機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第77話 再会

第77話 再会

西暦2312年春――プトレマイオス2・医務室

「ルイス!」

医務室へ運び込まれた担架を、沙慈が追いかける。

「沙慈、そこで止まって!」

医療スタッフに制止され、沙慈の足が止まった。

ルイスは意識を失ったままだった。

浅い呼吸。

速い脈拍。

額には汗が滲んでいる。

「血圧低下」

「外傷は?」

「目立ったものはありません。義手との接続部にも異常なし」

「じゃあ、どうして……」

沙慈の声に答えられる者はいなかった。

スタッフがルイスの軍服を緩め、身体状態を確認していく。

その途中、小さなケースが床へ落ちた。

乾いた音。

蓋が開き、中から白い錠剤が数粒転がる。

「薬……?」

沙慈が呟く。

スタッフが一本を拾い上げた。

「識別コードがない」

「軍の支給品じゃないのか?」

「少なくとも、通常の医薬品ではありません」

「分析へ回して」

ケースごと回収される。

沙慈はそれを見つめていた。

知らない軍服。

知らない階級。

知らない薬。

五年前から止まっていた自分の中のルイスと、目の前にいるルイスがどうしても繋がらない。

「……何があったんだよ」

返事はなかった。

          ◇

医務室の外。

レイナスは壁にもたれていた。

隣にはフェルト。

少し離れたところにアレルヤとマリーもいる。

「容体は?」

フェルトが尋ねる。

「まだ分からない」

レイナスは腕を組んだ。

「戦ってる途中からおかしかった。息も上がってたし、反応も急に鈍った。俺が殴りすぎたってんなら、まだ原因は分かりやすかったんだけどな」

「分かりやすくても駄目でしょ」

「それはそうだ」

レイナスが医務室の扉を見る。

「分からない不具合ってのは、大抵ろくなもんじゃない」

その時、扉が開いた。

医療スタッフが顔を出す。

「レノアークさん」

「俺?」

「少し来てもらえますか」

「……嫌な呼ばれ方だな」

「レイナス」

フェルトが見る。

「分かってるよ。逃げたりしないって」

壁から身体を離し、医務室へ入る。

          ◇

ルイスの身体データがモニターへ表示されていた。

「単純な疲労や失神ではありません」

スタッフが表示を切り替える。

「細胞レベルで異常が見られます」

「細胞?」

「全身です。特に神経系と、以前大きな損傷を受けたと思われる部位」

沙慈が息を呑む。

レイナスも表情を変えた。

「原因は?」

「断定はできません。ただ――」

別のデータが表示される。

「GN粒子による影響と考えるのが自然です」

「GN粒子……」

沙慈の顔が強張った。

五年前。

結婚式場。

ガンダム。

「擬似太陽炉の方か?」

レイナスが尋ねる。

「可能性は高いと思います。通常のGN粒子とは性質が違います」

「治療は?」

「そこが問題です」

先ほど回収された錠剤が表示された。

「彼女が所持していた薬です。簡易分析では、体内の異常を抑制する作用があるようです」

沙慈が顔を上げる。

「じゃあ、その薬を飲ませれば……」

「待ってください」

スタッフが止める。

「それだけではありません」

分析結果が追加される。

「未知のナノマシンが含まれています」

「ナノマシン?」

「しかも、単純な治療目的とは考えにくい」

レイナスの目が細くなる。

「……また面倒なオプション付きか」

「投与を続けた形跡があります。体内にも相当量が残留しています」

「依存性は?」

「可能性があります。ただ、詳しい作用は解析しないと分かりません」

薬を止めればいい。

そんな単純な話ではない。

その薬自体が、ルイスの身体に起きている異常を抑えている。

レイナスがモニターを見る。

「身体を悪くしてる原因がある。その症状を薬で押さえてる。ところが、その薬にも別の問題があるかもしれない」

「現時点では、そう考えるのが妥当です」

「……嫌な抱き合わせだな」

沙慈がルイスを見る。

「助からないんですか?」

「そうは言っていません。ただ、安易に投薬を止めることもできません」

「なら――」

レイナスがベッドを見る。

「一つ試せる」

フェルトが察した。

「《アニマ》?」

「ああ」

沙慈が振り返る。

「何をするんですか?」

「治療だよ」

「治療……?」

「万能じゃないけどな。細胞の異常なら、多少は手を出せる」

スタッフを見る。

「やっていいか?」

「お願いします」

レイナスがベッドへ近づく。

ルイスの肩へ手を伸ばす直前、沙慈を見た。

「これで全部元通りになるとは思わないでくれ。どこまで効くか、俺にも分からない」

沙慈は一瞬だけ迷い、それでも頷いた。

「……お願いします」

「了解」

レイナスの手がルイスの肩へ触れる。

青白い光が灯った。

          ◇

《アニマ》。

戦場では身体を強化し、刃となり、弾となり、壁にもなる。

だが、それだけではない。

レイナスは意識を集中する。

「……酷いな」

外から見ただけでは分からなかった。

身体の内側。

細胞。

神経。

広い範囲に異常がある。

単純に傷ついているだけではない。

本来とは違う状態へ変化しようとしているような、奇妙な感覚があった。

「これ……ただの損傷じゃないぞ」

「分かるんですか?」

「細かい理屈までは無理だ」

レイナスの額に汗が浮かぶ。

「俺は医者じゃないからな。どこがおかしいか、その程度だ」

光が強くなる。

まず、今すぐルイスを苦しめている部分。

乱れた呼吸。

循環。

神経。

細胞異常の進行。

一つずつ抑えていく。

「数値、改善しています」

スタッフの声。

「細胞異常も……進行が鈍っています」

「止められる?」

「完全には」

「だろうな」

レイナスにも分かっていた。

異常そのものとは別に、ルイスの身体の奥に細かな異物が存在する。

「……これがナノマシンか?」

身体の一部ではない。

だが、完全な異物として切り離せる状態でもない。

既に深く入り込んでいる。

「無理にどうにかするのはまずそうだな」

薬が細胞異常を抑えているなら、その仕組みを理解せずナノマシンへ干渉するのは危険だ。

今は身体そのものを安定させる。

それだけに集中する。

やがて、モニターの警告表示が一つずつ消えていった。

レイナスが手を離す。

青白い光が消える。

「……こんなもんか」

スタッフがデータを確認する。

「安定しています」

「細胞異常は?」

「残っています。ただ、先ほどより明らかに状態はいいです」

「薬なしで?」

「今のところは」

「なら、少し時間は稼げたな」

沙慈がベッドへ近づく。

ルイスの顔色は、運び込まれた時より良くなっていた。

「治ったんですか?」

「そこまでは言えない」

レイナスは即答した。

「今すぐどうにかなる状態から引っ張り上げただけだ。薬もナノマシンも、まだ何一つ分かってない」

「でも……」

「俺が毎日触ってれば済むって話なら楽なんだけどな。こういうのは大抵、そんな親切設計じゃない」

沙慈はルイスを見る。

「……ありがとうございます」

「礼はいらないよ」

レイナスは肩を竦める。

「俺が勝手に持って帰ってきたんだ。最後まで面倒見るさ」

「持って帰ってきたって……」

「言い方」

フェルトが横から言う。

「いや、状況としては間違ってないだろ?」

「ルイスに聞かれたら怒られるよ」

「……それは困るな」

その時だった。

「……ん……」

沙慈が振り向く。

「ルイス?」

指先が動く。

瞼が僅かに震えた。

「ルイス!」

「沙慈、近づきすぎないで」

スタッフに止められる。

ゆっくり。

ルイスが目を開いた。

焦点が合わない。

白い天井。

知らない照明。

医療機器。

「……ここ……」

掠れた声。

「ルイス……」

その声に瞳が動く。

沙慈を見る。

数秒。

「……沙慈?」

沙慈の目が見開かれた。

「ルイス……!」

「沙慈……」

ルイスの表情から、戦場にあった険しさが消えていく。

信じられないものを見るように、何度も沙慈の顔を見る。

「本当に……沙慈?」

「僕だよ」

沙慈が近づく。

「僕だ。ルイス」

「……沙慈」

目に涙が浮かぶ。

「会いたかった……」

「僕もだよ」

沙慈が手を伸ばす。

ルイスの右手へ触れた。

その瞬間。

ルイスの視線が沙慈の後ろへ向いた。

フェルト。

医療スタッフ。

そして、レイナス。

表情が固まる。

「……え?」

記憶が戻る。

戦闘。

00ガンダム。

青白いMS。

ソレスタルビーイング。

「ここ……どこ?」

「ルイス」

「どこなの?」

沙慈が答えられない。

ルイスの目が見開かれた。

「ここ……ソレスタルビーイングなの?」

誰も否定しなかった。

ルイスが沙慈の手を振り払う。

「どうして……?」

「ルイス?」

「どうして沙慈がここにいるの!?」

身体を起こそうとする。

「まだ動かないで!」

「離して!」

「ルイス!」

「沙慈、騙されてるの?」

「え?」

「そうなんでしょ?」

ルイスは必死に沙慈を見る。

「だって、沙慈がソレスタルビーイングにいるわけない!」

「ルイス……」

「ガンダムが何をしたか知ってるでしょ!?」

沙慈の顔が強張る。

知っている。

少なくとも。

ルイスに「何も知らない」と言える立場ではない。

「僕は……」

「帰ろう」

ルイスが沙慈の腕を掴む。

「一緒に帰ろう、沙慈」

「……」

「ここにいたら駄目」

そして。

ルイスの視線がレイナスへ向いた。

さっきまでの混乱とは違う。

明確に相手を認識した目。

「……レイナス・レノアーク」

レイナスが僅かに眉を上げる。

「俺を知ってるのか」

「アロウズであなたの名前を知らない人なんて、ほとんどいない」

「……そりゃまた、ありがたくない有名税だな」

ルイスの目に警戒が宿る。

「青白い光を使う人間」

「その説明で通ってるのか」

「MSを生身で破壊する。敵のMSを奪う。何度撃墜しても戻ってくる」

「最後のは少し盛られてないか?」

「レイナス」

フェルトが咎める。

「分かってる」

軽口を切る。

ルイスが沙慈を見る。

「こんな人たちと一緒にいたら駄目」

「ルイス……」

「ソレスタルビーイングなんだよ?」

沙慈はすぐには答えられなかった。

ルイスの家族を奪ったのはガンダムだった。

それを知った今。

簡単に「違う」と切り捨てることはできない。

「……ごめん」

ようやく沙慈が口を開く。

「今は、一緒には帰れない」

ルイスの表情が止まった。

「……どうして?」

「僕は、ここで見たいんだ」

「何を?」

「何が起きてるのか」

「……」

「五年前、僕は何も知らなかった」

沙慈は震える声で続ける。

「君に何が起きたのかも。姉さんが何を調べていたのかも。世界で何が起きていたのかも」

「だからって……」

「ソレスタルビーイングが正しいって決めたわけじゃない」

ルイスが黙る。

「刹那達がやってきたことを、全部納得したわけでもない」

「だったら……!」

「だから自分で見たいんだ」

沙慈はルイスから目を逸らさなかった。

「もう、何も知らないままでいたくない」

ルイスの手が震える。

理解できない。

理解したくない。

沙慈は自分と同じ側にいるはずだった。

ガンダムに人生を壊された。

自分と同じように。

なのに。

「刹那も……いるの?」

不意に出た名前に、沙慈が目を見開く。

「……うん」

ルイスは既に知っていた。

沙慈の隣に住んでいた少年。

自分も何度も顔を合わせた。

口数が少なくて。

何を考えているのか分からなくて。

それでも、沙慈の隣人だった。

「刹那・F・セイエイ」

ルイスの声が震える。

「……あの刹那が、ガンダムに乗ってるの?」

「うん」

「00ガンダム?」

沙慈は僅かに迷ってから頷いた。

「……そうだよ」

「そんな……」

ルイスの顔から血の気が引く。

「嘘……」

記憶の中の少年。

ガンダム。

沙慈。

ソレスタルビーイング。

交わるはずのなかったものが、次々と繋がっていく。

「違う……」

頭を押さえる。

「ルイス?」

「違う……違う……!」

モニターの数値が跳ね上がる。

「心拍上昇!」

「ルイス、落ち着いて!」

沙慈が近づこうとする。

「来ないで!」

足が止まる。

ルイスは荒い呼吸を繰り返す。

やがて。

目から涙が落ちた。

「……ごめん」

「ルイス……」

「今……沙慈のこと、分からない」

その言葉に。

沙慈は何も返せなかった。

レイナスが静かに口を開く。

「沙慈」

「……はい」

「今は休ませよう」

「でも……」

「五年分だ」

沙慈を見る。

「一度に全部片付けようとしたら、そりゃ頭も身体もついてこない」

ルイスがレイナスを見る。

警戒は消えていない。

「……どうして」

「ん?」

「どうして私を助けたの?」

レイナスは少しだけ考えた。

「死なせる理由がなかったからな」

「私はあなたを攻撃した」

「戦場じゃよくある話だ」

「私はソレスタルビーイングを……ガンダムを倒そうとした」

「ああ」

「それでも?」

「それでもだよ」

レイナスは肩を竦めた。

「敵だからって、助けられる奴を見捨てるほど仕事熱心じゃないんでね」

「……」

「それに」

沙慈を見る。

「知ってる名前を見ちまった後じゃ、なおさら置いて帰れないだろ」

ルイスは何も言わなかった。

納得したわけではない。

憎しみも。

警戒も。

何一つ消えていない。

ただ。

自分を助けたのが、アロウズ内部で怪物じみた噂まで流れている男だった。

その事実を、どう受け止めればいいのか分からなかった。

「沙慈」

医療スタッフが声をかける。

「しばらく休ませます」

「……もう少し、ここにいてもいいですか?」

スタッフがルイスを見る。

ルイスは沙慈を見つめる。

少し迷ってから。

顔を背けた。

だが。

拒絶はしなかった。

「刺激しないように」

「はい」

レイナスとフェルトは医務室を出た。

          ◇

プトレマイオス2・通路

しばらく無言で歩く。

フェルトが口を開いた。

「難しそうだね」

「簡単なら苦労しないさ」

レイナスは頭を掻く。

「家族をガンダムに殺された子を、そのガンダム持ってる連中の船に連れてきたんだからな」

「連れてきたのレイナスだけど」

「そこは否定しないよ」

「後悔してる?」

「まさか」

即答だった。

「同じ状況なら、また持って帰る」

フェルトが少し笑う。

「イアンが聞いたら怒るよ」

「それは聞かなかったことにしてくれ」

だが。

すぐにレイナスの表情から笑みが消える。

「問題は、そっちだけじゃない」

「薬?」

「ああ」

医務室を振り返る。

「あの身体の状態。それを抑えてた錠剤。中に入ってたナノマシン」

「アロウズの薬かな」

「だったら話はまだ単純なんだけどな」

「違ったら?」

「また発注元まで遡る仕事になる」

フェルトが小さく息を吐く。

「面倒そう」

「面倒なのは慣れてるよ」

レイナスは歩き出す。

「慣れたくはなかったけどな」

          ◇

同時刻――プトレマイオス2・解析室

白い錠剤の分析結果が、端末へ次々と表示されていた。

イアン。

スメラギ。

ティエリア。

三人が画面を見つめている。

「やっぱり普通の薬じゃないな」

イアンが腕を組む。

「ナノマシンの構造が妙だ」

「治療だけを目的としていない?」

スメラギが尋ねる。

「少なくとも俺にはそう見える」

ティエリアは無言でデータを追っていた。

その目が止まる。

「……待て」

「どうしたの?」

「この構造だ」

表示を拡大する。

「人間の細胞活動へ干渉している」

「細胞異常を抑えるためじゃなくて?」

「それだけではない」

ティエリアの表情が険しくなる。

「治療とは別方向の変化を促している可能性がある」

イアンが眉を寄せた。

「何のために?」

「まだ分からない」

ティエリアは断言を避ける。

だが。

ルイスの身体で起きている変化。

そこには、妙な規則性がある。

単なる副作用では説明しにくい。

「誰かが意図して作ったってこと?」

スメラギの問いに。

ティエリアは少し間を置いて答えた。

「その可能性は考えるべきだ」

「なら次は、その誰かを探すことになるわね」

「まず確認すべきことがある」

ティエリアが錠剤の画像を見る。

「彼女自身だ」

「ルイス・ハレヴィに?」

「ああ」

誰から渡されたのか。

どこで手に入れたのか。

何を説明されて服用していたのか。

今の彼女なら。

その答えを知っている可能性がある。

スメラギが頷く。

「でも、今すぐは駄目よ」

「分かっている」

「身体も精神状態も安定してから」

「ああ」

ティエリアは画面へ視線を戻す。

白い錠剤。

ナノマシン。

人間の細胞へ加えられた、意図的とも思える干渉。

アロウズ。

そして、その背後に存在するかもしれない何者か。

これまで彼らが追っていたものには、顔がなかった。

名前もなかった。

ただ。

どこかにいる。

そう考えるしかなかった。

その糸口が。

今、医務室で眠っている。

次にルイス・ハレヴィが落ち着いて話せる時。

ティエリアは、その出所を聞くつもりだった。

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