機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

61 / 67
第61話 形になるもの

第61話 形になるもの

西暦2311年冬――ソレスタルビーイング再建拠点・格納庫

二基のGNドライヴが、低い駆動音を響かせていた。

試験設備の中央に固定された二つの太陽炉からGN粒子が放出され、複数の計測装置へ流れ込んでいる。

壁面モニターに並ぶのは、出力、粒子生成量、安定率――そして同調率。

数字が少しずつ上昇していく。

刹那は腕を組んだまま、その値を見つめていた。

「……止まった」

フェルトの声とほぼ同時に、同調率の上昇が止まる。

数秒後。

警告表示が点灯した。

「試験中止!」

イアンが操作盤へ手を伸ばす。

二基のGNドライヴが順番に停止し、格納庫を満たしていた駆動音がゆっくりと消えていった。

「今回も駄目か」

刹那が言う。

イアンは記録された数値を確認する。

「ああ。前回よりはマシだが、これじゃツインドライヴとは呼べん」

ティエリアも別の端末を操作していた。

「二基のGNドライヴを同時に稼働させること自体は問題ない。しかし、完全同調には程遠い」

「ただ二個積めばいいわけじゃないってことか」

少し離れた作業台に腰掛けていたレイナスが言った。

「ああ」

イアンが画面を切り替える。

「イオリアの残した理論通りなら、完全同調した二基のGNドライヴは単純な加算以上の粒子生成能力を発揮する」

「その完全同調ができない」

刹那が試験設備を見る。

「そういうことだ」

レイナスが腕を組む。

「高い部品を二つ買えば性能も倍。世の中、そんな都合のいい話はないか」

ティエリアが横目を向けた。

「GNドライヴを市販部品のように言うな」

「市販してたら助かるんだけどな。予備を何個か買って総当たりできる」

「世界に五基しか存在しない」

「だから高くつくんだよ」

「金額の問題ではない」

「分かってるって」

ティエリアが何か言い返そうとしたところで、刹那が口を開いた。

「エクシアのGNドライヴは?」

イアンが首を振る。

「まだ試してない」

「なぜだ」

「イオリアの残したデータに、エクシアの太陽炉を示してるように読める部分がある。肝心なところが曖昧だがな」

刹那の視線が格納庫の奥へ向く。

そこには、一機の新型ガンダムが立っていた。

装甲の一部はまだ取り付けられていない。

各部には整備用ケーブルが接続され、胸部周辺も作業中のままだ。

それでも人型としての姿は、既にはっきりしている。

二基のGNドライヴを搭載することを前提に設計された機体。

00ガンダム。

「なら試せばいい」

刹那の言葉に、イアンは難しい顔をした。

「だから最後に回すんだ。意味があるかもしれんドライヴを、何も分からん状態で使いたくない」

「壊れる可能性があるのか」

「分からん」

「なら――」

「そこはイアンの判断でいいんじゃないか」

レイナスが口を挟んだ。

刹那が見る。

「機械ってのはな、壊してから説明書を読んでも手遅れなんだよ」

イアンがレイナスを見る。

「お前が言うと妙に説得力があるな」

「経験者だからな」

「威張るところじゃない」

「分かってるよ」

フェルトが小さく笑った。

その隣では、小柄な少女が試験データを整理している。

「同調率の変化、保存完了です!」

ミレイナ・ヴァスティ。

イアンの娘であり、再建作業が本格化してからは父の補助として機体やシステムの調整にも加わっていた。

年齢は若い。

だが、端末を操作する手に迷いはない。

「前回のデータと比較するです!」

「頼む」

イアンに言われ、ミレイナがすぐに作業を始める。

数秒後。

「セイエイさん」

刹那が振り返った。

「何だ」

「前回より同調率は上がってるです。少しずつですけど、調整そのものは無駄じゃないと思います」

「そうか」

「はいです!」

刹那はもう一度00を見る。

レイナスがその横顔を見ていた。

「焦るなよ」

「焦ってはいない」

「本当に?」

「本当だ」

「ならいい」

レイナスはそれ以上言わなかった。

自分にも覚えがある。

アステリオンが形になっていくのを、何度も格納庫へ見に来た。

初めて自分のために造られた機体。

完成までの時間が長く感じられたのは、よく覚えている。

「レノアークさん」

今度はミレイナが呼んだ。

「ん?」

「アステリオンの前回の試験データ、あとで見せてほしいです」

「どの試験?」

「高機動試験です。通常制御とアニマ併用時の差を比較したいです」

レイナスが少し考える。

「構わないよ。イアンの許可が出るならな」

「パパ?」

「ああ」

ミレイナがイアンを見る。

「いいです?」

「通常試験の記録ならな」

「やったです!」

「ただし」

イアンがレイナスを見る。

「勝手に出力制限を外した時の記録は別だ」

「……まだ覚えてたのか」

「忘れるか!」

ミレイナの目が輝く。

「出力制限を外した時もあるです?」

「そこは勉強しなくていい」

「見たいです!」

「駄目だ」

「レノアークさん、ケチです」

「技術者の卵に悪い教育はできないんだよ」

フェルトがレイナスを見る。

「自分でやったのに?」

「だからこそだ。反面教師ってのも立派な教材だからな」

「それなら見せた方がいい」

「……そう来たか」

フェルトの口元が少しだけ緩んだ。

          ◇

西暦2312年初頭――ソレスタルビーイング再建拠点・第二格納区画

大型MSの全身に光が走った。

各部センサーが起動。

続いてGN粒子が機体周囲へ流れ始める。

白を基調とした大型の機体が、ゆっくりと顔を上げた。

セラヴィーガンダム。

剥き出しだったフレームは既に装甲で覆われ、実戦機としての姿を完成させている。

「各部システム、正常です!」

観測ブースでミレイナが声を上げる。

「アーデさん、右腕部の動作確認をお願いしますです!」

『了解した』

ティエリアの操作に合わせ、セラヴィーの右腕が動く。

大型機とは思えない滑らかな動作。

「追従誤差、許容範囲です!」

クリスが別の画面を確認する。

「粒子供給も安定。ティエリア、そっちは?」

『問題ない』

「それ昨日も聞いた」

『問題がないのだから仕方ないだろう』

「新しいガンダムなんだから、もうちょっと感想ないの?」

ティエリアが黙る。

コクピットのモニターには、セラヴィーの各部状態が表示されている。

ヴァーチェではない。

ナドレでもない。

これから自分が戦うための、新しいガンダム。

『……良い機体だ』

クリスが笑う。

「ちゃんと嬉しいんじゃない」

『クリスティナ・シエラ』

ミレイナも通信へ顔を寄せる。

「アーデさん、嬉しいんです?」

『試験を続けるぞ』

「誤魔化したです」

『誤魔化していない!』

観察区画では、レイナス、刹那、フェルトがその様子を眺めていた。

レイナスが腕を組む。

「ティエリアも大変だな」

「何がだ」

刹那が聞く。

「職場に天敵が増えた」

「誰のことだ」

「言ったら俺まで怒られる」

フェルトが横を見る。

「珍しく学習した」

「百年以上生きてるからな。たまには経験が役に立つ」

格納庫ではセラヴィーが歩行試験へ移る。

一歩。

続いてもう一歩。

巨大な脚が床を踏むたび、重い振動が観察区画まで伝わってきた。

「アーデさん、姿勢制御正常です!」

『了解』

レイナスの表情から軽さが消える。

機体の挙動を見る目は真剣だった。

「いいな」

刹那が横を見る。

「乗りたいのか?」

「いや」

レイナスは少し考える。

「……ちょっとだけ」

「やはり乗りたいんじゃないか」

「新型見て何も思わなくなったら、その時は俺も終わりだよ」

フェルトが呆れたように息を吐いた。

だが、その表情は少し笑っていた。

          ◇

西暦2312年初頭――王留美管理・地上セーフハウス

窓の外では、細い雨が降り続いていた。

テーブルには複数の端末と資料。

絹江はその一つを拡大する。

「また消えてる」

向かいにいたニールが顔を上げる。

「何が?」

「拘束された後の記録」

画面には一人の男性。

反連邦活動への協力容疑。

連邦軍による拘束。

そこまでは記録されている。

しかし、その先がない。

「釈放記録は?」

「ない」

「移送先は?」

「それも」

絹江が次の資料を開く。

「この人も」

さらに次。

「こっちも同じ」

ニールが身を乗り出す。

「何人いる?」

「今確認できてるだけで二十七人」

「多いな」

「しかも拘束された地域は別々」

地図を表示する。

点在する拘束地点。

だが、その後に確認された輸送記録を重ねていくと、いくつかの共通点が浮かんでくる。

「この辺り」

絹江が数か所を指す。

「通常の連邦軍管理から外れる直前、同じ中継地点を通ってる可能性がある」

「収容施設か?」

「たぶん」

「アロウズ?」

「まだ断定できない」

絹江は首を横に振った。

「だから調べる」

ニールの表情が少し険しくなる。

「一人で行くなよ」

「行かないわよ」

「本当に?」

「あなたじゃないんだから」

「……信用ないな、俺」

「過去の実績」

ニールは何も言い返せなかった。

絹江が資料へ戻る。

その横で、ニールはテーブルの端に置いた端末を見る。

着信はない。

「ライル?」

絹江が聞いた。

「ああ」

「まだ連絡ない?」

「ないな」

あれから数か月。

ニールから連絡はしていない。

「気になるなら聞けばいいのに」

「考えさせてくれって言ったのはあいつだからな」

ニールは端末から目を離す。

「待つよ」

絹江は小さく頷いた。

          ◇

西暦2312年初頭――地球連邦軍・軌道基地

薄暗い資料室。

グラハムは無言で映像を見ていた。

アロウズとの共同作戦。

公式記録では、反政府武装勢力との戦闘。

だが映像に映る男たちは武器を持っていない。

両手を上げている。

降伏している。

その前に並ぶアロウズ兵。

数秒後。

銃口が上がった。

グラハムが映像を止める。

「公式報告を」

部下が端末を操作した。

『敵性勢力十二名を戦闘中に排除』

グラハムの眉が動く。

「戦闘中、か」

誰も答えない。

「現場の原記録は?」

「削除命令が出ています」

「誰からだ」

「アロウズ司令部です」

以前にもあった。

民間人被害の削除。

作戦内容の改変。

現場映像と報告書の食い違い。

一度や二度ではない。

グラハムは映像の中で両手を上げた男たちを見る。

「原記録を保存しろ」

「少佐」

「複製もだ」

部下が僅かに迷う。

「正式な削除命令ですが」

「責任は私が取る」

「……了解」

部下が操作を始める。

もう一人がグラハムを見る。

「少佐」

「何だ」

「これを集めて、どうされるおつもりですか」

グラハムは答えなかった。

以前にも同じことを問われた。

その時は、分からないと答えた。

今も、最終的な答えは出ていない。

だが一つだけ変わった。

アロウズへの疑念は、もう疑念ではない。

「必要になった時に」

グラハムが静かに言う。

「事実を事実として示せるようにしておく」

部下が目を見開く。

グラハムは映像を閉じた。

「命令に従うことと、虚偽に加担することは同じではない」

「……はい」

「私は軍人だ」

グラハムは立ち上がる。

「軍人であることを捨てるつもりはない」

その言葉が誰に向けられたものなのか。

部下には分からなかった。

アロウズか。

連邦軍か。

あるいは、グラハム自身か。

ただ、以前とは違う。

グラハム・エーカーは、既に記録を集めるだけではなく、その記録を使う可能性まで考え始めていた。

          ◇

西暦2312年春――ソレスタルビーイング再建拠点・建造ドック

巨大な艦体が、建造ドックを埋めていた。

外装の大部分は既に完成している。

かつてのプトレマイオスとは違う。

戦闘そのものを想定した設計。

GNフィールド。

モビルスーツ運用設備。

強襲用装備。

そして艦そのものが戦場へ踏み込むための能力。

スメラギは、完成間近の艦橋に立っていた。

「ここまで来たのね」

隣でクリスが周囲を見回す。

「最初に見た時、骨組みだけでしたからね」

「ええ」

二年前。

仲間は散り散りになった。

プトレマイオスを失い、生死すら分からない者もいた。

今は違う。

刹那が戻った。

ティエリアもいる。

レイナスにはアステリオン。

セラヴィーも完成した。

新しい艦も、間もなく動く。

まだ足りないものはある。

それでも、再建という言葉だけだった頃とは違う。

「スメラギさん」

フェルトが端末を持って入ってくる。

その後ろにはミレイナもいた。

「セラヴィーの実働試験、問題ありません」

「アーデさん、すごく調子いいです!」

スメラギが笑う。

「そう。よかったわ」

「艦内システムの接続試験も予定通りです!」

ミレイナは嬉しそうに端末を操作する。

クリスが覗き込んだ。

「ミレイナ、もうここの端末慣れた?」

「ばっちりです!」

「頼もしいわね」

「任せてくださいです!」

フェルトが次の資料を表示する。

「00は、まだです」

空気が少し変わった。

「ツインドライヴね」

「はい」

候補となる組み合わせはいくつも試した。

しかし完全同調には至らない。

エクシアのGNドライヴは、まだ試していなかった。

「焦らないことね」

スメラギが言う。

「動かせる戦力は増えてる。艦も完成が見えてきた」

そして何より。

「今度は、準備不足のまま戦場へ出ない」

全員が黙って頷いた。

その時。

フェルトの端末が鳴る。

「通信?」

クリスが聞く。

「王留美側から」

フェルトが内容を確認する。

「あ……」

「どうしたの?」

「ニールからです」

スメラギが振り返る。

「弟から連絡が来た、って」

          ◇

同時刻――王留美管理・地上セーフハウス

ニールは端末を耳へ当てていた。

数か月ぶりに聞く弟の声。

『兄さん』

「ああ」

『まだ、あの話は生きてるか?』

ニールの表情が変わる。

「もちろん」

短い沈黙。

『一度だけだ』

「ああ」

『ソレスタルビーイングを見に行く』

ニールはすぐに答えた。

「分かった」

『入るって決めたわけじゃないからな』

「分かってるよ」

『カタロンを辞めるとも言ってない』

「ああ。それでいい」

『……いいのか?』

「最初からそう言っただろ」

無理に連れていくつもりはない。

自分の代わりにするつもりもない。

一度見て。

その上でライル自身が決めればいい。

『日程は?』

「こっちで調整する。決まったら連絡するよ」

『分かった』

通話が切れる。

ニールは端末を下ろした。

少し離れたところで資料を整理していた絹江が顔を上げる。

「ライル?」

「ああ」

「来るの?」

「一度見に来るってさ」

「よかったじゃない」

「まだ見に来るだけだよ」

「でも、自分から連絡してきたんでしょ?」

ニールは少しだけ笑った。

「ああ」

絹江も笑う。

「嬉しそう」

「そりゃな」

今度は隠さなかった。

長く離れていた弟。

一度は完全に途切れたと思っていた繋がり。

そのライルが、自分から一歩を踏み出した。

「ただなあ……」

ニールが頭を掻く。

「何?」

「連れていった後が面倒そうだ」

「どうして?」

「俺と同じ顔だぞ」

絹江は再建拠点の面々を思い浮かべた。

「クリスは見比べるでしょうね」

「絶対やる」

「刹那は?」

「真顔で交互に見る」

「ティエリアは?」

「興味ない顔して確認する」

絹江が笑う。

そして、もう一人を思い出す。

「レイナスさん」

ニールが黙った。

「……あいつが一番嫌な予感するな」

「何か言いそうね」

「絶対言う」

「何て?」

「分からないから嫌なんだよ」

絹江が声を上げて笑った。

ニールも苦笑する。

新しい機体。

新しい艦。

戻ってきた仲間。

これから加わるかもしれない、新しい仲間。

そしてその裏では、アロウズが作り出した歪みもまた、少しずつ輪郭を現し始めている。

止まっていたものが動き出す。

散らばっていたものが集まり始める。

ソレスタルビーイングの再建は、もう準備という言葉だけではない。

次の戦いへ向けた形が、確かに出来上がりつつあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。