第51話 再建
西暦2308年――CB秘密施設
ソレスタルビーイングの再建は、言葉ほど簡単な仕事ではなかった。
母艦を失った。
四機のガンダムも手元にない。
ヴェーダへのアクセスは依然として回復していない。
人的被害こそ最悪の結果を免れたものの、組織として見れば一度解体されたに等しい。
それでも、残った者たちは動き始めていた。
施設の格納庫では、イアンが大量のデータを前に唸っている。
「足りん!」
開口一番、それだった。
レイナスは近くのコンテナに腰掛けたまま端末を見る。
「何が?」
「全部だ!」
「それはまた景気の悪い話だな」
「機材、人手、部品、データ! 何から何まで足りん!」
「金は?」
「それだけは何とかなる!」
「なら十分じゃないか」
イアンが振り返る。
「金だけあってモビルスーツが勝手に生えてくるなら、わしは苦労しとらん!」
「そこまで便利なら俺も欲しいよ」
「お前は黙ってろ!」
「聞いたのはそっちだろ」
レイナスは端末へ視線を戻した。
表示されているのは、先の戦闘で記録されたGN-Xのデータ。
その中にはOVER RISE使用時の数値も含まれている。
イアンにとっては貴重な資料らしい。
もっとも、レイナスには別の期待もあった。
「それで」
「何だ」
「俺の機体は?」
イアンの手が止まる。
ゆっくりと振り返った。
「まだ言うか」
「まだ貰ってないからな」
「組織そのものを建て直しとる最中だぞ!」
「分かってるよ。だから催促だけしてる」
「催促するな!」
「忘れられると困る」
イアンは額を押さえた。
「ガンダム四機の行方も分からん状態で、新型を一機増やせと?」
「そこまでは言ってない」
「じゃあ何だ!」
レイナスは少し考える。
「……設計図くらい?」
「増えとるわ!」
格納庫にイアンの声が響いた。
少し離れた端末席でクリスが笑っている。
フェルトは画面を見たままだったが、口元がわずかに緩んでいた。
◇
同日。
スメラギから全員へ集合がかかった。
会議室へ入ると、王留美の姿もある。
レイナスは空いている席へ座った。
「何か見つかった?」
「ええ」
スメラギの表情が、少しだけ明るい。
「ティエリアよ」
レイナスが顔を上げた。
フェルトも端末から視線を外す。
「生きてるの?」
クリスが尋ねる。
スメラギは頷いた。
「生存が確認されたわ」
室内の空気が一気に緩んだ。
「ナドレは?」
イアンが真っ先に聞く。
「大破。回収は難しい状態」
「GNドライヴは?」
「無事よ」
イアンが大きく息を吐いた。
「それならいい」
クリスが苦笑する。
「イアンさん、ティエリアより先にそっち?」
「本人が生きとるのはもう聞いただろうが!」
「はいはい」
スメラギが端末を操作する。
戦闘後の記録が表示された。
「ティエリアはナドレが完全に行動不能になる前に、GNドライヴを機体から分離していた」
レイナスは画面を見る。
「自分も残った?」
「ええ。しばらく漂流していたみたい」
「よく見つかったな」
「こちらにも、まだ表に出ていない支援網があるのよ」
王留美が引き継ぐ。
「すでに救助されています。身体にも大きな問題はありません」
「じゃあ、戻ってくるのか?」
「その予定です」
レイナスは背もたれへ身体を預けた。
「一人回収、と」
残る二人。
刹那。
アレルヤ。
まだ何も分からない。
◇
「もう一つあります」
留美が別の情報を表示した。
そこには、先の戦闘宙域から回収された物体の識別情報があった。
イアンが身を乗り出す。
「……太陽炉?」
「はい」
スメラギが頷く。
「キュリオスのGNドライヴよ」
室内が静かになった。
レイナスは画面を見る。
「キュリオス本体は?」
「確認できていない」
「ドライヴだけ?」
「ええ」
戦闘中に意図的に切り離された痕跡がある。
それ以上は分からない。
「誰が回収したんだ?」
レイナスが尋ねる。
留美が答える。
「フェレシュテです」
聞き覚えのない名前だった。
「フェレシュテ?」
「ソレスタルビーイングを支援するため、別系統で活動していた組織です」
「別系統……」
レイナスはスメラギを見る。
「まだあったのか」
「私たちだけが全部じゃないってことよ」
「先に教えてほしかったな」
「必要がなかったもの」
「そういう情報、後から出てくると心臓に悪いんだよ」
クリスが笑う。
「レイナスでも?」
「俺の心臓を何だと思ってるんだ」
「頑丈そう」
「頑丈と無料保証は別だぞ」
フェルトが小さく笑った。
留美は話を続ける。
「回収されたGNドライヴはこちらへ引き渡される予定です」
イアンの表情が変わった。
「なら二基だ」
ナドレ。
キュリオス。
少なくとも二基の太陽炉が戻ってくる。
「問題は……」
スメラギが言う。
「キュリオスのGNドライヴがあったということは、アレルヤが戦闘中に意図的にパージした可能性が高い」
「機体を捨てるつもりだったか」
「あるいは――」
スメラギはそこで言葉を切った。
レイナスが引き継ぐ。
「機体を回収されると判断した」
誰も答えなかった。
その可能性はある。
むしろ、太陽炉だけを意図的に切り離したのなら自然だった。
レイナスは画面を見つめる。
「アレルヤ本人がいない以上、答え合わせはできないな」
「ええ」
「なら保留だ」
死んだと決める理由にはならない。
生きていると決める理由にもならない。
探すしかない。
それだけだった。
◇
数日後――格納庫
搬入口が開く。
小型輸送艇から、一人の青年が降りてきた。
紫色の髪。
眼鏡。
見慣れた姿だった。
ティエリア・アーデ。
待っていたスメラギたちを見て、一瞬だけ足を止める。
「……皆」
「おかえり、ティエリア」
スメラギが迎える。
ティエリアは何か言おうとして、言葉が出なかった。
視線が一人ずつ動く。
クリス。
リヒティ。
イアン。
フェルト。
そしてレイナス。
「君も無事だったのか」
「何とかな」
「そうか」
それだけ言って、ティエリアの肩からわずかに力が抜けた。
レイナスはその様子を見る。
以前のティエリアなら、帰還した直後から任務やヴェーダについて話し始めていたかもしれない。
だが今は違った。
ヴェーダを失った。
ガンダムを失った。
仲間とも離れた。
それでも、自分の足でここへ戻ってきた。
「随分かかったな」
レイナスが言う。
「漂流していたんだ。仕方ないだろう」
「奇遇だな。俺もだ」
ティエリアがレイナスを見る。
「君も?」
「ああ」
「何に乗っていた?」
「GN-X」
数秒。
ティエリアの眉間に皺が寄った。
「……なぜ?」
「話すと長い」
横からクリスが吹き出した。
「それ、救助してくれた人にも言ってたんでしょ?」
レイナスが振り返る。
「何で知ってる?」
「スメラギさんから聞いた」
「……もう少し個人情報ってものを大事にしてくれないか」
ティエリアは事情が分からないまま、レイナスとクリスを交互に見る。
フェルトが小さく言った。
「いつものことだから」
「フェルトまで?」
「事実」
反論できなかった。
◇
再会が一段落した後。
ティエリアは格納庫の奥に保管されたGNドライヴを見つめていた。
ナドレから切り離したもの。
自分が最後に守ったもの。
イアンが状態を確認している。
「問題ない。よく守ったな」
「……そうか」
ティエリアの声は静かだった。
レイナスは少し離れた場所に立っている。
「ヴェーダはない」
ティエリアが唐突に言った。
「ガンダムも失った」
レイナスは答えない。
「僕は……」
ティエリアの手が握られる。
「何を基準にすればいいのか、分からなくなっていた」
以前なら考えられなかった言葉だった。
「ヴェーダの計画を遂行する。それが僕の存在理由だと思っていた」
レイナスはしばらく黙っていた。
それからGNドライヴを見る。
「だったら、しばらく分からないままでいいんじゃないか」
ティエリアがこちらを見る。
「何?」
「今日中に答えを出さないと罰金取られるわけでもないだろ」
「……罰金?」
「例えばの話だ」
レイナスは壁へ背を預ける。
「少なくとも、お前はここに戻ってきた」
ティエリアは黙る。
「誰かに命令されたわけじゃない」
「……」
「それなら、今はそれで十分じゃないか」
レイナスはそれ以上言わなかった。
ティエリアも答えない。
ただ、もう一度GNドライヴを見る。
以前とは違う目で。
◇
それから数週間。
ソレスタルビーイングは少しずつ形を取り戻していった。
散っていた人員が秘密裏に合流する。
施設が整備される。
失われたデータが可能な限り復元される。
イアンを中心に、新たな機体の構想も始まった。
世界の表側では、三大国家群の統合が急速に進んでいる。
新しい秩序。
新しい軍。
人々は長く続いた対立の終わりを期待していた。
レイナスも、それが本当に平和へ繋がるなら文句はなかった。
だが。
ある日。
休憩室のモニターに、一つのニュースが流れる。
『――ソレスタルビーイングを名乗る武装勢力によるテロ行為について――』
レイナスが顔を上げた。
画面には、見知らぬ男の映像。
字幕に名前が表示される。
フォン・スパーク。
クリスが飲み物を片手に画面を見る。
「またソレスタルビーイングだって」
「……また?」
「私たち以外にも色々いるみたい」
レイナスはニュースを見る。
「フォン・スパーク……」
「知ってる?」
「いや」
少しだけ画面を眺める。
派手な男だった。
少なくとも、自分とは違う種類の人間に見える。
「こっちが店を畳んでる間も、看板だけは忙しいらしいな」
「迷惑?」
「内容次第だな」
レイナスは飲み物を一口飲む。
「同じ看板を背負ってる以上、請求書だけこっちに回ってこなきゃいいんだが」
「またお金の話?」
「世の中、大体最後はそこに来るんだよ」
クリスが笑う。
レイナスはもう一度ニュースを見る。
世界は一つになろうとしている。
だが、その裏側では既に新しい火種が生まれ始めていた。
ソレスタルビーイングが姿を消しても。
戦いそのものが、消えたわけではない。
そしてその頃。
新たに統合されつつある軍の中でも――。
世界の変化を見つめている男がいた。
グラハム・エーカー。
彼もまた、この四年間で大きく変わっていく世界を見ることになる。