第6話 予定外
西暦2307年――ソレスタルビーイング地上施設・ブリーフィングルーム
「見学?」
レイナスは露骨に嫌そうな顔をした。
正面のモニターにはスメラギが映っている。
『そう。今回はそれだけ』
「だったらここで映像見てりゃいいだろ」
『現場を見た方が早いって言ったのは誰だったかしら?』
「……俺だな」
昨日の自分を少し恨んだ。
椅子へ深く座り直す。
「で、どこまで行く?」
『ユニオン領内。武装組織が旧式MSを保有しているわ。今回の介入対象よ』
「俺は何すりゃいい」
『何もしなくていいわ』
「何もしなくていい?」
思わず聞き返した。
『あなたには、ソレスタルビーイングが実際にどう戦っているのか見てもらう。留美から聞いただけじゃ判断できないでしょう?』
「そりゃそうだが……」
『それと』
嫌な間だった。
レイナスが目を細める。
「まだあるのか」
『あなたが現場でどう動くのかも見たい』
「やっぱそっちが本命じゃないか」
スメラギは否定しなかった。
『無理に戦えとは言わないわ。むしろ今回は戦わないでちょうだい』
「分かった分かった」
『本当に分かってる?』
「信用ないな」
『昨日、能力を見せてと言ったら嫌だって即答した人だから』
「あれは話が別だろ」
『とにかく。勝手な行動はしないこと』
「はいはい」
『返事が軽い』
「注文多いな……」
通信が切れた。
レイナスはしばらく暗くなったモニターを見ていた。
横にいたロックオンが笑う。
「完全に問題児扱いだな」
「会って二日だぞ」
「二日でそこまで行ったとも言える」
「嬉しくないな」
立ち上がる。
「で、現地までは?」
「輸送機だ」
「MSは?」
「お前のはない」
「知ってる」
レイナスは肩を落とした。
「見るだけか……」
「不満そうだな」
「目の前でMSが飛び回ってるのに、乗るものがないんだぞ」
「子供か、お前は」
「百歳超えてても乗りたいもんは乗りたい」
ロックオンが一瞬黙った。
「その設定、便利だな」
「設定言うな」
◇
同日午後――ユニオン領内・山岳地帯
輸送機の後部ハッチ付近。
レイナスは眼下を流れる山々を眺めていた。
遠方に、緑色の光が見える。
エクシア。
そのさらに上空にはキュリオス。
別方向ではデュナメスが射撃位置へ移動している。
ヴァーチェは地上。
四機がそれぞれの位置へ散っていく。
「……なるほどな」
『何が?』
通信越しのスメラギ。
「昨日並んでるの見たときも思ったが、随分役割を分けてる」
『ええ』
「単純に性能が違うってだけじゃない。最初から四機で動く前提か」
『よく見てるわね』
「暇だからな」
『あなたには観察してもらうために来てもらったんだけど』
「だったら真面目に仕事してるだろ」
眼下で光が走った。
エクシアが敵MSへ接近する。
一気に懐へ入り、GNソードを振るう。
敵機の武装が切断された。
レイナスの目が僅かに細くなる。
「速いな」
映像で見るのとは違う。
距離感。
加速。
停止。
姿勢制御。
機体そのものの運動性能も高い。
だが――
「刹那も上手い」
『へえ』
「何だ?」
『機体ばかり見ると思ってたから』
「俺を何だと思ってる」
『モビルスーツ好き』
「否定はしない」
上空。
キュリオスが高速で通過する。
敵機が追おうとするが、速度差が大きすぎる。
遠方からデュナメスの射撃。
一機。
さらに一機。
武装を正確に破壊していく。
「ロックオンも大したもんだな」
『本人に言ってあげたら?』
「調子乗りそうだからやめとく」
『聞こえてるぞ』
通信へロックオンの声が割り込んだ。
レイナスが少し笑う。
「聞いてたのか」
『褒めるなら最後まで褒めろ』
「腕はいいって言ってるだろ」
『一言余計なんだよ』
そのときだった。
レイナスの表情から笑みが消えた。
「……ん?」
『どうしたの?』
答えない。
輸送機の窓から外を見る。
戦場ではない。
さらに西。
山の陰。
「スメラギ」
『何?』
「この辺り、他に部隊いるか?」
『いないはずよ』
「そうか」
目を閉じる。
意識を広げる。
空気。
地面。
その向こう。
《アニマ》による感覚が、遠方の気配を拾う。
「……いるな」
『何が?』
「人間。二十……いや、もっといる」
スメラギの声が変わった。
『場所は?』
レイナスが指を差す。
「西。山二つ向こう」
『そんな距離から分かるの?』
「たぶんな」
『たぶん?』
「人数まで正確に拾うのは面倒なんだ」
『ちょっと待って』
数秒後。
別の声が入った。
『スメラギさん。該当地点に熱源を確認。車両が複数――』
クリスティナの声。
『待ってください。モビルスーツ反応もあります』
スメラギが息を呑む。
事前情報にはなかった部隊。
レイナスは窓の外を見たまま頭を掻いた。
「……嫌な予感しかしないな」
『輸送機は退避させるわ』
「それがいい」
進路が変わる。
その直後だった。
警報。
『接近する飛翔体!』
輸送機が急旋回した。
レイナスの身体が横へ持っていかれる。
「おいおい……」
窓の外をミサイルが抜けていった。
『捕捉された!?』
二発目。
三発目。
輸送機が回避する。
だが。
『駄目です、四発目――!』
「ったく……」
レイナスが立ち上がった。
『レイナス!?』
「直撃するぞ」
『分かってる! 座って!』
「座ってどうにかなるならそうする」
後部ハッチへ向かう。
『何する気!?』
「撃ち落とす」
『どうやって――』
ハッチが開く。
強烈な風が機内へ流れ込んだ。
レイナスの髪と上着が激しく煽られる。
前方。
ミサイル。
あと数秒。
「面倒かけやがって……」
右手を上げる。
青白い光が灯った。
◇
同時刻――戦闘空域
刹那が敵機を切り伏せた瞬間。
通信にクリスティナの声が響いた。
『輸送機が攻撃を受けています!』
「何?」
ロックオンが照準を動かす。
『位置を寄越せ!』
『西南西、距離――』
その瞬間。
空が青白く光った。
ロックオンの手が止まる。
「……何だ?」
輸送機の後方。
青白い光が、空中を走った。
一つではない。
最初は数本。
直後、それが枝分かれする。
光の軌跡が曲がった。
ミサイルへ向かって。
「曲がった?」
アレルヤの声。
次の瞬間。
爆発。
一発。
二発。
三発。
四発。
輸送機へ迫っていたミサイルが、ほぼ同時に空中で爆発した。
ティエリアが目を見開く。
「何だ、今のは……」
刹那は黙って見ていた。
青白い光。
工場の映像で見たものと同じ。
だが。
映像では身体に纏っていただけだった。
今の光は違う。
明確に空を飛び。
軌道を変え。
複数の目標を追尾した。
『……あー』
通信からレイナスの声。
『聞こえてるか?』
ロックオンが我に返る。
「レイナス! 今の何だ!?」
『見りゃ分かるだろ。撃ち落とした』
「そうじゃねえ!」
『じゃあ何だ』
「今の光だ!」
少し間が空く。
『《アニマ》』
「それは聞いてる! あんなことできるなんて聞いてねえぞ!」
『聞かれてないからな』
「昨日散々聞かれてただろうが!」
『説明すんの面倒だったんだ』
「お前なぁ!」
スメラギの声が割り込む。
『二人とも後! まだ終わってない!』
ロックオンが反射的に前を向く。
新手。
山間部から複数のMSが姿を現していた。
『確認できただけで六機!』
「伏兵か!」
レイナスもそちらを見る。
輸送機はまだ戦闘空域から抜け切っていない。
「……あれか」
『レイナス、あなたはそのまま輸送機で退避して!』
「そのつもりなんだがな」
『だったらハッチから離れて!』
「はいはい」
その瞬間。
敵MSの一機が輸送機へ銃口を向けた。
レイナスの眉が動く。
「……しつこいな」
『レイナス!?』
飛び降りた。
「は?」
ロックオンの声。
輸送機から。
何の装備もなく。
生身で。
◇
同時刻――山岳地帯上空
風圧が全身を叩く。
眼下には山肌。
その向こうから敵MSがライフルを構えている。
レイナスの身体を青白い光が包んだ。
『何やってるの!?』
耳元からスメラギの怒声。
「見りゃ分かるだろ」
『分からないから聞いてるの!』
「撃たれる前に潰す」
『生身で飛び降りる必要ある!?』
「他に足がない」
『だからって――』
「後で聞く」
通信を切った。
敵MSが発砲。
レイナスは空中で身体を捻った。
弾丸が横を抜ける。
二発目。
青白い光が足元で弾けた。
空中で軌道が変わる。
刹那の目が見開かれた。
「空中で……」
跳んだ。
そうとしか見えなかった。
何もない空間を蹴り、レイナスの身体が敵MSへ向かって加速する。
一気に距離を詰める。
敵パイロットが反応する。
ライフルを向ける。
遅い。
レイナスが右手を横へ振った。
青白い光が伸びる。
刃。
一瞬だけそう見えた。
次の瞬間。
敵MSのライフルが中央から切断された。
「な――」
ロックオンが言葉を失う。
レイナスはそのまま機体の肩へ着地。
敵MSが腕を振る。
軽く跳んで避ける。
掌を装甲へ向けた。
青白い光。
衝撃。
轟音。
MSの巨体が横へ吹き飛んだ。
山肌へ叩きつけられる。
沈黙。
レイナスは空中へ放り出される。
その身体を再び青白い光が包んだ。
落下速度が鈍る。
地面へ着地。
土煙が上がった。
通信が静まり返っていた。
レイナスは服についた埃を払う。
「……ったく」
顔を上げる。
残り五機。
そのうち二機がこちらを向いた。
「一機潰せば引くかと思ったんだが」
青白い光が身体を包む。
「そう上手くはいかんか」
『レイナス』
刹那だった。
「ん?」
『そこを動くな』
「何で?」
上空から緑の粒子が降ってくる。
エクシア。
レイナスの前へ着地した。
GNソードを構える。
『残りは俺がやる』
レイナスはその背中を見上げた。
数秒。
「……そうか」
《アニマ》の光が消える。
「なら任せる」
『下がっていろ』
「分かった分かった」
数歩下がる。
だが、その顔には僅かに笑みがあった。
目の前でエクシアが戦う。
今度は映像でも遠目でもない。
ほんの数十メートル先。
「……特等席じゃないか」
『レイナス!』
スメラギの怒声。
「何だよ」
『あとで話があります』
レイナスの顔から笑みが消えた。
「…………」
ロックオンの笑い声が通信へ混じる。
『ご愁傷様』
「うるさい」
エクシアが地面を蹴った。
◇
約二十分後――山岳地帯・戦闘終了後
戦闘は終わった。
追加で現れた部隊も制圧されている。
レイナスは岩に腰を下ろし、戻ってきた輸送機を眺めていた。
その隣にはエクシア。
少し離れた場所にデュナメス、キュリオス、ヴァーチェ。
四人のマイスターからの視線が、妙に痛い。
「……何だ」
ロックオンがデュナメスから降りてくる。
「いや」
「何だよ」
「聞きたいことが多すぎて、どこから聞くか迷ってる」
「聞かなくていいぞ」
「聞くに決まってんだろ」
アレルヤも近づいてくる。
「あの……空中で方向を変えてましたよね?」
「変えたな」
「どうやって?」
「《アニマ》」
「光を飛ばしていました」
「飛ばしたな」
「追尾してましたよね?」
「したな」
「光の刃みたいなものも……」
「使ったな」
アレルヤが困った顔をする。
「……全部《アニマ》なんですか?」
「ああ」
ロックオンが額を押さえる。
「昨日の時点で言えよ!」
「だから説明が面倒だったんだって」
「限度があるだろ!」
レイナスは疲れたように息を吐いた。
「ほらな。実際に見た方が早かっただろ」
「そういう問題じゃねえ!」
少し離れた場所。
ティエリアは黙ってレイナスを見ていた。
昨日までとは明らかに視線が違う。
信用ではない。
むしろ警戒は強くなっている。
当然だった。
刹那も無言だった。
やがて口を開く。
「お前は、あれでガンダムとも戦えるのか」
レイナスが刹那を見る。
「またそれか」
「答えろ」
「知らんって言っただろ」
立ち上がる。
服の埃を払う。
「MS一機潰した程度で、ガンダムまでどうにかできるなんて話にはならん」
「だが――」
「刹那」
レイナスの声が少しだけ変わった。
かったるそうな調子は残っている。
だが、先ほどまでより低い。
「強いか弱いかなんてのは、実際にやり合うまで分からん。機体も違えば、乗ってる奴も違う」
エクシアを見る。
「ましてそいつは、俺が知ってるMSじゃない」
少しだけ口元が上がる。
「だから気になるんだろ」
刹那は何も答えなかった。
通信機からスメラギの声。
『レイナス』
「……はい」
『何で急に素直なのよ』
「声で分かる。怒ってるだろ」
『当然でしょう』
「一応、輸送機は無事だったぞ」
『そういう問題じゃありません』
「だろうな……」
深いため息。
ロックオンが肩を震わせている。
レイナスが睨む。
「笑うな」
「いや、百歳超えてても怒られるんだなと思って」
「年齢関係あるか?」
『帰ったら報告書。それと事情聴取』
「報告書まで?」
『当然』
「……戦うよりそっちの方が面倒なんだが」
『知りません』
通信が切れた。
レイナスはしばらく端末を見つめた。
「帰りたくなくなってきたな」
ロックオンが笑った。
この日。
ソレスタルビーイングは初めて、《アニマ》の一端を実戦で目撃した。
青白い光を纏う。
それだけではない。
遠距離への放出。
複数目標への追尾。
空中での機動。
刃への変化。
そして、モビルスーツを吹き飛ばすほどの力。
レイナスが事前に説明しなかった能力が、次々と目の前で使われた。
当然。
評価が定まるどころか――
確認しなければならないことは、さらに増えた。
そしてレイナス本人は。
帰りの輸送機の中で、スメラギへ提出する報告書のことを考えながら。
心底かったるそうに、天井を見上げていた。