第88話 メメントモリ
西暦2312年春――ソレスタルビーイング宇宙整備拠点・プトレマイオス2
手掛かりが揃い始めてからは早かった。
王留美が追った資金。
絹江・クロスロードが追った物流。
そしてセルゲイ・スミルノフ大佐からマリーへ送られてきた、アロウズによる航路規制の情報。
それらを重ねた結果、途中で記録から消えていた輸送船の行き先が絞られた。
「低軌道オービタルリング……」
スメラギが呟く。
メインモニターには、地球を取り巻くオービタルリングが表示されている。
三基の軌道エレベーターを繋ぎ、宇宙太陽光発電によって人類のエネルギー供給を支える巨大構造物。
その一角。
公表された施設情報と、実際の輸送量が一致しない区画があった。
留美が拡大する。
「ここです。輸送船そのものは複数の中継地点を経由していますが、最終的にはこの周辺へ集まっています」
ティエリアが別の情報を重ねた。
「セルゲイ大佐から得た航路規制とも一致する」
「ずいぶん手間を掛けて隠してるな」
レイナスがモニターを眺める。
「そこまでされると、逆に中身を見たくなる」
「あなたの場合、見つけた後が心配なのよ」
スメラギが言う。
「まだ何もしてないだろ」
「まだ、ね」
「信用の積み上げって難しいな……」
誰も反応しない。
レイナスは諦めて画面へ視線を戻した。
「それで、何を作ってる?」
「そこまではまだ」
留美が資材一覧を表示する。
大量の構造材。
耐熱材。
精密光学機器。
大型の蓄電・送電設備。
宇宙太陽光発電システムとの接続に使われる機器。
そして軍事施設としては異常な規模のエネルギー制御設備。
技術面の確認に呼ばれていたイアンが腕を組んだ。
「少なくとも、ただの補給基地じゃない」
「粒子兵器か?」
レイナスが聞く。
「何でもGN粒子に結びつけるな」
イアンが即座に否定した。
「こいつは別だ。光学系の機器が多すぎる。それに、この電力設備……オービタルリングから直接電力を引っ張るつもりなら、とんでもない出力になるぞ」
「レーザー?」
スメラギが尋ねる。
「可能性はある」
イアンは断定しなかった。
「現物を見ないことには何とも言えん」
レイナスが留美を見る。
「金の方は?」
「ハレヴィ家から流れた資金の一部が、この建設計画に繋がっている可能性があります」
ルイス自身がアロウズへ提供した巨額の資産。
複数の企業と口座を経由していたが、その先に今回の資材調達が存在する。
「私の家からソレスタルビーイングへ出している資金についても念のため確認しましたが、そちらは従来通りです」
留美は淡々と続けた。
「今回の不明な建設計画へ流れた形跡はありません」
レイナスが彼女を見る。
「なら、そっちは今まで通りってことか」
「ええ」
スメラギが頷く。
「問題はハレヴィ家から流れた資金の方ね」
ティエリアが施設位置を示す。
「そして、それによって建造されている可能性が高い何かだ」
刹那がモニターを見る。
「確認する」
「ええ」
スメラギも今度は止めなかった。
「ただし、いきなり突入はしない。まず偵察よ」
◇
低軌道オービタルリング周辺
小型無人偵察機が、通常航路から外れる。
その先には。
人類最大級の建造物であるオービタルリングが伸びていた。
プトレマイオス2のブリッジでは、送られてくる映像を全員が見つめている。
「通信妨害を確認」
フェルトが報告する。
「指定宙域へ近づくほど強くなってる」
「そのまま進ませて」
スメラギが指示する。
「映像優先。見つかったら即座に全データを送信」
「了解」
偵察機が進む。
やがて。
リング上に、不自然な膨らみが見え始めた。
「……あれか」
レイナスが身を乗り出す。
施設などという規模ではなかった。
オービタルリングそのものへ食い込むように建設された巨大構造物。
分厚い装甲に覆われ。
周囲にはアロウズの艦艇とMSが展開している。
イアンの表情が変わる。
「もっと寄せろ」
光学映像が拡大される。
巨大構造物の下部。
地球側へ向けられた機構。
そして上部にも、別の大型構造が確認できる。
「上下にあるな」
レイナスが言う。
ティエリアが映像を解析する。
「双方に発射機構と思われる構造が存在する」
「地球側と宇宙側……」
スメラギの声が低くなる。
イアンが送電設備を確認する。
「間違いない。リングの太陽光発電システムから直接エネルギーを引いてる」
「どのくらい?」
クリスが尋ねる。
「正確な数字は分からん。だが、艦艇や基地を動かすための設備じゃない」
レイナスが巨大構造物を見上げる。
「撃つためか」
「おそらくな」
その瞬間。
警報。
「偵察機、捕捉されました!」
フェルトが声を上げる。
アロウズのMSが動き出す。
「データ送信!」
「送信中!」
偵察機が反転する。
粒子ビームが横を通過。
二発目。
回避。
三発目が機体を掠める。
映像が大きく乱れた。
それでもデータは送り続ける。
その通信へ。
別の信号が混ざった。
クリスが気づく。
「待って。アロウズ側の通信を拾ってる」
ノイズ。
断片的な音声。
その中に。
一つだけ明瞭な単語が残った。
『――メメントモリ防衛宙域への侵入機を確認――』
直後。
偵察機が爆発した。
映像が途切れる。
ブリッジに静寂が落ちる。
レイナスが椅子へ背を預けた。
「メメントモリ?」
ティエリアがすぐに端末を操作する。
「ラテン語だ」
「意味は?」
「死を忘れるな。あるいは、いつか自分が死ぬことを忘れるな――そういった意味だ」
レイナスは数秒黙った。
モニターには最後に送られてきた画像が静止している。
地球へ向けられた巨大な発射機構。
「……あれで地上を撃つつもりなら、悪趣味にも程があるだろ」
誰も否定しなかった。
◇
プトレマイオス2・ブリーフィングルーム
名称が判明したことで、調査は一気に進んだ。
これまで検索に掛からなかった断片的な記録。
消去されたファイルの参照履歴。
関連企業に残された発注番号。
《メメントモリ》という名称を鍵に、それまで無関係に見えていた情報が繋がっていく。
留美が一つの資料を開く。
「見つけました」
スメラギが振り返る。
「何?」
「建造計画そのものではありません。関連企業側に残っていた設計仕様の一部です」
ティエリアが読み取る。
「高出力レーザー発振装置……」
「やっぱりか」
イアンが顔をしかめた。
さらに解析が進む。
宇宙太陽光発電システムから供給される莫大な電力。
大型レーザー発振設備。
地球方向へ向けられた下部砲塔。
宇宙空間へ向けられた上部砲塔。
そして。
想定攻撃範囲。
スメラギの顔から血の気が引く。
「地球上のほぼ全域が射程に入る……」
クリスが息を呑む。
「そんなの……」
イアンが腕を組んだ。
「あの規模なら都市一つを狙う兵器じゃない。出力次第じゃ、その周辺ごと吹き飛ぶぞ」
「大量殺戮兵器」
刹那が低く言った。
ティエリアが続ける。
「上部砲塔が同等の出力を持つなら、宇宙艦隊に対しても使用できる」
レイナスは施設の位置を見ていた。
「しかもリングの上か」
「ええ」
スメラギが頷く。
そこが最大の問題だった。
オービタルリングはただの軍事施設ではない。
三基の軌道エレベーターと連動し、人類社会を支える巨大インフラ。
不用意に破壊すれば、被害はアロウズだけでは済まない。
「随分いい場所を選んだな」
レイナスの声に笑いはない。
「こっちが撃ち返しにくい場所に置いて、向こうは好きなところを撃てるってわけだ」
ティエリアが施設構造を解析する。
「装甲も極めて厚い。さらに周辺には相当数のアロウズ部隊が配備されている」
「力任せに壊せばリングを巻き込む」
スメラギが言う。
「だから精密に破壊する必要がある」
レイナスが椅子から立ち上がった。
「面倒な仕事だな」
「嫌?」
スメラギが尋ねる。
「まさか」
レイナスは地球へ向けられた砲塔を見る。
「面倒だから放っといていい代物じゃないだろ」
その時。
フェルトから通信が入った。
『スメラギさん。アロウズの部隊配置について追加情報が入りました』
「出して」
別の画面が開く。
護衛艦隊。
MS部隊。
そして、その指揮系統。
スメラギの表情が僅かに変わった。
「……カティ・マネキン」
レイナスが横を見る。
「誰だ、それ?」
スメラギは少し意外そうに彼を見る。
「知らないの?」
「俺、軍人名鑑を趣味で読んでるわけじゃないぞ」
「アロウズの作戦指揮官よ。戦術指揮の能力はかなり高い」
「スメラギがそう言うなら、厄介なんだろうな」
「ええ。正面から艦隊戦をやるなら、かなりね」
レイナスは名前を一度だけ確認する。
「カティ・マネキン……覚えとくよ」
それ以上の反応はなかった。
刹那がメメントモリを見つめる。
「破壊する」
「もちろん」
スメラギが答えた。
「ただし、まだ足りない」
刹那が彼女を見る。
「弱点を探す。オービタルリングを傷つけず、あれだけを確実に破壊できる方法を見つける」
ティエリアが頷く。
「設計情報をさらに追う」
「留美は資金と関連企業から。イアンは偵察データの解析をお願い」
「分かった」
「了解です」
レイナスが尋ねる。
「その間に撃たれたら?」
スメラギの表情が硬くなる。
「それが一番の問題ね」
完成しているのか。
まだ建造中なのか。
既に発射できる状態なのか。
そこまでは分からない。
レイナスはもう一度、地球へ向けられた巨大な砲塔を見る。
「だったら急いだ方がいいな」
メメントモリ。
死を忘れるな。
その名を冠した兵器が。
誰へ向けて最初の一撃を放つのか。
まだ誰にも分かっていなかった。