機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第9話 一線を越える

第9話 一線を越える

西暦2307年――王留美所有施設・客室

「しばらく、以前のようには動かないでください」

開口一番だった。

レイナスはテーブルのサンドイッチへ伸ばしかけた手を止める。

向かいには王留美。

その斜め後ろには紅龍が控えていた。

「……何の話だ?」

「あなたの話です」

「俺?」

「ユニオン軍に目をつけられました」

「ああ」

留美が眉を寄せる。

「……それだけですか?」

「グラハムだろ。この前会った」

「聞いています」

「なら話が早い」

「まったく早くありません」

留美は端末を操作した。

レイナスの画像。

先日のフラッグ。

ユニオン軍によると思われる調査情報。

「レイナス・レノアークという名前と顔。フラッグを操縦できる技量。そして、あなたには過去を辿れる記録がほとんど存在しない」

「それは今さらだろ」

「私たちにとっては、です」

留美は画面を切り替える。

複数の建物。

移動経路。

「ユニオン軍にとって、あなたは突然現れた正体不明の高技能パイロットです。それも軍用MSを無断使用した」

「返したんだけどな」

「そこはもういいです」

「……はい」

紅龍が僅かに視線を逸らす。

「さらに、グラハム・エーカー本人があなたへ接触した」

「随分気に入られたみたいだな」

「嬉しそうに言わないでください」

「嬉しくはない」

一拍。

「面白そうではあるけどな」

「戦いたいのですか?」

「MSがあれば」

「ありません」

「分かってる」

レイナスはサンドイッチを取った。

「で、問題は俺が捕まることじゃないんだろ?」

留美が少し目を細める。

「分かっていますね」

「俺を追えば、出入りしてる場所も割れる。そこからアンタらまで辿られるかもしれない」

「その通りです」

「それはまずいな」

「ですから今後、ソレスタルビーイングの地上秘匿施設へ直接出入りすることは極力避けてください」

「ああ」

即答だった。

「地上で必要なものはこちらで用意します。移動も可能な限り私たちを経由していただきます」

「監禁は勘弁してくれ」

「そこまではしません」

「買い物は?」

「場所を選んでください」

「飯は?」

「用意できます」

「ならいいか」

留美が呆れたように息を吐く。

「判断基準がそこなんですね」

「生活するには大事だろ」

「それと、外出時に尾行の可能性を感じた場合は――」

「撒いて帰る」

「こちらへ帰ってこないでください」

レイナスの手が止まる。

「ああ」

今度はすぐ理解した。

「尾行ごと連れて帰ったら意味ないか」

「はい」

「分かった。そこは気をつける」

「お願いします」

話が一区切りつく。

レイナスは紅茶を飲んだ。

「しかし……」

「何でしょう?」

「暇になるな」

留美の表情が僅かに変わる。

「そう仰ると思いました」

「何だ、その顔」

留美が端末を操作する。

表示が変わった。

MS。

レイナスの目が止まる。

「…………」

紅龍が留美を見る。

留美は何も言わない。

レイナスが端末を引き寄せた。

「これ、フラッグの改修案か?」

「一部ですが」

「推力上げてるな。フレームは?」

「詳細は不明です」

「こっちは?」

「AEUのイナクトです」

「これも可変か」

ページを送る。

ティエレン。

フラッグ。

イナクト。

各陣営で進む改良計画。

先ほどまで背もたれへ身体を預けていたレイナスが、いつの間にか前のめりになっている。

「ガンダムが出てから、開発速度上がってるだろ」

「ええ」

「やっぱりか」

「各国とも、既存戦力ではガンダムに対抗できないと認識し始めています」

「そりゃそうなる」

レイナスはページを戻す。

フラッグ。

「グラハムの機体は?」

「興味がありますか?」

「ある」

即答。

留美が微笑んだ。

レイナスが顔を上げる。

「……何だ?」

「いえ」

「今、完全に俺を釣っただろ」

「何のことでしょう?」

「白々しいな、あんた」

紅龍が僅かに視線を逸らした。

「紅龍まで笑ってないか?」

「いえ」

「絶対笑っただろ」

「気のせいです」

「そうかい……」

再び画面を見る。

「この世界のMS、思ってたより面白いな」

「もっと知りたいですか?」

「ああ」

これも即答だった。

留美はそこで表示を切り替えた。

MSの画像が消える。

代わりに現れたのは作戦地図。

レイナスの顔から笑みが消えた。

「……なるほど」

「何がです?」

「そっちが本題か」

「ええ」

「最初から出せばいいだろ」

「こちらの方が真剣に見てくださると思いまして」

「俺をどういう人間だと思ってるんだ?」

「効果はありました」

反論しかける。

だが。

自分の手を見る。

既に作戦地図を拡大している。

「……否定はしないけどな」

留美が小さく笑った。

          ◇

同時刻――地球低軌道・プトレマイオス

戦術予報室。

スメラギ・李・ノリエガが大型モニターの前に立っている。

クリスティナ・シエラ。

リヒテンダール・ツエーリ。

フェルト・グレイス。

それぞれが端末を操作していた。

通信回線が開く。

モニターに王留美。

その隣にレイナスが映る。

スメラギが口を開いた。

「それじゃ、始めましょうか」

画面越しの留美が作戦地域を表示する。

『現在、この地域では複数の武装勢力が衝突しています』

複数の軍事拠点。

補給路。

市街地。

『今回の介入目標はこちらです』

スメラギが続ける。

「エクシアとヴァーチェが地上戦力を無力化。キュリオスが航空戦力を担当。デュナメスは後方から支援」

画面の向こうで、レイナスが地図を眺めている。

『……待ってくれ』

「何?」

『ここ』

一つの補給路を指す。

『ここを潰すんだよな?』

「ええ」

『こっちにいる部隊はどうする?』

「撤退するでしょうね」

『どっちへ?』

クリスが地形データを開く。

「北は山岳地帯。西は介入区域になるから……東じゃない?」

レイナスが東側を指した。

『その先に町がある』

フェルトが人口データを表示する。

「人口約一万二千。既に避難勧告が出てる」

レイナスの視線が少し動いた。

『……誰だ?』

フェルトがモニターを見る。

「フェルト・グレイス」

『ああ。まだ会ったことなかったな』

「うん」

『レイナスだ』

「知ってる」

『……そうか』

隣でクリスが笑った。

「有名だからね。フラッグ盗った人」

『借りたんだって』

「許可は?」

『……ない』

「じゃあ盗ってるじゃん」

『返しただろ』

「そこじゃないでしょ」

『最近そればっかり言われるんだよな……』

スメラギが額へ手を当てる。

「話を戻していい?」

『どうぞ』

「あなたの懸念は、市街地へ逃げ込まれる可能性?」

『ああ』

フェルトが避難計画を表示する。

「避難完了予定は介入開始から二十分後」

『この部隊が真っ直ぐ東へ走ったら?』

クリスとフェルトが計算する。

クリスが先に結果を見る。

「……十二分くらい」

フェルトも確認する。

「市街地外縁なら、それより少し早いかもしれない」

『先に着くな』

戦術予報室の空気が変わる。

スメラギは地図を拡大した。

「でも、東へ向かうとは限らない」

『もちろん』

「市街地へ逃げ込むとも限らない」

『それも分かってる』

レイナスは椅子へ背を預ける。

『ただ、ガンダム相手に正面から戦いたくない奴が、撃ちにくい場所へ逃げるってのはありそうだろ』

「……そうね」

『追い込まれた奴が、こっちの想定通りに逃げてくれる保証もない』

スメラギは黙って地図を見た。

数十秒。

「介入ポイントを少し変更する」

クリスが振り返る。

「東側を先に押さえる?」

「ええ。ただ、それでも市街地へのルートを完全には塞げない」

『俺が行く』

レイナスだった。

スメラギが画面を見る。

「あなたが?」

『ああ』

「こちらから参加を頼んだわけじゃないわよ」

『知ってる』

「MSもない」

『それも知ってる』

「だったら――」

『ガンダム一機を蓋に使うよりいいだろ』

レイナスが地図を指す。

『俺ならここで待てる。何も来なきゃ、それで終わりだ』

留美が横から口を挟んだ。

『レイナス』

『何だ?』

『今回、あなたが戦場へ出れば、前回とは意味が違います』

レイナスが留美を見る。

『分かってる』

『本当に?』

『グラハムは俺とガンダムの関係を疑ってる』

一拍。

『そこでガンダムと同じ戦場に出て、連携までしたら……まあ、答え合わせみたいなもんだな』

『そうです』

留美の表情に笑みはない。

『ユニオンは今後、あなたをソレスタルビーイング、あるいはその協力者として扱うでしょう』

『だろうな』

『今まで以上に地上では動きにくくなります』

『それも分かってる』

『それでも?』

レイナスは地図を見る。

町。

避難経路。

その手前を通る幹線道路。

少しだけ黙る。

『ここまで見ちまったからな』

『理由になっていますか?』

『俺には十分だ』

留美を見る。

『町にMSが入るかもしれないって分かってて、今さら知らん顔する方が後味悪い』

留美はしばらくレイナスを見ていた。

やがて。

『分かりました』

それ以上は止めなかった。

スメラギも頷く。

「なら作戦に組み込むわ」

『頼む』

「あなたの担当は市街地への侵入阻止。それ以外は現場判断に任せる」

『了解』

「それと」

『まだあるのか?』

「今度は他所のMSを勝手に使わないこと」

レイナスが黙る。

クリスが吹き出した。

「そこ確認するんだ」

『しないって』

スメラギが眉を上げる。

「本当に?」

『たぶん』

「レイナス」

『分かった分かった。使わない』

留美が小さく息を吐く。

『あなたを戦場へ出す判断が急に不安になってきました』

『今さらだろ』

          ◇

翌日――作戦地域北西部・午前11時02分

乾いた大地。

遠方に小さな市街地が見える。

レイナスは北西部の岩山に立っていた。

耳元には通信機。

『レイナス、聞こえる?』

クリス。

「ああ。問題ない」

『映像も来てる。フェルト、位置情報は?』

プトレマイオス。

隣の席でフェルトが確認する。

「正常。予定位置からのズレもない」

その声も通信回線へ乗る。

レイナスが僅かに笑った。

「昨日の子か」

『子って言うな』

即座に返ってきた。

「……悪かった」

クリスが笑う。

『そこ気にするんだ、フェルト』

「クリス」

『はいはい』

レイナスは遠方を見る。

「よろしくな、フェルト」

少しだけ間。

『……うん』

スメラギの声が入る。

『作戦開始まで一分』

「了解」

遠方。

四つの機影が配置についていく。

エクシア。

デュナメス。

キュリオス。

ヴァーチェ。

「いいな……」

『何が?』

クリス。

「ガンダム」

『そんなに乗りたい?』

「乗りたい」

『即答なんだ』

「悪いか」

『別に』

フェルトの声。

『開始十秒前』

レイナスの表情が切り替わる。

スメラギ。

『全機、作戦開始』

遠方で光が走った。

          ◇

午前11時05分――戦闘区域

エクシアが敵陣へ突入する。

GNソード。

敵MSの武装を切断。

機体を蹴り飛ばし、次へ。

後方。

デュナメス。

長距離射撃。

砲台。

レーダー。

敵MSの武装。

ロックオンが次々と撃ち抜いていく。

上空。

キュリオスが航空戦力へ突入する。

『こっちは僕が引き受ける』

アレルヤの声。

レイナスが遠方を眺めながら返す。

「楽しそうだな」

『レイナスに言われたくないけど』

「俺はまだ見てるだけだ」

『そのうち飛び出すでしょ』

「必要ならな」

『やっぱり』

アレルヤが笑う。

そして。

ヴァーチェ。

GNバズーカ。

巨大な光が防衛線を薙ぎ払った。

「……あれは何度見ても酷いな」

ティエリアの声が通信へ入る。

『何か言ったか』

「褒めてる」

『そうは聞こえない』

「火力がおかしいって褒め言葉だろ」

『理解できないな』

「そうかい」

クリスが笑う。

『ティエリア、褒められてるよ』

『クリスティナ、余計なことを言うな』

『ほら、照れてる』

『違う!』

レイナスが少し笑った。

「こういう分かりやすいのは嫌いじゃない」

『何が分かりやすい!』

「作戦中だぞ、ティエリア」

『誰のせいだ!』

ロックオンの笑い声まで混じった。

『お前、ティエリア弄るの上手くなってきたな』

「別に弄ってない」

『それでそれなら余計タチ悪いぞ』

レイナスは笑いながら。

目を閉じた。

《アニマ》。

意識を広げる。

兵士。

避難する住民。

戦う者。

逃げる者。

無数の生命の気配。

その流れを拾っていく。

「…………」

西。

まとまった反応。

動いた。

「来たな」

『何か見つけた?』

クリス。

「西側。昨日話してた部隊だ」

『まだセンサーには――』

フェルトが画面を見る。

『待って』

数秒。

『反応確認。MS七機』

クリスが別系統を拾う。

『車両も五台。進路は東!』

スメラギ。

『予測進路は?』

フェルトが表示する。

『市街地方面』

レイナスは立ち上がった。

「当たりか」

『避難完了まで十四分』

フェルト。

『敵部隊は現在速度なら七分程度で市街地外縁へ到達する』

「間に合わんな」

刹那の声。

『俺が行く』

「そっちはそのままでいい」

『レイナス』

「七機だろ」

岩場の端へ立つ。

青白い《アニマ》が身体を包み始めた。

「こっちで止める」

スメラギ。

『目的は市街地への侵入阻止』

「ああ」

『無理ならすぐに言って。配置を変更する』

「了解」

レイナスは遠方を走る七機を見る。

殺す必要はない。

少なくとも。

今のところは。

「……動けなくすりゃ十分だな」

『何?』

クリス。

「こっちの話だ」

膝を曲げる。

青白い光が強くなる。

「行ってくる」

岩場が砕けた。

          ◇

午前11時09分――市街地北西・幹線道路

七機のMS。

市街地へ続く道路を南下している。

その前方。

青白い光が落ちた。

土煙。

レイナスが立ち上がる。

先頭機が減速した。

外部スピーカー。

『何者だ!』

レイナスはMSを見上げた。

「悪いな」

一歩前へ。

「ここから先は通せん」

ライフルが向けられる。

「まあ、止まってはくれないか」

発砲。

レイナスが消える。

砲弾が道路を砕いた。

次の瞬間。

先頭機の懐。

跳躍。

拳に《アニマ》。

狙うのはコクピットではない。

肩。

一撃。

装甲が陥没する。

右腕が跳ね上がり、ライフルが落ちた。

着地。

二機目が旋回。

レイナスへ銃口。

掌を向ける。

青白い光弾。

膝関節へ直撃。

機体が崩れる。

『何だこいつ!?』

『撃て!』

三方向から射撃。

レイナスが走る。

右。

左。

弾幕の間を抜ける。

跳躍。

三機目の肩へ着地。

『な――』

「悪い」

装甲へ掌を当てる。

《アニマ》の衝撃。

機体内部へ通す。

制御系が落ちた。

レイナスは地面へ飛び降りる。

「三」

残る四機が散開する。

「その判断は悪くない」

両手に青白い光。

複数へ分かれる。

放つ。

光弾がそれぞれ別のMSを追う。

回避。

追尾。

さらに回避。

だが。

市街地から離れる方向にだけ、僅かに逃げ道を残している。

プトレマイオス。

クリスが画面を見る。

『あれ?』

フェルトも気づいた。

『敵の進路が変わってる』

クリスがレイナスへ呼びかける。

『レイナス、誘導してる?』

「ああ」

『倒さないの?』

「今はな」

『何で?』

走りながら答える。

「殺す必要ないだろ」

それだけだった。

フェルトは一瞬だけモニターから視線を上げた。

スメラギも何も言わない。

レイナス自身がそう判断した。

なら。

今は任せる。

一機が強引に方向転換。

市街地へ向かう。

レイナスの目が鋭くなる。

「だから」

踏み込む。

「そっちは駄目だって」

一気に追いつく。

青白い刃。

脚部駆動系を切断。

機体が前方へ倒れた。

レイナスは空中で身体を捻る。

別の機体の肩へ着地。

掌底。

《アニマ》の衝撃。

制御系停止。

「五」

残る二機。

戦闘継続を断念。

東へ進路を変更する。

本隊への合流。

スメラギ。

『二機抜ける』

「追わない」

『了解』

刹那。

『こちらで処理する』

「頼んだ」

迷いなく任せた。

          ◇

午前11時16分――東部戦線

二機のMSが戦闘区域へ戻る。

その前方。

エクシア。

一機が発砲。

エクシアがかわす。

踏み込み。

GNソード。

ライフルを切断。

もう一機。

上空から一発。

デュナメス。

武装が吹き飛ぶ。

ロックオン。

『悪いな。そっちは通行止めだ』

エクシアが二機目へ接近。

短時間。

二機とも戦闘能力を失った。

刹那。

『二機、無力化』

レイナス。

「早かったな」

『お前ほどじゃない』

ロックオン。

『お前ら競ってんのか?』

刹那。

『競っていない』

アレルヤ。

『そう言う割には意識してない?』

『していない』

「そこまで否定すると逆に怪しいぞ」

『レイナス』

「何だ」

『次はエクシアで確認する』

数秒。

「まだ諦めてなかったのか、お前」

ロックオンが吹き出す。

『刹那、しつけえな!』

クリスも笑う。

『結構根に持ってるね』

『必要な確認だ』

「必要か、それ?」

プトレマイオス。

フェルトが淡々と言った。

「戦闘中」

その声は通信にも乗っていた。

一瞬。

回線が静かになる。

レイナス。

「……はい」

刹那。

『了解』

アレルヤ。

『ごめん』

ロックオン。

『悪い悪い』

クリスが隣を見る。

「フェルト、強いね」

「クリスも仕事して」

「はい」

地上。

レイナスが小さく笑った。

「面白いな、あの子」

フェルトは聞こえていたが。

何も返さなかった。

          ◇

午前11時19分――市街地北西

プトレマイオス。

フェルトが避難状況を確認する。

『避難率九十七パーセント。残りは南東区画。あと二分』

レイナスは停止した五機を見る。

《アニマ》で内部の生命反応を確認。

「こっちの五人は生きてる」

クリス。

『……全員?』

「ああ」

『本当にコクピット外してたんだ』

「殺す理由もなかったからな」

そこで。

レイナスの表情が変わる。

「待て」

クリス。

『どうした?』

レイナスは目を閉じた。

《アニマ》。

市街地。

避難車両。

兵士。

その外。

北。

正規ルートから離れた場所。

複数の生命反応。

「北側にまだ人がいる」

フェルト。

『避難者リストでは全員南側ルートだけど』

「もっと北だ」

クリスがセンサー範囲を広げる。

『……いた!』

フェルトも反応を捕捉。

『北北東、約四・二キロ。車両三台を確認』

「見つかったか」

『うん。避難車両と照合できた』

「敵は?」

フェルトが周辺情報を検索する。

『一機。北西から接近してる』

レイナスは既に走り出していた。

「座標送ってくれ」

『送った』

端末に位置情報。

「確認した」

留美の声が通信へ入る。

彼女は王留美所有施設から作戦情報を受け取っていた。

『レイナス』

「何だ?」

『無理はしないでください』

「今さらだろ」

『あなたは――』

「大丈夫だ」

一瞬だけ速度を落とす。

「戻る場所まで教えてくれた奴がいるんだ。ちゃんと帰るさ」

留美が少し黙る。

『……分かりました』

「じゃあ行ってくる」

さらに加速。

青白い光が丘陵を走った。

          ◇

午前11時22分――北部丘陵

避難車両三台。

その正面。

一機のMS。

ガンダムとの戦闘から離脱してきた機体だった。

道路は狭い。

左右は斜面。

逃げ場がない。

MSがライフルを持ち上げる。

避難車両が止まる。

レイナスの目が鋭くなる。

「やめとけ!」

距離がある。

届かない。

銃口。

避難車両。

発砲。

その間へ。

青白い光が飛び込んだ。

レイナス。

片手を突き出す。

《アニマ》。

青白い障壁。

砲弾が激突した。

轟音。

土煙。

車内から悲鳴。

だが。

砲弾は通っていない。

土煙の向こう。

レイナスが立っている。

「……今のは危なかったな」

敵MSが再びライフルを構える。

レイナスの表情から笑みが消えた。

「もういい」

踏み込む。

一瞬。

MSの懐。

拳。

武器を保持する腕へ。

衝撃。

ライフルが吹き飛ぶ。

そのまま跳躍。

肩。

背面。

青白い刃。

短く形成する。

駆動系。

一閃。

切断。

MSが停止した。

レイナスは肩から飛び降りる。

プトレマイオス。

フェルトが確認する。

『敵機、停止』

続いて生命反応。

『パイロットは生きてる』

「よし」

レイナスは避難車両を見る。

中の人々がこちらを見ている。

恐怖。

困惑。

理解できない。

当然だ。

ガンダムでもない。

MSでもない。

一人の人間がMSを止めた。

レイナスは車両へ大きく手を振る。

「早く行け!」

先頭車両が動く。

二台目。

三台目。

安全区域へ向かっていった。

フェルト。

『避難車両、移動再開』

「これで全部か?」

少しして。

『……うん。今度こそ全員』

「そうか」

レイナスが息を吐く。

フェルトがモニターを見ながら。

少しだけ間を置いた。

『レイナス』

「何だ?」

『ありがとう』

僅かに眉を上げる。

「俺に?」

『うん』

「別に礼を言われるようなことじゃないだろ」

『でも、助かったから』

短い言葉。

レイナスは少し黙る。

「……そうか」

それ以上は言わなかった。

          ◇

午前11時31分――作戦区域

エクシアが最後の敵MSの武装を切断。

キュリオスが航空戦力を制圧。

デュナメスが最後の砲台を沈黙させる。

ヴァーチェの前方にも、戦闘可能な敵は残っていない。

プトレマイオス。

クリスが全体状況を表示する。

「敵戦力、ほぼ沈黙」

フェルトが各区域を確認。

「全介入目標の戦闘能力喪失を確認」

スメラギが頷いた。

通信回線を開く。

『全機、作戦終了。撤退して』

各地から返答。

『了解』

『了解』

『了解』

『了解』

丘の上。

レイナスが遠方を見る。

黒煙。

その向こうに四機のガンダム。

「終わったか」

クリス。

『終わったよ』

「市街地は?」

フェルト。

『民間人の被害は、現時点では確認されてない』

レイナスが息を吐いた。

「なら上出来だ」

スメラギ。

『あなた自身は?』

「服が少し破れた」

『身体の話』

「何ともない」

『そう』

少し間。

『助かったわ、レイナス』

「だったら――」

クリスが先回りする。

『MS?』

「……まだ何も言ってないだろ」

『絶対そうじゃん』

「働いたんだぞ」

ロックオン。

『給料みたいにMS要求すんなよ』

「ガンダムじゃなくてもいい」

アレルヤ。

『本当に欲しいんだね』

「欲しい」

『また即答』

クリス。

『普通の人は移動手段にMS欲しがらないけどね』

「そうなのか?」

『そこから?』

「冗談だ」

『分かりづらいって』

笑い声が回線へ混じる。

レイナスも少し笑った。

以前なら。

作戦が終われば、それで終わりだった。

必要だから参加する。

頼まれたから動く。

それだけ。

だが今は。

もう少し。

この連中がどこまで行くのか見てみたい。

そう思っている。

          ◇

同日――ユニオン軍情報部

大型モニターに戦闘映像が映っていた。

遠距離。

低画質。

それでも。

青白い光を纏った人影が、MSの間を駆けている。

グラハム・エーカーは無言で映像を見ていた。

「中尉」

同じ室内にいる情報士官が別の映像を表示する。

「顔認証は困難です。しかし体格、推定身長、行動特性から、先日の人物と一致する可能性があります」

「レイナスか」

「断定はできません」

別映像。

青白い人影が敵MSを足止めする。

その間。

別方面ではエクシアが作戦を継続。

さらに。

人影の担当区域から離脱した二機を、エクシアとデュナメスが迎撃している。

「偶然とは考えにくいかと」

士官が続ける。

「ガンダム側と担当区域を分担していた可能性があります」

グラハムが映像を止める。

青白い光。

「生身でモビルスーツを?」

「映像を見る限りは」

「……面白い」

「中尉」

「失礼」

グラハムは僅かに笑った。

数日前。

街中で交わした会話を思い出す。

――君は何者だ?

――非政府組織の支援団体だ。

「なるほど」

「何でしょう?」

「いや」

グラハムは画面を見る。

「どうやら彼は、思っていたより正直な男らしい」

情報士官が首を傾げる。

グラハムは説明しない。

「レイナス・レノアークを、ソレスタルビーイングの関係者として再調査してくれ」

「了解しました」

もう単なる疑いではない。

ガンダムと同じ戦場へ現れ。

ガンダムと役割を分担し。

その武力介入を補完した。

少なくとも。

無関係という可能性は、ほぼ消えた。

「レイナス・レノアーク」

グラハムはその名を口にする。

「次に会う時は、もう少し踏み込んだ話ができそうだ」

          ◇

同日夜――王留美所有施設・客室

扉が開く。

レイナスが入ってきた。

同じ部屋にいた留美が顔を上げる。

「お帰りなさい」

「ただいま」

自然に答えて。

一歩。

そこでレイナスが少しだけ止まった。

留美も気づいたようだったが。

何も言わない。

紅龍が近づく。

「お怪我は?」

「ない」

「服が破れていますが」

「これは怪我じゃない」

「着替えを用意します」

「助かる」

レイナスはソファへ腰を下ろした。

「腹減った」

「食事もあります」

「完璧だな」

留美が向かいへ座る。

「随分、楽しそうでしたね」

「見てたのか」

「ええ」

「戦争楽しんでるみたいに言うな」

「そういう意味ではありません」

留美が紅茶を注ぐ。

「以前のあなたなら、あそこまで自分から作戦へ関わらなかったでしょう」

レイナスは答えない。

「それどころか、ユニオンに関係を特定される危険まで承知で戦場へ出た」

「そこはちょっと面倒になったな」

「ちょっと?」

「かなり」

「でしょうね」

「当分、一人で街歩くのも厳しいか」

「控えていただきます」

「やっぱりか……」

レイナスは背もたれへ身体を預ける。

留美が聞いた。

「後悔しています?」

少し考える。

「してない」

即答ではなかった。

だが。

迷いもない。

「別のやり方もあったんだろうけどな」

「ええ」

「でも俺がそこにいた」

留美を見る。

「なら動くさ」

「そうですか」

「それに――」

テーブルに置かれた端末を取る。

留美から見せられたMS資料。

「少し面白くなってきた」

「この世界が?」

「この世界も」

留美が微笑んだ。

「それは何よりです」

「ただ、地上で動きにくくなったのは困るな」

「自業自得です」

「それ言われると弱いな」

「ですから」

留美が別の画面を開いた。

地球。

その周回軌道。

レイナスが画面を見る。

「何だ、これ」

「今後のあなたについて、スメラギさんと少し相談しています」

「嫌な予感がするな」

「地上に置いておく方が危険なら――」

留美が言葉を切った。

レイナスの目が変わる。

「……宇宙か?」

「まだ決定ではありません」

「プトレマイオス?」

「まだ決定ではありません」

「乗れるのか?」

「ですから――」

レイナスが身を乗り出す。

「格納庫も見られる?」

留美は黙った。

「ガンダムの整備設備も?」

「レイナス」

「何だ?」

「少し落ち着いてください」

レイナスは止まる。

ゆっくり座り直す。

「……悪い」

「本当に分かりやすいですね」

「放っとけ」

「まだ決まっていません」

「なら決まったら教えてくれ」

「もちろん」

「できれば早めにな」

「そんなに?」

レイナスは端末に表示された軌道を眺める。

「宇宙船は嫌いじゃない」

少し笑う。

「それに、アンタらの本丸も一度見てみたい」

留美はその表情を見る。

最初に会った頃。

レイナスは、この世界のほとんどすべてから一歩引いていた。

自分の世界ではない。

自分の戦争ではない。

だから。

必要以上には関わらない。

それが今。

自分から一歩踏み込んだ。

ユニオンに存在を知られるという代償まで払って。

それを選ばせたのは。

王留美でも。

スメラギでもない。

レイナス自身だった。

そして本人は。

そんな大仰なことを考えている様子もなく。

再びMS資料を開いている。

「……なあ、留美」

「今度は何です?」

「プトレマイオスに上がったら、ガンダム触ってもいいのか?」

「駄目です」

「まだ何もしてないだろ」

「先に言っておきます」

「見るだけなら?」

「それはスメラギさんと整備担当の方に聞いてください」

「分かった」

留美が少し意外そうな顔をする。

レイナスは画面を眺めながら続けた。

「勝手には触らんさ」

一拍。

「乗せてくれるなら別だけどな」

「それは『勝手に』ではありません」

「だろ?」

「……そこは妙に律儀なんですね」

「俺を何だと思ってるんだ」

留美は答えず。

ただ笑った。

レイナスもそれ以上は追及しない。

視線は既に。

画面に映る地球周回軌道へ向いていた。

 

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