第57話 帰還者
西暦2310年初頭――ソレスタルビーイング再建拠点・格納庫
格納庫の誘導灯が一本ずつ点灯する。
先に入ってきたのはアステリオン。
続いて、もう一機。
片腕を失い、全身を応急修理で繋ぎ止めたガンダムエクシア。
二年前。
国連軍との最終決戦を最後に消息を絶った機体だった。
『着艦コース正常』
フェルトがコンソールを操作する。
声は普段通りだった。
少なくとも、表面上は。
『アステリオン、着艦どうぞ』
「了解」
アステリオンが格納庫へ降りる。
続いてエクシア。
その脚が床へ触れた瞬間、機体がわずかに傾いた。
「おいおい」
レイナスがモニターを見る。
「ここまで来て倒れるなよ。回収作業まで追加されたら残業確定だぞ」
『問題ない』
刹那の声。
エクシアが姿勢を戻す。
「そういう台詞は、せめて右腕がある機体で言ってくれ」
通信を切り、レイナスはハッチを開いた。
◇
格納庫では、既にイアンが待っていた。
アステリオンから降りたレイナスが床へ着く。
その横でエクシアのハッチが開いた。
刹那が姿を見せる。
イアンの動きが止まった。
「……刹那」
「イアン・ヴァスティ」
二年前より背が伸びている。
顔つきも変わった。
だが、間違えようがない。
「お前……」
イアンは数歩近づいた。
生きていた。
その事実を確かめるように刹那を見る。
そして――視線がエクシアへ移った。
「……」
損傷した頭部。
失われた右腕。
焼けた装甲。
規格の違う部品。
無理やり繋がれた配線。
各所に残る応急補修の跡。
イアンの眉間に皺が寄る。
「刹那」
「ああ」
「これは何だ」
「エクシアだ」
「それは分かっとる!」
レイナスが吹き出した。
「俺と同じ返しされたな」
「笑うな!」
イアンがエクシアへ駆け寄る。
「この右肩はどうした!?」
「破損した」
「見れば分かる!」
「だから外した」
「それも見れば分かる!」
「イアン」
「何だ!」
「落ち着け」
「誰のせいだと思ってる!」
レイナスが腕を組む。
「この二年で刹那も人を怒らせる技術を覚えたらしいな」
「そんな技術は覚えていない」
「無自覚か。余計に質が悪い」
イアンが頭を抱える。
「これを……お前が直してたのか?」
「ああ」
「二年間?」
「必要な時に修理した」
「どうやって」
「使える部品を探した」
イアンの顔がさらに険しくなる。
レイナスが小声で言う。
「現地調達か」
刹那が頷く。
「そうだ」
「……妙なところで話が合うな、俺たち」
「お前は黙っとれ!」
「はいはい」
その時。
格納庫の扉が開いた。
フェルトが立っていた。
◇
刹那が振り返る。
フェルトも、その場で足を止めた。
二年間。
長いようで短い。
短いようで、あまりにも多くのことが変わった時間。
「……刹那」
「ああ」
フェルトが近づく。
一歩。
もう一歩。
「本当に……生きてたんだ」
「生きていた」
「連絡もないから……」
刹那は黙る。
「できなかった」
「……うん」
フェルトはそれ以上責めなかった。
少しだけ目を伏せる。
そして、顔を上げた。
「おかえり」
刹那がフェルトを見る。
ほんの一瞬。
表情が緩んだ。
「ああ」
少し間を置いて。
「ただいま」
レイナスは少し離れた場所から二人を見ていた。
隣にクリスが来る。
「何、その顔」
「どんな顔だよ」
「何か言いたそうな顔」
「言わないよ」
「珍しい」
「俺だって空気くらい読む」
クリスが笑う。
「成長したね」
「百年以上生きて、ようやく一つ褒められたな。長期投資にも程がある」
その声が聞こえたのか、フェルトが振り返った。
「レイナス」
「ん?」
「報告」
「……俺も?」
「当然」
「刹那を拾って帰ってきた功績で相殺できない?」
「できない」
「世知辛いな」
「生身でオートマトンと戦った」
「まあな」
「生身でMSとも戦った」
「地上だったし」
「六機」
「途中から刹那も来た」
「そういう問題じゃない」
レイナスは少し考えた。
「結果として俺もアステリオンも無傷。決算としては黒字だろ?」
「そういう問題でもない」
「会計基準が厳しいな」
フェルトは呆れたように息を吐いた。
だが、その口元は少しだけ緩んでいた。
◇
同日――再建拠点・ブリーフィングルーム
スメラギ・李・ノリエガ。
ティエリア・アーデ。
クリス。
フェルト。
そしてレイナス。
二年前の最終決戦から生き残り、再び集まりつつある者たちが、一つの部屋にいた。
その中央に刹那が座っている。
スメラギはしばらく彼を見つめていた。
「……まずは」
表情を緩める。
「おかえり、刹那」
「ああ」
「生きていてくれてよかった」
「すまない」
「謝るところじゃないわ」
一拍。
「でも、その後の説明はしてもらうけど」
レイナスが壁際で腕を組む。
「来たな」
スメラギが見る。
「何?」
「二年分の事情聴取」
「あなたも後で報告書」
「何で俺まで延長戦なんだ」
「今回の任務内容、忘れた?」
「偵察」
「途中から?」
「人命救助」
「その後?」
「……現地判断による戦闘」
「生身で?」
レイナスは視線を逸らす。
「刹那、話を始めてくれ」
「逃げたわね」
「業務の効率化だよ」
クリスが笑いを堪えている。
刹那は淡々と話し始めた。
「最終決戦の後、エクシアと共に漂流した」
部屋が静かになる。
「意識を取り戻した後、地球圏へ戻った。ソレスタルビーイングとの連絡手段は失われていた」
スメラギが頷く。
「ヴェーダも使えなかったものね」
「ああ」
「それから?」
「地球上を移動していた」
刹那の視線がモニターへ向く。
地球連邦。
統一された世界。
その裏で拡大していく独立治安維持部隊。
「世界を見ていた」
「世界を?」
「俺たちの戦いの後、何が残ったのか」
誰も口を挟まない。
「世界は一つになった」
刹那が続ける。
「だが、争いはなくならなかった」
連邦に抵抗する地域。
武力による鎮圧。
報道されない犠牲。
そしてアロウズ。
「俺たちが変えた世界が、正しかったのか分からなかった」
スメラギは黙って聞いている。
「だから見ていた」
ティエリアが口を開く。
「そして今日、アロウズの作戦を知った」
「ああ」
「そこでレイナスと遭遇したのか」
「そうだ」
レイナスが軽く手を上げる。
「ちなみに俺は先に働いてた」
ティエリアが見る。
「今それは重要か?」
「ちょっとくらい功績を計上してもいいだろ」
「不要だ」
「二年経っても査定が厳しいな、お前」
「君が変わらなさすぎる」
刹那がレイナスを見る。
「俺もそう思う」
「お前まで言うのか」
小さな笑いが起こる。
二年前にはなかった空気。
だが。
スメラギが表情を戻す。
「刹那」
「ああ」
「一つ、理解しておいて」
モニターが切り替わる。
再建中の施設。
建造途中の艦。
設計データ。
不足している戦力。
「私たちはまだ、以前のソレスタルビーイングじゃない」
刹那が画面を見る。
「再建は進んでいる。でも、まだ足りない」
「戦力か」
「それだけじゃないわ」
人員。
情報網。
補給。
整備。
活動拠点。
そして機体。
「レイナスのアステリオンは完成した。でも、あれは例外に近い」
レイナスが眉を上げる。
「例外扱いされると急に福利厚生から外された感じがするな」
「専用設計そのものが特殊なのよ」
「知ってるよ」
ティエリアが続ける。
「僕の次期機体もまだ完成していない」
刹那が見る。
「次期機体?」
「ああ」
「エクシアについても、今後の方針を決める必要がある」
スメラギが言う。
「それにアレルヤは今も消息不明」
室内が静かになる。
刹那の表情が硬くなった。
「アレルヤ……」
「探してるわ」
「ロックオンは?」
レイナスが答える。
「生きてる」
刹那がこちらを見る。
「本当か」
「ああ。ただ、まだ前線に戻れる状態じゃない」
「そうか……」
刹那が目を伏せる。
ほんの少しだけ肩から力が抜けた。
スメラギが続ける。
「だから今すぐ、二年前みたいに武力介入を再開することはできない」
「……分かった」
「でも」
スメラギはモニターに映るアロウズの資料を見る。
「世界を見ないふりをするつもりもない」
刹那も同じ画面を見る。
「俺もだ」
「だったら今は力を貸して」
「ああ」
即答。
「俺はガンダムマイスターだ」
ティエリアが静かに目を閉じた。
そして。
「……おかえり、刹那・F・セイエイ」
刹那がティエリアを見る。
「ああ」
レイナスが腕を組んだまま頷く。
「一名、無事に契約更新だな」
「雇用契約ではない」
ティエリア。
「二年前にも似たような話した気がするぞ」
「なら学習しろ」
「そこまで言う?」
刹那が口を開く。
「レイナス」
「何だ?」
「俺たちは給料を貰っていない」
沈黙。
クリスが吹き出した。
レイナスは刹那を見る。
「……お前、二年で妙な成長してない?」
「していない」
「ならいい。いや、よくない気もするな」
◇
数日後――再建拠点・格納庫
エクシアは完全に分解されていた。
外装。
腕部。
脚部。
内部フレーム。
そして中央。
GNドライヴ。
イアンは機体から取り外された太陽炉を見上げていた。
二年前に失われたと思っていたもの。
それが今、ここにある。
レイナスが隣へ来る。
「エクシア、直せそう?」
「直すだけならな」
「含みがあるな」
「二年経ってるんだぞ」
イアンは端末を操作する。
「アロウズの機体性能も上がってる。疑似太陽炉搭載機も増えた」
「昔のままじゃ厳しい?」
「戦えんことはない。だが、同じものを作り直して終わりじゃ意味がない」
レイナスが分解されたエクシアを見る。
「じゃあ新型?」
イアンは答えない。
代わりに、格納庫の奥へ歩いていく。
レイナスもついていく。
そこには複数の整備区画があった。
一つ。
大型のフレーム。
まだ装甲のほとんどない機体。
レイナスが足を止める。
「……これ」
「ティエリア用だ」
「もうここまで出来てたのか」
「まだ先は長い」
セラヴィー。
その名はまだ与えられていない。
だが、ヴァーチェの系譜を感じさせる大型機だった。
さらに奥。
巨大な艦艇用建造区画。
骨格だけの船体。
かつてのプトレマイオスとは明らかに違う。
「艦まで」
「いつまでも借り物の施設に引きこもってるわけにもいかん」
レイナスが口笛を吹く。
「結構な設備投資だな」
「だから壊すなよ」
「何で俺を見る」
「実績だ」
「便利な言葉になったな、それ」
イアンはさらに奥へ進む。
最後。
厳重に隔離された設計区画。
「こっちは?」
「まだ構想段階だ」
モニターを起動する。
一機のモビルスーツ。
完成形には程遠い。
基本フレームすら確定していない。
だが、中央部には――
二基。
レイナスが目を細めた。
「太陽炉……二つ?」
「ああ」
「二個積むのか?」
「積むだけじゃない」
イアンは腕を組む。
「二基のGNドライヴを同調させる」
レイナスの表情から軽さが消えた。
「同調?」
「まだ理論上の話だ」
「誰が考えた」
「イオリアだ」
その名前に、レイナスが黙る。
イアンが続ける。
「ヴェーダから失われる前に残っていたデータの一部だ」
画面に表示される文字。
TWIN DRIVE SYSTEM
「ツインドライヴシステム」
レイナスが読み上げる。
「成功すれば?」
「理論上は、二基分を足しただけじゃ済まん」
「……へえ」
レイナスの目が変わる。
イアンが横を見る。
「その顔やめろ」
「どの顔?」
「新しい玩具を見つけた顔だ」
「失礼な」
レイナスはモニターから目を離さない。
「純粋な技術的興味だよ」
「お前の場合、それが一番信用ならん」
「アステリオンを貰ったばっかりだぞ。さすがに取らないって」
「『さすがに』を付けるな!」
レイナスが笑う。
だが視線は二基の太陽炉から離れない。
「エクシアのGNドライヴが帰ってきたから、計画を進められる?」
「ああ。ただし相性がある」
「相性?」
「どのGNドライヴ同士でも成立するわけじゃないらしい」
イアンは表示を切り替える。
複数の太陽炉データ。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
「組み合わせを探す必要がある」
レイナスが画面を見る。
デュナメスのGNドライヴは確保されている。
ヴァーチェのものもある。
キュリオスのGNドライヴもフェレシュテによって回収済み。
そして今。
最後にエクシアのGNドライヴが戻ってきた。
四基。
ようやく揃った。
「なるほど」
レイナスは腕を組む。
「人間より先に、太陽炉の方が全員集合したわけか」
イアンの手が止まった。
レイナスも言ってから気づく。
アレルヤ。
まだ帰っていない。
「……」
少しだけ空気が変わった。
レイナスはモニターを見る。
「なら次は、人間の番だな」
イアンが頷く。
「ああ」
「急ぐ必要はある。でも焦っても仕方ない」
珍しく冗談を挟まない。
「戻ってきた時に、帰る場所くらいは完成させておこう」
「そうだな」
レイナスは振り返る。
格納庫。
完成したアステリオン。
建造途中の次期機体。
新しい艦。
そして、まだ設計図の中にしか存在しないツインドライヴ搭載機。
二年前。
壊れたものは多かった。
失ったものもある。
まだ戻っていない仲間もいる。
それでも。
ゼロからではない。
一つずつ。
人が戻り。
機体が生まれ。
船が形になっていく。
ソレスタルビーイングはまだ戦場へ戻れない。
だが。
確実に――戻る準備を始めていた。
◇
同日――地球連邦軍施設・グラハム私室
照明を落とした室内。
グラハム・エーカーは一人、端末の前に座っていた。
画面に表示されているのは、旧中東地域で行われたアロウズの作戦記録。
正規の報告書に添付された映像ではない。
現地の監視装置。
破壊されたオートマトン。
アロウズ機の戦闘記録。
複数のデータを秘密裏に集め、繋ぎ合わせたものだった。
グラハムは無言で映像を再生する。
夜の市街地。
逃げる人々。
その後方を進むオートマトン。
一人の男が転倒した。
武器は持っていない。
オートマトンのセンサーが男を捉える。
照準。
発砲。
グラハムの目が細くなった。
次の映像。
子供を抱えて逃げる女性。
老人。
負傷者。
誰も武器など持っていない。
それでも無人兵器は銃口を向ける。
「……これが治安維持だと?」
低い声が室内に落ちた。
以前から疑念はあった。
現場で目にしたものと、上層部へ提出される報告。
消される民間人被害。
反政府勢力という一言で処理される死者。
そして今回。
映像は言い逃れを許さなかった。
非武装の人間を、軍用の無人兵器が追跡し、攻撃している。
グラハムの拳が固く握られる。
「軍人の手を汚さぬために、機械へ引き金を引かせるか」
怒りはある。
当然だ。
軍人として看過できるものではない。
この映像は保存する。
消させない。
誰がどのような命令を出したのかも調べる。
だが――。
映像の隅。
何かが動いた。
グラハムの視線が止まる。
「……?」
巻き戻す。
再生速度を落とす。
青白い光。
人影。
一瞬でオートマトンとの距離を詰める。
銃身を掴む。
破壊。
別の映像。
右手から青白い刃を形成。
オートマトンを一閃。
次。
複数の無人兵器の間を高速で駆け抜ける。
グラハムが画面へ身を寄せた。
「まさか……」
さらに映像を切り替える。
アロウズMSの記録。
警告表示。
地上から高速で接近する小型反応。
人間。
青白い人影が空中へ跳ぶ。
何もない空間を蹴るように軌道を変え――MSの眼前へ。
青白い剣閃。
GNライフルが切断される。
グラハムの目が大きく見開かれた。
忘れるはずがない。
二年前。
国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦。
GN-Xを奪い。
青白い光を纏わせ。
自分と真正面から戦った男。
画質が悪かろうが。
機体に乗っていなかろうが。
見間違えるはずがなかった。
次の瞬間。
グラハムが立ち上がった。
椅子が後ろへ押し退けられる。
「やはり生きていたか!」
その声には、先ほどまでとは別種の熱があった。
画面の中。
青白い人影が、モビルスーツを相手に戦い続けている。
グラハムの口元が上がる。
「レイナス・レノアーク……!」
二年前の約束。
もう一度戦う。
あの男は確かにそれを覚えていた。
そして自分も忘れてはいない。
映像がさらに進む。
グラハムの表情が止まった。
「……む?」
市街地の外れ。
見覚えのないモビルスーツが映っている。
細身の機体。
これまで確認されたどのガンダムとも違う。
そして機体表面に残る――青白い光。
グラハムは数秒、無言でそれを見つめた。
やがて。
笑みがさらに深くなる。
「なるほど」
腕を組む。
「今度は、借り物ではないようだな」
グラハム・エーカーにとって。
その夜の調査案件は、一つ増えた。
アロウズの非道。
その命令系統。
そして――
二年前に再戦を約束した男と、その新たな機体。
「待っていたぞ」
画面に映るアステリオンを見つめる。
「次こそは、互いに万全の機体で――!」
暗い室内に、グラハムの声が響いた。