機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第53話 見舞い

第53話 見舞い

西暦2309年――地上・王留美管理セーフハウス

最終決戦から、一年以上が過ぎていた。

地球連邦の成立によって世界の枠組みは大きく変わり、ソレスタルビーイングもまた、水面下で再建を続けている。

そんな中、レイナスは久しぶりに王留美が管理するセーフハウスを訪れていた。

街から少し離れた住宅地。

周囲と変わらない二階建ての家を前にして、レイナスは手にした紙袋を見る。

果物。菓子。飲み物。

我ながら無難だった。

「見舞いの品としては満点。面白味はゼロか」

だからといって怪我人に酒を持っていけば、別のところから苦情が飛んでくる。

余計な火種を抱えるほど若くもない。

呼び鈴を押す。

少しして、玄関の扉が開いた。

「はい――あ」

絹江・クロスロードだった。

「レイナスさん」

「久しぶりです」

「どうしたんですか?」

「ニールの見舞いですよ。随分遅くなりましたけど」

「どうぞ。ちょうど起きてますから」

絹江が身体をずらす。

レイナスが中へ入ろうとしたところで、

「あ、レイナスさん」

「はい?」

呼び止められた。

絹江は少し言いにくそうにしてから、口を開く。

「今更なんですけど」

「何です?」

「あなたに敬語を使われると落ち着かないので、やめてください」

「……」

レイナスの動きが止まった。

「本当に今更ですね」

「分かってます」

「一年以上経ってますよ?」

「それも分かってます」

「もっと早く言ってくれればよかったのに」

「私もそのうち慣れると思ってたんです」

「慣れなかった?」

「慣れませんでした」

即答だった。

レイナスは苦笑する。

考えてみれば、スメラギにも留美にも普通に話しているのに、絹江にだけ最初に出会った頃の距離感が残っている。

特に理由があるわけでもない。

ただ、変えるきっかけがなかった。

「分かった。じゃあ、今日で終わりにするか」

「お願いします」

「しかし、一年以上続いた習慣を即日廃止か。随分思い切った契約変更だな」

「契約してませんよ」

「そうだったか?」

「少なくとも私は署名してません」

「なら違約金もなしだな。助かるよ」

絹江が小さく笑った。

「そういうところは変わりませんね」

「百年以上これでやってるんだ。今さら直す方が高くつく」

「そこは直さなくていいと思います」

「そりゃありがたい」

レイナスは改めて家の中へ入った。

          ◇

玄関で靴を脱ぎ、廊下を進む。

そこでレイナスは、この家がもう単なる療養施設ではないことに気づいた。

棚には絹江の私物。

壁際には取材用らしい機材。

テーブルには端末や資料が積まれ、その隣には飲みかけのカップが二つ。

一年以上。

その時間が生活の形になって残っている。

「絹江もずっとここに?」

「基本的には。途中で何度か場所は移りましたけど」

「なるほど」

最終決戦直後なら、負傷したニールに付き添っている、と表現しただろう。

今は少し違う。

ここで暮らしている。

二人で。

それ以上は聞かなかった。

他人の生活に土足で踏み込む趣味はない。

もっとも、もう玄関で靴は脱いでいるが。

          ◇

リビングへ入ると、窓際のソファにニール・ディランディがいた。

「よう」

「よう」

以前より身体は細くなっている。

それでも、一年前の重傷者の面影はかなり薄れていた。

長い治療とリハビリを経て、日常生活にはほぼ支障がないところまで回復している。

ただ、失われた視力は戻らず、身体にも戦闘の傷は残っていた。

ニールがレイナスの紙袋を見る。

「珍しいな。見舞いか?」

「一応な」

「遅くねえ?」

「一年程度の遅延は長い人生じゃ誤差だよ」

「便利だな、百歳超え」

「こういう時くらい使わせてくれ。長生きしても特典なんて滅多にないんだ」

紙袋をテーブルに置く。

ニールが中を覗いた。

「酒は?」

「ない」

「気が利かねえな」

「見舞いに来て患者の寿命を削ったら、何しに来たのか分からないだろ」

「もう大丈夫だって」

背後から絹江が入ってくる。

「駄目」

ニールが振り返った。

「まだ何も言ってないだろ」

「お酒でしょ?」

「……」

「駄目」

「少しくらい」

「駄目」

「医者は――」

「駄目」

ニールが黙った。

レイナスは感心したように二人を見る。

「一年ってのは人を変えるな」

「何がだよ」

「昔のお前なら、もう二往復くらい粘っただろ」

「無駄だって学習したんだよ」

「なるほど。教育の成果か」

「誰が教育したって?」

絹江が飲み物をテーブルへ置きながら睨む。

「俺は何も言ってないぞ」

「顔に出てます」

「……敬語をやめた途端、読みが鋭くなってないか?」

「前から分かりやすいですよ」

「今まで丁寧に見逃してくれてたわけか。ありがたい話だ」

ニールが怪訝な顔をする。

「何の話だ?」

「レイナスさんに、私への敬語をやめてもらったんです」

「ああ」

ニールはあっさり頷いた。

「まだやってたのか」

レイナスがゆっくりニールを見る。

「気づいてたなら言えよ」

「何で?」

「俺だけ一年以上知らずに妙なこと続けてたみたいになるだろ」

「実際そうだろ」

「……見舞いに来た相手への態度としては減点だな」

「何点満点だ?」

「今ので赤字に入った」

「点数制ですらねえじゃねえか」

絹江が笑いながら、ニールの前にも飲み物を置いた。

「はい」

「ありがと」

「薬も後でね」

「分かってるよ」

「昨日忘れてたでしょ」

「あれは――」

「忘れてたよね?」

ニールが一拍置いた。

「……はい」

レイナスはカップに口をつける。

「俺は何も見てない」

「笑ってんじゃねえか」

「気のせいだよ」

          ◇

一年という時間は、ニールをかなり回復させていた。

軽い運動も既に始めている。

本人はもっと負荷を上げたがっているらしいが、医師からはまだ止められていた。

「この前も勝手に負荷を上げたんですよ」

絹江が言う。

「軽くだって」

「その日の夜、痛いって言ってたでしょ」

「ちょっとな」

「じゃあ駄目」

「もう治ってる」

「そういう問題じゃない」

ニールがレイナスを見る。

視線が露骨だった。

助けろ。

そう書いてある。

レイナスはゆっくりカップを置いた。

「悪いな、ニール」

「まだ何も言ってねえぞ」

「勝ち目のない案件には手を出さない主義なんだ」

「薄情な奴だ」

「違うな。経験豊富と言ってくれ」

「都合のいい時だけ年長者になるなよ」

「百年以上生きてるんだ。使える経歴は有効活用しないと割に合わない」

「普段は年寄り扱いすると嫌がるくせに」

「それとこれとは別会計だ」

ニールが呆れたように笑った。

          ◇

「で、そっちはどうなんだ?」

少しして、ニールが聞いた。

レイナスは背もたれに身体を預ける。

「相変わらずだよ。再建して、情報集めて、足りないものを数えて、また頭抱えてる」

「順調そうだな」

「どこを聞いたらそうなる」

「潰れてない」

「基準が低いな」

「今の俺たちには十分だろ」

「……まあ、それもそうか」

一年前。

プトレマイオスを失い、仲間たちは散り散りになった。

そこから考えれば、再び活動できる形が見え始めただけでも前進ではある。

ニールの表情が少し真面目になる。

「フェルトは元気か?」

「ああ」

「そうか」

短い返事だったが、そこに安堵が混じった。

続いて、

「刹那とアレルヤは?」

レイナスは首を横に振る。

「まだ分からない」

「……そうか」

「刹那はエクシアごと行方不明。アレルヤも足取りが掴めてない」

ニールが黙る。

「ただ、死んだって証拠もない」

「ああ」

「なら勝手に死人の帳簿へ移す必要もないだろ」

ニールが少し笑った。

「相変わらず妙な言い方するな、お前」

「現実ってのは整理しとかないと面倒なんだよ」

「心配してるって言えば済むだろ」

「それじゃ一言で終わる」

「終われよ」

「会話が続かないだろ」

「知らねえよ」

ニールが笑う。

以前と同じ笑い方だった。

          ◇

レイナスはふと、テーブルの端に積まれた資料へ目を向けた。

ニールの治療関係ではない。

ニュース記事。

地球連邦政府の発表。

各地で起きた反連邦活動。

治安維持作戦。

その中に、見覚えのある名前があった。

「アロウズ……」

絹江がレイナスを見る。

「そちらでも調べてるんですか?」

「ああ。まだ材料集めの段階だけどな」

レイナスが一枚取る。

「絹江も?」

「気になることが増えてきたので」

絹江は端末を操作し、いくつかの記事を表示した。

「これは三か月前のものです。反連邦武装勢力に対する鎮圧作戦。でも、現地の被害についてほとんど報道されていません」

別の記事。

「こちらは掲載された後で内容が修正されています。最初の記事にあった民間人の被害についての記述が、後の記事では消えているんです」

レイナスの表情から軽さが薄れる。

「偶然じゃ済まない数になってきた?」

「まだ断定できません」

「だろうな」

「だから調べています」

絹江の声は静かだった。

だが、その目は以前と変わらない。

危険を承知でKPSAを追い、アリー・アル・サーシェスまで辿り着いた記者の目だった。

「ほどほどにな」

ニールが横から言った。

絹江が振り向く。

「何が?」

「調査」

「分かってる」

「お前の分かってるは信用できねえんだよ」

「ニールに言われたくない」

「俺は今、大人しくしてるだろ」

「身体が言うこと聞かないからでしょ」

「……」

レイナスが資料から顔を上げる。

「反論は?」

「お前までそっち側に回るのか?」

「いや、確認しただけだ。無理筋なら早めに損切りした方がいい」

「ねえよ」

「だろうな」

「納得すんな」

絹江が小さく笑う。

そのやり取りを見て、レイナスも少しだけ表情を緩めた。

一年以上。

なるほど。

これは自分が口を挟むところではない。

          ◇

「そういや」

ニールが話題を変えた。

「今のお前、何に乗ってんだ?」

「何にも」

ニールの眉が上がる。

「お前が?」

「俺が」

「一機も?」

「一機も」

「大丈夫か?」

「何の心配だよ」

「いや、お前が手ぶらだと落ち着かねえ」

「俺をどういう人間だと思ってるんだ?」

ニールが答えるより先に、絹江が笑いを堪えた。

レイナスがそちらを見る。

「絹江まで何で笑う」

「すみません」

「その謝り方、絶対悪いと思ってないだろ」

「そんなことないですよ」

「記者は言葉の使い方が上手いな」

ニールが笑う。

「フラッグ、イナクト、GN-X――」

「待て」

「何だよ」

「過去の棚卸しは頼んでない」

「事実確認だ」

「俺の資産じゃないんだから数えなくていい」

「ほとんど返してねえじゃねえか」

「細かいことを覚えてるな、お前」

「細かくねえよ」

レイナスは肩を竦める。

「まあ、その生活もようやく終わりそうだ」

「ん?」

「専用機を作ってもらえることになった」

ニールの顔が止まった。

「……お前の?」

「ああ」

「最初から?」

レイナスは無言でニールを見る。

「何だよ」

「今の確認いるか?」

「一応」

「一応って何だ」

絹江が口元を押さえている。

「絹江」

「はい?」

「笑うなら堂々と笑ってくれ。その方がまだ傷が浅い」

「すみません」

「だから、それ絶対思ってないだろ」

ついに絹江も笑った。

ニールが肩を揺らす。

「よかったじゃねえか。ようやく現地調達卒業だな」

「その予定だ」

「予定?」

「未来のことを断言すると、後で余計な請求書が回ってくるんだよ」

「また盗る気じゃねえだろうな」

「人聞きが悪い」

レイナスは一拍置く。

「必要になったら、その時考える」

「駄目じゃねえか」

「そうならないように専用機を作るんだよ」

笑い声が部屋に広がる。

やがてニールが、少しだけ目を細めた。

「でもまあ……嬉しそうだな」

「ああ」

そこは誤魔化さなかった。

「百年以上生きて、ようやくだぞ」

レイナスはカップを指先で回す。

「借り物、拾い物、現地調達。よくもまあここまで自前なしで食いつないだもんだ」

「自分で言うなよ」

「事実だから仕方ない」

少し笑う。

「世の中、使えない経歴の方が多いんだ。たまには元を取らせてくれよ」

「完成したら見せろ」

「ああ」

返事は早かった。

「その頃までには、お前も見に来られるくらい治しとけ」

ニールがレイナスを見る。

「分かってる」

「焦って納期だけ前倒しするなよ。突貫工事は後で高くつく」

「誰が工事だ」

「似たようなもんだろ」

「違う」

「じゃあ、ちゃんと治せ」

今度は冗談を挟まなかった。

ニールもそれを察したらしい。

「ああ」

短く答えた。

          ◇

外が夕暮れに染まる頃、レイナスは帰ることにした。

玄関まで二人が見送りに来る。

ニールが壁にもたれ、絹江がその隣に立つ。

ごく自然な光景だった。

一年前にはなかった空気。

それが何なのか、わざわざ本人たちに聞く必要もない。

「じゃあな」

ニールが片手を上げる。

「次は一年空けんなよ」

「努力する」

「約束しろよ」

「約束は高くつくんだよ」

「見舞いに来るだけだろ」

「予定ってのは一つ入れると、その前後まで埋まるもんだ」

「面倒くせえ奴だな」

「今さらだろ」

レイナスは靴を履き、絹江を見る。

「アロウズの件、何か掴んだら教えてくれ」

「分かりました」

「ただし、無茶はするなよ」

絹江の眉がわずかに上がる。

「それをレイナスさんが言います?」

「俺だから言うんだよ。経験者の忠告には価値がある」

「反面教師という意味ですか?」

「……言うようになったな」

「一年以上の付き合いですから」

「なるほど。長期契約の弊害がこんなところにも出たか」

「だから契約してません」

レイナスは笑った。

「じゃあ、またな」

「はい。また」

「おう」

ニールにも片手を上げ、外へ出る。

扉が閉じた。

夕方の冷たい空気が頬に触れる。

ニールは生きている。

傷は残ったが、前を向いている。

絹江も記者をやめていない。

そして二人は、この一年で自分が思っていた以上に先へ進んでいた。

それでいい。

他人の人生の答えまで、自分が出す必要はない。

レイナスは迎えの車へ向かう。

自分にもやることが山ほど残っている。

ソレスタルビーイングの再建。

動きを強めるアロウズ。

そして――設計が始まったばかりの、自分専用のモビルスーツ。

「……百年以上待ったんだ」

口元が自然と上がる。

「ここから納期遅延だけは勘弁してくれよ、イアン」

そればかりは、世界平和より少しだけ待ち遠しかった。

 

 

          ◇

 

 

同日夜――ソレスタルビーイング再建拠点

戻ったレイナスが共有スペースへ入ると、何人かが顔を上げた。

フェルトが真っ先に気づく。

「おかえり」

「ただいま」

「ニール、どうだった?」

クリスも端末から顔を上げる。

「そうそう。元気だった?」

「ああ。思ってたよりずっと元気だったよ。まだ無茶はできないけど、日常生活なら問題なさそうだ」

「そっか。よかった」

クリスがほっと息をつく。

フェルトも小さく頷いた。

「絹江さんも一緒だった?」

「ああ」

レイナスは答えてから、少し黙った。

一年以上、二人で暮らしているセーフハウス。

自然に並んだ二つのカップ。

薬の時間を把握している絹江。

文句を言いながら、結局その言うことを聞くニール。

玄関に並んだ二人分の靴。

そして、帰り際に並んで見送ってきた二人。

「……どうしたの?」

フェルトが首を傾げる。

レイナスは腕を組んだ。

「いや」

何と表現するのが正しいのか、少し考える。

恋人なのかと聞いたわけではない。

本人たちも何も言っていない。

勝手に決めつけるつもりもない。

ただ、今日の感想を求められたなら――。

「新婚夫婦の自宅に招かれた気分だった」

数秒、静まり返った。

「えっ」

フェルトが目を丸くする。

クリスが勢いよく身を乗り出した。

「ちょっと待って。そこ詳しく!」

「詳しくも何も、今言った通りだよ」

「ニールと絹江さんが!?」

「本人たちが何か言ったわけじゃないぞ」

レイナスは先に釘を刺す。

「俺が勝手にそう感じただけだ」

「それでも気になるじゃない!」

「俺に聞かれても困る。見舞いに行っただけで、取材に行ったわけじゃないんだ」

フェルトがじっとレイナスを見る。

「本当に何も聞かなかったの?」

「ああ」

「どうして?」

レイナスは当然のように答えた。

「新婚夫婦の家に上がり込んで、馴れ初めまで聞き始めたら、それこそ帰るタイミングを失うだろ」

「だから新婚夫婦じゃないって!」

クリスが笑いながら突っ込む。

「例えだよ」

レイナスは肩を竦めた。

「まあ、ニールが元気そうなのは確認できた。それで見舞いの目的は達成だ」

それ以上は二人の問題だ。

少なくとも――。

レイナスは今日見た光景を思い返す。

「……あいつ、しばらく大人しく療養できそうだな」

「どうして?」

「勝てない相手が家にいる」

フェルトが小さく吹き出した。

レイナスはそれを見て、口元を緩める。

百年以上生きていても、人間関係というものはよく分からない。

ただ一つ分かったのは――ニール・ディランディの療養生活について、自分が心配する必要はなさそうだということだった。

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