機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第66話 出航

第66話 出航

西暦2312年春――ソレスタルビーイング宇宙再建拠点・中央管制室

戦闘から一夜が明けた。

中央モニターには周辺宙域の監視情報が並んでいる。

アロウズの艦影はない。

増援の兆候も、今のところ確認されていなかった。

だが、中央管制室に安堵した空気はなかった。

スメラギは全員が揃ったことを確認すると、正面モニターへ再建拠点の全体図を表示した。

「この拠点を放棄するわ」

誰も驚かなかった。

昨日。

沙慈たちを救出した部隊を追跡したアロウズは、ここまで辿り着いた。

00ガンダム。

セラヴィー。

アステリオン。

それらが存在することまで知られている。

ここはもう、秘匿拠点ではない。

「昨日は追い返せた。でも次も同じ規模とは限らない」

スメラギが表示を切り替える。

「それに固定拠点で待ち構えていたら、いずれ包囲される」

ティエリアが頷く。

「妥当だ」

刹那も異論を挟まない。

レイナスは腕を組み、拠点図を眺めていた。

「四年かけてようやく形になったと思ったら、今度は引っ越しか」

「不満?」

スメラギが聞く。

「まさか。敵さんに住所まで知られたんじゃ仕方ない」

肩をすくめる。

「次の訪問を待って茶でも出すほど、俺たちも律儀じゃないからな」

クリスが苦笑する。

「昨日は熱湯出すって言ってなかった?」

「昨日の分で品切れだ」

スメラギがモニターを切り替えた。

再建拠点の最深部。

巨大建造ドック。

そこに一隻の艦が収まっている。

プトレマイオス2。

四年をかけて建造されてきた、ソレスタルビーイングの新たな母艦。

外装はほぼ完成している。

推進系も搭載済み。

しかし内部艤装の一部と各システムの最終調整が残されていた。

「これを使うわ」

フェルトが画面を見る。

「予定を早めるんですか?」

「ええ」

スメラギは頷く。

「プトレマイオス2を最優先で完成させる。人員、MS、物資を移して、この拠点から離脱する」

その瞬間、通信画面にイアンが割り込んだ。

『待て待て』

格納区画からだった。

『簡単に完成させると言ってくれるな。こっちはまだ仕事が残ってるんだぞ』

「だから相談してるの」

『決定してから言うのを相談とは言わん』

「出せない?」

イアンが黙った。

背後では既に整備員たちが動き始めている。

『……推進系、航法系、生命維持は使える』

「武装は?」

『主砲を含めて最低限はな。ただ、細かい艤装と調整は残る』

「MS運用は?」

『可能だ』

スメラギが笑う。

「なら出せるわね」

『お前な……』

レイナスが横から通信を見る。

「諦めろ、イアン。こういう顔した上司はもう決めてる」

『お前は黙ってろ』

「経験談なんだけどな」

『なら余計に黙れ』

「はいはい」

イアンが端末を確認する。

『三日だ』

「長いわ」

『二日』

「もう少し」

『これ以上削るなら整備員を増やせ!』

「増やす」

『……本当に増やす奴があるか』

レイナスが小さく笑った。

「良かったじゃないか。人手不足を訴えたら即日増員だ。世の中、そんな職場ばかりじゃないぞ」

『その増員にお前も入ってるからな』

「……話が違ってきたな」

フェルトが横を見る。

「手伝わないの?」

「手伝うさ。逃げたら後が怖い」

イアンが即答する。

『分かってるじゃないか』

レイナスは天井を見上げた。

「こういう時だけ評価が早いんだよな……」

スメラギが全員を見る。

「二日で出るわ」

残された時間が決まった。

          ◇

同日――大型建造ドック

作業はすぐに始まった。

完成度を百にする必要はない。

出航。

航行。

戦闘。

MS運用。

生活。

まずはその五つを確実に成立させる。

細かな艤装や調整は出航後でもできる。

大型コンテナが次々とプトレマイオス2へ運び込まれていた。

その中で、明らかに運搬機を使うべき大きさのコンテナを一人で担いでいる男がいた。

レイナスだった。

《アニマ》は使っていない。

単純に、素の身体能力だけで持ち上げている。

近くにいた整備員が二度見した。

「……それ、一人で持つ物じゃないですよ」

「持てるんだからいいだろ。運搬機が空くのを待ってる方が時間が惜しい」

そのまま指定位置まで運んでいく。

クリスが端末を抱えたまま足を止めた。

「相変わらず人間の範囲がおかしいよね」

「失礼だな。ちゃんと人間だよ」

「普通の人はそれ持てないって」

レイナスはコンテナを床へ下ろした。

「百年以上も生きてりゃ、引っ越しが上手くなることくらいあるさ」

「そういう問題?」

「違う気もするが、細かいことを考えてる暇はない」

次の荷物へ向かう。

クリスが背中へ声を飛ばす。

「レイナス、次は第三格納庫だって!」

「了解。今度はもう少し軽いのにしてくれ。持てるのと持ちたいのは別の話だからな」

「疲れた?」

「気分の問題だよ。引っ越しでまで限界に挑戦したくない」

その途中でイアンとすれ違う。

「レイナス」

「今度は何だ?」

「第三格納庫が終わったら、予備パーツも頼む」

「俺を運搬機として数に入れてないか?」

「速いからな」

「便利に使ってくれるのは構わないが、せめて人間扱いはしてくれよ」

「休憩はやる」

「なら話は別だ」

レイナスはあっさり頷いた。

そして、建造ドック中央に浮かぶプトレマイオス2を見上げる。

「今度の船は武装付きなんだよな」

「ああ」

「そいつはありがたい。母艦が撃たれるたびに慌てて戻る生活も、そろそろ卒業したいところでね」

「初代トレミーとは違う。こいつは自分でも戦える」

「いいねえ」

レイナスの目が少しだけ輝く。

「艦首を《アニマ》で強化すれば、体当たりも――」

「やらんぞ」

「まだ最後まで言ってないだろ」

「聞いたら本当に試すだろうが」

レイナスは少し考えた。

「……俺を何だと思ってるんだ?」

「レイナス・レノアーク」

一拍。

「名前で回答が成立するようになったら、さすがに俺も生き方を考えた方がいいな」

「遅い」

「そこまで言うか」

イアンはもう次の作業へ向かっていた。

レイナスはその背中を見送り、次のコンテナへ向かった。

          ◇

数時間後――再建拠点・連絡区画

小型艇が接舷した。

ハッチが開く。

一人の男が降りてくる。

ライル・ディランディ。

前回と同じ場所だった。

だが、雰囲気はまるで違う。

資材が次々と運び出され、通路を整備員が行き交っている。

「……随分慌ただしいな」

「いい時に来たな」

聞き慣れた声。

ライルが振り返る。

ニールが壁際に立っていた。

「兄さん」

「荷物運びならいくらでもあるぞ」

「帰るか」

「来たばっかりだろ」

二人が笑う。

「何があった?」

「ここがアロウズに割れた」

ライルの表情が変わる。

「襲撃されたのか?」

「ああ。昨日な」

「それで引っ越し?」

「そういうことだ」

ニールが歩き出す。

「こっちだ」

ライルも後に続いた。

          ◇

再建拠点・第三格納区画

前回見た機体があった。

長距離射撃戦を想定した新型ガンダム。

以前はまだ設計とフレームの印象が強かった。

今は装甲も増え、明確に一機のMSとして形になり始めている。

ライルが足を止めた。

「進んだな」

「お前が帰ってからも作ってたからな」

ニールが隣に立つ。

「まだ完成じゃないけどな」

「パイロットは?」

「決まってない」

前回と同じ答え。

だが、今度は意味が違った。

ニールが弟を見る。

「それで?」

「何だよ」

「答えを出しに来たんだろ」

ライルはしばらく新型機を見上げていた。

「先に言っとく」

「ああ」

「カタロンを辞める気はない」

「分かってる」

「ソレスタルビーイングのやったことを全部正しかったとも思ってない」

「ああ」

「それに――」

ライルがニールを見る。

「兄さんの代わりになる気もない」

ニールは少しだけ笑った。

「なる必要なんてないさ」

即答だった。

「俺は俺。お前はお前だ」

ライルは再び機体を見る。

「それでも、今のアロウズを放っておく気にはなれない」

静かな声だった。

「カタロンだけじゃ手の届かないところもある」

「そうだな」

「ここなら届く」

ニールは何も言わない。

ライル自身が言葉にするのを待った。

やがてライルが息を吐く。

「乗るよ」

ニールが頷く。

「分かった」

「……それだけ?」

「他に何か言ってほしいのか?」

「いや」

ライルが苦笑する。

「兄さんらしいよ」

ニールは新型機を見上げた。

「ただ、一つだけ」

「何だ?」

「名前の話だ」

「機体の?」

「お前の」

ライルの眉が寄る。

ニールが口にした。

「ロックオン・ストラトス」

ライルの表情が変わった。

「……それは兄さんの名前だろ」

「今まではな」

「何だよ、それ」

「ロックオン・ストラトスってのは、俺一人の名前じゃなくていい」

ニールは機体を見上げた。

「狙って、撃って、守る。その役目の名前だ」

ライルが兄を見る。

「俺に兄さんと同じことをやれって?」

「逆だ」

ニールの答えは早かった。

「俺と同じになるな」

ライルが黙る。

「俺の真似をする必要もない。お前はお前のやり方でやればいい」

「じゃあ何で名前まで同じなんだよ」

「初代の特権だ」

「横暴だな」

「嫌なら断っていいぞ」

しばらく兄弟で視線を交わす。

やがてライルが小さく笑った。

「二代目、か」

「そうなるな」

「重い名前だ」

「知ってる」

ライルはもう一度、新型ガンダムを見上げた。

「……借りるよ」

ニールも笑う。

「ようこそ、ロックオン」

          ◇

翌日――プトレマイオス2・格納庫

移送作業は終盤へ入っていた。

00ガンダム。

セラヴィー。

アステリオン。

建造途中のアリオス。

そして、ライルが乗ることになった長距離射撃型の新型ガンダム。

次々と新たな母艦へ収容されていく。

別区画では、イアンが00の解析を続けていた。

トランザムによって成立したツインドライヴの同調。

一度成立したことで、二基のGNドライヴの状態にも変化が見られる。

刹那がモニターを見る。

「次もトランザムが必要か?」

「今は何とも言えん」

イアンがデータを送る。

「だが、最初の時とは明らかに違う。こいつはもう一度動いた」

00を見上げる。

「ここから先は調整次第だ」

「分かった」

その背後をレイナスが通り過ぎる。

一度止まる。

00を見る。

もう一度見る。

イアンを見る。

「触るな」

「何も言ってないだろ」

「顔に書いてある」

レイナスは00を見上げたまま息を吐いた。

「せっかく新居に引っ越すんだ。隣人への挨拶くらい――」

「いらん」

「最近、最後まで喋らせてもらえないな」

「普段の行いだ」

フェルトが通りかかる。

「レイナス」

「分かってる。触らないよ」

「まだ何も言ってない」

レイナスが振り返る。

「……フェルトまでそのやり方を覚えたか」

「何年も一緒にいるから」

「教育の成果が全部俺に返ってきてる気がするな」

フェルトは少し笑って、そのまま通り過ぎた。

レイナスも00から離れる。

触りはしなかった。

何度も振り返ってはいたが。

          ◇

同日夜――プトレマイオス2・ブリッジ

照明が順番に点灯していく。

各コンソールが起動。

航法システム。

通信。

索敵。

火器管制。

生命維持。

長い間、建造中だった艦に初めて本格的な命が入っていく。

スメラギが艦長席へ座った。

クリス。

フェルト。

ミレイナ。

それぞれが新しい席でシステムを確認する。

「主機、正常」

「航法システム問題なしです!」

「通信系も正常」

スメラギは正面モニターを見る。

まだ映っているのは建造ドックの内壁。

通信が開く。

『スメラギ』

イアンだった。

「どう?」

『出せる』

短い言葉。

『完全じゃない。航行中に仕上げなきゃならん場所も山ほどある』

「それで十分よ」

『俺は十分じゃないんだがな』

「お願い」

『……分かったよ』

通信が切れた。

スメラギが少し笑う。

「全員に通達」

クリスが艦内通信を開いた。

「明朝、プトレマイオス2は出航します」

声が艦内へ響く。

「残っている物資の移送を完了させて。この施設へ戻る予定はありません」

フェルトが外部監視を確認する。

「周辺宙域、現在敵影なし」

「この機会を逃さないわ」

ここに留まれば、いずれアロウズは戻ってくる。

ならば、その前に消える。

今度は拠点そのものが動く。

          ◇

翌朝――宇宙再建拠点・大型建造ドック

巨大な隔壁が開いていく。

その向こうに、宇宙が広がった。

プトレマイオス2の推進器へ光が灯る。

固定アームが一本ずつ解除されていく。

四年間。

ソレスタルビーイングが再建を続けてきた場所。

そのすべてが、少しずつ遠ざかろうとしていた。

ブリッジ後方で、レイナスが正面モニターを眺めている。

「ようやく出るか」

フェルトが振り返った。

「寂しい?」

「そりゃ少しはな」

レイナスは遠ざかっていく施設を見る。

「四年もいりゃ、仮住まいでも愛着くらいは湧くさ」

「そうだね」

「まあ――」

今度はプトレマイオス2の艦内へ視線を移す。

「新居が宇宙船なら悪くない。何かあっても、今度は家ごと逃げられる」

フェルトが少し笑った。

「逃げる前提なの?」

「戦略的撤退と言ってくれ。大人には言い方ってものが必要なんだよ」

「同じじゃない?」

「そういう身も蓋もないことを言うようになったの、誰の影響だ?」

フェルトは答えない。

レイナスは少し待った。

「……聞いた俺が悪かった」

艦長席でスメラギが振り返る。

「レイナス」

「分かってる。静かにしてるよ」

「まだ何も言ってないわ」

レイナスが眉を上げた。

「今日はそういう日か?」

クリスが吹き出す。

スメラギも僅かに笑ってから、正面へ向き直った。

「プトレマイオス2」

一拍。

「発進」

推進器の光が強くなる。

巨大な船体がゆっくりと前進した。

建造ドックを抜ける。

固定された拠点から、広大な宇宙へ。

プトレマイオス2が初めて自らの力で航行を始める。

中央モニターの一角には、次の作戦に関する情報が表示されていた。

地上。

アロウズ管理下の収容施設。

そこに表示された二つの名前。

アレルヤ・ハプティズム。

マリナ・イスマイール。

スメラギがその情報を見る。

「次は地上よ」

刹那が静かに頷いた。

ティエリアの視線は、アレルヤの名前へ向いている。

四年間続いた再建期間は終わった。

00ガンダム。

セラヴィー。

アステリオン。

新たな仲間。

そして、新たな母艦。

ソレスタルビーイングはプトレマイオス2と共に、再び世界へ動き始めた。

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