第69話 帰還者たち
西暦2312年春――プトレマイオス2・ブリッジ
救出作戦から離脱して、数時間。
プトレマイオス2は何度か進路を変更しながら、収容施設から距離を取っていた。
クリスが索敵画面を確認する。
「後方、追跡反応なし。今のところアロウズが追ってくる気配はないわ」
「広域索敵にも反応ありませんです」
ミレイナの報告を聞き、スメラギはモニターへ目を向けた。
予想していたより静かだった。
「追撃してこないか」
ラッセが呟く。
「できないんじゃない?」
クリスが収容施設周辺の戦闘記録を表示する。
「こっちも結構叩いたからね。出てきた部隊は損害を受けてるし」
「それだけじゃないわ」
スメラギが続ける。
収容施設を襲撃され、拘束者を奪還された。
迎撃部隊も損耗。
さらにソーマ・ピーリス中尉が、機体ごと消息を絶っている。
戦死。
撃墜。
捕虜。
あるいは離反。
アロウズ側から見れば、まず現場で何が起きたのか整理しなければならない。
「すぐに追撃部隊を編成できる状況ではないでしょうね」
「……現場、今頃すごいことになってそう」
クリスの言葉に、スメラギは小さく頷く。
「でも安心はできないわ。もうしばらく進路変更を続ける。追跡反応がなくても警戒は継続して」
「了解」
ラッセが答える。
その時、ミレイナが別のモニターを確認した。
「格納庫から連絡です。アリオス、00、セラヴィー、GN-X III、アステリオン、全機収容完了です」
一拍。
「それと、アヘッドもです」
スメラギが僅かに目を閉じる。
予定にはなかった一機。
そして、その中にいる予定外の一人。
「……そっちも確認しないとね」
◇
プトレマイオス2・格納庫
帰還した機体の固定作業が進んでいた。
アリオス。
00ガンダム。
セラヴィー。
ライルが使用したGN-X III。
アステリオン。
そして、その横にはアステリオンが運んできたアヘッドまで並んでいる。
イアンはしばらく無言でその光景を眺めていた。
以前はGN-X III。
今回はアヘッド。
しかも今回は中身までいる。
アステリオンから降りてきたレイナスへ顔を向ける。
「……とうとう人間まで攫って来やがった」
「おいおい。命懸けで救出して帰ってきた人間に、最初に言うことがそれか?」
「前はGN-X IIIだった。今度はアヘッドだ。それもパイロット入りでな」
「事情が違う。気を失った人間を現場で引っ張り出すより、このまま運んだ方が安全だったんだよ」
「最初は機体を奪おうとしてたけどね」
横からアレルヤが口を挟んだ。
レイナスがそちらを見る。
「……助けた相手から刺されるとは思わなかったな」
「事実でしょ?」
「否定はしないけどな。今そこを補足する必要はなかったと思うぞ」
「マリー!」
アヘッドのハッチが外部から開放された。
アレルヤの表情から笑みが消える。
医療スタッフがコックピットへ入り、意識を失ったピーリスの状態を確認する。
「呼吸、脈拍ともに安定しています!」
担架が運び込まれる。
アレルヤはその傍を離れなかった。
「アレルヤ」
背後から呼ばれて振り返る。
「……フェルト?」
「うん」
背も伸びた。
顔立ちにも、以前の幼さはほとんど残っていない。
それでも見間違えるはずはなかった。
「大きくなったね」
「久しぶり」
「うん……久しぶり」
フェルトが僅かに笑う。
「おかえり、アレルヤ」
アレルヤの表情が緩んだ。
「ただいま」
フェルトはすぐに担架へ目を向ける。
「彼女がマリー?」
「うん」
「医務室へ運ぶ。アレルヤも一緒に来て」
「僕も?」
「検査するから」
「僕は大丈夫だよ」
「駄目」
即答だった。
アレルヤが苦笑する。
「分かったよ」
そのやり取りを少し離れた場所で見ていたレイナスが口元を緩める。
「頼もしくなったもんだ」
フェルトが振り返った。
「何か言った?」
「褒めただけだよ」
「ならいい」
担架とともにフェルトが去っていく。
レイナスはその背中を見送り、小さく息を吐いた。
「成長ってのは早いねえ」
「お前が言うと重みが違うな」
イアンが横から言った。
「まあな。こういう時くらいは年長者らしく――」
「それよりアヘッドをどうするか考えろ」
「最後まで言わせてくれよ」
◇
プトレマイオス2・医務室
ピーリスはまだ眠っていた。
その隣では、アレルヤ自身も検査を受けている。
長期間の拘束による衰弱。
筋力低下。
栄養状態にも多少の問題がある。
だが、すぐに治療が必要なほどではなかった。
検査が一段落した頃。
医務室の扉が開く。
「よう」
アレルヤが顔を上げた。
「ロックオン」
ニールが立っていた。
「久しぶりだな、アレルヤ」
「うん。久しぶり」
ニールはベッドの横まで来ると、拳を差し出した。
アレルヤも拳を合わせる。
「おかえり」
「ただいま」
それだけで十分だった。
ニールが笑う。
「で、帰ってきたばかりで悪いんだが、一人紹介しておく」
「紹介?」
ニールが身体をずらす。
その後ろに立っていた男を見て、アレルヤの動きが止まった。
ニールを見る。
男を見る。
もう一度ニールを見る。
「…………」
男が軽く手を上げた。
「ライル・ディランディだ」
「……ディランディ?」
「弟だ」
「弟?」
「双子のな」
アレルヤが二人を見比べる。
「聞いてないよ」
「言ってなかったからな」
「いや……そうなんだけど」
ライルが苦笑した。
「安心しろ。俺も兄貴がガンダムに乗ってたなんて知らなかった」
「それでだ」
ニールが続ける。
「今のロックオン・ストラトスはライルだ」
アレルヤが再び固まる。
「…………」
「二代目ってところだな」
ライルが言う。
アレルヤは額を押さえた。
「ちょっと待って」
「どうした?」
「まず双子から整理させて」
ニールが笑う。
「そりゃそうか」
◇
プトレマイオス2・応接室
マリナ・イスマイールの前に温かい飲み物が置かれていた。
向かいにはスメラギ。
ティエリアとクリスも同席している。
少し離れたところには刹那。
この場でマリナが以前から知っているのは、刹那だけだった。
「改めて自己紹介しておくわ。スメラギ・李・ノリエガ。ソレスタルビーイングの戦術予報士よ」
「ティエリア・アーデです」
「クリスティナ・シエラです。クリスでいいですよ」
マリナも頭を下げる。
「マリナ・イスマイールです」
一通りの紹介を終えると、スメラギが本題へ入った。
「確認しておきたいことがあるの。どうしてあなたが、あの収容施設に?」
マリナは一度、刹那へ視線を向けた。
「……ソレスタルビーイングとの関係を疑われたためです」
「私たちとの?」
「はい」
マリナは頷く。
「以前、私は刹那と何度か会っています。そのことを連邦側に把握されていたようです」
クリスとティエリアの視線が刹那へ向いた。
「私はソレスタルビーイングの構成員ではないと説明しました。でも、信じてもらえませんでした」
「それで拘束されたのね」
「はい」
スメラギが尋ねる。
「アザディスタンの状況は?」
マリナの表情が曇った。
「分かりません。拘束されてからは何も……」
刹那がマリナを見る。
「戻りたいのか」
「はい」
迷いはなかった。
「アザディスタンへ帰りたいです」
スメラギは少し考える。
「分かった。でも、安全を確認しないまま送り届けることはできない。少し時間をちょうだい」
「……はい」
その時だった。
「つかぬことをお聞きしますです」
全員が振り返る。
飲み物の追加を持ってきたミレイナが立っていた。
「ミレイナ?」
「セイエイさんとマリナさんは、恋人なのですか?」
「違う」
刹那が即答した。
「えっ?」
マリナだけが一拍遅れた。
クリスが吹き出しかける。
ティエリアが眉を寄せた。
「なぜ今それを聞く」
「先ほどから気になっていましたです」
マリナが困ったように微笑む。
「刹那とは……そういう関係ではありません」
「そうだ」
ミレイナは二人をもう一度見比べた。
少しずつ肩が落ちる。
「……乙女の勘が外れたです」
「何の勘だ」
刹那が真顔で返す。
クリスはとうとう堪えきれず、声を上げて笑った。
◇
同日夕方――プトレマイオス2・医務室
ピーリスの瞼が動いた。
ゆっくりと目を開く。
白い天井。
知らない部屋。
そして傍にいる男。
「マリー?」
「……アレルヤ」
アレルヤが椅子から立つ。
「僕だよ」
記憶が繋がっていく。
超人機関。
幼い頃の記憶。
アレルヤ。
そして――ソーマ・ピーリスとして過ごしてきた記憶。
人革連。
セルゲイ・スミルノフ。
連邦軍。
アロウズ。
マリーは身体を起こそうとした。
「待って。まだ寝てた方がいい」
「ここは?」
「プトレマイオス2。ソレスタルビーイングの船だよ」
表情が強張る。
「私の機体は?」
「格納庫にある」
「なぜ?」
「君が気を失ったから。機体ごと運んできたんだ」
「誰が?」
「レイナス」
脳裏に、生身でMSと戦っていた男が浮かぶ。
「……あの人は何者なの?」
アレルヤが困ったように笑う。
「説明すると長くなる」
「ソレスタルビーイングの人間でしょう?」
「それは間違ってないんだけど……」
マリーは額へ手を当てた。
そして、別の人物を思い出す。
「大佐……」
「大佐?」
「セルゲイ・スミルノフ大佐」
その名を口にした時の表情を見て、アレルヤはそれ以上問い詰めなかった。
「連絡しなければ……」
「うん」
「私がここにいることを知らせないと」
「スメラギさんに相談しよう。安全な通信方法を考えてくれると思う」
マリーがアレルヤを見る。
「……なぜ?」
「何が?」
「なぜ、そこまで」
アレルヤは少し黙った。
「君がマリーだからだよ」
マリーの目が僅かに揺れる。
「でも、君がソーマ・ピーリスとして生きてきたことまで、僕が勝手に否定するつもりはない」
マリーは答えなかった。
ただ、その言葉を受け止める。
そこへ医務室の扉が開いた。
「ハプティズムさん、検査結果を――」
ミレイナだった。
マリーが目を覚ましていることに気づく。
「目を覚ましたのですね!」
「君は?」
「ミレイナ・ヴァスティです!」
ミレイナは二人を見る。
少し間があった。
「つかぬことをお聞きしますです」
アレルヤの眉が動く。
「……何?」
「ハプティズムさんとマリーさんは、恋人なのですか?」
「えっ!?」
アレルヤが固まった。
マリーも目を見開く。
「こ、恋人……?」
「はいです」
「いや、その……僕たちは……」
アレルヤが言葉に詰まる。
マリーも視線を逸らした。
誰も否定しない。
ミレイナの表情が明るくなる。
「これは!」
「何?」
「否定しなかったです!」
「いや、だから……」
「やっぱり乙女の勘は外れてなかったです!」
「まだ何も言ってないよ!」
「そこが重要なのです!」
マリーが僅かに頬を赤くしたまま尋ねる。
「ソレスタルビーイングでは……こういうことも聞かれるの?」
「聞かれないよ」
アレルヤは即答した。
◇
翌日――プトレマイオス2・格納庫
アロウズの追跡反応は、結局確認されなかった。
周辺の安全を確認したプトレマイオス2は、補給と人員の合流のため予定ポイントへ移動している。
その少し前。
ニールは小型艇で艦を離れていた。
王留美側の拠点に残っている絹江を迎えに行くためだ。
今後もプトレマイオス2を活動拠点とするなら、情報収集を続けている絹江との連携方法も改めて決める必要がある。
それに何より――救出された沙慈が、この船にいる。
やがて小型艇が格納庫へ入ってきた。
着艦を待っていた沙慈が前へ出る。
ハッチが開く。
最初に降りてきたのはニール。
その後ろから絹江が姿を見せた。
「沙慈」
「姉さん!」
沙慈が駆け寄る。
絹江も足を速めた。
「大丈夫なの?」
「うん」
「怪我は?」
「ないよ」
「本当に?」
「本当だって」
絹江は沙慈の顔を見て、肩を見て、腕を見る。
無事だと聞いていても、直接確認するまでは安心できなかった。
ようやく息を吐く。
「よかった……」
「姉さんも無事でよかった」
「私は大丈夫」
少し離れたところで、ニールが黙って待っていた。
絹江が振り返る。
「ニール、ありがとう」
「迎えに行ったくらいで大げさだって」
「それでもよ」
そこへアレルヤが格納庫へ入ってきた。
絹江に気づく。
「絹江さん」
「アレルヤさん」
絹江の表情が明るくなる。
「無事だったんですね」
「はい。なんとか」
「本当によかった」
こちらは再会だった。
その横で沙慈とアレルヤの視線が合う。
互いに首を傾げた。
絹江がそれに気づく。
「そうか。二人は初めてですね」
沙慈が軽く頭を下げた。
「沙慈・クロスロードです。絹江の弟です」
「アレルヤ・ハプティズム」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
アレルヤが沙慈を見る。
「君が絹江さんの弟なんだ」
「はい」
そこへ足音が近づいてきた。
「ディランディさん、お帰りなさいです!」
ミレイナだった。
「ただいま」
ミレイナの視線がニールから絹江へ移る。
そして止まった。
ニールが眉を上げる。
「……何だ?」
「つかぬことをお聞きしますです」
「ん?」
「ディランディさんと絹江さんは、恋人なのですか?」
沈黙。
沙慈が固まった。
絹江も固まる。
「ミ、ミレイナちゃん?」
「違うのですか?」
絹江がニールを見る。
ニールも絹江を見る。
「……ニール」
「俺に聞くのか?」
「聞くでしょ、普通」
ニールは少し考えた。
それから笑う。
「まあ、大事な人ではあるな」
絹江の動きが止まった。
沙慈も止まった。
ミレイナの目が輝く。
「やっぱりです!」
「ちょっと待って、ニール!」
「嘘は言ってないだろ?」
「そういう問題じゃ――」
「乙女の勘、絶好調です!」
ミレイナが満足そうに胸を張る。
沙慈が姉を見る。
「姉さん……」
「沙慈」
「何?」
「今は何も言わないで」
「まだ何も言ってないよ」
「顔に出てるの」
ニールが堪えきれずに笑った。
◇
同日午後――プトレマイオス2・ブリーフィングルーム
主要メンバーが集まっていた。
スメラギ。
刹那。
ティエリア。
アレルヤ。
ライル。
ニール。
レイナス。
フェルト。
クリス。
絹江。
そしてマリナ。
スメラギが全員を見回す。
「まず、今後の方針を整理するわ」
モニターにプトレマイオス2の状態が表示された。
「艦は最低限の運用状態で出航しただけ。まだ調整が必要な区画も多い。00のツインドライヴも、これから検証しなければならない」
「アリオスも同様だ」
ティエリアが続ける。
アレルヤも頷いた。
「僕自身も、まず身体を戻さないとね」
「ライルも正式に加わったばかり」
ライルが肩を竦める。
「そこは否定できないな」
「それからピーリス中尉」
スメラギが続けた。
「彼女は当面、保護対象として扱う。本人の意思を確認するまでは、こちらから参加を求めることもしない」
アレルヤが頷く。
「セルゲイ・スミルノフ大佐への連絡を希望してる」
「通信方法はこちらで考えるわ。彼女がソレスタルビーイングにいると知られれば、通信先にも影響が出る可能性がある」
「分かった」
「そして――」
スメラギがマリナを見る。
「マリナ・イスマイールさん」
「はい」
「あなたの今後について」
マリナは迷わなかった。
「アザディスタンへ戻りたいです」
「やっぱりそうなるわね」
「国がどうなっているのか知りたいのです」
その時。
絹江の表情が変わった。
「……スメラギさん」
「何?」
「そのアザディスタンについてです」
全員の視線が絹江へ向く。
「こちらへ来る直前に、新しい情報が入りました」
持参した端末を卓上端末へ接続する。
モニターに映像が表示された。
炎。
黒煙。
崩れた建物。
逃げる人々。
マリナが息を呑む。
「……アザディスタン……」
刹那の目が細くなる。
「何があった?」
「数時間前の映像です」
絹江が次の映像を表示する。
画質は荒い。
遠距離から撮影されたものらしく、機体の細部までは分からない。
それでも黒煙の向こうを横切る一機のMSが確認できた。
「ガンダム……?」
クリスが呟く。
ティエリアが画面を睨んだ。
「我々の機体ではない」
「待て」
刹那の声が低くなる。
「そこを戻せ」
映像が巻き戻される。
赤を基調とした機体。
異様に長い腕。
背部から伸びる大型のユニット。
刹那が画面を凝視する。
「この機体……」
スメラギが尋ねる。
「知っているの?」
「機体そのものは知らない」
刹那は画面から目を離さない。
「だが、この色と特徴……」
その口から、一人の男の名が出た。
「アリー・アル・サーシェス」
絹江の表情が変わった。
「……サーシェス?」
刹那が頷く。
「確証はない」
ティエリアも映像を拡大する。
「この映像だけでパイロットを特定することは不可能だ」
「ああ」
それでも刹那の視線は動かない。
「だが、確認する必要がある」
絹江も画面を見つめていた。
KPSAを追う中で辿り着いた男。
アリー・アル・サーシェス。
その名前を、忘れるはずがない。
刹那が立ち上がる。
「アザディスタンへ行く」
マリナもすぐに立ち上がった。
「私もお願いします」
スメラギは数秒考える。
炎に包まれたアザディスタン。
正体不明のガンダム。
そして、刹那が口にしたサーシェスの名。
「分かったわ」
艦内通信を開く。
「ラッセ、進路変更」
『目的地は?』
「アザディスタン」
『了解』
プトレマイオス2が進路を変える。
マリナは炎に包まれた故国を見つめていた。
その隣で刹那も、映像に映る赤いガンダムから目を離さない。
プトレマイオス2は速度を上げる。
目的地――アザディスタン王国。