第85話 新たな翼
西暦2312年春――ソレスタルビーイング宇宙整備拠点・試験格納区画
「最終チェック完了。オーライザー、システム異常なし」
リヒティの声が格納区画に響く。
整備員たちが機体から離れ、接続試験の準備が進んでいく。
格納庫中央には00ガンダム。
その後方には、完成したばかりのオーライザー。
二機を見上げながら、レイナスは腕を組んでいた。
「……で、誰が乗るんだ?」
イアンが端末から顔を上げる。
「ラッセだ」
「なるほど」
即答だった。
横にいたラッセが眉を上げる。
「何だ。てっきり自分が乗るって言い出すと思ったぞ」
「言っていいなら言うけどな」
「駄目だ」
イアンも即答した。
「ほらな」
「諦めがいいな」
「同じ交渉を何度やっても結果が変わらないなら、さすがに学習するさ」
レイナスはオーライザーを見上げたまま続ける。
「まあ、担当者の機嫌が変わる可能性に期待して、たまに再申請はするけどな」
「却下だ」
「まだ申請してないだろ」
ラッセが笑った。
イアンは呆れた顔のまま、端末をラッセへ渡す。
「基本的な操縦系は確認した通りだ。今回は接続試験が目的だから無茶はするな」
「ああ」
「00とのドッキング後は通常出力から始める。ツインドライヴの同調率を確認して、それから段階的に上げるぞ」
「了解」
レイナスがラッセを見る。
「しかし、お前なら問題ないか」
「一応、MSも乗れるからな」
「オーライザーに関しては俺より適任だろ。俺は乗ったことないしな」
「珍しく素直じゃないか」
「適材適所って奴だよ。何でも自分で抱え込んでると、そのうち仕事だけ増えていく」
「その割には乗りたそうだけどな」
「それとこれとは別だ」
少し離れた場所では、沙慈が整備用端末を持ち、リンダから試験データの確認方法を教わっていた。
沙慈はパイロットではない。
戦うためにここへいるわけでもない。
ただ、知らないままでいたくないと自分で決めた。
だから今は、イアンたちの仕事を手伝いながら、この艦とガンダムについて知ろうとしている。
ラッセがオーライザーへ向かう。
レイナスは00へ視線を移した。
「さて……どこまで化けるかね」
◇
宇宙整備拠点周辺宙域
00ガンダムが格納庫から射出される。
続いてオーライザー。
二機が宇宙へ飛び出した。
『こちら00。所定位置に到達した』
刹那の声。
『オーライザーも問題なし。いつでもいける』
ラッセが応じる。
プトレマイオス2のブリッジでは、スメラギを中心に各員がデータを監視していた。
「二機とも正常ね」
「はい。接続シークエンスへ移行できます」
フェルトが答える。
クリスの端末にも大量のデータが流れている。
「ツインドライヴ、現状安定。粒子生成量も規定値内」
スメラギが頷いた。
「接続試験開始。刹那、ラッセ、お願い」
『了解』
『了解した』
オーライザーが加速する。
00の背後へ回り込み、機体各部が変形。
『ドッキングシークエンス開始』
リヒティが接続状況を読み上げる。
オーライザーが分離。
左右のユニットが00の肩部へ。
本体が背部へ接続されていく。
固定。
システムが連結される。
一瞬。
静寂。
そして。
00の二基のGNドライヴから放出される粒子が、一気に増大した。
「粒子量、上昇!」
クリスが声を上げる。
フェルトが次々に更新される数値を追う。
「ツインドライヴの同調率も上がっています。まだ上昇中」
スメラギがモニターを見つめる。
「これが……オーライザーの効果」
◇
試験管制区画
格納庫に残った面々も、大型モニターでその様子を見ていた。
イアン。
リンダ。
沙慈。
ティエリア。
アレルヤ。
マリー。
ニールとライル。
そして王留美。
全員の前で、00を包むGN粒子が爆発的に増えていく。
「……おいおい」
ニールが思わず声を漏らした。
ティエリアが表示された数値を凝視する。
「ツインドライヴの出力が安定している。それだけではない。粒子生成量そのものが……」
「まるで別の機体だね」
アレルヤが呟く。
レイナスは黙っていた。
モニターを見る目だけが、明らかに変わっている。
留美がその横顔を見る。
「楽しそうですね」
「分かるか?」
「非常に」
「そりゃ隠す必要もないからな」
レイナスは00から目を離さない。
「いいねえ。想像してたより面白い」
「ご自分の機体ではありませんよ?」
「自分のじゃなきゃ楽しんじゃいけないって決まりもないだろ。新型が予想以上の数字を出してるんだ。見てるだけでも十分面白いさ」
「私には分かりかねます」
「まあ、そこは趣味の違いだな」
イアンが数値を見ながら声を上げる。
「刹那! まだ出力を上げるな! まず今の状態を維持しろ!」
『了解』
00ライザーが静止する。
だが、止まっているだけにもかかわらず、その周囲には大量のGN粒子が広がり続けていた。
レイナスの表情から、少しずつ軽さが消える。
《アニマ》を使う者だからこそ感じ取れるものがある。
単純に推進力が増しただけではない。
二基の太陽炉が生み出す力そのものが、これまでとは違う段階へ踏み込み始めている。
「……こいつは」
ニールが横を見る。
「どうした?」
「今までのガンダムとは別物になりそうだ」
ティエリアがレイナスを見る。
「分かるのか?」
「感覚だけどな」
レイナスは腕を組み直した。
「出力が上がっただけなら、もっと単純な話で済む。けど、あれは違う」
モニターの00ライザーを見る。
「まだ何かある」
◇
00ライザー・コクピット
「……声?」
刹那が僅かに眉を動かした。
一瞬。
何かが聞こえた。
通信ではない。
ノイズでもない。
遠くから、誰かの声が届いたような感覚。
『刹那?』
ラッセの声が通信から入る。
「……何でもない」
『何か異常があったら言えよ』
「ああ」
刹那は正面を見る。
大量のGN粒子が宇宙へ広がっている。
先ほどの感覚は、もうない。
だが。
確かに何かがあった。
◇
試験はその後も続けられた。
加速。
旋回。
姿勢制御。
各出力域でのツインドライヴ安定性。
ラッセはオーライザー側から補助制御を行い、00はこれまでとは比較にならない反応を示した。
『次、推力七十パーセント』
「了解」
刹那が操作する。
00ライザーが加速。
次の瞬間。
モニター上の機体が消えた。
「え?」
沙慈が目を見開く。
別の観測機器が機体を捉える。
数キロ先。
00ライザーがそこにいた。
クリスが表示を確認する。
「速っ……!」
フェルトもデータを追う。
「まだ七十パーセントです」
イアンの顔が引きつった。
嬉しいのか。
困っているのか。
本人にも分からないような顔だった。
対照的に、レイナスは笑っている。
「いいな、あれ」
「駄目だぞ」
イアンがモニターを見たまま言う。
「まだ何も言ってないだろ」
「顔を見れば分かる」
「そこまで信用ないか、俺」
「お前が新型を見た時だけはな」
ニールが笑う。
「諦めろ、レイナス」
「分かってるよ」
少し間を置く。
「……一周だけでも?」
「駄目だ!」
「聞くだけならタダだろ」
◇
試験終了後――格納区画
00ガンダムとオーライザーが帰還する。
接続を解除され、整備員たちが一斉に機体へ取り付いた。
コクピットから降りてきたラッセを、レイナスが迎える。
「どうだった?」
「悪くない」
「それだけか?」
「何を期待してるんだ」
「乗った奴にしか分からない話の一つくらいあるだろ。こっちは試乗を断られてるんだ。感想くらい聞かせてくれ」
ラッセが少し考える。
「00に引っ張られる感覚はある。ただ、オーライザー側でも姿勢や出力を調整できる。慣れればかなり自由が利くな」
「なるほど」
レイナスが真剣に聞いている。
「あと――」
「あと?」
「お前が好きそうだ」
「だろ?」
即答だった。
ラッセが笑う。
「本当に分かりやすいな」
その横を刹那が通る。
レイナスが声を掛けた。
「刹那」
「何だ」
「どうだった?」
刹那は00を見上げる。
「まだ分からない」
「そうか」
「だが――」
少し間を置く。
「00は、まだ先へ行ける」
レイナスが笑った。
「そういう答えは嫌いじゃない」
刹那が去っていく。
その背中を見送りながら、レイナスは00ライザーを見上げた。
「こいつも、まだ完成じゃないってことか」
「そういうことだ」
イアンが端末を抱えて近づいてくる。
「今日のデータを洗って、制御系を詰め直す。まだやることは山ほどある」
「ご苦労さん」
「他人事みたいに言うな」
「俺に手伝えることあるか?」
「余計なことをしない」
「それを仕事扱いされるのも複雑だな」
「お前の場合は重要な仕事だ」
「評価されてると思っておくよ」
イアンが鼻を鳴らす。
そのまま歩き出そうとして。
「ああ、そうだ」
止まった。
「何だ?」
「お前が新しい機体を見たがってたからな」
レイナスの目が変わる。
イアンはそれを見て嫌そうな顔をした。
「……その顔をすると思った」
「まだ何も言ってないぞ」
「こっちだ」
イアンが歩き出す。
レイナスだけでなく、アレルヤとマリーもついていく。
格納区画の奥。
隔壁で区切られていた整備スペース。
イアンが認証を通す。
隔壁が開いた。
その向こう。
一機の機体が固定されていた。
細身のシルエット。
支援機にも、MSにも見える独特の機体。
マリーが目を見開く。
「これは……?」
イアンが機体を見上げる。
「GNR-101A」
一拍。
「GNアーチャーだ」
アレルヤも機体を見る。
「GNアーチャー……」
「元々はアリオスとの連携運用を想定して調整していた機体だ。MS形態への変形もできる」
レイナスがすぐに反応する。
「武装は?」
「ある」
「機動性は?」
「高い」
「操縦系は?」
「お前は乗らない」
「質問しただけだろ」
「今までの実績から先回りした」
「便利な実績の使い方するなあ」
マリーは二人のやり取りを聞きながらも、GNアーチャーから目を離さなかった。
「これを……私が?」
イアンが彼女を見る。
「そのつもりではいる。だが、決めるのはお前だ」
マリーは少し離れた場所にあるアヘッド・スマルトロンへ視線を向けた。
自分がソーマ・ピーリスとして乗っていた機体。
「私にはスマルトロンがあります」
「使おうと思えばな」
イアンが答える。
「ただ、いつまでもアロウズの機体を主力にするわけにもいかない。それにGNアーチャーは、アリオスとの連携を前提にしている」
「アリオスと……」
マリーの視線がアレルヤへ向かう。
アレルヤはすぐには何も言わなかった。
その表情を見て、マリーが小さく笑う。
「アレルヤ。心配してる?」
「……少しね」
「やっぱり」
「君がもう戦わなくていいなら、僕はその方がいいと思ってる」
それはアレルヤの本心だった。
ようやく取り戻したマリーを、再び戦場へ送り出したいはずがない。
だが。
マリーは静かに首を振った。
「私は、守られているだけにはなりたくない」
「マリー……」
「ソーマ・ピーリスとして戦ってきたことを、私は忘れていないの」
マリーは自分の手を見る。
人革連で超兵として育てられ。
兵士として戦い続けてきた。
それは、自分が望んで選んだ人生ではない。
だが。
そこで得た経験も。
セルゲイと過ごした時間も。
今の自分の一部だった。
「戦うことが好きなわけじゃない。できるなら、戦わない方がいいと思ってる」
穏やかな声だった。
「でも、今のアロウズが何をしているのか、私は知ってる。そこにいたから」
アザディスタン。
反政府勢力への苛烈な弾圧。
軍にいた頃には見えなかったものも、今は見えている。
もう。
知らなかった頃には戻れない。
「大佐も、今のアロウズに疑問を持ってる。それでも大佐は連邦軍に残って、自分にできることをしようとしてる」
マリーは顔を上げる。
「だったら私も、自分で決めたい」
アレルヤは黙って彼女を見る。
「誰かに命令されたからじゃない。超兵だからでもない。アレルヤが戦うからでもない」
一つずつ。
自分の意思を確かめるように言葉にする。
「私が今のアロウズを止めなければならないと思うから戦う。それなら――ソーマだった私の力を使うことにも、意味があると思うの」
以前とは違う。
命令を受けて戦場へ向かう兵士ではない。
マリー・パーファシー自身が選んだ答えだった。
アレルヤはしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……止めても、聞いてくれそうにないね」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ」
アレルヤは笑った。
「マリーが自分で決めたことなら、僕はそれを尊重する」
マリーも微笑む。
「ありがとう、アレルヤ」
そのやり取りを少し離れたところから見ていたレイナスが、GNアーチャーへ視線を戻す。
「なら、決まりだな」
マリーが彼を見る。
「反対しないんですか?」
「する理由がないだろ」
レイナスは肩を竦めた。
「戦えるから戦えってのは好きじゃないけどな。戦える奴が、自分で考えて戦うって決めたなら話は別だ」
一拍置く。
「それに、止めたところで乗るだろ?」
マリーが少し困ったように笑った。
「……たぶん」
「だったら最初からちゃんとした機体を渡した方がいい。勝手に出られて、後から回収する仕事が増えるよりマシだ」
イアンが横目で見る。
「お前がそれを言うのか?」
「経験者の言葉には重みがあるだろ」
「悪い意味でな」
「そこは聞かなかったことにしよう」
イアンはため息をつき、GNアーチャーを見上げる。
「スマルトロンで取ったデータも使える。お前の反応速度や操縦の癖に合わせて調整してから渡す」
「ありがとうございます」
「礼はちゃんと動いてからにしてくれ」
マリーはもう一度GNアーチャーを見上げた。
これまで乗っていたスマルトロンは、ソーマ・ピーリスとして与えられた機体だった。
だが。
今度は違う。
自分で戦うことを選び。
自分の意思で乗る機体。
隣にアレルヤが立つ。
「これなら、一緒に飛べるね」
マリーが彼を見る。
そして、柔らかく微笑んだ。
「ええ」
同じ戦場へ行くためではない。
同じものを守るために。
今度は自分自身の意思で飛ぶ。
GNアーチャーは。
マリー・パーファシーが選んだ、新たな翼になる。