機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第73話 それぞれの選択

第73話 それぞれの選択

西暦2312年春――カタロン臨時拠点

避難民たちとの再会から、しばらく後。

マリナはシーリンと共に、臨時拠点の外れを歩いていた。

簡易テントの間では、カタロンの構成員たちが食料や水を配っている。

その列に並ぶのは、つい先日までアザディスタンで暮らしていた人々だった。

「シーリン」

「何?」

「私、アザディスタンへ戻ります」

シーリンの足が止まった。

予想していたのだろう。

驚いた様子はなかった。

「駄目よ」

返事も早かった。

「シーリン」

「今あなたが戻っても、何もできることはないわ」

「ですが――」

「アザディスタンには連邦軍が入っている。アロウズもよ」

シーリンが振り返る。

「あなたはついこの前まで拘束されていたのよ?」

マリナは言葉を失う。

「今戻れば、また拘束される可能性の方が高い」

「それでも、私は――」

「何をするの?」

厳しい問いだった。

「宮殿へ戻る? 連邦軍に抗議する? 自分が皇女だと訴える?」

マリナは答えられない。

「今のアザディスタンで、あなたに政治的な権限が認められると思う?」

「……」

「認められないわ」

シーリンははっきりと言った。

「むしろ連邦側からすれば、あなたは扱いに困る存在よ」

アザディスタンの象徴。

しかも一度、ソレスタルビーイングとの関係を疑われて拘束されている。

そして今は、そのソレスタルビーイングによって救出された。

戻ればどう扱われるか。

想像するのは難しくなかった。

「でも……」

マリナは避難民たちを見る。

「私だけ安全な場所にいるなんて」

「何を言ってるの?」

シーリンも同じ方向を見る。

「ここにいるでしょう」

「え?」

「アザディスタンの人たちが」

マリナが目を見開く。

「国境線が消されたからって、人まで消えたわけじゃない」

シーリンは言った。

「あなたが戻るべきアザディスタンは、宮殿だけじゃないでしょう?」

マリナの視線が避難民へ向く。

泣いていた少女。

彼女の無事を喜んでくれた人々。

故郷を失い、それでも生きている人たち。

「……そうですね」

「ここにいなさい、マリナ」

シーリンの声が少しだけ柔らかくなる。

「少なくとも今は」

「はい」

マリナは小さく頷いた。

「私、この人たちと一緒にいます」

シーリンも頷く。

「それがいいわ」

          ◇

カタロン臨時拠点・作戦室

「マリナ皇女はここに残る?」

スメラギの確認に、シーリンが頷いた。

「本人も納得したわ」

クラウスも続ける。

「こちらで保護します。避難してきたアザディスタンの人々にとっても、彼女の存在は大きい」

スメラギは少し考えた後、マリナを見る。

「あなたが決めたのね?」

「はい」

マリナは頷いた。

「私はここに残ります」

刹那は何も言わなかった。

ただ、その決定を否定もしなかった。

マリナが刹那を見る。

「刹那」

「何だ」

「ありがとうございました」

「俺は何もしていない」

「助けてくれました」

マリナは微笑む。

「それで十分です」

刹那は一瞬黙り、

「そうか」

それだけ答えた。

「また会えますか?」

「ああ」

返事は早かった。

マリナが少し笑う。

「では、また」

「ああ」

二人の会話を少し離れた場所で聞いていたレイナスが、何も言わず視線を逸らす。

横にいたライルが気づいた。

「何だよ」

「いや」

「言いたそうな顔してるぞ」

「こういうのは外野が口を挟むとろくなことにならないって、長く生きてると分かるんだよ」

「百年分の経験か?」

「最近その数字を使われると傷つくからやめてくれ」

          ◇

マリナの残留が決まると、話題は再びアザディスタン襲撃へ戻った。

テーブル中央に複数の情報が表示される。

絹江が整理した報道記録。

カタロンが集めた軍の動き。

そしてスメラギが組み立てた一連の流れ。

「問題はここからね」

スメラギが言った。

「仮に今回の件が最初から仕組まれていたとして――誰が仕組んだのか」

クラウスが腕を組む。

「連邦政府そのものでは?」

「可能性はあるわ」

スメラギは否定しない。

「でも、それだけで説明するには引っかかることが多い」

「アロウズか」

ライルが言う。

「それも候補」

「でもアロウズがサーシェスを使った証拠はない」

絹江が続けた。

「そもそも、あの赤いガンダムのパイロットが本当にサーシェスなのかも確定していない」

刹那がモニターを見る。

「俺は奴だと思っている」

「刹那の勘を疑ってるわけじゃないわ」

絹江が答える。

「でも、記事にするなら『思う』と『確認できた』は別物よ」

レイナスが僅かに笑う。

「記者だな」

「当然でしょう」

絹江は端末へ目を戻した。

スメラギが考え込む。

「仮にサーシェスだったとする」

赤い機体。

アザディスタンへの襲撃。

「彼に国を連邦へ編入させる政治的な理由があるとは思えない」

「金で動いた」

刹那が言う。

「その可能性が一番高いわね」

「なら依頼人がいる」

レイナスが壁にもたれる。

「問題は、そいつがどこにいるかだ」

誰も答えない。

連邦政府。

アロウズ。

そのさらに奥。

現時点では情報が足りなかった。

スメラギが資料を切り替える。

「それと、もう一つ気になる」

表示されたのは、これまでに確認されたアロウズの行動だった。

反政府勢力への過剰な武力行使。

情報統制。

独立した指揮系統。

「アロウズの権限が強すぎる」

クラウスが言った。

「我々も同じ認識です」

「連邦政府から大きな権限を与えられた組織――それだけなら説明はできる」

スメラギは画面を見つめる。

「でも、これだけ好き勝手に動いて、それを止める動きがほとんど見えない」

「連邦軍の中でもか?」

レイナスが聞く。

「少なくとも全員が納得してるわけじゃないでしょうね」

グラハムとの接触を思い出す。

彼はアロウズではなかった。

そして明らかに、現在の状況へ疑問を抱いていた。

「正規軍とアロウズを一括りにはできない」

スメラギが言った。

その言葉を聞いていたマリーが、僅かに反応した。

「……大佐」

アレルヤが彼女を見る。

「マリー?」

マリーは少し迷った。

だが、やがてスメラギへ向き直る。

「お願いがあります」

「何?」

「セルゲイ・スミルノフ大佐に連絡できませんか?」

室内が静かになる。

「私がここにいることを伝えたいんです」

マリーは続ける。

「大佐は、私がどうなったのか知らない」

アレルヤが表情を曇らせる。

その通りだった。

戦闘中に消息を絶ったソーマ・ピーリス。

セルゲイから見れば、敵であるソレスタルビーイングと接触した後に消えたことになる。

「心配していると思う」

マリーの声が少し小さくなる。

「無事だって、それだけでも伝えたい」

スメラギはすぐには答えなかった。

相手は地球連邦軍の大佐。

通信を間違えれば、プトレマイオス2の位置を知られる可能性がある。

それだけではない。

マリーの生存がアロウズへ伝われば、彼女自身が追跡対象になる可能性もある。

「普通の軍回線は使えないわ」

クラウスが口を開いた。

「ですが、方法がないわけではありません」

マリーが彼を見る。

「本当ですか?」

「カタロンにも正規軍内部の協力者はいます」

スメラギの目が細くなる。

「セルゲイ本人へ直接届けられる?」

「確認は必要です」

クラウスは慎重に答えた。

「ただし、中継を重ねれば発信元を特定されにくくすることはできます」

レイナスが腕を組む。

「伝言だけなら?」

「それならさらに安全です」

「まず無事だと伝える。本人にだけ分かる内容を入れて、返事を待つ」

スメラギが考える。

「向こうが応じれば、そこから通信経路を作る」

クラウスが頷いた。

「それが最も安全でしょう」

マリーの表情が明るくなる。

「お願いします」

「待って」

スメラギが言った。

「条件があるわ」

マリーを見る。

「あなたがソレスタルビーイングに加入したと誤解されるような内容にはしないこと」

「はい」

「こちらの場所も伝えない」

「分かりました」

「それと――」

スメラギはアレルヤを見る。

「本人同士で話すところまで行けたら、私は席を外すわ」

アレルヤが目を瞬く。

「え?」

「そこまで盗み聞きする趣味はないもの」

レイナスが小さく笑う。

「それがいい。家族みたいなもんなんだろ?」

マリーが彼を見る。

少し考えてから。

「……はい」

穏やかに頷いた。

「私にとって、とても大切な人です」

アレルヤもそれを否定しなかった。

          ◇

カタロン臨時拠点・通信室

数時間後。

マリーは小さな端末の前に座っていた。

隣にはクラウス。

通信そのものはカタロン側が処理する。

「長い文章は避けてください」

「はい」

「所属や場所を特定できる内容も」

「分かりました」

マリーは入力画面を見る。

何を書けばいいのか。

迷ったのは僅かな時間だった。

指を動かす。

――大佐へ。

――私は無事です。

そこで一度止まる。

それだけでは、本当に自分なのか分からない。

マリーはもう一文を加えた。

セルゲイと自分しか知らない、何気ない記憶。

軍事機密でもなければ、重要な情報でもない。

ただ、二人にとっては十分な証明になる言葉。

最後に。

――心配をかけて、ごめんなさい。

入力を終える。

「これでお願いします」

クラウスが確認し、頷いた。

「送ります」

複数の中継地点を経由し。

地球連邦軍の通常通信網へ紛れ込ませる。

宛先は一人。

セルゲイ・スミルノフ。

送信完了の表示が出た。

マリーは小さく息を吐く。

アレルヤが通信室の入口で待っていた。

「送れた?」

「うん」

マリーが振り返る。

「返事、来るかな」

「来るよ」

「どうして分かるの?」

「君の話を聞いてれば分かる」

マリーは少しだけ笑った。

「そうだね」

          ◇

地球連邦軍施設

執務室の端末が、小さく着信を知らせた。

通常の軍務連絡とは異なる経路。

セルゲイ・スミルノフは警戒しながら内容を開いた。

短い文章。

最初の一行を読んだ瞬間。

その目が見開かれる。

――大佐へ。

――私は無事です。

「……ピーリス」

さらに読み進める。

そこに書かれていた一文。

他人が知るはずのない、小さな思い出。

疑う余地はなかった。

ソーマ・ピーリス本人からの通信。

生きている。

セルゲイは椅子へ深く腰を下ろした。

張り詰めていたものが、僅かに緩む。

「そうか……」

小さく息を吐いた。

「無事だったか」

しかし。

安堵したのは一瞬だった。

なぜ彼女が消えたのか。

今どこにいるのか。

なぜ通常の軍回線ではなく、これほど複雑な経路を使って連絡してきたのか。

そして――アロウズは彼女をどう扱っているのか。

セルゲイは端末を見つめる。

返信用の経路が、短時間だけ開かれていた。

指を動かす。

長い文章は必要なかった。

――無事で安心した。

一度止まる。

そして。

――話がしたい。

送信。

セルゲイは画面が消えるまで、その端末を見つめていた。

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