機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第86話 糸を辿って

第86話 糸を辿って

西暦2312年春――ソレスタルビーイング宇宙整備拠点・プトレマイオス2

オーライザーの試験を終えた後も、艦内の仕事が減ったわけではなかった。

00とオーライザーの試験データ解析。

GNアーチャーの調整。

回収したアロウズ機の解析。

そして、戦闘とは別のところでも調べなければならないことが増えている。

リボンズ・アルマーク。

イノベイター。

ヴェーダ。

アロウズ。

パーティーで姿を現した男は、自分たちが世界の裏側にいることを隠そうともしなかった。

問題は、その実態がほとんど見えないことだった。

ブリーフィングルームの正面モニターには、リボンズの顔が表示されている。

「これで、私が確認できたものは全てです」

王留美が端末をテーブルへ置いた。

集まっているのはスメラギ、ティエリア、刹那、レイナス。

「リボンズ・アルマーク。該当する戸籍、企業、資産、政治団体との繋がり――いずれも確認できませんでした」

「随分と綺麗なもんだな」

レイナスが画面を見る。

「綺麗すぎて、逆に怪しいくらいだ」

「同感です」

留美にとって、それは面白くない結果だった。

世界各地に情報網を築いてきた。

政治家も軍人も財界人も、その繋がりを辿れば何かしら痕跡を残す。

だが、リボンズにはそれがない。

にもかかわらず、向こうは留美を知っていた。

ソレスタルビーイングを知っていた。

そして、ヴェーダについても。

ティエリアが口を開く。

「ヴェーダが情報を隠蔽しているのなら説明はつく」

「リボンズがヴェーダを掌握しているという話とも一致するわね」

スメラギが表示を切り替える。

連邦政府。

連邦正規軍。

そして独立治安維持部隊アロウズ。

「本人が追えないなら、彼が利用しているものから追う」

「アロウズか」

刹那が言った。

「ええ」

留美が新しい資料を開く。

「私も同じ結論に至りました。それで、アロウズの組織規模を改めて調べています」

配備されているGN-X III。

アヘッド。

宇宙艦艇。

地上基地。

人員。

補給。

画面を埋めていく数字を見ながら、スメラギの表情が次第に険しくなる。

「……多いわね」

「はい」

留美が頷く。

「現在確認できるだけでも、アロウズは連邦正規軍とは別にかなりの戦力を保有しています。当然、それだけの組織を維持するには莫大な費用が必要になります」

レイナスが数字を見る。

「それが予算と合わない?」

「合いません」

留美が即答した。

「連邦政府からアロウズへ割り当てられた公的予算だけでは、現在の規模を維持できません」

「足りない分をどこかが出してる」

「その可能性が高いでしょう」

レイナスが椅子へ深く座り直す。

「見えない親玉を直接追うより、金を追った方が早いか」

「そう考えました」

留美が次の画面を表示する。

複数の企業。

財団。

投資会社。

個人資産。

複雑に分散された資金が、いくつもの経路を通っていた。

「表面上は無関係に見える資金です。しかし経路を遡ると、アロウズに繋がっているものがいくつか確認できました」

「ヴェーダで全部消されてないのか?」

レイナスが尋ねる。

答えたのはティエリアだった。

「全てを消す必要がなかったのか、あるいは外部に残る記録までは完全に処理できなかったのか。どちらにせよ、実際に資金を動かせば相手側にも痕跡は残る」

「銀行、企業、取引先……関わったところ全部か」

「ああ」

レイナスが口元を緩める。

「だったら話は早い。正面の扉が閉まってるなら、裏口を探せばいい」

留美が僅かに笑った。

「既に探しています」

「仕事が早いねえ」

「褒め言葉として受け取っておきます」

留美が端末を操作する。

資金の流れが一本ずつ表示されていく。

途中で消えるもの。

複数の名義を経由するもの。

企業間取引に紛れ込ませたもの。

一見すれば互いに無関係な金の動きだった。

その中で。

留美の指が止まった。

「……これは」

スメラギが留美を見る。

「何かあった?」

留美は答えず、表示を拡大した。

資金の出所。

そこに記された名義を見た瞬間。

レイナスも表情を変えた。

HALEVY

「……ハレヴィ家」

留美が呟く。

レイナスが身体を起こす。

「ルイスの家か」

「ええ」

さらに記録を開く。

一件ではない。

複数回。

しかも、その額は他の資金提供者と比べても突出していた。

スメラギの表情が険しくなる。

「随分な額ね」

「随分、では済みません」

留美が画面を見つめる。

ハレヴィ家のことは知っている。

ルイスとも以前から社交の場で何度か顔を合わせ、そして今は同じ艦内で再会している。

だからこそ、この数字の異常さも分かった。

「個人が軍へ協力したという範囲を超えています」

レイナスが記録を追う。

「本人に聞くか」

「そうですね」

          ◇

プトレマイオス2・居住区

呼ばれたルイスが部屋へ入る。

留美は端末から顔を上げた。

「ルイスさん。少し確認したいことがあります」

「私に?」

「ええ。ハレヴィ家の資産についてです」

ルイスの表情が僅かに強張った。

スメラギが席を勧める。

「座って。責めるために呼んだわけじゃないから」

「……はい」

ルイスが腰を下ろす。

沙慈も呼ばれていた。

少し離れた場所に座り、心配そうにルイスを見ている。

留美が画面を表示した。

「ハレヴィ家からアロウズへ、かなりの資金が提供されています」

ルイスは表示された数字を見つめる。

しばらく。

何も言わなかった。

やがて。

「……覚えてる」

沙慈が顔を上げる。

「ルイス?」

「私が出したの」

否定しなかった。

留美も静かに尋ねる。

「あなた自身の意思で?」

「うん」

ルイスは膝の上で手を握った。

「ガンダムを倒してくれるなら、それでいいって思ってた」

声は小さい。

だが、はっきりしていた。

「お金なんて残してても……家族は戻ってこないから」

沙慈が目を伏せる。

「だったら、ガンダムを倒すために使えばいいって」

ルイスは画面から目を離さない。

「必要なら全部使っていいって……そう言った」

レイナスは壁際に立ったまま聞いていた。

薬の影響はあった。

リボンズから与えられていたナノマシン錠剤は、身体だけではなく精神にも作用していた。

それでも。

ルイスが家族を失った事実まで薬が作ったわけではない。

ガンダムを憎んだ感情そのものを、偽物として片付けることもできない。

「リボンズに言われたのか?」

レイナスが尋ねる。

ルイスが顔を上げる。

「……最初に話をしたのは、リボンズ」

「何て?」

「私には力があるって」

ルイスは記憶を辿るように、ゆっくりと言葉を続ける。

「家族を奪ったガンダムと戦うための力を手に入れられるって。私に残されたものを使えば、もっと大きな力になるって」

「それで資金を出した?」

「うん」

一度頷いて。

ルイスは首を横に振った。

「でも……言われたから出したわけじゃない」

沙慈が彼女を見る。

「私が出したかったの」

ルイスの手が僅かに震える。

「ガンダムが憎かったから」

誰も否定しなかった。

レイナスも。

「そこは分けて考えた方がいいな」

ルイスが彼を見る。

「薬の影響がどこまであったのかは、これから調べればいい。リボンズが何を狙ってたのかもな」

少し間を置く。

「でも、お前がその時どう思ってたかまで、全部あいつのせいにする必要はないだろ」

「……」

「自分で決めたことなら、自分で決めたことだ。今になって違うと思うなら、今度は今のお前が決めればいい」

ルイスは黙ってレイナスを見る。

やがて。

「……うん」

小さく答えた。

沙慈は何も言わなかった。

ただ、以前のようにルイスの代わりに答えようともしなかった。

今は彼女自身が、自分の過去と向き合おうとしている。

          ◇

プトレマイオス2・ブリーフィングルーム

ルイスと沙慈が退室した後。

留美は再び資金記録を表示した。

「これで確認できました。ハレヴィ家からアロウズへ流れた資金は、ルイスさん自身が提供したものです」

「そして、その前にはリボンズが接触している」

スメラギが言う。

ティエリアが画面を見る。

「ルイス・ハレヴィへの接触。ナノマシン錠剤。そしてアロウズへの資金提供」

刹那が呟く。

「利用したのか」

「少なくとも、彼女の復讐心を自分たちに都合よく使ったのは間違いないでしょうね」

スメラギが答える。

レイナスは腕を組んだ。

「問題は、その金がどこへ行ったかだな」

留美が彼を見る。

「アロウズの戦力整備だけではないと?」

「そこを調べる必要がある」

レイナスが画面の数字を指す。

「GN-X IIIもアヘッドも安い買い物じゃないだろうけど、この金が全部そこへ消えたと決めつけるのは早い」

留美が別の資料を開く。

「実は、私も同じことを考えていました」

ハレヴィ家以外から流れ込んだ資金。

企業間の取引。

宇宙輸送。

建設資材。

エネルギー関連設備。

軍需物資。

「不透明な資金は他にもあります。そして、それらが増えた時期と前後して、一部の企業で大規模な取引が発生しています」

スメラギが表示を見る。

「何を買ってるの?」

「そこまで追えているものは、建設資材、精密機器、大容量のエネルギー関連設備などです」

レイナスの表情が変わる。

「基地でも増設してるのか?」

「それなら説明はつきます。しかし――」

留美が記録を切り替える。

出発地。

積載量。

輸送業者。

中継地点。

そこまでは存在する。

だが。

目的地だけが消えている。

「行き先が分からない?」

スメラギが尋ねる。

「はい」

「一件だけか?」

「いいえ」

複数の記録が表示される。

どれも途中までは追える。

そして。

ある地点から先だけが、不自然なほど綺麗に消えていた。

ティエリアが画面を凝視する。

「意図的な情報操作と考えるべきだろう」

「リボンズたちか」

刹那が言う。

「断定はできない。だが、可能性は高い」

レイナスが椅子の背へ身体を預ける。

「金の出所を隠して、荷物の行き先まで隠す」

一拍。

「見られたくないものを作ってるようにしか見えないな」

その時。

留美の端末へ通信が入った。

表示された名前を見る。

「絹江さんです」

通信を開く。

モニターに絹江・クロスロードが映った。

『今、大丈夫? 少し気になるものを見つけたの』

「ちょうどこちらでも調査中です。何が分かりました?」

『アロウズが介入した地域と、その前後の物流を調べてたの』

資料が送信される。

留美が受信した記録を開く。

その瞬間。

目つきが変わった。

「……これ」

『そっちにもある?』

「似た輸送記録を追っていました」

スメラギが身を乗り出す。

「重ねられる?」

「やってみます」

留美が二つの資料を統合する。

留美が資金から追った流れ。

絹江が現地の物流から追った流れ。

出発点は違う。

調査方法も違う。

だが。

複数の記録が途中から重なった。

『やっぱり』

絹江が息を吐く。

『私が調べた方も、途中から記録が消えるの』

「こちらも同じです」

『なら、偶然じゃないわね』

レイナスがモニターへ近づく。

「絹江。その荷物の中身はどこまで分かる?」

『全部じゃない。でも建設資材と大型の機器がかなり多い。普通の補給物資だけじゃないと思う』

「量は?」

『多いわ』

留美が補足する。

「こちらの記録と合わせれば、さらに増えます」

スメラギが考え込む。

「大規模な建造計画……」

「可能性はあるな」

レイナスが言う。

「問題は、何を作ってるかだ」

まだ答えはない。

だが。

初めて輪郭らしきものが見えてきた。

スメラギが全員を見る。

「調査を分担しましょう。留美は引き続き資金の流れを。絹江さんは物流と企業側の記録をお願い」

『分かったわ』

「承知しました」

スメラギがティエリアへ視線を移す。

「ティエリアは、私たちが今持っている記録を整理して。消えている情報の時期と内容に共通点があるか調べてほしい」

「ああ。こちらに残っているデータだけでも、比較はできる」

「刹那たちはいつでも動けるようにしておいて」

「了解」

通信が終わる。

留美は再びハレヴィ家から流れた資金を表示した。

レイナスもそれを見る。

ルイスの家族が残した資産。

家族を奪ったガンダムへの憎しみ。

その感情へ近づいたリボンズ。

与えられた薬。

アロウズへ流れた莫大な金。

そして。

行き先を消された大量の資材。

「……一本だった糸が、随分太くなってきたな」

レイナスが呟く。

スメラギが画面を見る。

「ええ。でも、まだ先が見えない」

「なら、もう少し辿るしかないさ」

レイナスは席を立つ。

「隠すのにこれだけ手間を掛けてるんだ。ろくでもない物が出てくる覚悟くらいはしておいた方がよさそうだ」

誰も否定しなかった。

見えなかった世界の裏側に。

確かに何かが存在している。

その正体へ向かって。

ソレスタルビーイングは、少しずつ距離を縮め始めていた。

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