機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第52話 統合の影

第52話 統合の影

西暦2309年――地球連邦軍・軌道基地

世界は、大きく姿を変えていた。

ユニオン、人類革新連盟、AEU。

かつて世界を三分していた国家群は統合へ向かい、地球連邦政府が発足。軍組織も再編され、異なる軍服を着て戦っていた兵士たちが、今では同じ連邦軍の徽章を身につけている。

グラハム・エーカーも、その変化の中にいた。

旧ユニオン軍上級大尉。

そして現在は、地球連邦軍少佐。

ソレスタルビーイングとの戦いを経た彼の戦歴と技量は、新体制でも高く評価されていた。

「世界統一、か」

展望窓の向こうには地球が浮かんでいる。

かつては、その地表をいくつもの勢力が奪い合っていた。

それが今、一つになろうとしている。

グラハムはソレスタルビーイングの行動を肯定したわけではない。

彼らは武力によって世界へ介入した。

そのために多くの血も流れた。

だが結果として、三大国家群が一つの枠組みに収まり、大国同士が直接戦争を行う可能性は大きく下がった。

ならば軍人として、新しい秩序を守る。

それが今の自分の役目だった。

「少佐」

部下に呼ばれ、グラハムが振り返る。

「何かな?」

「次期再編計画について、司令部から資料が届いています」

渡された端末へ目を通す。

新しい部隊。

新しい指揮系統。

その中に、一つ見慣れない項目があった。

独立治安維持部隊。

「これは?」

「連邦政府直属の治安維持部隊です。反連邦勢力や大規模テロへの対応を目的としていると」

グラハムは資料を読み進める。

連邦成立後も、全ての地域が新体制を受け入れたわけではない。

統合に反発する勢力。

旧体制の維持を望む国家。

武装組織。

新たなテロ活動。

地図の上で国境を消したところで、人間の対立まで同時に消えるわけではなかった。

「必要ではあるだろうな」

グラハムは端末を返した。

「世界が一つになった翌日から、全人類が仲良く手を取り合うというわけにもいくまい」

その時点では、それだけだった。

          ◇

数か月後――旧中東地域

砂漠の中に、小さな集落があった。

その周辺で反連邦武装勢力と連邦軍の戦闘が発生したのは、数時間前のことだった。

増援として派遣されたグラハムたちが到着した頃には、既に戦況は大きく傾いている。

モビルスーツの残骸から黒煙が上がり、乾いた大地に長い影を落としていた。

「敵主力、ほぼ沈黙しています」

部下から報告が入る。

グラハムは周辺状況を確認した。

「ならば残存戦力を確認する。集落への被害を広げるな」

『了解』

その時、別系統の機体群が前方へ出た。

連邦正規軍とは異なる指揮系統。

先日資料で見た独立治安維持部隊だった。

彼らの機体が、集落へ向けて火器を構える。

グラハムの目が細くなる。

「待て」

通信回線を開いた。

「こちら地球連邦軍グラハム・エーカー少佐。集落内に民間人が残っている。攻撃を停止されたい」

『把握している』

返ってきた声は平坦だった。

「ならば、なぜ武器を向ける?」

『反連邦武装勢力の一部が集落へ逃走した可能性がある』

「確認は?」

わずかな間。

『未確認』

グラハムの表情が変わる。

「未確認の情報で集落を攻撃するつもりか?」

『抵抗勢力の完全排除が本作戦の目的である』

「避難を優先しろ。必要ならば我々が捜索する」

『必要ない』

通信が切れた。

直後。

一機が発砲した。

砲弾が集落の外縁へ着弾する。

土煙と炎が上がった。

「何をしている!」

グラハムの声が通信へ響く。

二発目。

建物が崩れる。

地上を走って逃げる人影が見えた。

武器など持っていない。

グラハムは操縦桿を握り締めた。

「攻撃を中止しろ!」

『本作戦の指揮権は我々にある。正規軍の介入は認められていない』

「指揮権の話をしているのではない!」

返答はない。

グラハムは動けなかった。

否。

敵機を撃墜するだけなら、動ける。

だが相手は今、同じ地球連邦に所属する部隊だ。

ここで攻撃すれば、部下まで反逆行為へ巻き込む。

感情のままに引き金を引くことは、軍人として許されない。

だからこそ、その光景を目に焼き付けた。

          ◇

作戦終了後――連邦軍前線基地

「集落の被害状況は?」

帰投したグラハムは、報告担当の士官へ真っ先に尋ねた。

「現在確認中です」

「民間人の死傷者は?」

「……こちらには情報が来ていません」

グラハムの眉が動く。

「なぜだ?」

「独立治安維持部隊の管轄となっています」

「我々も同じ作戦区域にいた」

「ですが、正式な報告には作戦目標達成とだけ」

士官も困惑しているようだった。

グラハムは端末を見る。

武装勢力排除。

作戦成功。

損害軽微。

そこには、自分が見た集落についてほとんど書かれていない。

「……なるほど」

端末を返す。

「少佐?」

「いや」

グラハムは歩き出した。

廊下の窓から、帰還したモビルスーツが見える。

軍人が敵を倒す。

必要ならば殺す。

それ自体を否定するつもりはない。

自分も戦場で戦ってきた。

だが――敵が潜んでいる可能性がある。

ただそれだけで、民間人が残っている場所へ砲撃する。

そして、その結果を記録から遠ざける。

それが新しい世界の平和を守るために必要な行為なのか。

「……気に入らんな」

誰に聞かせるでもなく呟いた。

まだ答えを出すには早い。

一度の作戦だけで、組織全体を断じるつもりもなかった。

だが。

疑問は残った。

          ◇

同時期――CB秘密施設

世界の表側が統合されていく一方で、ソレスタルビーイングは地下へ潜ったまま再建を続けていた。

人員は少しずつ戻っている。

ティエリアも合流した。

施設内では以前のプトレマイオスを思わせる顔触れが増えつつあった。

ただし。

「船がない」

ラッセが言った。

「ガンダムもないわね」

クリスが続く。

「ヴェーダもない」

ティエリア。

レイナスが腕を組む。

「並べると景気が悪いな」

「事実でしょ」

「だから余計に困るんだよ」

スメラギが端末を操作する。

大型モニターへ、地球連邦成立後に発生した武力衝突が表示された。

「連邦政府は各地で続く反連邦活動に対応するため、治安維持部門を強化してる」

いくつもの地域が赤く表示される。

「武装蜂起そのものは実際に起きてる。テロもある。だから治安維持活動そのものがおかしいわけじゃない」

レイナスも頷いた。

「問題はやり方か」

「ええ」

王留美から送られてきた資料には、公式発表とは異なる情報も含まれていた。

拘束者の増加。

一部地域での通信規制。

報道されていない武力衝突。

まだ断片的な情報ばかりだった。

レイナスは画面を見ながら尋ねる。

「裏は取れてる?」

「まだ」

「なら、今は監視だな」

スメラギがレイナスを見る。

「意外ね」

「何が?」

「もっと早く動きたがるかと思ってた」

「動くにしても、何が起きてるのか分からないままじゃ話にならないだろ」

レイナスは椅子へ背を預けた。

「敵を間違えましたじゃ、後から始末書で済まない」

「始末書で考えるんだ……」

クリスが呟く。

「百年も生きてるとな、余計な仕事を増やさないのも立派な処世術なんだよ」

フェルトが隣で端末を見ながら、小さく息を漏らした。

笑ったらしい。

レイナスはそれ以上何も言わず、画面へ戻った。

          ◇

数日後。

新しい情報が届いた。

「正式名称が決まったわ」

スメラギがモニターへ資料を表示する。

独立治安維持部隊 A-LAWS。

「アロウズ……」

ティエリアがその名を読む。

連邦正規軍とは異なる指揮系統。

強力な権限。

反連邦勢力に対する捜査、拘束、武力行使。

レイナスは資料を最後まで読んだ。

「随分と便利な組織だな」

「便利?」

フェルトが尋ねる。

「普通の軍じゃ面倒な手続きが必要なことまで、こいつらなら簡単に出来るってことだ」

「……それって」

「ああ」

レイナスの目が細くなる。

「使う人間を間違えると、高くつく」

まだアロウズを敵と断定する材料はない。

だが警戒する理由なら、十分にあった。

          ◇

会議が終わり、レイナスが格納庫を通りかかった時だった。

「おい、レイナス」

イアンに呼び止められる。

「何だ?」

「ちょうどいい。少し来い」

作業区画へ連れていかれる。

机の上には複数の端末。

その一つに、見慣れないモビルスーツの骨格図が表示されていた。

レイナスの足が止まる。

「……これ」

「まだ基本構想だけだ」

イアンが隣へ立つ。

「太陽炉が戻ってきた。お前さんのANIMAとOVER RISEのデータもある」

画面を切り替える。

先の最終決戦で記録された数値。

GN-XへOVER RISEを使用した際の出力変化。

フレーム負荷。

粒子制御。

大量のデータが並ぶ。

「既存の機体へ無理やり合わせるより、最初からお前さんが乗ることを前提に作った方がいい」

レイナスは黙って画面を見る。

借りたフラッグ。

現地調達したイナクト。

奪ったGN-X。

振り返れば、まともに自分のものと呼べる機体は一機もなかった。

「……つまり」

「ああ」

イアンが笑う。

「お前専用だ」

数秒。

レイナスは本当に何も言わなかった。

フェルトが少し離れた場所から、その様子を見ている。

「レイナス?」

呼ばれて、ようやく反応した。

「……長かったな」

「まだ影も形もないぞ」

「分かってる」

画面には骨格と数値しかない。

それでもレイナスには十分だった。

「百年以上生きて、ようやく専用機か」

「普通は百年も待たん」

「俺だって好きで待ってたわけじゃないよ」

イアンが鼻を鳴らす。

「注文があるなら今のうちに言え」

その言葉に、レイナスの目が変わった。

「いいのか?」

「出来るかどうかは別だぞ」

「まず機動性。反応速度も欲しい。近接戦が出来て、射撃も――」

「待て待て待て!」

イアンが止める。

「一つずつ言え!」

「注文していいって言っただろ」

「限度がある!」

「百年待った客だぞ。少しくらいサービスしてくれてもいいだろ」

「客じゃない!」

そのやり取りを聞いて、フェルトが笑った。

レイナスが振り返る。

「何だよ」

「嬉しそう」

「そりゃ嬉しいさ」

否定する気はなかった。

もう一度、画面を見る。

まだ名前もない。

装甲すらない。

ただの構想。

それでも初めてだった。

拾った機体でも。

借りた機体でも。

戦場で奪った機体でもない。

最初から自分が乗るために作られるモビルスーツ。

「今度こそ、最後まで乗って帰らないとな」

フェルトがレイナスを見る。

「置いてこないでね」

「……善処する」

「そこは約束して」

「完成前からハードルが高いな」

フェルトの視線が少しだけ厳しくなる。

レイナスは観念したように肩を竦めた。

「分かったよ。今度はちゃんと持って帰る」

世界は新しい秩序へ向かっていた。

その秩序を守るために生まれたアロウズ。

その在り方に、疑問を持ち始めた一人の軍人。

そして地下では――

ソレスタルビーイングの再建とともに、レイナス・レノアークが初めて「自分の機体」と呼ぶことになる一機が、まだ設計図の中で形を取り始めていた。

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