機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第70話 それぞれの距離

第70話 それぞれの距離

西暦2312年春――プトレマイオス2・航行中

アザディスタンへ向け、プトレマイオス2は航行を続けていた。

現地から送られてきた映像に映っていた、赤いガンダム。

刹那はその特徴からアリー・アル・サーシェスの可能性を疑っている。

だが、映像だけでは確証がない。

アロウズの追跡も、今のところ確認されていなかった。

束の間ではある。

それでも艦内には、戦闘以外のことへ目を向けられる時間が戻っていた。

          ◇

プトレマイオス2・医務室

一通りの検査を終え、マリーはベッドから足を下ろした。

「もう大丈夫」

「本当に?」

アレルヤが心配そうに顔を覗き込む。

「大丈夫だってば」

「でも昨日まで気を失ってたんだよ」

「アレルヤ」

「何?」

「心配しすぎ」

アレルヤが言葉に詰まる。

「……そうかな」

「そうよ」

マリーは立ち上がった。

身体に大きな異常はない。

記憶も混乱してはいなかった。

マリー・パーファシーとしての記憶。

ソーマ・ピーリスとして生きてきた記憶。

どちらかが消えたわけではない。

今の自分には、その両方がある。

「少し船の中を見てみたい」

「じゃあ僕が案内するよ」

「この船、詳しいの?」

「……いや。僕も初めてだけど」

マリーがじっとアレルヤを見る。

「案内できないじゃない」

「主要な場所くらいなら分かると思うよ」

「本当に?」

「たぶん」

「たぶんなんだ」

アレルヤが困ったように笑う。

二人で医務室を出た。

新しい艦内を歩きながら、マリーは何度も周囲へ目を向ける。

「前の船とはかなり違うの?」

「うん。僕がいたのは初代プトレマイオスだから」

「そう……」

少し歩いてから、マリーが足を止めた。

「アレルヤ」

「何?」

「私ね。ソーマ・ピーリスだった時も、ずっと不幸だったわけじゃない」

アレルヤも立ち止まる。

「うん」

「大佐がいたから」

セルゲイ・スミルノフ。

その名を口にするマリーの声は穏やかだった。

「大佐は私を兵器じゃなくて、一人の人間として扱ってくれた」

「うん」

「だから……マリーの記憶が戻っても、ソーマだった私までいなくなるわけじゃない」

「分かってる」

返事は早かった。

マリーが顔を上げる。

「僕はマリーに会いたかった。でも、ソーマ・ピーリスとして生きてきた君まで消してほしいなんて思ってない」

「アレルヤ……」

「全部ひっくるめて君なんだろ?」

マリーはしばらく黙っていた。

やがて、柔らかく笑う。

「変わったね」

「僕が?」

「昔なら、もっと一人で悩んでた」

「……否定できないな」

「ふふっ」

「そこ笑うところ?」

「だって、アレルヤらしいから」

先に歩き出したマリーを、アレルヤが追う。

並んだ時。

二人の距離は、先ほどより少しだけ近くなっていた。

          ◇

プトレマイオス2・食堂

「こちらがマリー・パーファシーさんです!」

なぜかミレイナが紹介役を買って出ていた。

集まった面々を前に、マリーが軽く頭を下げる。

「マリー・パーファシーです。ソーマ・ピーリスとして連邦軍に所属していました」

「スメラギ・李・ノリエガよ。昨日はちゃんと話せなかったものね」

「はい」

「ここにいる間、何かを強制するつもりはないわ。これからのことは、あなた自身で決めて」

「ありがとうございます」

クリスがにこやかに手を上げる。

「クリスティナ・シエラ。クリスでいいわ」

「よろしく、クリス」

「フェルト・グレイス」

「昨日はありがとう、フェルト」

「うん。体調は?」

「もう大丈夫」

「ならよかった」

続いてライルが名乗った。

「ライル・ディランディだ」

マリーの視線が止まる。

ライル。

ニール。

もう一度ライル。

「……双子?」

「まあ、そうなるよな」

ニールが笑った。

「こっちが弟のライルだ」

「よろしく」

「こちらこそ」

そして。

マリーの視線が最後の一人へ向いた。

「レイナス・レノアーク」

「おっと」

レイナスが眉を上げる。

「こっちは名乗る前から割れてるか」

「アロウズにいたのよ。知らない方がおかしいわ」

「……そんなに有名か、俺?」

マリーが呆れたようにアレルヤを見る。

「本気で言ってるの?」

「たぶん本気だよ」

「アレルヤまで即答するなよ」

レイナスが苦笑する。

マリーは改めて彼を見る。

外見だけなら二十歳前後。

昨日、アヘッドのコクピットから見た時もそうだった。

だが、軍のデータベースに登録されている情報は、外見から受ける印象とはまるで違う。

「五年前から有名よ。顔も軍内部で共有されてる」

「顔までか……」

「ソレスタルビーイングの協力者。生身でモビルスーツを破壊。宇宙空間での単独活動。軍施設への侵入。それに――」

マリーが一拍置く。

「軍用モビルスーツの無断使用と強奪、多数」

「待て」

レイナスが手を上げた。

「そこは一括りにされると困る」

「どう違うの?」

「最初のフラッグは返した」

クリスが吹き出す。

「そこ?」

「そこは大事だろ。負傷したパイロットを安全な場所へ運んで、避難できてない住民を守るために借りたんだ。戦闘が終わった後はちゃんと本人のところまで持っていった」

「許可は?」

フェルトが聞く。

レイナスが止まる。

「……取れる状態じゃなかった」

「無断だったんだ」

「緊急避難って言葉を知ってるか?」

「その次は?」

マリーが尋ねる。

「取り調べが始まってないか?」

「気になるもの」

レイナスは諦めたように息を吐いた。

「パトリックのイナクト」

「返した?」

「壊れた」

「次」

「切り替えが早いな……」

ニールが肩を震わせている。

「GN-X」

「それは?」

「プトレマイオスを庇って壊れた。これは俺の中じゃ胸を張っていいところだ」

「じゃあ次のGN-X」

フェルトが言った。

レイナスの眉が動く。

「よく覚えてるな」

「覚えてるよ」

「……ギリギリ動いてた」

「返したの?」

「パトリックのGN-Xと交換した」

マリーが首を傾げる。

「交換?」

「ああ」

「相手の同意は?」

「…………」

「レイナス?」

「戦場じゃ細かい手続きを踏んでる暇がない時もある」

ライルが笑う。

「それ、交換って言わないだろ」

「俺の機体も残してる。物々交換としては成立してるさ」

「勝手に成立させただけじゃねえか」

「結果論だよ、結果論」

ニールが聞く。

「で、交換したパトリックのGN-Xは?」

「大破した」

「また壊したの?」

マリーの視線が痛い。

「俺だって好きで壊してるわけじゃない」

フェルトが静かに付け足す。

「その後、レイナス本人も漂流した」

「フェルト、そこまで説明しなくていい」

「事実でしょ」

「そうだけどな……」

マリーが指を折る。

「それで終わり?」

「……最近、GN-X IIIを一機」

「あれは無傷だぞ」

「強奪?」

「現地調達だ」

「ライルが乗ってたやつ?」

アレルヤが聞く。

「そうだな」

ライルが頷いた。

「俺の仮の機体になってた」

マリーはゆっくりレイナスを見る。

「それで昨日、私のアヘッド」

「待て。あれはまだ盗んでない」

「まだ?」

「言葉の綾だ」

アレルヤが笑う。

「僕が止めなかったら乗って帰るつもりだったよね」

「帰りの足が必要だったんだよ。使える機体があれば使う。それだけの話だ」

「そして返さない」

「……お前、今日は随分よく喋るな」

マリーがとうとう笑った。

「だから軍のパイロットの間じゃ、あなたの話は有名なの」

「公式記録だけで十分腹いっぱいなんだが、まだ何かあるのか?」

「噂」

レイナスの顔が曇る。

「嫌な予感しかしないな」

マリーは少し考え、軍にいた頃に何度か聞いた言葉を思い出した。

「戦場で青白い光を見たら近づくな」

「……何だ、それ」

「生身だからって油断するな。モビルスーツに乗っていても安心するな」

レイナスの眉間に皺が寄る。

「妖怪か化け物だ」

「おい」

「下手に近づくと機体を壊される」

「そこまでは戦場の評価として受け入れよう」

「もっと運が悪いと――」

マリーの口元が僅かに緩んだ。

「モビルスーツを取られる」

沈黙。

最初にニールが吹き出した。

「ははっ! そりゃいい!」

「よくない」

レイナスだけは真顔だった。

「俺は一応、人間として長いこと真面目に生きてきたつもりなんだ。百年以上やってきた末の評価が妖怪ってのは、さすがに納得しかねる」

クリスの笑いが止まる。

「あ」

「何だ、その『あ』は」

クリスがまじまじとレイナスを見る。

外見は二十歳前後。

「……でもレイナス、百歳超えてるのよね」

「そうだが?」

「見た目は二十歳くらい」

「まあな」

「生身で宇宙に出られる」

「《アニマ》を使ってる」

「MSを素手で壊す」

「素手だけじゃないぞ」

「青白く光る」

「だから《アニマ》だって」

「百年以上生きてるのに、その見た目」

「…………」

クリスが首を傾げる。

「妖怪で合ってない?」

レイナスが固まった。

「…………」

フェルトが覗き込む。

「レイナス?」

「ちょっと待ってくれ」

椅子へ深く座り直す。

珍しく、本気でショックを受けていた。

「化け物扱いならまだ戦闘能力の話で済ませられる。妖怪ってのは存在そのものへの評価だろ」

「違いあるの?」

「ある。俺の中じゃかなり大きい」

ライルが笑い出す。

「でも否定材料ねえぞ」

「ライル。お前とはいい関係を築けそうだと思ってたんだが、早くも自信がなくなってきた」

マリーも笑いを堪えきれない。

フェルトが少し考える。

「私は妖怪だとは思ってないよ」

レイナスが顔を上げた。

「フェルト……」

「MS泥棒だとは思ってるけど」

「そっちも大概だぞ」

食堂に笑いが広がった。

マリーも、その輪の中で自然に笑っていた。

          ◇

プトレマイオス2・格納庫

「ライル! 来たか!」

イアンの声に呼ばれ、ライルが格納庫へ入ってきた。

ニールとレイナスも後ろから続く。

整備用足場の向こう。

緑を基調とした新たなガンダムが立っていた。

射撃戦を強く意識した頭部センサー。

全身各所に配置された兵装。

右肩には大型のライフル。

ライルが足を止める。

「……こいつが」

「ああ」

イアンが機体を見上げる。

「細かい調整は残ってるが、機体そのものは完成だ」

モニターへ機体名が表示された。

GN-006 ケルディムガンダム。

「お前の機体だ、ライル」

「ケルディム……」

ライルが機体を見上げる。

「GN-X IIIからえらい出世だな」

「当たり前だ。いつまでも鹵獲機に乗せておくわけにもいかん」

その横では、レイナスがすでにケルディムを上から下まで眺めていた。

「いいねえ……」

イアンが即座に振り向く。

「お前のじゃないぞ」

「分かってるって」

「見るだけだぞ」

「信用ないな」

ニールが笑う。

「さっき自分で過去の実績を確認したばかりだろ」

「……それを言われると弱いな」

レイナスは腕を組み、改めてケルディムを見上げた。

「まあ安心しろ。味方の新型まで持っていったら、本当に軍の怪談を否定できなくなる」

ライルが笑う。

「まだ引きずってんのかよ」

「そりゃ引きずるさ」

レイナスは真顔だった。

「百年以上生きて、後世に残る肩書きが『戦場を徘徊してMSを集める妖怪』じゃ、さすがに締まらないだろ」

「だったら今後は拾ってくるな」

イアンが言う。

「拾うって言い方をやめてくれ。せめて現地調達だ」

「同じだ」

「まったく。こっちは毎回、生きて帰るために必死なんだけどな」

そう言いながらも、レイナスの視線はケルディムから離れない。

ライルがそれに気づく。

「乗りたいのか?」

「そりゃ乗れるなら乗りたいさ」

即答だった。

「だが、人の新車を初日に借りるほど野暮じゃない」

「新車って……」

「新型には違いないだろ?」

ライルが笑った。

やがて、ケルディムを見上げたままニールへ尋ねる。

「兄貴」

「ん?」

「こいつもロックオン・ストラトスの機体ってことか?」

ニールは少しだけ考えた。

「いや」

弟を見る。

「お前の機体だよ」

ライルの視線が戻る。

「デュナメスの後継ではある。でも、乗るのはお前だ」

ニールはケルディムへ目を向ける。

「だったら、お前のやり方で使えばいい」

ライルが僅かに笑う。

「言われなくてもそうするさ」

「なら問題ない」

二代目ロックオン・ストラトス。

そのためのガンダムが、ようやく完成した。

          ◇

プトレマイオス2・展望区画

マリナは窓の向こうを見つめていた。

この先に、故国がある。

足音が近づく。

「刹那」

「ああ」

刹那が隣に立った。

しばらく、どちらも何も言わない。

「アザディスタンは……どうなっているのでしょう」

「分からない」

「そうですね」

マリナは視線を落とす。

「私は、何もできませんでした」

刹那が彼女を見る。

「国を離れ、拘束されて……その間にアザディスタンが」

「お前のせいじゃない」

「それでもです」

マリナは静かに首を振った。

「私は皇女でした」

刹那は黙って聞いている。

「国を変えたいと思っていました。でも、結局何も変えられないまま……」

「まだ終わっていない」

マリナが顔を上げる。

「生きている」

刹那は前を見る。

「お前も。アザディスタンの人間も」

「刹那……」

「なら、まだ終わっていない」

マリナはしばらく刹那の横顔を見つめた。

以前会った少年とは違う。

口数が増えたわけでもない。

それでも、以前より他人へ向ける言葉が増えている。

「刹那も変わりましたね」

「そうか?」

「はい」

マリナは少し笑う。

「以前より、人を励ますのが上手になりました」

「……そういうつもりではない」

「そういうところは変わっていませんね」

刹那は答えなかった。

だが、その場を離れもしなかった。

二人は並んだまま、アザディスタンのある方角を見つめていた。

          ◇

プトレマイオス2・食堂

沙慈が一人で飲み物を手にしていると、向かいの席が引かれた。

「ここ、いいか?」

ニールだった。

「あ、はい」

ニールが座る。

しばらくして、ニールが口を開いた。

「さっきから気になるんだが」

「何ですか?」

「俺の顔に何かついてるか?」

「え?」

「結構見てるだろ」

沙慈は気まずそうに視線を逸らした。

「……すみません」

「別に怒ってないって。何か聞きたいんだろ?」

少し迷ってから、沙慈が尋ねる。

「姉さんとは……いつから知り合いなんですか?」

「そこか」

ニールが苦笑する。

「絹江がこっちに来てからだよ」

「姉さんからは何も聞いてませんでした」

「そりゃ言えないさ。俺たちのことを話せば、お前まで巻き込むかもしれない」

沙慈は飲み物へ目を落とした。

「姉さんが生きてるって分かった時は、それだけでよかったんです」

「ああ」

「でも、まさかソレスタルビーイングにいるとは思わなかった」

「普通は思わないな」

「危なくないんですか?」

ニールの表情から軽さが少し消えた。

「危なくないとは言えない」

沙慈が顔を上げる。

「ここに関わってる以上、絶対安全なんて言えない。でも――」

一度言葉を切る。

「ここにいると決めたのは絹江だ」

「姉さんが?」

「ああ。俺が決めたことじゃない」

沙慈は少し考えた。

「……姉さんらしいですね」

「だろ?」

空気が少し緩む。

だが、沙慈にはもう一つ聞きたいことがあった。

「それで……」

「まだあるのか?」

「姉さんと、本当に付き合ってるんですか?」

ニールがむせた。

「そこまで聞くのかよ」

「気になりますよ」

「本人に聞けって」

「無理ですよ」

「俺には聞けるのか?」

「姉さんよりは」

ニールが額を押さえる。

「参ったな……」

しばらくして、苦笑した。

「昨日言った通りだよ」

「大事な人?」

「ああ」

「それだけですか?」

「それ以上は俺一人で決める話じゃないだろ」

沙慈はニールをじっと見る。

ニールも逃げずに視線を返した。

やがて沙慈が頷く。

「……分かりました」

「何が?」

「少なくとも、変な人じゃなさそうです」

「そこからかよ」

「まだ会ったばかりですから」

「厳しいな、弟」

「普通です」

ニールは笑った。

          ◇

プトレマイオス2・通路

アレルヤとマリーは並んで歩いていた。

「次はブリッジ?」

「たぶん今なら入っても大丈夫だと思う」

「また、たぶん?」

「僕だってこの船は初めてなんだから仕方ないだろ」

「やっぱり案内役を間違えたかな」

「まだ言うの?」

マリーが笑う。

歩く拍子に、その手がアレルヤの手へ触れた。

二人の足が止まる。

「……」

「……」

マリーが一度、手を引きかける。

その指先へ、アレルヤの手が触れた。

強く握るわけではない。

ただ、確かめるように指を重ねる。

マリーは振りほどかなかった。

少しだけ頬を赤くして、前を見る。

「……行こう、アレルヤ」

「うん」

二人は再び歩き出した。

今度は、その手を離さずに。

その時。

艦内に警報が響いた。

『総員、第一種警戒態勢!』

二人が同時に顔を上げる。

『所属識別完了! 接近するのは地球連邦軍です!』

          ◇

地球連邦軍・巡洋艦

「未確認艦を捕捉!」

ブリッジに緊張が走った。

「艦型、データベースに該当なし。GN粒子反応を確認!」

「ソレスタルビーイングか?」

「可能性があります!」

情報は随伴するMS部隊にも送られた。

『ソレスタルビーイングってことは……例の奴もいるんですかね』

若いパイロットの声だった。

『例の奴?』

『青白い奴ですよ。レイナス・レノアーク』

通信に僅かな沈黙が落ちる。

『縁起でもないことを言うな』

『でも、本当にいるんですか? あれ』

『公式記録に顔まで載ってる。実在はしてるさ』

別のパイロットが低い声で割り込んだ。

『生身でMSを破壊。真空下でも活動可能。軍用MSへの無断搭乗、強奪複数』

『……人間なんですか?』

『知らん』

即答だった。

『ただ、戦場で青白い光を見たら近づくな。それだけは覚えとけ』

『MSに乗ってれば大丈夫でしょう』

『それで何機やられたと思ってる』

若いパイロットが黙る。

『最初はユニオンのフラッグだったらしい。負傷したパイロットを助けた後、その機体に勝手に乗った』

『それ、強奪じゃないですか』

『その一機だけは戦闘後に返してる』

『一機だけ?』

『……そこから先は聞くな』

別の声が混じる。

『俺が聞いた話じゃ、イナクトもGN-Xも持っていったって』

『最近はGN-X IIIだろ』

『アロウズじゃ、アヘッドまで一機消えてる』

短い沈黙。

『……ガンダムより嫌なんですけど』

『だから昔から言われてる』

年長のパイロットが淡々と言った。

『青白い光は追うな。あれは妖怪か化け物だ』

そして一言。

『下手に近づけば、MSを取られるぞ』

巡洋艦のブリッジでも、その通信は聞こえていた。

グラハム・エーカー少佐は、僅かに口元を緩めた。

「妖怪、か」

思い出すのは、まだユニオンにいた頃。

紛争地域で部下のフラッグが被弾し、墜落した。

そのパイロットを救助した男がいた。

そして、その男は避難の遅れた住民へ敵機が迫るのを見ると――負傷したパイロットのフラッグへ無断で乗り込んだ。

初めて扱う機体。

それを、まるで乗り慣れた愛機のように操った。

敵機を退け。

戦闘が終わると、本当にフラッグを返しに来た。

当時、グラハム自身がその男と直接顔を合わせたわけではない。

最初に知ったのは報告だった。

正体不明の男が友軍機を使用している。

そして戦闘後に提出された報告書。

そこに記されていた名前。

――レイナス。

「少なくとも最初の一機については、借り物という本人の主張にも一理ある」

近くの士官が振り向く。

「少佐?」

「こちらの話だ」

それから長い時間が経った。

報告書の中にしかいなかった男とは、その後、何度も戦場で巡り合った。

そして今では、兵士たちの間で怪談じみた存在になっている。

「艦影をメインモニターへ」

「はい!」

拡大された艦影が映し出された。

見覚えのない艦。

だが、GN粒子を放つ所属不明艦など候補は限られている。

グラハムの目が細くなる。

「ソレスタルビーイング」

その声には、確信があった。

そして。

「ならば――」

僅かな笑み。

「君もいるのだろう? レイナス・レノアーク」

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

「地球連邦軍です!」

クリスが識別結果を表示する。

スメラギが確認した。

「アロウズじゃないのね?」

「違う。正規軍よ」

フェルトが接近する部隊の情報を追う。

「先方もこちらを捕捉しています」

「所属は?」

「照合中――出た」

クリスの手が止まった。

モニターに表示された名前を見て、苦笑する。

「……グラハム・エーカー少佐」

その名前に、ブリッジにいたS1からのメンバーがそれぞれ反応した。

刹那の視線が鋭くなる。

スメラギも表情を引き締める。

そしてレイナスは――

「グラハムか」

小さく息を吐いた。

クリスが苦笑する。

「よりによって、またあの人なのね」

「縁があると言えば聞こえはいいんだけどな」

レイナスは頭を掻く。

「こういう再会は、もう少し暇な時にお願いしたいもんだ」

「向こうは喜んでそう」

フェルトが言った。

「……否定できないのが嫌なところだ」

刹那が前方モニターを見る。

「グラハム・エーカーは強い」

「ああ」

レイナスもそれは否定しない。

四年前。

最終決戦で直接戦った相手。

実力も、その性格も知っている。

だが今回は一つ、これまでとは大きく違うことがある。

相手はアロウズではない。

正規の地球連邦軍だ。

「攻撃態勢は?」

スメラギが尋ねる。

「まだ明確な動きはありません」

フェルトが答える。

「通信も?」

「まだ」

スメラギは少し考える。

「こちらからは仕掛けない。警戒だけ維持して」

「了解」

レイナスも前方モニターを見る。

グラハムがいる。

だからといって、昔と同じように即座に斬り合う理由はない。

「さて――」

少しだけ口元を上げる。

「昔馴染みがわざわざ会いに来たんだ。まずは用件くらい聞いてやるか」

刹那が横を見る。

「偶然の可能性もある」

「……そこは少しくらい俺に格好つけさせてくれてもいいだろ」

クリスが吹き出した。

緊張の中に、ほんの僅かだけ空気が緩む。

だがレイナスの目は笑っていなかった。

前方。

グラハム率いる地球連邦軍部隊。

そしてアザディスタンへ向かうプトレマイオス2。

互いのセンサーは、すでに相手を完全に捉えていた。

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