機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第72話 失われた国

第72話 失われた国

西暦2312年春――アザディスタン周辺空域

地球連邦軍との接触を終えたプトレマイオス2は、再びアザディスタンへ向けて航行を続けていた。

だが、現地へ近づくにつれて状況は変わった。

軍用通信の増加。

地上を移動する連邦軍部隊。

そして、アザディスタン国内から流出する多数の民間人。

「……遅かったか」

ブリッジのメインモニターを見ながら、レイナスが呟く。

赤いガンダムの姿はない。

周辺を警戒していた刹那たちからも、それらしい機体を発見したという報告は入っていなかった。

当然と言えば当然だった。

襲撃の情報を得てから、すでに時間が経っている。

攻撃者が目的を果たしたのなら、いつまでも現場に残っている理由などない。

「スメラギさん」

フェルトが振り返った。

「暗号通信を受信しました」

「発信元は?」

「カタロンです」

その名前にライルが反応する。

「カタロン?」

「接触を求めています。ただ――」

フェルトが表示された文章を確認した。

「宛先が指定されています」

「誰?」

「マリナ・イスマイール」

マリナの表情が変わった。

「私に……?」

「発信者の名前も入ってる」

フェルトが続ける。

「シーリン・バフティヤール」

「シーリン……!」

マリナが息を呑む。

すぐにスメラギへ向き直った。

「会わせてください」

迷いはなかった。

「お願いします」

スメラギは数秒考え、頷いた。

「分かったわ」

その横で、絹江が立ち上がる。

「私も行くわ」

ニールが彼女を見る。

「絹江?」

「アザディスタンで何が起きたのか、私たちは断片的な情報しか持ってない」

端末を手に取る。

「現地に避難民がいるなら、なおさらよ。軍から出てくる情報だけ見ていても分からないことがある」

その目は、すでに記者のものになっていた。

「取材する気か?」

「そのために記者をやってるの」

ニールが小さく笑う。

「止めても無駄そうだな」

「一年以上一緒にいて、ようやく分かった?」

「とっくに分かってるさ」

          ◇

アザディスタン国境付近――カタロン臨時拠点

プトレマイオス2は連邦軍の監視を避けて移動し、小型艇を地上へ降ろした。

マリナ。

刹那。

スメラギ。

レイナス。

絹江。

そしてカタロンとの連絡役としてライルも同行している。

臨時拠点へ近づくにつれ、マリナの足取りが遅くなった。

簡易テント。

輸送車両。

医療物資。

その間を行き交うカタロンの構成員。

そして、それ以上に多くの民間人。

老人。

女性。

子供。

怪我をした者。

僅かな荷物だけを抱え、地面へ座り込んでいる者。

「……」

マリナが立ち止まる。

聞き慣れた言葉が飛び交っていた。

アザディスタンの言葉。

自分の国の人々だった。

「そんな……」

一歩進む。

その姿に気づいた老人が目を見開いた。

「……皇女?」

周囲の視線が集まる。

「マリナ皇女……?」

ざわめきが広がった。

マリナは言葉を失った。

自分が拘束されている間に国は焼かれ、人々は故郷を追われていた。

「マリナ」

声がした。

マリナが振り返る。

一人の女性が立っていた。

「シーリン……」

「久しぶりね」

シーリン・バフティヤール。

かつてマリナを補佐し、共にアザディスタンの未来を模索した女性。

今はカタロンの一員として彼女の前にいる。

マリナが駆け寄った。

「シーリン!」

「無事だったのね」

「それは私の台詞です」

「拘束されたと聞いた時はどうなるかと思ったけど」

「私は……ソレスタルビーイングに助けられました」

シーリンの視線が、その後ろへ向く。

刹那たちを順番に見ていき、最後にライルで止まった。

「久しぶりね」

「どうも」

ライルが軽く手を上げる。

その時、もう一人の男が歩いてきた。

「無事で何よりです、マリナ・イスマイール皇女」

クラウス・グラード。

カタロン中東支部を率いる男だった。

「クラウス・グラードです。シーリンから話は聞いています」

「あなたが……」

「積もる話はあるでしょうが、先にお伝えしなければならないことがあります」

クラウスが避難民たちを見る。

「アザディスタンの現状についてです」

マリナの表情が引き締まった。

          ◇

カタロン臨時拠点・作戦室

簡易モニターにアザディスタンの地図が表示された。

クラウスとシーリン。

その向かいにスメラギたちが座る。

「あなたたちも襲撃については?」

シーリンの問いにスメラギが頷いた。

「赤いガンダムによる攻撃があったところまでは」

「その後、事態は一気に動きました」

クラウスが端末を操作する。

地図上に連邦軍の展開状況が表示された。

「襲撃によって政府施設や都市機能が大きな被害を受けました。それを理由に地球連邦軍が進駐」

表示が切り替わる。

「アロウズも参加しています」

刹那の目が鋭くなる。

「アロウズ……」

「名目は治安維持と秩序回復です」

クラウスが続ける。

「しかし、それだけではありません」

シーリンがマリナを見る。

「連邦政府はアザディスタンを地球連邦の統治下へ置く方針を固めたわ」

マリナの顔から血の気が引いた。

「それは……」

「事実上の編入よ」

室内が静まり返る。

「国そのものを消すってことか?」

レイナスが低い声で聞く。

「少なくとも、これまでの国家体制が維持される可能性は低いでしょう」

クラウスが答えた。

「連邦側は新たな行政体制への移行を発表しています」

「国民の意思は?」

「問われていません」

レイナスは椅子へ深く座り直した。

「……随分と手際がいいな」

スメラギが彼を見る。

「私もそう思っていたところよ」

「ですよね」

声を上げたのは絹江だった。

全員の視線が集まる。

彼女の端末には、複数の報道記事と公式発表が並んでいた。

「少し、この端末を借りても?」

クラウスが頷く。

「構いません」

絹江は通信記録や保存されたニュースデータを開いていく。

一つ。

また一つ。

記事の公開時刻。

連邦政府の声明。

軍の発表。

現地から送られた情報。

それらを時系列順に並べていく。

先ほどまでニールたちと話していた時とは、雰囲気が違っていた。

記者、絹江・クロスロード。

本来の仕事をしている顔だった。

「襲撃発生」

一つ目を表示する。

「現地から被害情報が出始める」

二つ目。

「連邦政府が治安維持を理由に介入を表明」

三つ目。

「アロウズが展開」

そして四つ目。

「アザディスタンの統治体制を見直し、連邦統治下へ移行する方針を発表」

絹江が画面を見る。

「……やっぱり早すぎる」

「何が?」

ライルが聞く。

「全部よ」

絹江は即答した。

「襲撃された国へ緊急支援を送る。それは分かる。でも、国家の統治体制そのものを変更する話が、こんな短期間で出てくる?」

指先で記事を送る。

「普通なら被害状況の確認、現地政府との協議、住民への対応、国際的な調整……いくらでも手順がある」

「非常事態だから省略した可能性は?」

レイナスが聞いた。

「もちろんあるわ」

絹江は否定しない。

「だから、これだけなら証拠にはならない」

さらに別の記録を開く。

「でも妙なのは、発表される情報の整理が早すぎること」

「整理?」

「政府発表の記事よ。襲撃直後なのに、現地の行政機能が回復不能に近いことを前提に文章が作られている」

スメラギの表情が変わる。

絹江は続けた。

「まるで――」

画面に並んだ時刻を見る。

「発表する内容が、襲撃より前から決まっていたみたい」

沈黙。

クラウスがゆっくり頷いた。

「我々も似た疑いを持っています」

「だから記録を?」

「ええ。避難民の保護と並行して、襲撃前後の通信や軍の動きを集めています」

絹江がクラウスを見る。

「避難してきた人たちから話を聞いても?」

「本人が了承するなら」

「ありがとうございます」

レイナスが苦笑する。

「完全に仕事モードだな」

絹江が横目で見る。

「当たり前でしょう?」

「いや、頼もしいよ。俺じゃ記事の発表時刻まで見ようとは思わない」

「戦場を見る人と、記事を見る人の違いね」

「餅は餅屋ってことか」

「そういうこと」

そのやり取りを聞きながら、スメラギは表示された情報を見つめていた。

やがて立ち上がる。

「……私も同じ結論よ。ただし、別の方向からね」

全員の視線が集まる。

スメラギは一連の出来事を並べた。

「まず、マリナ・イスマイールが拘束された」

マリナが顔を上げる。

「理由はソレスタルビーイングとの関係を疑われたため」

次。

「彼女がアザディスタンを離れている間に、正体不明のガンダムが襲撃」

次。

「国家機能が混乱したところへアロウズが介入」

最後。

「そのまま連邦への編入が進められる」

シーリンの表情が険しくなる。

「偶然だと思う?」

「断定できる証拠はないわ」

スメラギは首を振った。

「でも、作戦として見るなら綺麗すぎる」

地図上のアザディスタンを見る。

「マリナは国の象徴。政治的な権限とは別に、彼女が国内にいること自体に意味がある」

「だから先に排除した」

シーリンが呟く。

「その可能性がある」

スメラギが頷く。

「象徴を外す。外部から攻撃して混乱を作る。治安維持を理由に軍を入れる」

レイナスが腕を組む。

「最後に国ごと持っていく」

「そう」

スメラギが答える。

「最初からアザディスタンを連邦へ取り込むことが目的だったと仮定すれば、全部に筋が通る」

マリナが青ざめる。

「では……あのガンダムも」

「そこはまだ分からない」

スメラギがすぐに止めた。

「分けて考える必要があるわ」

モニターに、赤い機体の不鮮明な画像が表示される。

刹那が口を開いた。

「アリー・アル・サーシェス」

絹江の手が止まった。

僅かだった。

だが、レイナスは気づいた。

以前、彼女を襲った男。

その名前を忘れられるはずがない。

「刹那」

絹江が彼を見る。

「本当に、この機体のパイロットが?」

「断定はできない」

「でも、可能性は高い?」

「ああ」

絹江は数秒黙り、再び端末へ視線を戻した。

恐怖がないわけではない。

だが、それで手を止める気もなかった。

「なら、なおさら調べる必要があるわね」

レイナスは何も言わなかった。

止める理由もない。

彼女自身が決めたことだ。

スメラギが赤い機体を見る。

「もしサーシェスなら、自分の思想だけで国一つを焼いたとは考えにくい」

「誰かに雇われた」

刹那が言う。

「可能性は高いわ」

「誰が金を出したか、か」

レイナスが呟く。

「そこが分からない」

スメラギは一連の資料を見る。

「でも――」

絹江が並べた記事。

クラウスが集めた軍の動き。

そして自分が組み立てた作戦の流れ。

三つが、同じ方向を指していた。

「私は偶然だとは思わない」

          ◇

カタロン臨時拠点・避難民区画

作戦室を出たマリナは、避難民たちの間を歩いていた。

刹那は少し離れて後ろを歩く。

その反対側では、絹江がクラウスから紹介された避難民に話を聞いている。

端末を向けるだけではない。

最初に名前を名乗り、取材の目的を説明し、話したくないことは話さなくていいと伝える。

それから質問を始めていた。

マリナはその様子を見た後、自分の国の人々へ視線を戻す。

子供が母親に抱かれている。

怪我をした男が治療を受けている。

配給された水を家族で分けている者もいた。

「私は……」

刹那が見る。

「私は、あの人たちに何を言えばいいのでしょう」

答えは返ってこない。

「国を守れなかった」

マリナの手が震える。

「何もできなかった」

「違う」

刹那が言った。

「お前はいなかった」

「でも――」

「拘束されていた」

短い言葉だった。

「お前が望んで国を捨てたわけじゃない」

マリナは俯く。

「それでも、結果は同じです」

「違う」

刹那はもう一度言った。

「まだ、あの人たちはいる」

マリナが顔を上げる。

刹那は避難民を見る。

「国が何なのか、俺には分からない」

クルジス。

戦争で失われた故郷。

その記憶が脳裏をよぎる。

「だが、人が生きているなら――全部なくなったわけじゃない」

マリナは何も言えなかった。

やがて。

避難民の中にいた少女が、マリナへ近づいてきた。

「……マリナ皇女?」

マリナが膝をつく。

「はい」

少女はしばらく彼女を見つめた。

「生きてた」

それだけ言って、泣き出した。

マリナの表情が崩れる。

少女を抱きしめた。

周囲にいた人々も、少しずつ集まってくる。

その光景を、シーリンが離れた場所から見ていた。

隣にはクラウスがいる。

「呼んで正解だったようですね」

クラウスが言う。

「ええ」

シーリンはマリナを見つめたまま答えた。

「この人たちには必要なのよ」

「国がなくなっても?」

シーリンは少しだけ間を置いた。

「だからこそ、よ」

          ◇

同時刻――地球圏・某所

薄暗い室内。

巨大なモニターに、地球連邦のニュース映像が流れていた。

『――アザディスタン地域における治安悪化を受け、地球連邦政府は同地域の行政機構を――』

映像を眺めながら、リボンズ・アルマークは静かに紅茶を口へ運んだ。

画面が切り替わる。

アザディスタンへ進駐する連邦軍。

避難する市民。

破壊された都市。

そして、連邦政府の声明。

「予定通りだね」

穏やかな声だった。

まるで、最初から結果を知っていたかのように。

別のモニターには、赤いガンダムの戦闘記録が表示されている。

リボンズはそれへ目を向けた。

「アリー・アル・サーシェス」

僅かに笑う。

「やはり、こういう仕事では役に立つ」

モニターから赤い機体の映像が消える。

代わりに表示されたのは、マリナ・イスマイールの記録だった。

拘束。

移送。

そして――ソレスタルビーイングによる救出。

「もっとも」

リボンズはカップを置いた。

「そこは予定外だったけど」

マリナの隣に、刹那・F・セイエイの画像が表示される。

さらに。

もう一人。

レイナス・レノアーク。

リボンズの目が僅かに細くなった。

「君は本当に、予定を狂わせるのが好きだね」

責めているような声ではない。

むしろ楽しんでいる。

その横に、別のデータが展開された。

ダブルオーガンダム。

ツインドライヴ。

そして、解析不能の項目がいくつも並ぶレイナスの戦闘記録。

青白い光。

《アニマ》。

《オーバーライズ》。

「でも――」

リボンズは椅子へ深く腰掛けた。

「多少の誤差はあっても、大きな流れは変わらない」

アザディスタンの地図が表示される。

国家を示していた境界線が消え、地球連邦の統治領域へ塗り替えられていく。

「人類は一つになる」

その声は穏やかだった。

「争いを繰り返す国家も、民族も、宗教も――やがて古い時代のものになる」

最後に残ったアザディスタンの国境線が消えた。

リボンズはそれを満足そうに眺める。

「そのためには、少しくらい強引な方がいい」

そして画面の端。

レイナスの顔写真へ視線を戻す。

「さて」

笑みが深くなる。

「今度は、どう動く?」

誰に問いかけたわけでもない。

返事もない。

それでもリボンズは楽しそうだった。

自分が作った盤面の上で。

唯一、思い通りに動かない駒が次に何をするのかを――待っていた。

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