第82話 オーライザー
西暦2312年春――地球低軌道
大気圏を抜けたプトレマイオス2の前方に、複数の光点が浮かび上がった。
地上からの追撃を振り切った先。
待ち構えていたのは、アロウズの宇宙部隊だった。
「敵艦二隻!」
クリスの声がブリッジに響く。
「MS多数! 進路上に展開してる!」
メインモニターへ赤い反応が並ぶ。
GN-X III。
アヘッド。
その後方には二隻の巡洋艦。
地上から追ってきた部隊とは明らかに別働隊だった。
「上にもちゃんと客を用意してたか」
レイナスが戦術画面を見る。
「随分とサービスのいい連中だな。こっちは頼んだ覚えがないんだが」
「ヴェーダだ」
ティエリアが低く言う。
「リボンズ・アルマークがヴェーダを掌握しているなら、僕たちが宇宙へ逃れる可能性も予測していたはずだ」
「逃げ道を選ぶ前から出口で待ってるってわけか」
レイナスは小さく息を吐いた。
「こういう仕事は割に合わないな」
フェルトが敵の展開を確認する。
「完全に捕捉されています。このまま目的地へ向かえば、追跡される可能性があります」
その先にあるのは、ソレスタルビーイングが再建の過程で確保した宇宙の整備拠点。
場所を知られるわけにはいかない。
スメラギは即座に判断した。
「ここで追跡能力を奪う」
艦内通信を開く。
「ガンダム各機、出撃準備!」
レイナスもブリッジを出ようとする。
途中。
王留美と目が合った。
「今度は格納庫で待っててくれ」
「また乗せていただいても構いませんよ?」
「美女を膝に乗せてロボット戦なんて主人公のやることだろ。俺の柄じゃない」
「残念です。ですが、美女の評価はありがたく受け取っておきます」
「……そこはしっかり拾うんだな」
「褒め言葉を無駄にする理由はありませんから」
「そりゃごもっとも」
留美が小さく笑う。
「お気をつけて」
「ああ」
レイナスは格納庫へ向かう。
「今度こそ安全運転は廃業だ」
◇
地球低軌道・戦闘空域
プトレマイオス2から五つのGN粒子の光が放たれた。
00ガンダム。
セラヴィー。
ケルディム。
アリオス。
アステリオン。
『目的は敵の全滅じゃないわ』
スメラギから指示が届く。
『敵艦のセンサーと推進能力を潰して、追跡を切る。深追いは禁止』
「了解」
刹那が先頭へ出た。
GN-X III三機が迎撃に向かう。
ビームが走る。
00は一射目を回避。
二射目をGNソードIIで弾き、そのまま一機へ肉薄した。
「そこだ!」
一閃。
ライフルが切断される。
背後から別のGN-X III。
刹那が振り返るより早く、細い光が敵機のセンサーを撃ち抜いた。
『そっちは任せたぜ、刹那』
「ロックオン」
ケルディム。
ライルは既に次の標的へ照準を移している。
『宇宙なら狙撃屋の仕事もしやすい』
「敵艦を狙えるか?」
『見えてる物ならな』
その下方。
アリオスが飛行形態で敵編隊へ突入する。
GN-X IIIが追う。
アレルヤは引きつけたまま旋回。
変形。
GNビームサブマシンガン。
追ってきた一機のライフルを破壊する。
横からアヘッド。
『アレルヤ、右!』
マリーの声。
「分かってる!」
アリオスが加速。
ビームが後方へ流れる。
『まだ感覚が戻りきってないんだから、無理しないでね』
「気をつけるよ」
『うん』
短いやり取り。
アリオスは再び飛行形態へ変形し、敵の間を抜けていく。
別方向。
セラヴィーが敵部隊の中央へ砲口を向けた。
「そこを退け!」
GNバズーカII。
太い光が走る。
アヘッド二機が左右へ散開。
その中央を。
アステリオンが突き抜けた。
「さて」
正面。
GN-X III。
敵がライフルを構える。
「さっきは客を乗せてたんでね」
射撃。
アステリオンが機体を捻る。
ビームが肩口を抜けた。
「今度は普通に働かせてもらう」
一気に加速。
敵の照準が追いつくより早く懐へ入る。
ビームサーベル。
ライフルを切断。
そのまま機体をすれ違わせ、脚部スラスターを斬る。
GN-X IIIが戦列から外れた。
背後。
アヘッド。
警告表示より先にレイナスが反応する。
アステリオンが沈む。
頭上をビームが通過。
機体を反転。
「そこだ」
一閃。
アヘッドの武装を切り飛ばす。
さらに敵影。
今度は二機。
左右へ分かれる。
レイナスの表情から軽さが消えた。
「挟むつもりか」
一機が射撃。
回避。
もう一機が接近。
ビームサーベル。
アステリオンが受ける。
鍔迫り合い。
そこへ最初の一機が射線を取る。
「悪くない」
アステリオンが敵機を押す。
そのまま射線上へ。
『な――!』
敵のビームが味方機の目前を通過。
二機が一瞬動きを止める。
その隙を逃さない。
アステリオンが上へ抜ける。
反転。
二射。
それぞれのライフルが破壊された。
「ただ、相手が悪かったな」
レイナスはもう見ていない。
視線の先。
敵巡洋艦。
『レイナス、予定位置へ』
スメラギ。
「了解」
アステリオンが加速した。
◇
00とアリオスが前衛を引きつける。
セラヴィーが火力で敵部隊の進路を制限。
アステリオンがその間を突破する。
敵の意識が前へ集中した。
その瞬間。
ケルディムの照準が巡洋艦を捉える。
『見えた』
ライルが引き金を引いた。
第一射。
外部センサーが砕ける。
第二射。
通信設備。
第三射。
後部推進器の一部が爆発した。
「第一艦、速度低下!」
フェルトが報告する。
もう一隻が進路を変えた。
00が前へ出る。
「行かせるか!」
GNソードII・ライフルモード。
射撃。
敵艦の対MS砲台が吹き飛ぶ。
セラヴィーが続く。
「これで!」
GNバズーカII。
閃光。
巡洋艦の後部が爆発する。
「第二艦も減速!」
クリスが叫ぶ。
敵MSはまだ戦える。
だが。
追跡を続けるための目と足は潰した。
スメラギが即座に命令する。
『十分よ! 全機帰投!』
「了解!」
五機が反転する。
敵MSが追う。
アステリオンが最後尾へ回った。
ビームライフル。
数射。
敵の進路を塞ぐ。
「悪いな」
レイナスが敵部隊を見る。
「今日はここまでだ。こっちも次の予定が詰まってるんでね」
追撃が止まった隙に。
アステリオンも反転。
五機はプトレマイオス2へ帰還した。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「追跡反応ありません」
フェルトが周辺宙域を確認する。
「敵艦も停止したままです」
「通信傍受も今のところなし!」
クリスが続ける。
スメラギはすぐには進路を変えなかった。
偵察機。
別働隊。
通信。
こちらを追うものが本当にないかを確認する。
しばらくして。
「進路変更」
ラッセが操舵系を操作する。
「了解」
プトレマイオス2が静かに旋回した。
レイナスもブリッジへ戻ってくる。
「どうにか撒けたか」
「今のところはね」
スメラギが答える。
「基地へ入ったら整備と補給。それから今後の方針を決めるわ」
「助かる」
レイナスは首を回した。
「こっちも少し腰を落ち着けたいところだ。地上を出たと思ったら宇宙で第二ラウンドじゃ、休憩時間まで戦闘に持っていかれる」
「しばらく何も起きなければいいけどね」
クリスが苦笑する。
「その台詞はやめてくれ。妙に効きそうで怖い」
少しだけ。
ブリッジの空気が緩んだ。
スメラギは後方にいる留美を見る。
「留美」
「はい」
「基地へ着いたら、あなたを安全な場所へ移す方法も考えましょう」
留美は首を振った。
「いえ。このままプトレマイオス2へ同行させてください」
「戻らないの?」
「今は戻る方が危険でしょう」
留美の表情から笑みが消える。
「リボンズ・アルマークは私を知っていました。リジェネ・レジェッタもです」
ティエリアが僅かに目を細めた。
「僕たちが奴らの存在を知らなかった段階で、向こうは王留美という人間を把握していた」
「ええ」
「ヴェーダを掌握しているなら、君の拠点や情報網まで調査されている可能性もある」
「私もそう考えています」
留美は静かに続ける。
「イノベイターの手がどこまで回っているのか分かりません。これまで安全だった場所が、今も安全である保証はないでしょう」
スメラギは少し考える。
アロウズ。
連邦政府。
ヴェーダ。
そして、その裏側にいるリボンズたち。
相手の影響力の範囲すら、まだ掴めていない。
「分かったわ」
スメラギが頷いた。
「少なくとも状況が分かるまでは、一緒にいた方が安全ね」
「ありがとうございます」
留美の表情が僅かに緩む。
「それに――」
視線が動いた。
レイナスへ。
「近くにいた方が、面白いものが見られるかもしれません」
「……なんでそこで俺を見る?」
「心当たりはありませんか?」
「俺は平穏に働きたいだけなんだがな」
「その割には、レイナスさんの周囲では随分と色々なことが起きるようですが」
「そこなんだよ」
レイナスは困ったように頭を掻く。
「別にこっちから面倒事へ営業かけてるわけじゃない。向こうが勝手にやって来る」
「でしたら、なおさら近くにいる価値がありますね」
「人の災難を見世物みたいに言うなよ」
「期待しています」
「聞いてないな、このお嬢様」
留美は楽しそうに笑った。
◇
ソレスタルビーイング宇宙整備拠点
宇宙に浮かぶ巨大な資源衛星。
外から見れば。
ただの岩塊にしか見えない。
だが。
岩盤の奥には人工的に造られた広大な空間が存在していた。
艦艇用ドック。
MS整備設備。
補給区画。
居住施設。
ソレスタルビーイング再建のために確保された宇宙拠点の一つ。
岩盤の一部がゆっくりと開く。
暗闇の中。
誘導灯が順番に点灯した。
プトレマイオス2がその奥へ進入する。
『プトレマイオス2、進入コース正常です』
通信から女性の声。
『そのまま直進してください』
「誘導信号確認」
フェルトが答える。
「進入します」
巨大な艦体がドックへ収まっていく。
固定アーム。
接続。
気密確認。
ようやく。
追撃から離れた。
◇
宇宙整備拠点・連絡区画
プトレマイオス2との接続が完了する。
ハッチが開いた。
その向こうで。
作業服姿の女性が待っていた。
「お帰りなさい」
イアンの表情が緩む。
「リンダ」
リンダ・ヴァスティ。
ミレイナが駆け出した。
「ママ!」
「ミレイナ」
リンダが娘を抱き止める。
「元気そうね」
「もちろんです!」
「パパに迷惑かけてない?」
「それはこっちの台詞だ!」
「パパは相変わらずですぅ!」
「お前まで言うのか!」
親子のやり取りに。
周囲から笑いが漏れた。
その少し後ろ。
もう一人の女性が立っている。
青みを帯びた髪。
穏やかな表情。
スメラギが彼女へ視線を向けた。
「みんなに紹介するわ」
女性が一歩前へ出る。
「アニュー・リターナーです」
一礼。
「航行、操舵、情報処理を担当できます。これからプトレマイオス2のクルーとして参加します。よろしくお願いします」
ライルが彼女を見る。
アニューも視線を返した。
「ロックオン・ストラトス」
ライルが軽く手を上げる。
少し間を置く。
「……まあ、ライルでいい」
「アニューです」
柔らかく微笑む。
「よろしくお願いします、ライル」
「ああ。よろしく」
短い挨拶。
今はそれだけだった。
レイナスも軽く手を上げる。
「レイナス・レノアーク。よろしく」
アニューの視線が彼で止まる。
「あなたが……」
「その反応、最近多いんだよな」
「すみません。有名な方だと聞いていましたので」
「できれば、どういう方向で有名なのかは聞かないでおくよ」
「その方がよろしいかもしれません」
「そこは否定してくれてもいいんだけどな」
アニューが小さく笑った。
「よろしくお願いします」
「ああ。こっちこそ」
少し離れた場所。
ティエリアはアニューを見ていた。
リジェネ。
リボンズ。
ヒリング。
そして自分。
同じ存在だと告げられた者たち。
今までなら気にも留めなかった新しいクルーを、無意識に観察している。
だが。
アニューから何かを感じ取ったわけではない。
ティエリアは視線を外した。
「刹那」
イアンが呼ぶ。
「何だ?」
「来い。見せる物がある」
レイナスが反応する。
「新型か?」
「お前は呼んでない」
「その言い方で俺が来ないと思うか?」
イアンがレイナスを見る。
数秒。
「……勝手にしろ」
「話が早くて助かる」
「触るなよ」
「まだ見てもいないだろ」
「先に言っておく」
「信用ないなあ」
留美も歩き出す。
レイナスが横目で見る。
「留美も来るのか?」
「先ほど申し上げたばかりでしょう?」
「近くにいた方が面白い、か」
「ええ」
「律儀なことで」
一行は整備区画の奥へ向かった。
◇
宇宙整備拠点・試験格納区画
大型隔壁が開く。
暗かった区画に。
照明が一つずつ灯る。
その中央。
一機の航空機が姿を現した。
MSではない。
通常の戦闘機とも違う。
GN粒子運用を前提にした機体。
特徴的な機首。
翼。
推進器。
そして。
後部に設けられた接続構造。
「……おいおい」
レイナスが足を止めた。
さっきまでの疲れが。
目に見えて消えた。
機体の周囲へ視線を走らせる。
「こいつは……」
刹那も前へ出る。
イアンが機体を見上げた。
「00専用の支援機だ」
「00の?」
「ああ」
リンダが端末を操作する。
空中モニターへ00ガンダムと新型機の構造図が表示された。
「00のツインドライヴは起動した」
イアンが説明する。
「だが、まだ本来の性能を引き出し切れていない」
ティエリアがデータを見る。
「二基のGNドライヴの同調を補助するためのシステムか」
「それだけじゃない」
リンダが表示を切り替える。
「ツインドライヴの安定性を高め、粒子生産能力そのものを最大限に引き出す。そのために造られた機体よ」
レイナスは説明を聞きながら、機体後部へ目を向ける。
「……00と直接接続するのか」
イアンが頷いた。
「そうだ」
「なるほど」
レイナスが少し笑う。
「00だけで足りない部分を、外付けで丸ごと補うわけか。随分と思い切ったことしたな」
「簡単に言うな。ここまで持ってくるのにどれだけ苦労したと思ってる」
「褒めてるんだよ」
「お前の褒め方は分かりにくい!」
「技術屋なら成果を見れば分かるだろ」
「そういう問題じゃない!」
リンダが二人を見て苦笑する。
刹那は構わず新型機を見上げていた。
「名前は?」
イアンが答える。
「GNR-010」
そして。
「オーライザーだ」
「オーライザー……」
刹那の目が機体を追う。
00ガンダム。
二基のGNドライヴ。
その力を引き出すために造られた新たな機体。
隣では。
レイナスも黙って見上げている。
イアンが先に言った。
「乗せんぞ」
「……まだ何も言ってないだろ」
「顔を見れば分かる」
「人を子供みたいに言うなよ」
「じゃあ乗りたくないのか?」
レイナスがオーライザーを見る。
少し間を置いた。
「乗りたい」
「ほら見ろ!」
「そこは仕方ないだろ。こんな物を目の前に出されて興味持つなって方が無理がある」
「これは00の支援機だ!」
「分かってるよ。だから試験飛行くらいなら――」
「駄目だ!」
「即答かよ」
「お前に任せたら試験飛行で済まん!」
「そこまでやらないって」
イアンが無言で睨む。
レイナスも見返す。
数秒。
「……多分」
「信用できるか!」
リンダがとうとう笑い出した。
留美も口元へ手を添えている。
レイナスがそちらを見る。
「何だよ」
「いえ」
留美は楽しそうに首を振った。
「やはり、こちらへ来て正解だったと思いまして」
「人が怒られてるところを見て結論出すなよ」
「まだ到着したばかりですのに、十分楽しませていただいています」
「そりゃ何よりだ」
レイナスは肩をすくめる。
「こっちは先が思いやられるけどな」
そう言いながら。
その視線は。
もう一度オーライザーへ戻っていた。