機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第7話 借り物

第7話 借り物

西暦2307年――ソレスタルビーイング地上施設・ブリーフィングルーム

「で?」

スメラギの声が通信室に響いた。

レイナスは椅子へ深く沈み込んでいる。

目の前には報告書。

ほとんど白紙だった。

「……何が?」

『何が、じゃないでしょう』

「昨日の報告なら書いてる」

『三行しかないわよ』

「必要なことは入ってるだろ」

スメラギが読み上げる。

『敵増援を確認。輸送機が攻撃されたため迎撃。その後、敵MS一機を無力化――以上』

「簡潔でいいだろ」

『簡潔すぎるの!』

レイナスは面倒そうに頭を掻いた。

「何を書けってんだ」

『まず、あなたがどうやって敵部隊を発見したのか』

「《アニマ》で探った」

『どうやって?』

「どうやってって……探ったんだ」

『説明になってない』

「だから面倒なんだよな、これ」

スメラギの眉間に皺が寄る。

『じゃあ次。ミサイルを撃ち落とした光』

「《アニマ》」

『複数に分かれたわね』

「ああ」

『追尾した』

「ああ」

『空中で軌道を変えた』

「ああ」

『光を刃みたいにして、MSのライフルを切断した』

「ああ」

『そのあと衝撃波みたいなものまで撃った』

「ああ」

『全部《アニマ》?』

「そうだ」

沈黙。

レイナスは机の上のペンを弄っている。

『……他には?』

「何が?」

『まだ何かできるんでしょう?』

レイナスの手が止まった。

少し考える。

「まあ……」

『あるのね』

「あるな」

『何ができるの?』

「色々」

『またそれ!?』

「だから一個ずつ説明するのが面倒なんだって」

『こっちは把握しなきゃならないの!』

「昨日みたいに必要になったら使う。それでいいだろ」

『よくない!』

レイナスは深く息を吐いた。

「……かったるいな」

『聞こえてるわよ』

「聞こえるように言った」

『レイナス』

「分かった分かった」

ペンを持つ。

報告書に何か書き足す。

スメラギが少し待った。

『何て書いたの?』

「《アニマには他にも色々ある》」

『書き直し』

「駄目か」

『駄目』

「厳しいな……」

部屋の端でロックオンが腹を抱えて笑っていた。

「お前、怒られ方が子供みたいになってきたな」

レイナスが顔だけ向ける。

「代わるか?」

「遠慮しとく」

「だったら黙ってろ」

『ロックオンも笑ってないで手伝って』

「俺まで!?」

レイナスの口元が僅かに上がった。

「ご愁傷様」

「お前のせいだろ!」

          ◇

数日後――ユニオン領内・ソレスタルビーイング臨時拠点

新たな武力介入が予定されていた。

レイナスは格納庫の隅で壁にもたれ、端末に表示された作戦概要を眺めている。

今回の対象は、ユニオン領内で続く武力衝突。

複数勢力が絡んでいる。

当然、ユニオン軍も展開していた。

「面倒そうだな」

隣を通ったロックオンが足を止める。

「作戦が?」

「全部」

「範囲広すぎるだろ」

「敵味方が何組もいて、その上ユニオン軍までいるんだろ。こういうのは大抵ろくなことにならん」

「経験則か?」

「まあな」

レイナスは端末を閉じる。

「で、今回は俺も出るのか?」

「その予定らしいぜ」

「何に乗って?」

ロックオンが黙った。

レイナスも黙った。

数秒。

「……おい」

「俺に言うな」

「MSもないのに何しろってんだ」

「現地支援」

「雑だな」

「スメラギに言え」

レイナスは深く息を吐いた。

「せめて一機くらい余ってないのか?」

「ガンダムなら四機きっちり埋まってる」

「ガンダムじゃなくていい。動けば」

「ない」

「そうか……」

心底残念そうだった。

ロックオンが苦笑する。

「お前、MS乗りたいだけだろ」

「悪いか」

「いや」

「こっち来てから一度も乗ってないんだぞ」

「まだ二週間も経ってねえだろ」

「俺には十分長い」

「重症だな」

レイナスは返事をせず、格納庫に並ぶガンダムを見る。

「……一機くらい貸してくれてもいいだろ」

「駄目に決まってんだろ」

「分かってる」

「本当に分かってんのか?」

「だから勝手に乗ってないだろ」

ロックオンは一瞬考えた。

「その言い方、妙に不安になるな」

「気のせいだ」

          ◇

同日午後――ユニオン領内・紛争地域

乾いた大地に砲撃音が響いていた。

エクシアが前線へ突入する。

デュナメスが遠距離から支援。

上空にはキュリオス。

ヴァーチェが火力で敵部隊を押さえる。

そして。

レイナスは地上にいた。

「……なんで俺だけ徒歩なんだ」

『聞こえてるぞ』

ロックオンの声。

「聞かせてる」

『拗ねるなよ』

「拗ねてない」

目の前を敵MSが走り抜けていく。

遠い。

《アニマ》を使えば追いつける。

倒すこともできる。

だが――

「やっぱ効率悪いな」

『何が?』

「生身でMS相手するの」

『昨日やってただろ』

「できるのと、やりたいのは別だ」

岩陰から戦場を眺める。

「移動がかったるい」

『そこかよ』

レイナスは返事をせず、周囲へ意識を広げた。

複数の気配。

前方。

右。

さらに遠方。

そして。

「……来るな」

『何が?』

「別口」

直後。

通信へクリスティナの声が入った。

『新たなMS反応! ユニオン軍です!』

レイナスが遠方を見る。

黒い影。

ユニオンフラッグ。

複数。

高速で戦場へ接近してくる。

その先頭にいる一機だけ、動きが違う。

旋回。

減速。

姿勢制御。

明らかに他の機体より鋭い。

レイナスの目が僅かに細くなった。

「……あれ、上手いな」

『どれだ?』

「先頭」

ロックオンも確認する。

『ああ。あいつか』

「知ってるのか?」

『ユニオンのエースだ。グラハム・エーカー』

「グラハム……」

先頭のフラッグが加速する。

一直線にエクシアへ向かった。

刹那も反応。

二機が交錯する。

「へえ……」

レイナスの目から、さっきまでの気怠さが少し消えた。

「フラッグって、あんな動きできるのか」

『普通はできねえよ』

「機体も弄ってる?」

『たぶんな』

「乗ってみたいな」

『お前、今それ言う?』

「今だからだろ」

『絶対余計なことすんなよ』

「分かってる」

ロックオンは答えなかった。

「……何だ」

『いや。お前の「分かってる」が信用できなくなってきた』

「失礼な奴だな」

その直後。

戦況が動いた。

          ◇

同時刻――戦場北側

グラハムのフラッグとエクシアが交戦している。

高速で交錯する二機。

一方、別のユニオン部隊が武装勢力の残存MSと接触。

砲撃。

爆発。

一機のフラッグが被弾した。

機体は制御を失い、地面へ滑る。

レイナスの近く。

「……おいおい」

土煙。

機体が岩場へ突っ込んだ。

コクピットは無事。

パイロットが脱出する。

足を負傷している。

レイナスが駆け寄った。

「生きてるか?」

「誰だ……!」

「その話は後だ。立てるか?」

「足を……」

「そうか」

レイナスはパイロットを担ぎ上げる。

「なっ――」

「暴れるな。落とすぞ」

安全な岩陰まで運ぶ。

簡単に傷の状態を見る。

致命傷ではない。

「ここで待ってろ」

「待て……!」

レイナスが振り返る。

視線の先。

墜落したフラッグ。

沈黙。

パイロット。

フラッグ。

もう一度パイロット。

「……一つ聞く」

「何だ」

「あれ、まだ動くか?」

「は?」

「フラッグ」

パイロットの顔が引きつる。

「何をする気だ」

「動くなら使う」

「ふざけるな! 軍の機体だぞ!」

「知ってる」

「民間人が動かせるものじゃない!」

「そこは何とかする」

「そういう問題じゃ――」

遠方で爆発。

レイナスがそちらを見る。

敵MSが二機。

こちらへ向かっている。

少し離れた場所には、避難しきれていない住民。

レイナスは面倒そうに息を吐いた。

「……話してる暇なさそうだな」

「待て!」

レイナスはフラッグへ向かった。

「おい!」

「後で返す」

「貸すなんて言ってない!」

「だろうな」

「待てえっ!」

          ◇

数分後――墜落したユニオンフラッグ・コクピット

「……狭いな」

レイナスはシートへ身体を押し込んだ。

当然ながら初めて見る操縦系。

表示。

スイッチ。

ペダル。

OS。

「さて……」

手を動かす。

電源。

システム起動。

警告表示。

被弾箇所。

左翼損傷。

推進系、一部異常。

だが動く。

「宇宙世紀のMSとは勝手が違うな」

外からパイロットの声。

『おい! 本気で動かす気か!』

「動いたからな」

『なぜ起動できる!?』

「電源入れただけだろ」

『そういう話じゃない!』

「今忙しい」

通信を切る。

操縦桿を握る。

少し動かす。

フラッグの腕が動いた。

「……なるほど」

脚。

姿勢制御。

推進器。

「思ったより素直だな」

一歩。

二歩。

機体が立ち上がる。

遠方の敵MSがこちらへ銃口を向けた。

「悪いな」

レイナスの口元が僅かに上がる。

「ちょっと借りるぞ」

フラッグが飛んだ。

          ◇

同時刻――ソレスタルビーイング戦術管制

クリスティナのモニターに、新たな機影が表示された。

『ユニオンフラッグ一機、戦闘区域へ再進入!』

スメラギが画面を見る。

「さっき被弾した機体?」

『機体番号が一致しています。北側で墜落したフラッグです』

「パイロットは?」

クリスティナが搭乗者情報を照合しようとして、手を止めた。

『……待ってください。ユニオンのパイロットじゃありません』

「どういうこと?」

『機体からこちらの通信回線にアクセスがあります』

スメラギの表情が変わる。

その直後。

通信回線に、聞き覚えのある声が割り込んだ。

『……あー、こっちはレイナス。聞こえてるか?』

数秒。

誰も答えなかった。

ロックオンが先に反応する。

『……お前、まさか』

スメラギが額を押さえた。

「レイナス」

『何だ』

「どうしてあなたがフラッグに乗ってるの?」

『近くに落ちてきた』

「だからって乗る!?」

『足がなかったんだ。仕方ないだろ』

ロックオンの声が割り込む。

『お前、それユニオン軍の機体だぞ!』

『見りゃ分かる』

『パイロットは!?』

『無事だ。足をやってるが、命に別状はない』

『で、その負傷兵からフラッグ借りたのか?』

少し間が空いた。

『……まあ、その辺は後で話す』

『おい』

『終わったら返すって言ってある』

『許可は!?』

『もらってない』

『強奪じゃねえか!』

『人聞き悪いな……』

その瞬間、敵MSがフラッグへ射撃を浴びせた。

レイナスは機体を急旋回させる。

銃弾がすぐ横を抜けていった。

『……悪い。説教は後にしてくれ。今ちょっと忙しい』

『おい、レイナス!』

通信が切れた。

ロックオンはしばらく黙っていた。

やがて。

『……あいつ、本当にやりやがった』

スメラギは額を押さえたまま、深く息を吐いた。

「帰ったら話があるわ」

          ◇

同時刻――戦場上空

グラハム・エーカーはエクシアとの交戦を一度切り上げた。

通信に部下の声が入っていた。

『中尉! 友軍機一機が――』

「どうした?」

『奪われました!』

「奪われた?」

グラハムの眉が動く。

『負傷したパイロットを救助した正体不明の男が、そのまま機体に乗り込んで……』

「…………」

視線を動かす。

遠方。

一機のフラッグ。

動きがおかしい。

いや。

悪いという意味ではない。

むしろ逆。

損傷した機体とは思えないほど滑らかに飛んでいる。

だが。

ユニオン軍の操縦ではない。

グラハムの目が鋭くなる。

「誰だ……?」

そのフラッグが変形する。

敵の射線を紙一重で抜ける。

再びMS形態。

反撃。

「ほう……」

怒りより先に、興味が湧いた。

自分たちの機体を。

初めて乗ったとしか思えない人間が。

あそこまで動かしている。

『中尉、どうしますか!?』

「機体番号を確認しろ」

『はっ!』

グラハムは遠方のフラッグを見続ける。

「随分と大胆な男がいたものだ」

そして。

その機体が再び変形した瞬間。

「だが――」

グラハムの口元に僅かな笑みが浮かんだ。

「私のフラッグでは、ああはいかんぞ」

直後。

別方向から砲撃。

グラハムは機体を翻した。

今はまだ。

正体不明の男を追う余裕はなかった。

          ◇

約三十分後――戦闘終結

武装勢力は戦闘能力を失った。

ソレスタルビーイングのガンダムも撤退を開始している。

レイナスはフラッグを地上へ降ろした。

「……悪くないな」

コクピット内を見回す。

「もうちょい乗ってたいが……」

通信が入る。

『レイナス』

スメラギ。

怒っている。

声だけで分かる。

「何だ」

『今すぐその機体を返しなさい』

「分かってる」

『本当に?』

「返すって言っただろ」

『誰に?』

「持ち主」

『持ち主は貸してないでしょう!?』

「細かいな」

『細かくない!』

レイナスは通信音量を少し下げた。

「……耳痛いな」

『今、音量下げた!?』

「気のせいだ」

『レイナス!』

「返せばいいんだろ。返せば」

フラッグを歩かせる。

先ほどの墜落地点。

救護を受けていたパイロットが、こちらを見ていた。

機体を停止。

ハッチを開ける。

レイナスが降りる。

パイロットが呆然としている。

「…………」

「返す」

「…………」

「何だ」

「本当に返しに来た……」

レイナスの眉が動く。

「返すって言っただろ」

「普通、軍用MSを勝手に奪った奴は戻ってこない!」

「そうなのか?」

「そうだ!」

「まあ、そうか」

機体を振り返る。

「左翼は元から壊れてた。追加で壊したところはないと思う」

「そういう問題じゃない!」

「今日はそればっかり聞くな……」

パイロットが頭を抱える。

レイナスは歩き出した。

「待て!」

「今度は何だ」

「名前を言え!」

レイナスが止まる。

少し考えた。

「……レイナス」

「所属は!?」

「それは言えん」

「待て!」

レイナスは片手を上げた。

振り返らない。

「助かった。いい機体だった」

「待てと言ってるだろうが!」

そのまま歩いていった。

          ◇

同日夜――ソレスタルビーイング臨時拠点

「…………」

レイナスは椅子に座っていた。

正面のモニターにはスメラギ。

横にはロックオン。

少し離れてアレルヤ。

刹那。

ティエリア。

なぜか全員いる。

「何だ、この集まり」

ロックオンが答える。

「反省会」

「俺一人でよくないか?」

「面白そうだから来た」

「帰れ」

スメラギが咳払いした。

『レイナス』

「はい」

『敵地で勝手にユニオン軍のMSへ乗った』

「ああ」

『しかも、所有者の許可なし』

「ああ」

『それを何て言うか分かる?』

少し考える。

「現地調達?」

ロックオンが吹き出した。

アレルヤが口元を押さえる。

スメラギの眉間に皺が寄った。

『強奪』

「返しただろ」

『返せばいいって話じゃないの!』

「でも返した」

『そういう問題じゃ――』

スメラギが止まった。

レイナスが僅かに口元を上げる。

「今日何回目だ、それ」

『誰のせいよ!』

「俺だな」

『分かってるなら反省しなさい!』

「してるしてる」

『してないでしょう!』

ティエリアが冷たい視線を向ける。

「やはり君を作戦へ参加させるべきではない」

「今回は俺も否定しづらいな」

「なら反省しろ」

「してるって」

「口だけだ」

「厳しいな、お前」

刹那がレイナスを見る。

「フラッグはどうだった」

全員が刹那を見る。

スメラギまで黙った。

レイナスの表情が少し変わる。

「悪くなかった」

「エクシアより?」

「比べる相手が悪いだろ」

少し考える。

「ただ、あれはあれで面白い機体だな。軽いし、変形もある。推力に対して機体が素直だ」

「そうか」

刹那はそれだけ言った。

ロックオンが呆れる。

「お前ら、何の話してんだよ」

「MSの話」

「今は反省会だ!」

「俺に言うな。刹那が聞いたんだ」

刹那は黙っている。

スメラギが深いため息をついた。

『……もういいわ』

「終わり?」

『終わりじゃない。報告書』

レイナスの顔が曇った。

「また?」

『今回は詳しく』

「戦場でフラッグを拾った。乗った。返した」

『三行で終わらせるな!』

「十分だろ……」

ロックオンが再び笑い出した。

同じ頃。

ユニオン軍でも、一つの報告書が作成されていた。

負傷したパイロットを救助。

その直後。

当該人物がユニオンフラッグへ無断搭乗。

初搭乗とは思えない操縦で戦闘に参加。

敵MS二機を無力化。

戦闘終了後、機体を返却。

そして。

本人が名乗った名前。

レイナス。

報告書を読んだグラハム・エーカーは、しばらく無言だった。

やがて。

「レイナス、か」

記憶に刻む。

自分の部下を助け。

その部下のフラッグを勝手に持ち出し。

戦い。

そして律儀に返していった、正体不明の男。

奇妙な話だった。

だがグラハムにとって、それ以上に気になることがある。

あの操縦。

あれほどの技量を持つ男が、なぜユニオン軍の記録に存在しないのか。

「面白い」

次に会ったなら。

今度は直接、確かめてみたい。

一方。

そんなことになっているとは知らないレイナスは――

真っ白な報告書を前に、頭を抱えていた。

「……MS返したんだから、もういいだろ」

誰も同意してくれなかった。

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