第89話 死を忘れるな
西暦2312年春――低軌道オービタルリング
《メメントモリ》。
宇宙太陽光発電システムから供給された莫大なエネルギーが、巨大なレーザー発振器へと流れ込んでいく。
地球側へ向けられた下部砲塔。
その照準の先にあるのは――スイール王国。
発射命令が下った。
次の瞬間。
宇宙から、光が落ちた。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「スイール上空に高エネルギー反応!」
フェルトの報告とほぼ同時だった。
メインモニターが白く染まる。
遥か宇宙から地上へ、巨大な光が一直線に突き刺さった。
誰も声を出せない。
観測映像が切り替わる。
都市を中心に巨大な爆発が広がり、建造物も道路も、その場にいた人々もまとめて飲み込んでいく。
やがて通信反応そのものが消失した。
スメラギが拳を握る。
「……間に合わなかった」
刹那は無言で映像を見つめている。
レイナスも同じだった。
いつもの軽口は出なかった。
しばらくして、静かに席を立つ。
「完成してるかどうかを気にしてる段階じゃなかったな」
「レイナス……」
「反省会は帰ってからでいい」
レイナスは出口へ向かう。
「次を撃たせたら、今度は言い訳もできない。片付けよう」
スメラギも即座に切り替えた。
「ええ。プトレマイオス2、進路変更!」
ブリッジの空気が動く。
「目標――メメントモリ!」
◇
アロウズ所属艦
カティ・マネキンは、スイール消滅の報告を見つめていた。
自分たちへ与えられた任務は、メメントモリの防衛。
その能力の全容が明かされたのは発射直前だった。
「……これが治安維持だというのか」
「大佐」
パトリックが珍しく静かな声で呼ぶ。
「何だ、パトリック」
「あれを……俺たちが守るんですか?」
カティはすぐには答えられなかった。
軍人としてなら簡単だ。
命令された以上、任務を遂行する。
だが、目の前にある結果を見てなお、それだけで割り切れるものではなかった。
警報が鳴り響く。
「高速接近艦を確認!」
カティが顔を上げる。
「識別は?」
「ソレスタルビーイング!」
その瞬間、軍人としての表情へ戻った。
「全艦、迎撃態勢。MS隊を発進させろ」
「はっ!」
「戦闘宙域はオービタルリングに近い。流れ弾によるリングへの損傷は絶対に避けろ。敵をメメントモリへ近づけるな」
パトリックがヘルメットを掴む。
「俺も出ます!」
「パトリック」
「はい!」
「突出するな」
「……了解!」
パトリックが走り去る。
カティは正面モニターへ向き直った。
任務は変わらない。
それが正しいかどうかとは、別の問題だった。
◇
プトレマイオス2・格納庫
既に全機の出撃準備が整っていた。
00ガンダム。
ケルディム。
セラヴィー。
アリオス。
アステリオン。
アヘッド・スマルトロン。
そしてオーライザー。
ラッセがオーライザーへ乗り込む。
「初実戦から大仕事だな」
「試験通りに動かせば問題ない!」
イアンが怒鳴り返す。
「それと壊すな!」
「そっちが本音だろ!」
少し離れた場所では、マリーがスマルトロンへ向かっていた。
GNアーチャーはまだ最終調整中。
今回は使えない。
レイナスもアステリオンへ乗り込む。
『レイナス』
フェルトから通信が入った。
「聞こえてる」
『敵の防衛部隊、かなり多い』
「だろうな。あれだけの代物を丸裸で置いとくほど、向こうも気前はよくない」
システムが立ち上がる。
アステリオンの瞳に光が灯った。
「まあ、全部相手にする必要もないさ」
カタパルトへ。
「今日は警備員を片っ端から殴り倒しに来たわけじゃない。本体だけ止める」
アステリオンが射出された。
◇
メメントモリ防衛宙域
アロウズの迎撃は早かった。
GN-X IIIとアヘッドが前方へ展開する。
正面から押し返す部隊。
左右から回り込む部隊。
さらにプトレマイオス2へ向かう部隊までが、互いの射線を潰さないよう動いていた。
レイナスは二本のビームをかわしながら、その流れを見る。
「……カティ・マネキンか」
スメラギが警戒していた指揮官。
実際に相手をしてみれば、その理由も分かる。
こちらがメメントモリへ進路を取るたび、必要な場所へ必要なだけ戦力が差し込まれる。
無駄に追わない。
崩れてもすぐに立て直す。
「こりゃ全部付き合ってたら残業確定だな」
『敵部隊の撃破は二の次よ』
スメラギから通信。
『メメントモリを優先して』
「了解。最初からそのつもりだ」
アステリオンが敵機の間を抜ける。
そこへ一機のGN-X IIIが正面から突っ込んできた。
『見つけたぞ、レイナス・レノアーク!』
「……ん?」
『今日こそ借りを返してやる!』
その声には覚えがあった。
「パトリックか」
『今の間は何だ!?』
「いや、ちゃんと思い出しただろ」
『俺のイナクトを盗んだこと、忘れたとは言わせんぞ!』
「壊した件なら悪かったと思ってるよ」
『なら――』
「ただ、昔話なら後にしてくれ。こっちも仕事中なんでね」
『お前が言うなぁぁぁ!』
GN-X IIIがライフルを連射する。
アステリオンは射線を読み、機体を滑らせてかわす。
「元気そうで結構」
『待て!』
パトリックが追おうとする。
直後、アロウズの指揮回線から命令が飛んだ。
『パトリック、持ち場へ戻れ』
「大佐! しかし――」
『陣形を崩すな』
「……了解!」
GN-X IIIが急減速し、防衛線へ戻っていく。
「上司には恵まれたみたいだな」
レイナスは追わない。
前方には三機のアヘッド。
三方向から射線が重なる。
「さて……」
メメントモリまでの距離を確認する。
ここで一機ずつ相手をしている時間はない。
「出し惜しみしてる場合でもないか」
操縦桿を握り直す。
「――《オーバーライズ》」
瞬間。
レイナスの全身から溢れた《アニマ》が、アステリオンへ流れ込んだ。
青白い光が機体を覆う。
装甲。
フレーム。
駆動系。
機体そのものが《アニマ》によって強化され、アステリオンの出力が跳ね上がった。
『アステリオン、出力急上昇!』
フェルトの声。
「こいつなら、この程度で音を上げたりしないさ」
三機のアヘッドが同時に発砲する。
青白い光が跳ねた。
一瞬で射線の外へ抜け、アステリオンが一機目の側面へ回り込む。
手にした武装でライフルを破壊。
そのまま肩をぶつけ、機体を弾き飛ばした。
二機目がビームサーベルを抜く。
振り下ろされるより先に懐へ入り、腕を掴む。
その勢いを殺さず、機体ごと振り回して三機目へ叩きつけた。
二機がもつれながら後方へ流される。
「悪いな。今日はお前らに構ってる余裕がない」
青白い残光を引きながら、アステリオンが防衛線を突破した。
「刹那!」
『分かっている!』
00ガンダムの後方へオーライザーが迫る。
『刹那、合わせろ!』
「了解!」
ラッセが機体を接続。
ツインドライヴの出力が跳ね上がった。
二基の太陽炉から放出されるGN粒子が、周囲の宙域を満たしていく。
ダブルオーライザー。
『TRANS-AM!』
赤い輝きが爆発的に広がった。
ダブルオーライザーが消えるように加速する。
「速いな……」
レイナスの口元が僅かに上がる。
「試験の時より景気よく回してるじゃないか」
敵部隊が集中砲火を浴びせる。
前方。
左右。
さらに背後。
逃げ道を潰すように射線が重なった。
『刹那!』
フェルトの声。
無数のビームがダブルオーライザーへ殺到する。
直撃した。
そう見えた。
だが。
そこに機体はいなかった。
赤い粒子だけを残し、ダブルオーライザーの姿そのものが掻き消えている。
「……は?」
レイナスが目を見開く。
次の瞬間。
敵部隊の後方。
何もなかった空間から、ダブルオーライザーが再び姿を現した。
『何だ!?』
『消えた……!?』
アロウズ側にも動揺が走る。
ティエリアの声が飛ぶ。
『今の現象は……機体そのものが量子化したのか?』
「速すぎて見えなかったって話じゃないよな」
レイナスは再出現した00ライザーを見る。
「まったく……新型ってのは、ちょっと目を離すとすぐこれだ」
驚いてはいる。
だが、その声には明らかに興味が混じっていた。
『レイナス、前を見て』
フェルトに言われ、視線を戻す。
「分かってるよ。見学会は帰ってからだ」
アステリオンが再加速した。
量子化によって防衛線の内側へ入り込んだ00ライザーも反転する。
一気に敵陣が崩れた。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「メメントモリの解析結果が出た!」
イアンからデータが届く。
偵察情報と入手した設計断片。
それらを照合した結果、破壊すべき箇所が特定された。
「外部装甲の内側に《電磁場光共振部》がある。そこを潰せばレーザー発振機構は止まる!」
問題は分厚い装甲。
そして、その背後にあるオービタルリング。
力任せに撃ち抜けば、リングまで損傷しかねない。
スメラギは即座に決断した。
「ティエリア、刹那、レイナスで装甲を開いて!」
『了解!』
「ライル!」
『聞こえてる』
「露出した電磁場光共振部を狙撃して!」
『了解。そこだけ抜けばいいんだな』
◇
セラヴィーが砲門を展開する。
『撃つ!』
巨大な粒子ビームがメメントモリへ直撃。
外部装甲が赤熱する。
だが、まだ抜けない。
そこへTRANS-AM状態の00ライザーが突入した。
迎撃ビームが殺到する。
再び機体が赤い粒子へ溶けるように消失。
攻撃だけが虚空を通過した。
直後。
別方向から再出現した00ライザーがビームサーベルを装甲へ叩き込む。
巨大な亀裂が走った。
「二回目ともなると驚く暇もないな」
レイナスが《オーバーライズ》状態のアステリオンを加速させる。
00ライザーが作った亀裂。
その背後にはオービタルリングがある。
火力を叩き込むだけでは危険だった。
「派手に壊すだけなら楽なんだけどな」
アステリオンの右腕を振り上げる。
「こういう細かい注文が付くと、途端に仕事が面倒になる」
その時。
機体を覆っていた《アニマ》が、レイナスの意思に呼応して右腕へ集まり始めた。
「……ん?」
青白い光が伸びる。
その形を、レイナスはよく知っている。
生身で何度となく作ってきた刃。
ただし今、その起点になっているのは自分の腕ではない。
アステリオンの右腕だった。
「なるほど……」
レイナスの口元が上がる。
「機体を通してもいけるのか」
光が収束する。
アステリオンの手から伸びる、巨大な青白い刃。
《アニマソード》。
初めて機体を介して形成したそれを、レイナスは一度だけ確かめるように動かした。
反応は自分の腕と変わらない。
なら、迷う理由はない。
「使えるなら話は早い」
アステリオンが踏み込む。
狙うのは00ライザーが作った亀裂。
その先のオービタルリングには届かせない。
「そこだけ、もらう!」
《アニマソード》が走る。
一閃。
外部装甲だけが大きく切り裂かれた。
「刹那!」
『了解!』
00ライザーが切断部分へ攻撃を叩き込む。
外装が吹き飛んだ。
内部構造が露出する。
『目標露出!』
フェルトの声。
レイナスはすぐに離脱した。
「ライル、後は頼んだ」
『任せろ』
遠方。
ケルディムガンダムがライフルを構える。
ライルの視界に、開かれた装甲の隙間が拡大表示される。
その奥。
電磁場光共振部。
小さな標的。
しかもオービタルリングを背負っている。
外せない。
ライルが呼吸を整える。
「……兄さんなら」
一瞬だけ口にして。
すぐに首を振った。
「いや」
今ここで撃つのは自分だ。
照準が重なる。
「ロックオン・ストラトス」
引き金へ指を掛ける。
「狙い撃つぜ!」
発射。
一条の光が戦場を貫いた。
敵機の間を抜け、開かれた装甲の隙間へ吸い込まれる。
電磁場光共振部を正確に撃ち抜いた。
一瞬の静寂。
直後。
メメントモリ内部で爆発が起きた。
◇
「電磁場光共振部、崩壊!」
フェルトが報告する。
「レーザー発振器停止!」
クリスも続く。
メメントモリ内部で連鎖的に爆発が広がっていく。
下部砲塔の光が消える。
上部砲塔も沈黙。
巨大な構造物が内側から崩れ始めた。
ティエリアが確認する。
『メメントモリ、完全に機能停止』
刹那は崩壊する兵器を見つめている。
『終わった』
「そうみたいだな」
レイナスもアステリオンを反転させる。
「じゃあ帰ろう。目的は済んだ」
スメラギから撤退命令が届く。
レイナスは崩壊していくメメントモリを一度だけ振り返った。
スイールを消した兵器。
もう二度と、そこから光が放たれることはない。
◇
アロウズ所属艦
「メメントモリ、完全沈黙!」
「ソレスタルビーイング、離脱を開始!」
カティは戦況を確認した。
防衛部隊にも損害が出ている。
そして何より、ここはオービタルリング上だ。
「追撃は中止」
「しかし――」
「これ以上の戦闘はリングを危険に晒す。負傷者と損傷機の回収を優先しろ」
「……了解!」
カティは崩壊したメメントモリを見る。
任務には失敗した。
守るべき対象を失った。
だが。
スイールを一撃で消滅させた兵器が破壊されたことに、安堵している自分もいた。
「……私は、何を守っている」
その問いに答える者はいなかった。
◇
プトレマイオス2・格納庫
アステリオンが固定される。
コクピットから降りたレイナスを待っていたのはイアンだった。
「機体は?」
「少し擦った程度だ。修理屋泣かせの土産はないよ」
イアンはアステリオンを確認し、それからレイナスを見る。
「他には?」
「……何だよ、その聞き方」
「敵のMSは持って帰ってきてないな?」
レイナスは額を押さえた。
「持って帰ってない」
「本当だな?」
「今日は真面目に出勤して、真面目に働いて、手ぶらで帰ってきたよ。模範的な勤務態度だろ」
「最初からそうしろ」
「世知辛い職場だな……」
イアンはもう機体の点検へ向かっている。
その時。
別のカタパルトへ00ライザーが帰還した。
レイナスの視線がそちらへ吸い寄せられる。
先ほどの光景。
攻撃が命中する寸前に消失し、別の場所へ再び現れた機体。
「……量子化、か」
さすがに興味を隠せない。
「また面白いもん身につけたな」
だが、すぐに自分の機体へも視線を戻す。
アステリオンの右腕。
先ほど確かに、そこから《アニマソード》を形成した。
「こっちも収穫はあったか」
イアンが振り返る。
「何の話だ?」
「いや。帰ってから調べたいことが一つ増えた」
嫌な予感がしたのか。
イアンの眉間に皺が寄った。
「勝手に妙な実験するなよ」
「分かってるよ」
「その返事が一番信用ならん」
レイナスは肩をすくめる。
スイールを救うことはできなかった。
だが。
次の一撃は止めた。
《メメントモリ》は破壊された。
その事実だけを残し、プトレマイオス2はオービタルリングを離れていった。