機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第50話 残った者たち

第50話 残った者たち

西暦2308年――地上・王留美所有施設

貨物船《セレーネ》に救助されてから数日。

地上へ戻ったレイナスは、王留美から指定された場所を訪れていた。

都市部から離れた場所に建つ、小さな邸宅。

表向きは王家所有の別荘らしい。

門を抜けたところで紅龍が待っていた。

「ご無事で何よりです、レイナス」

「そっちもな」

互いにそれだけ。

紅龍が屋敷へ向かって歩き出し、レイナスも隣を歩く。

「貨物船に救助されたと聞きました」

「ああ。運が良かったよ」

「搭乗していたGN-Xは?」

「置いてきた」

紅龍がこちらを見る。

「……そうですか」

「何だ、その顔は」

「いえ」

「惜しそうに見えたか?」

「少し」

レイナスは肩を竦める。

「俺だって何でも持って帰るわけじゃない」

「そうですね」

返事が妙に早い。

レイナスは横目で紅龍を見る。

「……信用されてないな」

紅龍は答えなかった。

          ◇

応接室へ入る。

王留美は窓際に立っていた。

以前と変わらない姿。

しかし、表情には明らかな疲労が見える。

「お久しぶりです、レイナスさん」

「数日だろ」

「私には長い数日でした」

「……それは俺も同じか」

勧められた椅子へ座る。

紅龍が扉の横へ控えた。

留美も向かいへ座る。

レイナスは前置きをしなかった。

「みんなは?」

留美も分かっていたのだろう。

すぐ答える。

「プトレマイオスから脱出した方々については、かなり確認が進んでいます」

レイナスの視線が留美へ向く。

「スメラギさん、クリスティナさん、リヒテンダールさん、 ラッセさん、イアンさん、モレノさん――」

名前が続く。

そして。

「フェルトさんも無事です」

レイナスは何も言わなかった。

ほんの少しだけ、肩から力が抜ける。

それを留美は見逃さなかったが、指摘もしなかった。

「……そうか」

しばらくして、それだけ答えた。

あの時。

最後に聞いた声。

――帰ってきて。

「なら、よかった」

留美が小さく笑う。

「それだけですか?」

「他に何を言えばいい」

「もう少し喜ばれるかと思いました」

「喜んでるよ」

レイナスは背もたれへ身体を預けた。

「帰るって言っておいて、帰った先に誰もいなかったら困るだろ」

「なるほど」

「そういう意味だ」

留美の笑みが少しだけ深くなった。

レイナスは気づかないふりをした。

          ◇

「ロックオンは?」

「生存しています。負傷していますが、命に別状はありません」

「絹江は?」

「一緒です」

即答だった。

レイナスは頷く。

「ならいい」

戦闘前のニールの状態を考えれば、一人にしておくよりずっといい。

「二人とも現在は別の安全な場所へ移動しています。モレノさんも同行しています」

「しばらくは治療優先だな」

「ええ」

そこまで聞いて、レイナスは次の名前を待った。

だが留美は話さない。

空気が変わる。

レイナスは察した。

「……刹那たちは?」

留美の表情が曇る。

「分かっていません」

「三人とも?」

「はい」

留美は端末を操作する。

戦闘宙域の記録が表示された。

「刹那・F・セイエイ。ガンダムエクシアとともに消息不明」

レイナスは画面を見る。

「最後に確認されたのは?」

「アルヴァアロンとの戦闘です。その後、機体反応を見失っています」

「撃墜された記録は」

「ありません」

「なら、死亡確認もない」

「はい」

レイナスは頷いた。

それ以上は言わない。

次。

「ティエリア・アーデ。ガンダムナドレとともに消息不明です」

「こっちも撃墜確認なし?」

「ありません」

「そうか」

そして最後。

「アレルヤ・ハプティズムについても、現在確認できていません」

レイナスの眉がわずかに動いた。

「キュリオスは?」

「戦場から反応が消えています」

「……三人とも、機体ごとか」

「はい」

レイナスは画面を見たまま黙った。

死亡したと決める材料はない。

だから決めない。

それだけだった。

「探してるんだろ?」

「可能な限り」

「なら、俺から言うことはない」

留美がレイナスを見る。

「生きていると?」

「分からない」

即答だった。

「分からないことを、都合よく決める気はないよ」

少し間を置く。

「ただ、死んだと決める理由もない」

「……そうですね」

「見つければ済む話だ」

レイナスにとっては、それで十分だった。

          ◇

留美は別の資料を表示した。

そこには国連崩壊後の世界情勢がまとめられている。

「三大国家群は、今回の戦いを契機として統合へ向かっています」

ユニオン。

人類革新連盟。

AEU。

かつて世界を三分していた勢力。

その境界が急速に失われようとしている。

「ソレスタルビーイングが掲げていた武力による戦争根絶。その結果として、世界は一つになろうとしています」

「皮肉なもんだな」

レイナスは資料を眺めた。

「俺たちを共通の敵にしたら、まとまったか」

「少なくとも、今は」

「問題はその先だ」

留美が頷く。

「スメラギさんも同じことを仰っています」

「もう連絡取れてるのか」

「はい」

「早いな」

「そのために残していた経路があります」

レイナスは少し笑った。

「こういう時、金持ちは強いな」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「褒めてるよ。半分くらいは」

「残り半分は?」

「羨ましい」

留美が小さく笑った。

「レイナスさんらしいですね」

「百年以上生きても金には縁がないからな。そこだけはどうにもならない」

「必要でしたら――」

「いや」

レイナスは手を上げる。

「そこまで世話になると、後で請求書を見るのが怖い」

「請求しません」

「そういう相手ほど怖いんだよ」

紅龍がわずかに視線を逸らした。

留美は楽しそうだった。

          ◇

「それで」

レイナスは資料から顔を上げる。

「俺を呼んだのは、生存報告だけじゃないんだろ?」

留美の表情が変わった。

「はい」

端末の表示が切り替わる。

プトレマイオス。

ガンダム。

各地に残されたCBの施設。

「ソレスタルビーイングは大きな損害を受けました」

「見れば分かる」

「母艦を失い、ガンダム四機も所在または状態が確認できません。ヴェーダへのアクセスも失ったままです」

「随分きれいに無くなったな」

「それでも」

留美はレイナスを見る。

「スメラギさんたちは、終わるつもりはありません」

レイナスは黙って続きを待つ。

「世界が一つになったからといって、戦争がなくなったわけではない。むしろ、これから何が起きるのかを見なければならないと」

「だろうな」

「ソレスタルビーイングは再建されます」

レイナスは画面を見る。

船はない。

ガンダムもない。

人員も散り散り。

ヴェーダもない。

組織として見れば、ほとんど一からの再出発だった。

「再建、か」

「はい」

「簡単じゃないぞ」

「承知しています」

「金もいる」

「用意します」

即答。

「施設も」

「あります」

「人も」

「集めます」

「……」

レイナスは留美を見る。

「金持ちは強いな」

「先ほども聞きました」

「大事なことだからな」

少し笑ってから、レイナスは資料へ視線を戻した。

「で?」

「レイナスさんにも協力していただきたいのです」

答えは最初から決まっていた。

ここへ来る前から。

プトレマイオスから離れる時から。

もっと言えば――フェルトに帰ると言った時から。

「いいよ」

留美が一瞬だけ目を瞬く。

「……もう少し考えられるかと思いました」

「考えるところはもう終わってる」

レイナスは背もたれから身体を起こした。

「みんなが続けるなら、俺だけ降りる理由もない」

「ですが、以前とは状況が違います」

「ああ」

「次に戦う相手が誰になるのかも分かりません」

「ああ」

「それでも?」

レイナスは少し考える。

「世界が本当に平和になったっていうなら、俺も喜んで失業するさ」

窓の外へ視線を向けた。

穏やかな空。

あの宇宙での戦いなど、最初から存在しなかったように見える。

「でも、たぶんそう簡単にはいかない」

留美は答えなかった。

「なら、もう少し付き合うよ」

レイナスは立ち上がる。

「それに――」

「それに?」

「まだ給料も専用機も貰ってない」

留美が目を瞬く。

レイナスは真顔だった。

「百年以上働いて、最後まで現地調達じゃ割に合わないだろ」

数秒。

留美が吹き出した。

「……そこですか?」

「大事だぞ」

「給料はともかく、モビルスーツについてはイアンさんに相談してください」

「その言葉、忘れないからな」

「私に言われても困ります」

「責任者には圧をかけておくもんだ」

紅龍が小さく息を吐いた。

「レイナス」

「ん?」

「イアン殿が気の毒です」

「まだ何も頼んでないだろ」

「これから頼むのでしょう」

「もちろん」

そこだけは迷わなかった。

          ◇

数日後――CB秘密施設

扉が開く。

レイナスは中へ入った。

広い格納庫。

以前使っていた地上施設とは別の場所だ。

機材は十分とは言えない。

人も少ない。

それでも、見覚えのある背中があった。

「遅かったじゃない」

スメラギ・李・ノリエガ。

レイナスは足を止める。

「漂流してたんだ。交通事情くらい考慮してくれ」

「聞いたわよ」

「何を?」

「民間船に拾われたって」

「そこまでなら事実だ」

「GN-Xに乗って」

「ああ」

「ハッチが壊れた状態で」

「ああ」

「宇宙服なしで?」

レイナスは少し黙った。

「……話が回るの早くないか?」

「あなたの場合、普通に帰ってくる方が珍しいのよ」

「随分な評価だな」

だが、その声を聞いているだけで悪い気はしなかった。

その奥。

端末を抱えたクリス。

リヒティ。

イアン。

そして――。

レイナスの視線が止まる。

フェルトが立っていた。

目が合う。

フェルトは何も言わない。

レイナスも、すぐには言葉が出なかった。

最後に話したのは、戦場だった。

――帰ってきて。

そう言われた。

レイナスは一歩、彼女の方へ歩く。

「……ただいま」

フェルトの目がわずかに揺れる。

「遅い」

「ああ」

「帰ってくるって言った」

「言ったな」

「遅い」

二度目。

レイナスは困ったように少し笑った。

「悪かった」

フェルトは数秒だけ彼を見つめた。

そして、小さく息を吐く。

「……おかえり」

「ああ」

それ以上はいらなかった。

少なくとも、今は。

後ろからイアンの声が飛ぶ。

「で、レイナス!」

「何だ?」

「GN-Xはどうした!」

レイナスは振り返る。

「置いてきた」

イアンの顔が固まった。

「置いてきたぁ!?」

「持って帰れる状況じゃなかったんだよ」

「せっかく丸ごと一機あったのに!」

「俺の命より機体の心配か?」

「お前は宇宙でも平気だろうが!」

「限度はある」

「だったら機体だけでも――!」

レイナスは額を押さえた。

「……帰って早々これか」

クリスが笑う。

スメラギも肩を竦めた。

フェルトの口元にも、ごく小さな笑みが浮かんでいる。

その様子を見て。

レイナスはようやく、帰ってきたのだと実感した。

船はない。

ガンダムもない。

仲間はまだ全員揃っていない。

失ったものは多い。

それでも、人は残った。

なら、また始められる。

ソレスタルビーイングは再び動き出す。

時間がどれだけかかろうとも。

彼ら自身が選んだ、その先へ進むために。

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