機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第71話 再会の空

第71話 再会の空

西暦2312年春――プトレマイオス2・ブリッジ

前方モニターに地球連邦軍艦の姿が映る。

攻撃はない。

だが、進路を譲る様子もない。

互いを捕捉したまま、一定の距離が保たれていた。

「向こうから通信」

フェルトの声に、スメラギが顔を上げる。

「回して」

「了解」

通信回線が開く。

ノイズが消え、モニターに男の姿が現れた。

仮面はない。

軍服はユニオン時代のものではなくなっている。

それでも、見間違えるはずがなかった。

『久しいな、ソレスタルビーイング』

グラハム・エーカー。

そして彼の視線が、すぐに一人を探した。

『そして――レイナス・レノアーク』

「やっぱり俺か」

レイナスが小さく息を吐く。

『当然だ』

即答だった。

「少しくらい他の連中にも興味を持ってやれよ。刹那だっているぞ」

刹那がレイナスを見る。

「俺を巻き込むな」

「悪い」

『無論、少年にも興味はある』

「ほらな」

「嬉しくない」

グラハムの表情が僅かに緩む。

『変わらんな、君たちは』

「そっちもな」

レイナスはモニター越しのグラハムを見る。

以前と軍服は違う。

所属も違う。

だが、少なくとも目の前にいる男から、アロウズの兵士たちに感じたようなものはない。

「それで?」

レイナスが腕を組む。

「久しぶりの挨拶だけなら、もう済んだだろ。こっちは急いでるんだ」

『アザディスタンか』

ブリッジの空気が変わった。

スメラギの目が細くなる。

「把握しているのね」

『我々も軍人だ。あれだけの事態を知らされていないと思われるのは心外だな』

グラハムの声から、先ほどまでの愉快そうな色が薄れる。

『もっとも――知ることと、自由に動けることは別問題だが』

スメラギはその一言を聞き逃さなかった。

「あなたたちはアロウズではない」

『その通りだ』

「なら、私たちを捕らえるために?」

『本来ならば、ソレスタルビーイングを発見した以上、看過する理由はない』

「本来なら?」

レイナスが反応する。

グラハムは答えず、逆に問いかけた。

『君たちはアザディスタンへ向かっているのだな?』

「そうだ」

答えたのは刹那だった。

『目的は?』

「確かめる」

『何を』

「アザディスタンを攻撃したガンダムを」

グラハムの目が細くなる。

『ガンダム……』

「赤い機体だ」

刹那は続ける。

「パイロットにも心当たりがある」

『なるほど』

グラハムは少し考え込んだ。

レイナスはその様子を眺める。

「どうする?」

『何がだ』

「ここで俺たちを止めるのかって聞いてる」

短い沈黙。

『……その前に一つ確認したい』

「何だ?」

グラハムの口元が上がった。

嫌な予感がした。

『あの時の約束を覚えているか?』

レイナスが目を閉じる。

「やっぱりそっちに行くのか……」

クリスが首を傾げる。

「約束?」

フェルトはすぐに思い出したらしい。

「あ……」

レイナスが振り返る。

「フェルト。その顔やめてくれ」

「何も言ってないよ」

「分かってる顔だろ、それ」

グラハムは構わず続ける。

『万全の機体での再戦』

「覚えてるよ」

忘れられるわけがない。

最終決戦。

奪ったばかりのGN-X。

右腕を失いながら、グラハムの武器を断ち、胸部へ一撃を入れた。

最後にグラハムは再戦を求めた。

レイナスは――予約制にしろと答えた。

そして相手は本当に承知した。

「まさか今ここで予約を消化するとか言わないだろうな?」

『魅力的な提案ではある』

「提案した覚えはない」

『だが、残念ながら今は時が悪い』

レイナスが僅かに目を見開いた。

「……へえ」

グラハムが自分から戦いを後回しにした。

昔なら、少なくとも一言二言では済まなかったはずだ。

『それに』

グラハムの視線が鋭くなる。

『私は君と戦いたいのであって、事情も分からぬまま任務の名を借りて撃ちたいわけではない』

レイナスの口元が僅かに上がった。

「そういうところは変わってないな」

『君もだろう』

「どうだかな。こっちはこの数年でだいぶ苦労したんでね。少しくらい丸くなっててもおかしくない」

クリスが横を見る。

「どこが?」

「クリス、今いいところだから黙っててくれないか」

          ◇

地球連邦軍・巡洋艦

通信を聞いていた兵士たちは、別の意味で緊張していた。

先ほどまで噂していた男。

レイナス・レノアーク。

軍の記録だけなら知っている。

生身でMSを破壊する。

宇宙空間でも活動する。

戦場で軍用MSを勝手に使う。

青白い光を見たら近づくな。

下手をすれば機体を持っていかれる。

そんな半ば怪談じみた人物と、自分たちの指揮官が普通に会話している。

しかも。

「……少佐」

副官が恐る恐る声をかける。

「何だ」

「先ほどの再戦というのは」

「文字通りだ」

「戦われたことが?」

グラハムは当然のように答える。

「ある」

「結果は……?」

一瞬。

グラハムは四年前を思い出した。

青白く輝くGN-X。

それまでとは別次元へ跳ね上がった速度。

真正面から追い。

食らいつき。

最後には武器を断たれた。

『……私の負けか』

自らそう認めた戦いだった。

「私の敗北だ」

ブリッジが静まり返った。

「…………」

誰もすぐには言葉を出せない。

グラハムが怪訝そうに振り返る。

「どうした?」

「い、いえ」

副官が前へ向き直る。

MS隊の通信回線では、別の意味でざわめきが広がっていた。

『……少佐に勝ったのかよ』

『やっぱり妖怪じゃねえか』

『おい、通信入ってるぞ』

『す、すみません!』

グラハムの眉が僅かに動いた。

「妖怪とは、随分な呼び名だな」

『失礼しました!』

「いや」

グラハムはモニターに映るレイナスを見る。

外見だけなら、以前とほとんど変わっていない。

「案外、的を射ているのかもしれん」

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

『案外、的を射ているのかもしれん』

通信越しに聞こえたグラハムの声。

レイナスが固まった。

「……待て」

『どうした』

「今、何て言った?」

『妖怪という評価も、案外的を射ているのではないかと』

「お前までかよ」

さっき食堂で散々言われたばかりである。

レイナスは額を押さえた。

「百年以上真面目に生きてきて、久しぶりに会った相手からまで妖怪認定されるとは思わなかったぞ……」

通信の向こうが静かになる。

『……百年以上?』

レイナスの動きが止まった。

「あ」

フェルトが目を逸らした。

クリスも目を逸らした。

刹那は普通に前を見ている。

グラハムがゆっくりと尋ねた。

『レイナス』

「何だ」

『今、百年以上と言ったか?』

「……言ったな」

『冗談ではなく?』

「残念ながら事実だ」

再び沈黙。

グラハムはモニター越しにレイナスの顔をじっと見る。

四年前とほとんど変わらない。

そもそも初めて記録を見た時から、外見の変化がほぼない。

生身でMSを破壊する。

宇宙空間で活動する。

青白く光る。

百年以上生きている。

そして外見は二十歳前後。

『……なるほど』

「何がなるほどだ」

『兵たちの評価に、さらに説得力が増した』

「グラハム」

『何だ』

「そこは否定してくれよ」

『事実を知った以上、私には難しい相談だ』

レイナスは天井を仰いだ。

「……今日は厄日か?」

フェルトが小さく笑った。

「元気出して」

「その慰め方が一番効くんだよ……」

スメラギが咳払いする。

「再会を楽しんでいるところ悪いけど、本題に戻っていいかしら?」

「頼む。むしろ戻してくれ」

レイナスは即答した。

          ◇

グラハムの表情が改めて軍人のものへ戻る。

『こちらから一つ情報を提供する』

スメラギが身を乗り出した。

「情報?」

『アザディスタン方面で確認された戦闘についてだ』

ブリッジの空気が引き締まる。

『連邦軍内でも情報統制が敷かれている。通常部隊へ回ってくる内容は極端に少ない』

「アロウズ?」

『可能性は高い』

グラハムの声が低くなる。

『近頃、妙なことが多すぎる』

一瞬。

彼の脳裏を、別の記録がよぎった。

殺害。

そして事実と異なる報告。

自ら保存した証拠。

だが、それを今この通信で全て話すつもりはなかった。

『私は私のやり方で確かめている最中だ』

スメラギはグラハムの顔を見る。

「だから私たちを見逃す?」

『見逃すとは言っていない』

グラハムは即答した。

『私は君たちを発見した。だが、現時点で交戦する必要性を認めていない。それだけだ』

「軍人らしい言い方だな」

レイナスが苦笑する。

『私は軍人だからな』

「そうだった」

『それに』

グラハムの視線が再びレイナスへ向く。

『君との再戦を、このような形で済ませる気はない』

レイナスの眉が上がる。

『次は万全の機体で――だったな』

「ああ」

今度はレイナスも笑った。

「覚えてたか」

『当然だ』

「なら予約は継続ってことでいいか?」

『無論』

「……本当に予約扱いなんだな」

『君がそう言ったのだろう』

「そうだったよ。余計なこと言った昔の俺を殴りたいね」

グラハムが笑う。

『では、レイナス・レノアーク』

「何だ?」

『死ぬなよ』

レイナスの表情が僅かに変わる。

『私との決着をつける前に死ぬことは許さん』

数秒。

レイナスは肩をすくめた。

「注文の多い客だな」

だが、その口元には笑みがあった。

「そっちも死ぬなよ。予約した本人が来なきゃ、こっちも困る」

『心得た』

通信が切れる。

前方の連邦軍部隊が、ゆっくりと進路をずらし始めた。

プトレマイオス2の進路が開く。

クリスがぽつりと言う。

「……見逃してくれた?」

スメラギは首を振った。

「違うわね」

正面を見る。

「今は戦わないと、あの人自身が決めたのよ」

レイナスも遠ざかる連邦軍艦を眺めていた。

「相変わらず面倒な男だ」

フェルトが隣から見る。

「楽しそう」

「そう見えるか?」

「うん」

四年前にも聞いたような言葉だった。

レイナスは少しだけ考え――否定するのをやめた。

「まあ……嫌いじゃないからな。ああいう奴は」

そして視線を前へ戻す。

アザディスタン。

今は、そちらが先だ。

「予約の消化は、仕事を片付けてからだ」

プトレマイオス2は再び加速した。

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