機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第68話 マリー

第68話 マリー

西暦2312年春――アロウズ管理収容施設・地下収容区画

「マリーが……いる」

アレルヤ・ハプティズムが足を止めた。

四年間の拘束で痩せ、立っているだけでも辛いはずの身体。その顔から疲労が消えたわけではない。

だが、目だけが変わっていた。

「マリー?」

レイナスには聞き覚えのない名前だった。

「誰だ?」

「昔……超人機関にいた頃、一緒だった子だ」

アレルヤが頭を押さえる。

「間違いない。近くにいる」

「分かるのか?」

「脳量子波を感じるんだ」

「なるほどねえ」

理屈までは分からない。

だが、アレルヤの顔を見れば冗談ではないことくらい分かる。

レイナスは通路の先へ目を向けた。

「どっちだ?」

「え?」

「いるんだろ」

レイナスは通信を開く。

「だったら確認する」

『レイナス?』

フェルトの声が返ってきた。

「アレルヤは確保した。ただ、予定を少し変える」

『何かあった?』

「知り合いが近くにいるらしい。マリーって名前だ」

『マリー?』

「俺も今聞いたところだよ」

横でアレルヤがレイナスを見る。

「レイナス……」

「そんな顔するな。四年ぶりに外へ出た人間が、ここまで必死に探してるんだ。置いて帰ったら寝覚めが悪い」

『分かった。スメラギさんに伝える』

「ああ。とはいえ、長居はできない。敵さんもそこまで気が長くないだろうしな」

通信を切る。

「ありがとう、レイナス」

「礼なら帰ってから聞くよ。まだ何も片付いちゃいない」

レイナスはアレルヤの腕を肩へ回した。

「行くぞ」

          ◇

収容施設上空

00ガンダムが戦線へ復帰する。

マリナ・イスマイールの救出を終えた刹那が、セラヴィーと合流した。

その側面を飛ぶのは赤いGN-X III。

ライルが操る、以前レイナスが収容施設から持ち帰った機体だった。

『右から二機』

ティエリアの声。

「見えてる」

ライルが機体を旋回させる。

一射。

敵GN-X IIIのGNランスが吹き飛ぶ。

照準をずらし、二射目。

もう一機のライフルを撃ち抜いた。

「同じ機体なら、言い訳はできないな」

『初陣にしては悪くない』

「そりゃどうも」

その時、新たな反応がレーダーへ現れた。

アロウズの増援。

GN-X III。

アヘッド。

その中に、一機だけ異なる機体がいる。

通常型とは頭部も肩部も違う。

《アヘッド・スマルトロン》。

だが、その名を知る者はこの場にはいない。

『増援だ』

ティエリアが警告する。

ライルがライフルを向ける。

「また増えたか」

だが、一機のアヘッドだけが突然進路を変えた。

戦場ではない。

収容施設へ向かって降下していく。

『……何だ?』

ティエリアも気づく。

その機体だけが、明らかに別の何かを追っていた。

          ◇

アヘッド・スマルトロン――コックピット

「……何なの?」

ソーマ・ピーリス中尉は額を押さえた。

頭が痛い。

この宙域へ接近してから、ずっと続いている。

ノイズ。

誰かの意識。

そして――声。

知っている。

知らないはずなのに、知っている。

白い部屋。

何も見えなかった世界。

自分の傍にいた少年。

――マリー。

「……っ!」

操縦桿を握る手に力が入った。

「違う」

私はソーマ・ピーリス。

人革連の超兵。

今はアロウズに所属する軍人。

それ以外ではない。

そう思おうとする。

それでも声は消えない。

――マリー。

「その名前で……呼ぶな……!」

機体がさらに高度を下げた。

          ◇

収容施設・地上連絡路

「……っ!」

歩いていたアレルヤが突然顔を上げた。

レイナスが足を止める。

「今度は何だ?」

「近い」

「マリーか?」

「うん」

アレルヤが周囲を見回す。

「すぐ近くにいる……!」

直後。

上空からGN粒子が降り注いだ。

レイナスも顔を上げる。

一機のMSが急速に降下してくる。

アヘッド。

だが、これまで見た通常型とは明らかに違う。

頭部。

肩部。

装備。

「……へえ」

「レイナス?」

「いや」

レイナスの目が機体を追う。

「随分と手の入ったアヘッドだと思ってな」

専用機。

少なくとも一般兵用ではない。

アヘッドが地上へ降りる。

土煙が広がった。

レイナスはその機体と、自分たちが来た方向を見比べた。

アステリオンを置いた侵入地点までは距離がある。

そして目の前には、無傷のMSが一機。

「……悪くないな」

アレルヤが振り返った。

「何が?」

「帰りの足だよ」

レイナスがアヘッドへ歩き出す。

「アステリオンまで戻る手間も省ける。どうせ借りるなら、量産機よりこっちの方が――」

「待って!」

「何だよ」

「あれだ!」

「何が?」

「マリーだよ!」

レイナスが止まった。

アヘッドを見る。

アレルヤを見る。

もう一度アヘッドを見る。

「……あれに乗ってるのが?」

「そうだよ!」

「先に言えよ。危うく拝借するところだった」

「やっぱり奪うつもりだったの!?」

「奪うとは人聞きが悪いな。帰還手段の現地調達だよ」

「それを奪うって言うんだよ!」

「四年経っても細かいな、お前」

「今のどこが細かいの!?」

先ほどまで立っているのも辛そうだった男が、随分いい声を出している。

レイナスは口元を緩めた。

「元気そうで何よりだ」

「誰のせいだと思ってるの……」

その時。

アヘッドのライフルが二人へ向いた。

レイナスの表情から軽さが消える。

半歩前へ出た。

『動くな!』

外部スピーカーから女性の声が響く。

『ソレスタルビーイング!』

銃口は向いている。

だが撃ってこない。

レイナスが相手の様子を窺っていると、その横をアレルヤが歩き出した。

「マリー」

機体が僅かに揺れた。

『……何?』

「僕だ」

アレルヤが一歩進む。

「アレルヤだ」

『アレルヤ……?』

「覚えてるだろ?」

『知らない』

「マリー」

『私はソーマ・ピーリス中尉だ!』

声が強くなる。

それでもライフルは撃たれない。

「君はマリー・パーファシーだ」

『違う!』

「違わない!」

アレルヤがさらに前へ出る。

「マリー! 僕を見てくれ!」

『来るな!』

「ずっと探してた!」

『来るなと言っている!』

「マリー!」

四年間。

それだけの時間を奪われた男が、今は周囲の何も見えていないように一人の少女の名前を呼んでいる。

レイナスはそんなアレルヤを横から眺めた。

「……これが若さか……」

「レイナス!」

「悪い。今のは俺が悪かった」

「だったら黙っててよ!」

「はいはい」

アレルヤは再び機体を見上げる。

「マリー!」

『その名前で……私を呼ぶな……!』

「君の名前だ!」

『私はソーマ・ピーリスだ!』

「それでもいい!」

ピーリスが息を呑む。

「ソーマとして過ごした時間まで否定するつもりはない!」

アレルヤの声が響く。

「でも、君はマリーでもあるんだ!」

『私は……』

記憶が弾けた。

白い部屋。

何も見えなかった自分。

傍にいた少年。

声。

手。

名前。

アレルヤ。

『……あ……』

「マリー?」

『アレ……ルヤ……』

アレルヤの目が見開かれる。

「マリー!」

『アレルヤ……』

その瞬間。

ピーリスの意識へ大量の記憶と脳量子波が押し寄せた。

「……っ!」

身体から力が抜ける。

操縦桿を握っていた手が落ちた。

『マリー!?』

返事はない。

アヘッドが完全に動きを止める。

「マリー! 返事をして!」

アレルヤが駆け寄ろうとする。

レイナスが機体を見上げた。

「気を失ったか」

「助けないと!」

「分かってるよ」

その時。

警告音。

レイナスが振り返る。

三機のGN-X IIIが低空から接近していた。

『ピーリス中尉!』

『応答してください!』

返答のないアヘッド。

一機のGN-X IIIが二人へライフルを向ける。

「ったく……」

レイナスがアレルヤの前へ出た。

「少しくらい空気を読んでくれてもいいだろうに」

青白い光。

《アニマ》が全身を包む。

敵機が発砲。

レイナスが横へ跳ぶ。

ビームが地面を焼く。

さらに二射。

空中に生み出した足場を蹴り、軌道を変える。

一機のGN-X IIIが追尾する。

「せっかく会えたってのにな」

レイナスが右手を前へ出した。

青白い光が掌の前へ集まり始める。

《アニマスフィア》とは違う。

球体を形成しない。

膨大な《アニマ》が一点へ圧縮され、周囲の空気が震え始める。

「昔から言うだろ」

三機が同時に武器を構えた。

レイナスの口元が僅かに上がる。

「人の恋路を邪魔するやつは――」

光が膨れ上がる。

「馬に蹴られてなんとやら、だ」

敵機が発砲した。

レイナスの右手が前へ突き出される。

「――《アニマブラスト》」

青白い閃光が大地を染めた。

《アニマスフィア》のような光弾ではない。

圧縮された《アニマ》そのものが、巨大な奔流となって放たれる。

敵のビームを正面から呑み込んだ。

そのまま先頭のGN-X IIIへ直撃。

GNフィールドが展開される。

一瞬。

それだけだった。

青白い奔流が防御を突き破る。

先頭機が吹き飛び、その後方にいた二機まで巻き込んだ。

三機のGN-X IIIがまとめて戦場の彼方へ押し流される。

光が消えた。

遅れて轟音が響く。

アレルヤが呆然としている。

「……今の何?」

レイナスが手を下ろす。

「《アニマブラスト》」

「そんなの使えたの?」

「使えるよ」

「初めて見たんだけど」

「使う必要がなかったからな」

レイナスは遠くへ吹き飛ばされた敵機を見る。

「大抵はスフィアで足りる。わざわざ大砲を持ち出すほどの仕事もなかったしな」

「じゃあ、なんで今……」

「景気づけだよ」

「絶対違うよね?」

「細かいなあ」

「さっきも聞いたよ、それ」

「四年ぶりだからな。サービスだ」

          ◇

上空から新たなGN粒子が近づいてきた。

レイナスが顔を上げる。

「まだ来るのか?」

だが、敵ではない。

オレンジ色の機体。

細身のシルエット。

可変機構。

どこかキュリオスの面影を残す、新たなガンダム。

アリオスガンダム。

無人誘導されたアリオスが二人の近くへ着地する。

コックピットハッチが開いた。

『アレルヤ』

スメラギの声。

『乗れる?』

アレルヤはアリオスを見上げた。

「これは……」

「お前のだ」

アレルヤがレイナスを見る。

「僕の?」

「ああ。お前が帰ってくるって信じて、イアンたちが作ってた」

アレルヤは何も言わなかった。

四年間。

自分が拘束されていた間も。

仲間たちは諦めていなかった。

「……そうなんだ」

レイナスもアリオスを見上げる。

「可変機か。いいねえ」

アレルヤが横を見る。

「レイナス」

「何だ?」

「僕のだからね」

「分かってるよ」

「本当に?」

「お前まで俺を何だと思ってるんだ」

アレルヤが僅かに笑う。

「少し思い出してきた」

「そりゃ結構」

レイナスはアリオスを指す。

「乗れるか?」

アレルヤの表情が変わる。

四年間、MSには触れていない。

身体も衰えている。

それでも。

「……乗れる」

「なら十分だ」

レイナスは迷わず言った。

「行け」

アレルヤが頷き、アリオスへ向かう。

だが途中で止まった。

動かないアヘッドを見る。

「マリーは?」

「機体ごと持って帰る」

「え?」

「意識のない人間をこんなところでコックピットから引っ張り出すより、そのまま運んだ方が安全だろ」

「でも……」

「アロウズの機体を持って帰るのが問題か?」

「……うん」

レイナスが少し黙った。

「今さら一機増えたところで誤差だよ」

「誤差で済ませちゃ駄目だと思う」

「細かいことはスメラギに怒られてから考える」

「怒られる前提なんだ……」

「こういうのは経験が物を言うんだよ」

「何の経験なの、それ」

「いいから乗れ。マリーは俺が運ぶ」

アレルヤはまだ心配そうにアヘッドを見る。

「絶対に連れてきて」

レイナスはその顔を見て、肩を竦めた。

「分かったよ」

一拍。

「人の恋路にそこまで責任持たされるとは思わなかったけどな」

「レイナス!」

「早く行けって」

アレルヤがアリオスへ乗り込む。

システムが起動。

モニターに光が入った。

操縦桿を握る。

身体が覚えている。

キュリオスとは違う。

それでも。

「アレルヤ・ハプティズム」

四年ぶりの出撃。

「アリオス、出る!」

オレンジ色の機体が空へ舞い上がった。

          ◇

レイナスもアステリオンへ戻った。

コックピットへ滑り込み、機体を起動する。

『レイナス』

フェルトから通信。

「戻ったよ」

『アレルヤも確認した。新しい機体の状態は?』

「問題なさそうだ。本人の方は慣らしが必要だろうけどな」

『分かった。それで――』

フェルトが言葉を止めた。

アステリオンの前方。

動かないアヘッドが一機。

レイナスはアステリオンの腕でその機体を支える。

『……レイナス』

「待て」

『まだ何も言ってない』

「先に言っておいた方がいい気がしてな」

フェルトが少し間を置く。

『出る前に何て言ったか覚えてる?』

「敵のMSを持って帰ってくるな」

『覚えてるんだ』

「今回は事情が違う」

『でも持って帰ってきてる』

「中に人が入ってるんだよ」

『……人?』

別回線からアレルヤが割り込んだ。

『マリーが乗ってる! 意識がないんだ!』

フェルトの声色が即座に変わる。

『意識がない?』

「ああ。急に倒れた。機体から出すより、このまま運んだ方が安全だと判断した」

『分かった。スメラギさんに報告する。医療班にも連絡しておく』

「助かる」

レイナスが小さく息を吐いた。

「……ほらな。今回は俺のせいじゃない」

『でも最初は奪おうとしてたよ』

アレルヤが言った。

「アレルヤ」

『何?』

「四年ぶりに助けた仲間から刺されるとは思わなかったよ」

『事実でしょ?』

「世知辛いねえ」

フェルトの声。

『レイナス』

「何だ?」

『帰ってきたら詳しく聞くから』

「……了解」

通信が切れる。

レイナスは一瞬だけ黙った。

「どうしてこうなったかね」

『自分で分かってるんじゃない?』

「お前、元気になった途端に容赦なくなったな」

アリオスから小さな笑い声が返った。

          ◇

収容施設上空

00。

セラヴィー。

アリオス。

ライルのGN-X III。

そしてアステリオン。

そのアステリオンが、見慣れないアヘッドを抱えている。

ライルが目を疑った。

『……おい』

『何だ?』

ティエリアが答える。

『あいつ、また敵の機体持って帰ってるぞ』

『今回は事情がある』

「またそれかよ」

ライルが呆れる。

その時、聞き慣れない声が通信へ入った。

『初めまして』

ライルが周囲を見る。

「誰だ?」

『アレルヤ・ハプティズム』

一瞬。

ライルが黙った。

「あんたがアレルヤか」

『君は?』

「ライル・ディランディ」

今度はアレルヤが黙る。

『……ディランディ?』

「まあ、そうなるよな」

ライルが笑った。

「説明は帰ってからだ」

『もしかして……』

「多分、その予想で合ってる」

『……四年って長いね』

「俺はここ数日でも十分長く感じてるよ」

二人の通信を聞きながら、レイナスはアヘッドを支え直した。

00が先行する。

セラヴィーが続く。

アリオス。

GN-X III。

そして、アヘッドを抱えたアステリオン。

救出作戦は成功した。

アレルヤ・ハプティズム。

マリナ・イスマイール。

二人の救出に加え――

予定にはなかった一人と一機まで連れて。

プトレマイオス2への帰還が始まった。

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