていた。
都市部から離れた場所に建つ、小さな邸宅。
表向きは王家所有の別荘らしい。
門を抜けたところで紅龍が待っていた。
「ご無事で何よりです、レイナス」
「そっちもな」
互いにそれだけ。
紅龍が屋敷へ向かって歩き出し、レイナスも隣を歩く。
「貨物船に救助されたと聞きました」
「ああ。運が良かったよ」
「搭乗していたGN-Xは?」
「置いてきた」
紅龍がこちらを見る。
「……そうですか」
「何だ、その顔は」
「いえ」
「惜しそうに見えたか?」
「少し」
レイナスは肩を竦める。
「俺だって何でも持って帰るわけじゃない」
「そうですね」
返事が妙に早い。
レイナスは横目で紅龍を見る。
「……信用されてないな」
紅龍は答えなかった。
◇
応接室へ入る。
王留美は窓際に立っていた。
以前と変わらない姿。
しかし、表情には明らかな疲労が見える。
「お久しぶりです、レイナスさん」
「数日だろ」
「私には長い数日でした」
「……それは俺も同じか」
勧められた椅子へ座る。
紅龍が扉の横へ控えた。
留美も向かいへ座る。
レイナスは前置きをしなかった。
「みんなは?」
留美も分かっていたのだろう。
すぐ答える。
「プトレマイオスから脱出した方々については、かなり確認が進んでいます」
レイナスの視線が留美へ向く。
「スメラギさん、クリスティナさん、リヒテンダールさん、 ラッセさん、イアンさん、モレノさん――」
名前が続く。
そして。
「フェルトさんも無事です」
レイナスは何も言わなかった。
ほんの少しだけ、肩から力が抜ける。
それを留美は見逃さなかったが、指摘もしなかった。
「……そうか」
しばらくして、それだけ答えた。
あの時。
最後に聞いた声。
――帰ってきて。
「なら、よかった」
留美が小さく笑う。
「それだけですか?」
「他に何を言えばいい」
「もう少し喜ばれるかと思いました」
「喜んでるよ」
レイナスは背もたれへ身体を預けた。
「帰るって言っておいて、帰った先に誰もいなかったら困るだろ」
「なるほど」
「そういう意味だ」
留美の笑みが少しだけ深くなった。
レイナスは気づかないふりをした。
◇
「ロックオンは?」
「生存しています。負傷していますが、命に別状はありません」
「絹江は?」
「一緒です」
即答だった。
レイナスは頷く。
「ならいい」
戦闘前のニールの状態を考えれば、一人にしておくよりずっといい。
「二人とも現在は別の安全な場所へ移動しています。モレノさんも同行しています」
「しばらくは治療優先だな」
「ええ」
そこまで聞いて、レイナスは次の名前を待った。
だが留美は話さない。
空気が変わる。
レイナスは察した。
「……刹那たちは?」
留美の表情が曇る。
「分かっていません」
「三人とも?」
「はい」
留美は端末を操作する。
戦闘宙域の記録が表示された。
「刹那・F・セイエイ。ガンダムエクシアとともに消息不明」
レイナスは画面を見る。
「最後に確認されたのは?」
「アルヴァアロンとの戦闘です。その後、機体反応を見失っています」
「撃墜された記録は」
「ありません」
「なら、死亡確認もない」
「はい」
レイナスは頷いた。
それ以上は言わない。
次。
「ティエリア・アーデ。ガンダムナドレとともに消息不明です」
「こっちも撃墜確認なし?」
「ありません」
「そうか」
そして最後。
「アレルヤ・ハプティズムについても、現在確認できていません」
レイナスの眉がわずかに動いた。
「キュリオスは?」
「戦場から反応が消えています」
「……三人とも、機体ごとか」
「はい」
レイナスは画面を見たまま黙った。
死亡したと決める材料はない。
だから決めない。
それだけだった。
「探してるんだろ?」
「可能な限り」
「なら、俺から言うことはない」
留美がレイナスを見る。
「生きていると?」
「分からない」
即答だった。
「分からないことを、都合よく決める気はないよ」
少し間を置く。
「ただ、死んだと決める理由もない」
「……そうですね」
「見つければ済む話だ」
レイナスにとっては、それで十分だった。
◇
留美は別の資料を表示した。
そこには国連崩壊後の世界情勢がまとめられている。
「三大国家群は、今回の戦いを契機として統合へ向かっています」
ユニオン。
人類革新連盟。
AEU。
かつて世界を三分していた勢力。
その境界が急速に失われようとしている。
「ソレスタルビーイングが掲げていた武力による戦争根絶。その結果として、世界は一つになろうとしています」
「皮肉なもんだな」
レイナスは資料を眺めた。
「俺たちを共通の敵にしたら、まとまったか」
「少なくとも、今は」
「問題はその先だ」
留美が頷く。
「スメラギさんも同じことを仰っています」
「もう連絡取れてるのか」
「はい」
「早いな」
「そのために残していた経路があります」
レイナスは少し笑った。
「こういう時、金持ちは強いな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてるよ。半分くらいは」
「残り半分は?」
「羨ましい」
留美が小さく笑った。
「レイナスさんらしいですね」
「百年以上生きても金には縁がないからな。そこだけはどうにもならない」
「必要でしたら――」
「いや」
レイナスは手を上げる。
「そこまで世話になると、後で請求書を見るのが怖い」
「請求しません」
「そういう相手ほど怖いんだよ」
紅龍がわずかに視線を逸らした。
留美は楽しそうだった。
◇
「それで」
レイナスは資料から顔を上げる。
「俺を呼んだのは、生存報告だけじゃないんだろ?」
留美の表情が変わった。
「はい」
端末の表示が切り替わる。
プトレマイオス。
ガンダム。
各地に残されたCBの施設。
「ソレスタルビーイングは大きな損害を受けました」
「見れば分かる」
「母艦を失い、ガンダム四機も所在または状態が確認できません。ヴェーダへのアクセスも失ったままです」
「随分きれいに無くなったな」
「それでも」
留美はレイナスを見る。
「スメラギさんたちは、終わるつもりはありません」
レイナスは黙って続きを待つ。
「世界が一つになったからといって、戦争がなくなったわけではない。むしろ、これから何が起きるのかを見なければならないと」
「だろうな」
「ソレスタルビーイングは再建されます」
レイナスは画面を見る。
船はない。
ガンダムもない。
人員も散り散り。
ヴェーダもない。
組織として見れば、ほとんど一からの再出発だった。
「再建、か」
「はい」
「簡単じゃないぞ」
「承知しています」
「金もいる」
「用意します」
即答。
「施設も」
「あります」
「人も」
「集めます」
「……」
レイナスは留美を見る。
「金持ちは強いな」
「先ほども聞きました」
「大事なことだからな」
少し笑ってから、レイナスは資料へ視線を戻した。
「で?」
「レイナスさんにも協力していただきたいのです」
答えは最初から決まっていた。
ここへ来る前から。
プトレマイオスから離れる時から。
もっと言えば――フェルトに帰ると言った時から。
「いいよ」
留美が一瞬だけ目を瞬く。
「……もう少し考えられるかと思いました」
「考えるところはもう終わってる」
レイナスは背もたれから身体を起こした。
「みんなが続けるなら、俺だけ降りる理由もない」
「ですが、以前とは状況が違います」
「ああ」
「次に戦う相手が誰になるのかも分かりません」
「ああ」
「それでも?」
レイナスは少し考える。
「世界が本当に平和になったっていうなら、俺も喜んで失業するさ」
窓の外へ視線を向けた。
穏やかな空。
あの宇宙での戦いなど、最初から存在しなかったように見える。
「でも、たぶんそう簡単にはいかない」
留美は答えなかった。
「なら、もう少し付き合うよ」
レイナスは立ち上がる。
「それに――」
「それに?」
「まだ給料も専用機も貰ってない」
留美が目を瞬く。
レイナスは真顔だった。
「百年以上働いて、最後まで現地調達じゃ割に合わないだろ」
数秒。
留美が吹き出した。
「……そこですか?」
「大事だぞ」
「給料はともかく、モビルスーツについてはイアンさんに相談してください」
「その言葉、忘れないからな」
「私に言われても困ります」
「責任者には圧をかけておくもんだ」
紅龍が小さく息を吐いた。
「レイナス」
「ん?」
「イアン殿が気の毒です」
「まだ何も頼んでないだろ」
「これから頼むのでしょう」
「もちろん」
そこだけは迷わなかった。
◇
数日後――CB秘密施設
扉が開く。
レイナスは中へ入った。
広い格納庫。
以前使っていた地上施設とは別の場所だ。
機材は十分とは言えない。
人も少ない。
それでも、見覚えのある背中があった。
「遅かったじゃない」
スメラギ・李・ノリエガ。
レイナスは足を止める。
「漂流してたんだ。交通事情くらい考慮してくれ」
「聞いたわよ」
「何を?」
「民間船に拾われたって」
「そこまでなら事実だ」
「GN-Xに乗って」
「ああ」
「ハッチが壊れた状態で」
「ああ」
「宇宙服なしで?」
レイナスは少し黙った。
「……話が回るの早くないか?」
「あなたの場合、普通に帰ってくる方が珍しいのよ」
「随分な評価だな」
だが、その声を聞いているだけで悪い気はしなかった。
その奥。
端末を抱えたクリス。
リヒティ。
イアン。
そして――。
レイナスの視線が止まる。
フェルトが立っていた。
目が合う。
フェルトは何も言わない。
レイナスも、すぐには言葉が出なかった。
最後に話したのは、戦場だった。
――帰ってきて。
そう言われた。
レイナスは一歩、彼女の方へ歩く。
「……ただいま」
フェルトの目がわずかに揺れる。
「遅い」
「ああ」
「帰ってくるって言った」
「言ったな」
「遅い」
二度目。
レイナスは困ったように少し笑った。
「悪かった」
フェルトは数秒だけ彼を見つめた。
そして、小さく息を吐く。
「……おかえり」
「ああ」
それ以上はいらなかった。
少なくとも、今は。
後ろからイアンの声が飛ぶ。
「で、レイナス!」
「何だ?」
「GN-Xはどうした!」
レイナスは振り返る。
「置いてきた」
イアンの顔が固まった。
「置いてきたぁ!?」
「持って帰れる状況じゃなかったんだよ」
「せっかく丸ごと一機あったのに!」
「俺の命より機体の心配か?」
「お前は宇宙でも平気だろうが!」
「限度はある」
「だったら機体だけでも――!」
レイナスは額を押さえた。
「……帰って早々これか」
クリスが笑う。
スメラギも肩を竦めた。
フェルトの口元にも、ごく小さな笑みが浮かんでいる。
その様子を見て。
レイナスはようやく、帰ってきたのだと実感した。
船はない。
ガンダムもない。
仲間はまだ全員揃っていない。
失ったものは多い。
それでも、人は残った。
なら、また始められる。
ソレスタルビーイングは再び動き出す。
時間がどれだけかかろうとも。
彼ら自身が選んだ、その先へ進むために。