機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第58話 変わったもの、変わらないもの

第58話 変わったもの、変わらないもの

西暦2310年初頭――王留美管理・地上セーフハウス

玄関の前で、刹那・F・セイエイは立ち止まっていた。

再建拠点へ帰還してから数日。

検査、報告、エクシアの状態確認。

やるべきことを一通り終えたところで、スメラギから地上行きの便を知らされた。

目的地は、王留美が管理するセーフハウス。

そこにいる人物の名前を聞いた刹那は、自分から同行を申し出た。

「……で」

隣に立つレイナスが玄関を見る。

「いつまで表札と睨み合ってるつもりだ?」

「睨み合っていない」

「そうか。俺には三分くらい動いてないように見えたが」

「確認していた」

「玄関を?」

刹那は答えず、インターホンを押した。

レイナスが小さく笑う。

「まあいい。ここまで来た交通費を無駄にされちゃ困る」

「お前は何をしに来た」

「定期連絡と物資の受け渡し。ついでにイアンから部品の確認」

「そうか」

「要するに仕事だ。世の中、見舞いだけで交通費は落ちないからな」

数秒後。

扉が開いた。

「はい――」

姿を見せた女性が言葉を止める。

絹江・クロスロード。

彼女は刹那を見つめた。

「……刹那君?」

「ああ」

「本当に……」

「生きていた」

絹江の表情が緩む。

「そう。よかった」

そしてレイナスを見る。

「レイナスさん、連絡では一人増えるとしか聞いてませんでしたけど」

「本人が来るって言うんだから仕方ないだろ。予約外一名追加だ」

「そういうことは先に教えてください」

「悪かったよ。追加料金があるなら俺につけといてくれ」

「取りません」

「助かる。最近ただでさえ出費が多いんだ」

刹那がレイナスを見る。

「金を払っているのか?」

「そういう意味じゃない」

「なら、なぜ出費が多い」

「……お前、その辺まで拾うようになったのか」

絹江が小さく笑う。

「とにかく入ってください。ニールなら中にいます」

刹那の視線が動く。

「ニール」

「あ……そうか。刹那君はもう知ってるのね」

「ああ」

「本人が教えたからな」

レイナスが靴を脱ぎながら言う。

「俺だけいつまでもロックオンって呼んでたら、名義変更に取り残された気分になる」

「名前は名義じゃない」

「分かってるよ」

刹那が絹江を見る。

「ここに一緒にいるのか」

「ええ」

「そうか」

刹那はそのまま中へ入る。

レイナスが後ろから追う。

「……今の『そうか』、妙に含みがなかったか?」

「ない」

「ならいいけどな。余計な請求書は増やすなよ」

          ◇

セーフハウス・リビング

ニール・ディランディはソファに座っていた。

以前のようにベッドからほとんど動けない状態ではない。

日常生活には支障がなく、軽い運動も始めている。

ただし、モビルスーツの高機動戦闘へ復帰できるほどではなかった。

端末を眺めていたニールが、廊下から近づく足音に気づく。

「レイナスか?」

「半分正解」

「半分?」

レイナスが先に顔を出す。

その後ろ。

刹那が姿を見せた。

ニールの表情が止まった。

刹那も動かない。

数秒。

レイナスが二人を交互に見る。

「……俺、席外した方がいいか?」

「うるせえ」

ニールが笑った。

「相変わらず余計なところで気を回すな」

「そう言うなよ。人間関係の事故は修理代が高くつくんだ」

「何の話だよ」

「俺にも分からん」

ニールは立ち上がる。

刹那の前まで歩いた。

「よお」

「ああ」

「久しぶりだな、刹那」

「ああ」

また沈黙。

レイナスが壁へ寄りかかる。

「……通信状態が悪いわけじゃないよな?」

「お前は黙ってろ」

「了解。無料プランに戻る」

ニールが刹那を改めて見る。

「背、伸びたな」

「レイナスにも言われた」

「やっぱ最初そこだよな」

「そうなのか」

「二年ぶりならな」

ニールは笑う。

そして、少しだけ目を細めた。

「生きてたか」

「ああ」

「そっか」

ニールが刹那の肩を軽く叩く。

「ならいい」

刹那はニールを見る。

「ロックオン」

「ニールでいいぞ」

「……ニール」

「おう」

刹那の視線がニールの身体へ移る。

「傷は」

「だいぶいい」

「戦えるのか」

「いきなりそこ聞くか?」

「重要だ」

「まあ、お前らしいけどな」

ニールは自分の脇腹付近へ手を置く。

「普通に生活する分には問題ない。軽い運動もできる」

少し間を置く。

「けど、まだMSで戦える状態じゃない」

「そうか」

刹那の表情が沈む。

ニールが気づいた。

「そんな顔するな」

「どんな顔だ」

「自分のせいみたいな顔」

刹那は黙る。

「俺がサーシェスとやり合って負った傷だ。お前の責任じゃない」

「だが――」

「刹那」

ニールの声が少し強くなる。

「二年ぶりに会ってまで、昔のことを背負い直すな」

刹那が止まる。

「生きて帰ってきた。それでいい」

「……ああ」

レイナスが壁際から頷く。

「その通りだ。昔の借金までまとめて今払おうとすると、大体首が回らなくなる」

ニールが見る。

「お前は何の話してんだ?」

「人生全般」

「雑だな」

「百年以上生きてると、大体の話は最後そこに行き着くんだよ」

「便利だな、その年齢」

「全然。使えない経歴の方が多い。たまには元を取らせてくれよ」

          ◇

「ニール、薬」

絹江が戻ってきた。

片手に水。

もう片方に薬。

「ああ」

「今飲んで」

「分かってるって」

「昨日もそう言って後回しにしたでしょ」

「忘れてないぞ」

「私が言ったから思い出したの」

「結果は同じだろ?」

「違うわよ」

ニールが薬を受け取る。

刹那がじっと見ている。

レイナスはコーヒーの方へ視線を逃がした。

ニールが気づく。

「何だ?」

「いや」

「何かあるだろ」

「ない」

「その間で説得力なくなってんぞ」

絹江が笑う。

「刹那君、コーヒーでいい?」

「ああ」

「レイナスさんは?」

「俺も同じので。砂糖なし」

「分かりました」

絹江がキッチンへ戻る。

刹那はその背中を見る。

次にニール。

そして再び絹江。

「……仲がいいんだな」

ニールが固まった。

レイナスはコーヒーもないのに口元へ手を当てた。

「お前、笑ってるだろ」

「いや」

「こっち向け」

「今はやめとく。巻き込まれると面倒だ」

刹那は続ける。

「一年以上、一緒にいると聞いた」

ニールの目がレイナスへ向く。

「誰からだ」

「レイナス」

「おい!」

レイナスが両手を上げる。

「事実しか伝えてないぞ。情報料も取ってない」

「そこじゃねえ!」

キッチンから絹江の声。

「何を騒いでるの?」

「何でもない!」

ニールが即答する。

刹那が首を傾げる。

「何でもなくは――」

「刹那」

ニールが肩を掴む。

「世の中にはな、事実でもわざわざ整理しなくていいことがある」

「なぜだ」

「頼むからそこは二年前のままでいてくれ」

レイナスがとうとう吹き出した。

「いや、ニール。諦めろ。こいつに空気を読ませる方が工数かかる」

「お前が余計な情報入れたんだろ!」

「そこは認める。俺の不良在庫だ」

「責任持って回収しろ!」

「返品期限切れてるよ」

絹江がコーヒーを持って戻ってくる。

「何の話?」

「何でもない」

ニール。

「俺もそう聞いてる」

レイナス。

絹江が目を細める。

「怪しい」

刹那が口を開く。

「二人が――」

「刹那!」

ニールの声が響いた。

レイナスは顔を背けた。

          ◇

しばらくして。

四人はリビングでコーヒーを飲んでいた。

テレビでは地球連邦政府のニュース。

アロウズによる治安維持活動。

反連邦勢力の鎮圧。

公式発表だけを聞けば、世界は着実に安定へ向かっているように見える。

絹江がテレビを見る。

「この前の旧中東地域の件」

レイナスの表情が少し変わる。

「調べてるのか」

「ええ」

絹江は端末を手に取った。

「公式発表と現地から出ている情報が全然違う」

刹那が画面を見る。

削除された記事。

現地住民の証言。

途切れた通信。

「アロウズは武装勢力掃討作戦だったと発表してる。でも、実際には民間人がかなり残っていた可能性が高い」

「残ってたよ」

レイナスが即答した。

「かなり、なんてもんじゃない。避難区画だけでも相当いた」

絹江の表情が険しくなる。

「やっぱり……」

「オートマトンも区別してなかった。武器を持ってるかどうかなんて関係なしだ」

「証明できる?」

「アステリオンの記録に残ってるはずだ」

「見せてもらえる?」

「俺の一存じゃ無理だな。スメラギに確認してくれ」

「分かった」

レイナスはテレビへ視線を戻す。

画面では、アロウズの作戦が成功したと報じられている。

「現場と帳簿が合わない会社は、大体どこかで無理してるもんだ」

ニールが横を見る。

「会社なのか?」

「似たようなもんだろ。上に都合のいい数字だけ上げ始めたら末期だ」

今度は誰も突っ込まなかった。

刹那が絹江を見る。

「まだ記者を続けているのか」

「ええ」

「危険だ」

「知ってる」

絹江は穏やかに答えた。

「でも、知らなかったことにしたくないの」

ニールは何も言わない。

止めもしない。

ただ隣にいる。

刹那は二人を見た。

「そうか」

それだけだった。

          ◇

同日夕方――セーフハウス前

「じゃあな」

ニールが玄関前に立っている。

「次はもうちょいマシな土産持ってこい」

レイナスが眉を上げる。

「二年物のガンダムマイスターじゃ不満か?」

「人を土産扱いするな」

刹那が言う。

「希少価値は高いぞ」

「お前が言うな!」

「仕入れ値ゼロなんだから利益率は最高だろ」

「レイナス」

絹江が呆れた声を出す。

「悪かったよ」

ニールが笑う。

そして刹那を見る。

「また来いよ」

「ああ」

「今度は二年空けんな」

「ああ」

絹江も微笑む。

「気をつけてね、刹那君」

「絹江も」

二人が歩き出す。

しばらくして刹那が口を開いた。

「ニールは変わった」

「そうか?」

「ああ」

「どの辺が?」

「帰る場所がある人間に見えた」

レイナスの足が一瞬だけ緩む。

振り返れば、玄関先にはまだニールと絹江がいる。

「……なるほどね」

「違うのか?」

「本人たちの勘定に外野が口出すと、大体話がこじれる」

「そうか」

「ああ。あの二人はあの二人で上手くやってる。それで十分だろ」

少し歩く。

今度は刹那がレイナスを見る。

「レイナスにもある」

「何が?」

「帰る場所」

「……」

レイナスは一拍置いた。

「お前、二年前より面倒なところ突くようになったな」

「そうか?」

「そうだよ。昔はもう少し会話の請求額が安かった」

「意味が分からない」

「安心した。そこは昔のままだ」

レイナスが歩調を上げる。

「帰るぞ。予定より遅れたらフェルトにまた査定を下げられる」

「フェルトはお前の上司なのか?」

「違う」

「ならなぜ査定される」

「……今日のお前、本当に面倒だな」

二人は帰路についた。

          ◇

同日夜――ソレスタルビーイング再建拠点

地上から戻った刹那が通路を歩いていると、前方からクリスがやってきた。

「あ、刹那!」

「ああ」

クリスは足を止める。

「おかえり。ニールどうだった?」

「元気だった」

「そっか」

クリスの顔が明るくなる。

「まだ戦闘復帰はできないが、日常生活には問題ないと言っていた」

「うん。それならよかった」

刹那は続ける。

「薬も絹江が管理していた」

「へえ」

「昨日も飲むのを後回しにしたらしい」

「……へえ?」

クリスの表情が少し変わる。

刹那は気づかない。

「一年以上一緒に暮らしている」

「えっ」

「食事も一緒だった」

「ちょっと待って」

「仲がいい」

クリスの目が輝いた。

「ちょっと待って刹那。それ詳しく」

「何をだ」

「全部!」

そこへ少し遅れてレイナスがやってきた。

状況を見る。

刹那。

クリス。

そしてクリスの顔。

「……あー」

すべてを察した。

「刹那。お前、何を報告した?」

「ニールの様子だ」

「どこまで?」

「聞かれたことを」

レイナスは額を押さえた。

「情報管理ってのは、漏洩してからじゃ保険が利かないんだぞ……」

「秘密なのか?」

「秘密じゃない。秘密じゃないから余計に扱いが難しいんだよ」

クリスがレイナスを見る。

「ねえ、一年以上って本当?」

「俺に聞くな」

「一緒に暮らしてるの?」

「本人たちに聞け」

「仲いいの?」

「刹那に聞け」

「仲がいい」

「お前は追加報告するな!」

刹那がレイナスを見る。

「事実だ」

「知ってるよ!」

クリスが楽しそうに笑う。

「へえー……ニールがねえ」

「クリス」

「何?」

「今度会っても本人に言うなよ」

「どうして?」

「俺が巻き込まれる」

「そこ?」

「そこだよ。百年以上生きてようが、他人の色恋沙汰の仲裁に使える経験値なんて貯まらないんだ」

クリスがさらに笑う。

刹那は少し考える。

「色恋沙汰なのか?」

レイナスの顔が止まった。

クリスも止まる。

「……刹那」

「何だ」

「今日はもう寝ろ」

「まだ早い」

「頼む。これ以上話を広げると、俺の明日の仕事が増える」

「なぜお前の仕事が増える?」

「そういうところだよ……」

クリスの笑い声が通路に響いた。

戦場ではない。

作戦でもない。

二年前には当たり前だったはずの、どうでもいい会話。

そんな時間が少しずつ。

彼らのところへ戻り始めていた。

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