第79話 招待状
西暦2312年春――プトレマイオス2・ブリッジ
リボンズ・アルマーク。
その名前を手に入れてから、ソレスタルビーイングは複数の経路で調査を開始していた。
だが、奇妙なほど情報が少ない。
連邦政府の公的な役職者名簿にも、軍の指揮系統にも、それらしい名前はない。
それでいて。
ルイス・ハレヴィは、連邦とアロウズの双方に強い影響力を持つ人物として彼を認識していた。
「名前が分かったら少しは楽になると思ったんだけどな」
レイナスは端末を眺めながら椅子に身体を預ける。
「むしろ仕事が増えた気がする」
「いつものことじゃない」
フェルトが言う。
「それで納得したくないんだけどな」
その時。
クリスが通信席から顔を上げた。
「スメラギさん。暗号通信です」
「どこから?」
「王留美から」
レイナスが視線を上げる。
「留美?」
「繋いで」
メインモニターに王留美の姿が映った。
『お久しぶりです、皆さん』
「久しぶりね、留美」
『そちらは随分と賑やかになったようですね』
「色々あったのよ」
レイナスが横から口を挟む。
「賑やかっていうか、拾い物が増えたっていうか」
『レイナスさんの場合、その表現は冗談に聞こえませんね』
「俺も最近そう思う」
フェルトが横から見る。
「最近?」
「……前からだな」
王留美が小さく笑った。
だが、すぐに表情を改める。
『今日は、少々興味深い情報を入手しました』
スメラギが身を起こす。
「聞かせて」
『近日中に、地球連邦政府の有力者を集めたパーティーが開かれます』
画面に資料が送られてくる。
高級ホテル。
参加者一覧。
政界。
財界。
連邦政府関係者。
そして。
「アロウズ……」
フェルトが呟いた。
『ええ』
王留美が頷く。
『アロウズの首脳部からも複数名が出席する予定です』
ブリッジの空気が変わる。
スメラギが参加者一覧を確認する。
「かなり上ね」
『表向きは政財界の交流会です。しかし、現在のアロウズと連邦政府の関係を考えれば、単なる社交の場と考えるのは難しいでしょう』
ティエリアが画面を見つめる。
「アロウズの上層部と直接接触できる機会か」
『そう考えています』
「リボンズ・アルマークは?」
刹那が尋ねた。
『参加者名簿にはありません』
「……そう簡単には出てこないか」
レイナスが呟く。
王留美が続ける。
『ですが、ルイス・ハレヴィ少尉の証言が正しいのであれば、リボンズ・アルマークはアロウズ上層部と無関係ではないはずです』
「本人がいなくても、周辺を探れる」
スメラギが言う。
『はい』
ティエリアが立ち上がった。
「僕も行かせてもらう」
スメラギがティエリアを見る。
「潜入するつもり?」
「ああ」
ティエリアの視線は参加者一覧から動かない。
「アロウズの首脳部が一堂に会する機会など、そう多くはない。リボンズ・アルマークについて何らかの情報を得られる可能性がある」
刹那も続いた。
「俺も行こう」
「刹那も?」
「必要なら潜入する」
レイナスが二人を見る。
「……お前ら二人でパーティーか」
刹那が見る。
「問題があるか?」
「任務としては問題ない」
一拍。
「社交界への馴染み方はちょっと心配だけどな」
「必要なことはする」
「そういう返しをするから心配なんだよ」
ティエリアが冷たい視線を向ける。
「君に言われたくはない」
「俺はこう見えて社会人経験は長いぞ」
フェルトが小さく呟く。
「百年以上」
「年数で殴るのはやめようか」
画面の向こうで王留美が笑みを浮かべた。
『でしたら、レイナスさんもお願いします』
レイナスの表情が止まった。
「……俺まで?」
『はい』
「いや、待て」
レイナスが自分を指差す。
「さっき拾ってきたアロウズの少尉から、向こうじゃ名前を知らない奴がほとんどいないって聞いたばかりなんだが?」
『存じています』
「顔まで割れてる可能性も高いぞ」
『変装したら問題ないでしょう』
「軽いな」
『それに』
王留美は当然のように続ける。
『レイナスさんには、私のエスコートをお願いします』
数秒。
レイナスは黙った。
「……エスコート?」
『はい』
「俺が?」
『他に誰がいるのです?』
レイナスが周囲を見る。
刹那。
ティエリア。
スメラギ。
フェルト。
クリス。
誰も助け舟を出さない。
「いや、ほら。刹那とか」
「俺は別行動をする」
「判断が早いな、おい」
「ティエリアは?」
「僕にも目的がある」
「逃げたな?」
「合理的な役割分担だ」
「便利な言葉だな、それ」
王留美が口元へ手を添える。
『私と一緒なら、会場内を移動していても不自然ではありません』
それは確かだった。
王家の令嬢であり、財界にも広い人脈を持つ王留美。
その同伴者ならば、政財界の人間へ接近する理由を作りやすい。
『それに、私一人で参加するより都合がいいのです』
「護衛なら紅龍がいるだろ?」
『兄は別の役目があります』
「……最初から俺を使うつもりだったな?」
『さて、どうでしょう』
「その笑顔で誤魔化せると思うなよ」
『では、お断りになりますか?』
レイナスが黙る。
参加者一覧へ目を落とす。
アロウズ首脳部。
連邦政府高官。
そのどこかから。
リボンズ・アルマークへ繋がる可能性がある。
「……断れる仕事なら、とっくに断ってるよ」
『では決まりですね』
「返事する前に決まったぞ」
クリスが笑う。
「いいじゃない。レイナスなら似合いそう」
「何が?」
「留美のお相手」
「俺に社交界の男を期待するなよ」
スメラギが笑みを浮かべる。
「最低限の礼儀はできるでしょう?」
「できるけどさ」
「なら問題ないわね」
「今日の俺、味方少なくないか?」
フェルトが口を開く。
「いつも通りじゃない?」
「お前まで言うのか」
「でも」
フェルトは少しだけレイナスを見る。
「変装って、どうするの?」
「そこからか」
王留美が答える。
『衣装はこちらで用意します』
嫌な予感がした。
「留美」
『何でしょう?』
「妙に楽しんでないか?」
『まさか』
即答だった。
「今の間で信用なくしたぞ」
『安心してください。きちんと似合うものを用意します』
「そういう心配じゃないんだよな……」
フェルトが僅かに笑っている。
レイナスはそれを見逃さなかった。
「フェルト」
「何?」
「面白がってるだろ」
「少し」
「素直だな」
「写真撮ってきて」
「任務の目的が変わってないか?」
「記録」
「何のだよ」
「変装の」
「残す必要あるか、それ」
今度はクリスまで笑い出した。
スメラギが資料を拡大する。
「冗談はそこまで」
空気が切り替わる。
「留美。会場の警備情報は?」
『既に調べています。武器の持ち込みは当然厳しく制限されます。本人確認もありますが、こちらで身分は用意できます』
「ティエリアと刹那は?」
『そちらも問題ありません』
「会場内の配置図もお願い」
『後ほど全て送ります』
スメラギが頷く。
「目的は情報収集。アロウズ首脳部の会話、接触相手、そしてリボンズ・アルマークに繋がる情報の確保」
「戦闘は?」
刹那が尋ねる。
「避ける」
即答だった。
「今回はガンダムで殴り込む任務じゃないわ」
レイナスが刹那を見る。
「聞いたか?」
「聞いている」
「お前じゃなくて俺に言ってる気がする」
「分かってるならいいわ」
スメラギが返す。
「……信用って積み上げるのは大変なのに、減る時は一瞬なんだよな」
フェルトが言う。
「敵のMS三機分くらい?」
「そこに換算するのやめない?」
王留美が微笑む。
『では、当日はよろしくお願いします。レイナスさん』
「はいはい」
『返事は一度で結構ですよ』
「……今のは誰に仕込まれた?」
通信が切れた。
レイナスはしばらく消えた画面を見つめる。
「パーティーねえ……」
MS戦なら話は早い。
敵がいる。
倒す。
終わり。
だが。
笑顔で腹の内を隠した人間が何十人も集まる場所となれば、勝手が違う。
「下手な戦場より面倒そうだな」
ティエリアが立ち上がる。
「遊びに行くわけではない」
「分かってるよ」
レイナスも立つ。
「だから面倒なんだ」
刹那が資料を確認する。
「リボンズ・アルマークへ繋がる情報を探す」
「ああ」
レイナスは参加者一覧へ最後に目を通した。
「名前一つ拾ったと思ったら、次は社交界か」
肩を竦める。
「仕事ってのは、こっちの得意分野を選んでくれないもんだな」