第76話 交差
西暦2312年春――アザディスタン国境地帯
乾いた大地を縫うように、プトレマイオス2が低空を進んでいた。
背後には赤いGN粒子の光。
カタロンの臨時拠点からは十分に距離を取った。ここまで来れば、戦闘になっても避難民を巻き込む心配はない。
『敵MS、十一機』
フェルトの声が各機へ届く。
『GN-X IIIが八、アヘッドが三。後方に航空艦一隻』
「出航早々これか」
アステリオンのコックピットで、レイナスが息を吐く。
「せめて一日くらい平穏に働かせてほしいもんだ」
『無理だと思う』
「即答かよ」
『今まで平穏だったことある?』
「……聞く相手を間違えたな」
『各機、発進してください』
スメラギの声が割って入る。
『目的は敵部隊の撃退。これ以上追わせる必要はないわ。ここで追撃能力を削ぐ』
「了解」
格納庫の発進口が開く。
最初に00ガンダム。
続いてセラヴィー、ケルディム、アリオス。
最後にアステリオンが飛び出した。
五機のMSが、乾いた大地の上へ散開する。
◇
「刹那・F・セイエイ。00ガンダム、目標を駆逐する」
00が先行する。
正面からGN-X IIIの一斉射撃。
刹那は機体を振った。
光条の間を抜け、GNソードIIを振り抜く。
一機のライフルが両断された。
返す刃で別のGN-X IIIの腕を切り落とす。
『速い……!』
『データと違うぞ!』
アロウズ側の通信が混線する。
その隊列へ、セラヴィーの砲撃が叩き込まれた。
地表が爆ぜる。
複数のGN-X IIIが左右へ散った。
『敵隊列を分断した』
ティエリアが告げる。
『各個に対処しろ』
「了解」
離れた岩山へケルディムが着地する。
ライルの視界に複数の照準が浮かんだ。
「さすがに、これは分かりやすいな」
引き金。
一機目。
GN-X IIIのライフルが吹き飛ぶ。
照準を移す。
二機目。
脚部を撃ち抜く。
三機目。
アヘッドの肩部スラスター。
敵機が次々と姿勢を崩した。
『……ライル』
通信にニールの声。
「何だよ、兄貴」
『悪くない』
「上から目線だな」
『兄貴だからな』
「関係ないだろ」
口では返しながら、ライルの手は止まらない。
新たな照準。
発砲。
00を背後から狙っていたGN-X IIIの武装が弾け飛んだ。
「それに――」
次の標的を捉える。
「今のロックオン・ストラトスは俺だ」
◇
アリオスが地表すれすれを駆け抜ける。
ビームが後方の地面を連続して穿った。
「っ……!」
アレルヤが機体を振る。
分かっている。
身体も覚えている。
それでも四年の空白は、一度の出撃で埋まるほど短くはなかった。
回避が僅かに遅れる。
ビームが装甲のすぐ横を抜けた。
『アレルヤ!』
マリーの声。
「大丈夫!」
『今のどこが?』
「少し感覚が――」
『少し?』
「……結構」
『無理しないでって言ったよね?』
「言われました」
『だったら守って』
「はい」
アレルヤが苦笑する。
「でも――」
アリオスが変形。
飛行形態へ。
一気に加速する。
追っていたGN-X IIIの照準から機影が消えた。
『なにっ!?』
上昇。
反転。
再変形。
「これくらいなら!」
振り抜いたGNビームサーベルが敵機のライフルを両断した。
アレルヤはそのまま離脱する。
まだ以前と同じではない。
なら、戦いながら取り戻せばいい。
◇
二機のアヘッドがアステリオンへ迫る。
左右から同時にビーム。
「挟めばどうにかなるって?」
アステリオンが地面を蹴った。
「残念。そういう仕事は散々やってきたんでね」
一機の懐へ飛び込む。
腕を掴み、引く。
姿勢を崩したアヘッドを、そのままもう一機へ投げつけた。
二機が絡み合って地面を滑る。
レイナスは間を置かない。
立ち上がろうとした一機の武装を蹴り飛ばし、もう一機の胸部へ実体剣の柄を叩き込む。
『レイナス、右後方』
「見えてる」
アステリオンが身を沈める。
ビームが頭上を通過した。
「助かった」
『見えてたんじゃないの?』
「見えてても教えてもらえるならありがたいさ。使えるものは使っとかないとな」
『私を便利な機能みたいに言わないで』
「そんなつもりはないよ。頼りにしてるって話だ」
少し間があった。
『……ならいい』
「お、今日は素直だな」
『前』
「はいはい」
レイナスが機体を反転させる。
こちらへ向かってくるGN-X III。
射撃。
回避。
さらに射撃。
「随分と熱烈だな」
三発目をかわす。
「悪いが、今はそういうの間に合ってるんだ」
『レイナス』
「ふざけてないさ。撃たれてる側としては、これくらい言わないと割に合わない」
そう言いながらも、目は敵機から離さない。
動きがおかしい。
下手ではない。
射撃も機体制御も、訓練を受けた軍人のものだ。
だが、余裕がない。
こちらを倒すことしか見えていない。
◇
ルイス・ハレヴィは、荒い呼吸を押し殺しながら照準を合わせていた。
口の中に、微かな苦味が残っている。
出撃前に飲んだ錠剤。
いつものことだった。
飲めば身体は楽になる。
胸の奥を焼くような痛みも、指先の震えも収まる。
だから問題はない。
そのはずだった。
「……っ」
一瞬、視界が揺れた。
強く瞬きをする。
すぐに戻る。
なら、まだ戦える。
「邪魔を……しないで!」
トリガーを引く。
ビーム。
かわされる。
もう一発。
それも外れる。
「当たって!」
連射。
一発。
二発。
三発。
青白いMSは、その全てをかわした。
脈が速い。
呼吸も浅い。
それでも操縦桿から手を離すことはできなかった。
敵。
ソレスタルビーイング。
ガンダム。
倒さなければならない。
全部。
「全部……!」
◇
「……何だ?」
レイナスが射線を外す。
相手の攻撃は激しくなる一方だった。
だが精度は逆に落ちている。
「焦ってる……?」
その時。
少し離れた場所を00が横切った。
GN-X IIIの動きが止まる。
◇
ルイスの呼吸が、一瞬止まった。
モニターを横切った機体。
ガンダム。
「……ガンダム」
心臓が強く脈打つ。
一度。
二度。
耳の奥で鼓動が鳴る。
炎。
悲鳴。
崩れ落ちた建物。
家族。
失った左腕。
そして。
赤いガンダム。
『ガンダム……!』
身体の違和感が頭から消えた。
操縦桿を握る右手へ、必要以上に力が入る。
視界の端を警告表示が横切った。
見なかった。
GN-X IIIを加速させる。
目標は00。
ガンダム。
倒す。
今度こそ。
◇
「なるほど」
レイナスの目が細くなる。
「俺じゃなくて、そっちか」
アステリオンが加速。
GN-X IIIの進路へ回り込んだ。
『邪魔をするな!』
「そう言われてもな。こっちも仕事なんでね」
『どいて!』
「それも無理な相談だ」
GNランス。
突進。
アステリオンが正面から受け止める。
金属音が響いた。
「力みすぎだ」
一瞬だけ力を抜く。
押し込んでいたGN-X IIIが前へ傾いた。
そこへアステリオンの腕を絡める。
捻る。
GNランスが手を離れ、地面へ突き刺さった。
『っ!?』
至近距離。
敵機から取得できる情報が増える。
所属――独立治安維持部隊アロウズ。
階級――少尉。
パイロット――
ルイス・ハレヴィ。
「……ルイス・ハレヴィ?」
レイナスの表情が変わった。
知っている名前だった。
五年前。
王留美が調べた、沙慈・クロスロードの周辺情報。
沙慈の交際相手。
結婚式場襲撃に巻き込まれ、重傷を負った少女。
直接会ったことはない。
顔も知らない。
だが。
「……待て。沙慈の彼女じゃないか」
『何を……!』
GN-X IIIが拘束を振り払う。
『私はガンダムを倒す!』
「ガンダム?」
『あいつらが私の家族を殺した!』
レイナスの目が細くなった。
結婚式場。
ガンダムによる襲撃。
重傷を負ったルイス。
そして今。
アロウズのMSに乗り、ガンダムへ憎悪を向けている。
「……そうか」
さっきまでの軽さが消える。
「そりゃ、嫌いにもなるか」
『黙れ!』
「家族を殺されたんだ。はいそうですかで済ませられる奴の方が少ないだろ」
『だったらどいて!』
「それとこれとは別の話だ」
GN-X IIIが射撃姿勢を取る。
アステリオンが銃口を押し上げた。
ビームが空へ消える。
「ガンダムを許せなんて言う気はない」
『なら――!』
「でも、その状態で戦わせる気もない」
『私は戦える!』
GN-X IIIが強引に加速する。
「そういう台詞を吐いてる奴ほど危ないんだよ」
アステリオンが追う。
急制動。
急旋回。
さらに加速。
ルイスの身体へ立て続けに負荷がかかる。
『っ……!』
一瞬。
GN-X IIIの反応が鈍った。
レイナスは見逃さない。
「ほら見ろ」
武装を破壊。
続いて脚部の推進器。
『やめろ!』
GN-X IIIが強引に姿勢を変える。
その動きも、さっきまでより明らかに鈍い。
◇
「はっ……はっ……」
息が吸えない。
視界の端が暗い。
胸の奥が熱を持っている。
出撃前に薬は飲んだ。
だから大丈夫なはずだ。
いつもと同じ。
まだ効いている。
戦える。
「私は……まだ……!」
右手の感覚が薄い。
ルイスは操縦桿を握り直す。
ガンダムがいる。
倒さなければ。
家族の仇。
あいつらを。
全部。
『もうやめろ』
「うるさい!」
アステリオンが迫る。
GN-X IIIが残った武装を向ける。
だが。
指が一瞬遅れた。
その一瞬で十分だった。
◇
アステリオンが懐へ入る。
最後の武装を弾き飛ばした。
『私はまだ――!』
「悪いな」
レイナスは反撃能力を失ったGN-X IIIを押さえ込む。
「今日は強制退勤だ」
『私は……ガンダムを……』
「……?」
GN-X IIIの抵抗が急に弱くなった。
◇
ルイスは、もう一度操縦桿を握ろうとした。
指が動かなかった。
「……え?」
呼吸が浅い。
心臓だけが異様に速い。
モニターの光が滲む。
薬を飲んだ。
大丈夫なはずだった。
なのに。
身体が言うことを聞かない。
ガンダムを倒さなければならない。
まだ終われない。
まだ。
「私は……」
視界が狭くなる。
音が遠ざかる。
ガンダム。
家族。
復讐。
その奥から。
まるで別の記憶が浮かび上がった。
優しい声。
何でもない日常。
一緒に見た景色。
自分の名前を呼ぶ少年。
「……沙慈……」
誰にも届かないほど小さな声。
そこで意識が途切れた。
GN-X IIIから力が抜ける。
◇
「……おい?」
倒れかけたGN-X IIIをアステリオンが支える。
「ルイス?」
応答なし。
生体反応はある。
だが数値が安定していない。
レイナスが直前の戦闘を頭の中でなぞる。
コックピットへ直接打撃は入れていない。
機体を止めるために武装と推進系を潰しただけだ。
「俺が落とした……って感じじゃないな」
むしろ。
最初からおかしかった。
荒い呼吸。
乱れる射撃。
異常なまでの執着。
途中から鈍った反応。
「……何抱えてるんだ、こいつ」
『レイナス!』
フェルトの声が飛ぶ。
『南東から増援。接近中』
モニターに新たな敵影が表示される。
「見えてる」
動けないGN-X III。
中には意識を失ったルイス。
コックピットを開けている時間はない。
この場に置いていけば、戦闘へ巻き込まれる可能性もある。
そして。
今朝のイアンの言葉が脳裏をよぎった。
――これ以上、敵のMSを持って帰ってくるな。
レイナスは数秒黙った。
「……タイミング悪すぎるだろ」
『何が?』
「こっちの話だ」
アステリオンがGN-X IIIを抱え上げる。
フェルトもすぐに意味を理解した。
『……持って帰るんだ』
「他に手がないだろ」
『朝、イアンと約束したばっかりだよ』
「人生ってのは、守ろうとした約束ほど早く破る羽目になるらしい」
『それ、開き直ってない?』
「不可抗力だよ。ここに置いて帰って後味の悪い仕事にするより、イアンに怒鳴られる方がまだマシだ」
『絶対怒られるよ』
「そこはもう必要経費だ」
『怒られるのはレイナスだけだからね』
「冷たいな」
『自業自得』
「まあ、事情を話せば分かってくれるだろ」
『イアンが?』
レイナスは少し考えた。
「……五分くらい怒鳴った後なら」
◇
敵増援を確認したスメラギは、すぐに撤収を決めた。
アロウズをカタロン臨時拠点から引き離し、最初の追撃部隊も十分に損耗させた。
これ以上付き合う理由はない。
『各機、帰投!』
00。
セラヴィー。
ケルディム。
アリオス。
順番にプトレマイオス2へ戻っていく。
最後にアステリオン。
そして。
その腕に抱えられたGN-X III。
格納庫でイアンが固まった。
「…………」
隣にいた沙慈も見上げる。
「また……ですか?」
「俺も同じことを考えてた」
イアンが低く答えた。
アステリオンから通信が入る。
『事情がある』
「朝、何て言った」
『覚えてる』
「言ってみろ」
『敵のMSを持って帰ってくるな』
「それは何だ!」
『敵のMS』
「分かってるじゃないか!」
『だから事情があるって』
「毎回それだ!」
『パイロットが気絶してる。先にそっちを頼む』
イアンの顔から怒りが消えた。
「容体は?」
『生体反応はある。ただ、安定してない。戦闘中に急に意識を失った』
「コックピットへの直撃は?」
『入れてない。機体を止めただけだ。戦ってる途中から反応がおかしかった』
「分かった。医療班を呼べ!」
整備員たちが一斉に動き出す。
アステリオンが慎重にGN-X IIIを下ろした。
固定アームが機体を保持する。
「コックピットを開けろ!」
「了解!」
作業員が取りつく。
沙慈はその様子を見ていた。
朝。
イアンがレイナスへ念を押してから、まだ半日も経っていない。
それなのに、格納庫にはまた一機アロウズのMSが増えようとしている。
だが。
中に意識を失った人間がいると聞けば、笑う気にはなれなかった。
「ロック解除!」
ハッチが開く。
医療スタッフが内部へ入る。
「パイロット確認!」
「女性です!」
固定ベルトが外される。
「脈が速い!」
「呼吸も浅い。急げ!」
ヘルメットが慎重に取り外された。
ショートボブの髪。
その顔が露わになる。
沙慈の身体が止まった。
「…………」
格納庫の音が遠ざかる。
整備員たちの声。
機械音。
何も耳に入らない。
見間違えるはずがなかった。
五年前。
笑っていた。
泣いていた。
一緒に暮らしていた。
未来の話をした。
離れ離れになってからも、忘れたことなどなかった。
「……え?」
ルイスがコックピットから運び出される。
沙慈が一歩前へ出た。
「待って……」
イアンが振り返る。
「沙慈?」
沙慈は答えなかった。
担架へ乗せられた少女を見る。
「……ルイス?」
小さな声だった。
だが。
近くにいたレイナスには聞こえた。
アステリオンから降りた彼が沙慈を見る。
やはり。
名前だけではない。
本人だった。
「レイナスさん……?」
沙慈が振り向く。
「敵機の登録データに名前が出てた」
「名前……?」
「ルイス・ハレヴィ少尉」
沙慈の表情が固まった。
「少……尉……?」
視線がルイスの軍服へ落ちる。
アロウズ。
五年ぶりに見つけた恋人が。
なぜ。
「どうして……」
答えられる者はいない。
医療スタッフが担架を動かす。
「医務室へ運びます!」
沙慈は一度だけ足を止めた。
混乱。
喜び。
恐怖。
疑問。
何一つ整理できていない。
それでも。
「ルイス!」
担架を追って走り出した。
レイナスはその背中を見送る。
「……参ったな」
隣へフェルトが来る。
「知ってたの?」
「顔は知らなかった。名前だけだ」
レイナスは医務室へ続く通路を見る。
「沙慈の彼女だってことと、結婚式場の襲撃に巻き込まれたことは聞いてた」
フェルトの表情が曇った。
「それで、ガンダムを……」
「ああ」
レイナスは短く息を吐く。
「理由としては、嫌になるくらい筋が通ってる」
誰も、すぐには何も言えなかった。
その時。
背後から足音。
「レイナス」
振り返る。
イアンだった。
その視線が格納庫を巡る。
以前持ち帰ったGN-X III。
アヘッド・スマルトロン。
そして今しがた運び込まれた、もう一機のGN-X III。
「お前な……」
イアンが額を押さえる。
「ここは鹵獲機の保管庫じゃないんだぞ」
「今回は鹵獲じゃない。救助だ」
「朝も似たような話を聞いたぞ!」
「今回はちゃんとパイロットごとだ」
「前もパイロットごとだっただろうが!」
「あ」
レイナスが止まった。
フェルトが横から言う。
「マリー」
「……そうだったな」
「忘れてたの?」
「忘れたというより、嫌な共通点に気づきたくなかった」
イアンが深く息を吸う。
「レイナス」
「はい」
「後で話がある」
「……必要経費じゃ済まなかったか」
「何の話だ!」
レイナスは肩を落とした。
「割に合わない仕事ほど、断れない時に来るんだよな……」
だが。
医務室へ続く通路へ目を向けた時には、その表情から軽さが消えていた。
沙慈の恋人。
五年前のガンダムによる襲撃の被害者。
今はアロウズの兵士。
そして、戦闘中の突然の意識消失。
戦っている最中から、明らかに普通ではなかった。
「……さて」
レイナスが小さく呟く。
「今度は何が出てくるんだか」
いつもの鹵獲機一機で済む話ではなさそうだった。