第90話 反撃
ソレスタルビーイング宇宙整備拠点
プトレマイオス2が帰還してから、拠点内は慌ただしいままだった。
メメントモリ攻略に参加した機体は次々と点検へ回され、格納庫では整備員たちが休む間もなく動いている。
居住区の一角。
ルイスは端末に映し出された速報を見つめていた。
スイール王国で発生した大規模な被害。
最初に流れた映像には、宇宙から地上へ落ちる巨大な光が映っていた。
光が都市を呑み込む。
そこで映像が途切れた。
数秒後。
画面に表示された内容が変わる。
連邦政府の公式発表。
現地で大規模な被害が確認されたこと。
詳細な被害状況と原因については現在調査中であること。
先ほどまで映っていた巨大な光については、何一つ触れられていない。
映像そのものも消えていた。
「……もう消されてる」
沙慈が呟く。
ルイスは答えなかった。
彼女の頭にあるのは、別のことだった。
ハレヴィ家からアロウズへ流れた莫大な資産。
リボンズに命令されたからではない。
ガンダムが憎かった。
家族を奪った存在を倒したかった。
だから自分で決めた。
自分に残された財産を、そのために使った。
ルイスの手が震える。
「……私のお金だったんだよね」
「ルイス……」
「私がアロウズに渡したお金で……あんな兵器が造られた」
「ルイスのせいじゃない」
沙慈はすぐに答えた。
「違わないよ」
ルイスが俯く。
「私が出したんだよ」
「うん」
沙慈は否定しなかった。
「ルイスが自分で決めたことまで、なかったことにはできないと思う」
ルイスが顔を上げる。
「でも、あんな兵器を造るためにお金を出したわけじゃないだろ?」
「……ガンダムを倒したかった」
「分かってる」
「家族を奪ったガンダムが憎かった。だから……そのためなら全部使ってもいいって、本当に思ってた」
「うん」
沙慈は静かに聞いていた。
「でも、メメントモリを造ると決めたのはルイスじゃない。スイールを撃ったのもルイスじゃない」
「でも……」
「全部をルイス一人のせいにするのは違うよ」
沙慈はルイスを見る。
「利用した人がいる。兵器を造った人がいる。それを使うと決めた人がいる」
ルイスの瞳が揺れる。
「だからって、僕はルイスが何も考えなくていいとは思わない」
「……沙慈」
「ルイスが自分で決めたことなら、これからどうするかも自分で決められる」
ルイスはしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく呟く。
「……私、何をしてたんだろ」
沙慈は答えを急がなかった。
ただ、その隣に座っていた。
やがてルイスの手が、沙慈の手へ触れる。
その時。
警報が鳴り響いた。
二人が同時に顔を上げる。
『全員、第一種戦闘配置!』
スメラギの声が拠点内へ響いた。
『アロウズ所属と思われるMS部隊が接近中!』
◇
宇宙整備拠点・管制室
「敵機、識別!」
クリスが観測情報を次々と表示する。
「GN-X IIIが六機!」
さらに三つの機影が拡大された。
既存のアロウズ機とは明らかに違う。
一機は大型砲を装備した細身の機体。
残る二機は、近接戦闘を意識した重装甲機。
ティエリアの表情が変わった。
「……イノベイター」
スメラギが振り返る。
「分かるの?」
「パーティーで会った者がいる」
敵側から通信が入る。
『ソレスタルビーイング』
男の声。
『メメントモリを破壊した直後で悪いが、少々付き合ってもらおう』
リヴァイヴ・リバイバル。
続いて女の声が割り込む。
『少々? せっかく来たんだから、全部壊して帰ればいいじゃない』
ヒリング・ケア。
もう一人は短かった。
『任務を開始する』
ブリング・スタビティ。
モニターを見ていたレイナスが小さく息を吐く。
「……随分と早いお返しだな」
イアンが横を見る。
「嬉しくなさそうだな」
「当たり前だろ。こっちは一仕事終わって、ようやく帰ってきたところだ」
三機の新型を見上げる。
「こういう面倒事に限って、こっちの都合なんか聞いちゃくれない」
「レイナス」
ティエリアが声を掛ける。
「奴らはイノベイターだ。通常のパイロットと同じだと思うな」
「ああ。分かってる」
レイナスは新型三機をもう一度見る。
「リボンズのお仲間が、わざわざ三人揃って出向いてきたんだ。挨拶だけで済ませる気はないだろうな」
スメラギが指示を出す。
「全機、迎撃準備!」
◇
宇宙整備拠点・格納庫
帰還したばかりの機体へ、再び火が入る。
00ガンダム。
ケルディム。
セラヴィー。
アリオス。
アステリオン。
そしてマリーのアヘッド・スマルトロン。
ラッセもオーライザーへ向かう。
「また出番かよ」
「接続部に異常はない!」
イアンが端末を操作しながら答える。
「ただし無茶はするな!」
「それは刹那にも言ってくれ!」
GNアーチャーはまだ整備用アームに固定されている。
マリーは一度だけそちらを見てから、スマルトロンのコクピットへ入った。
レイナスもアステリオンへ向かう。
イアンがその背中を呼び止めた。
「レイナス!」
「今度は何だ?」
「《オーバーライズ》を使った直後だ。妙な真似はするなよ」
レイナスは足を止める。
「分かってるよ。さっき見つけた使い方を、ろくに調べもしないで試す気はない」
「ならいい」
「俺だって壊したくて乗ってるわけじゃないんだけどな」
コクピットへ乗り込む。
アステリオンのシステムが立ち上がった。
正面モニターに三機の新型が映る。
レイナスの視線が、ほんの少しだけ止まる。
ガデッサ。
ガラッゾ。
見たことのないMS。
「……新型か」
一拍。
「いや、今はそれどころじゃないな」
自分で切り替える。
カタパルトへ機体を進めた。
「せめて機体の点検くらい終わってから来てほしいもんだ」
アステリオンが射出される。
◇
宇宙整備拠点・外周宙域
最初に動いたのはガデッサだった。
長大なGNメガランチャーが展開される。
『高エネルギー反応!』
フェルトが警告する。
『全機、射線から離れて!』
スメラギの指示。
直後。
巨大な粒子ビームが宇宙を切り裂いた。
拠点外壁の直前で防御フィールドが展開。
激突。
視界が白く染まる。
「初手から大盤振る舞いか」
レイナスがアステリオンを加速させる。
『君がレイナス・レノアークか』
リヴァイヴの声が届く。
「そうだけど?」
『リボンズが随分と君に興味を持っている』
「そりゃどうも」
GN-X IIIが正面から射撃。
アステリオンが機体を傾け、二発をかわす。
「できれば遠くから眺めてるだけにしてほしいところだけどな」
『それは難しい』
「だろうな。わざわざここまで来たくらいだ」
その横からガラッゾが飛び込んできた。
五本の指先からビームクローが伸びる。
アステリオンが後退。
爪が機体の鼻先を掠めた。
『余所見してる場合?』
ヒリング。
「してないよ」
再びクローが迫る。
レイナスは受けずにかわした。
速い。
GN-X IIIやアヘッドとは明らかに違う。
「いい動きするな」
『気に入った?』
「機体はな」
『欲しい?』
レイナスが一瞬黙る。
「……そういう聞き方はやめてくれ」
『どうして?』
「こっちにも守るべき約束ってものがあるんだよ」
『何それ』
「気にしなくていい。身内の話だ」
ヒリングのガラッゾがさらに踏み込む。
そこへもう一機。
ブリングのガラッゾが反対側から迫った。
二機が左右へ分かれる。
挟撃。
「二対一か」
レイナスは二機の動きを見る。
「仕事終わりの人間に振る量じゃないだろ、それ」
ガラッゾ二機が同時に加速した。
◇
別方向では、セラヴィーとガデッサの砲撃が交差していた。
『ティエリア・アーデ』
リヴァイヴの声。
ティエリアの表情が険しくなる。
『君はこちら側に来るべき存在だ』
「僕の立つ場所を、お前たちに決められる筋合いはない!」
セラヴィーが砲撃。
ガデッサが大きく回避する。
「僕はソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ!」
◇
00ガンダムの後方へオーライザーが接近する。
『刹那、合わせろ!』
「了解!」
ラッセが機体を接続。
二基の太陽炉から放出されるGN粒子が急激に増大する。
ダブルオーライザー。
その姿を見たリヴァイヴの目が細くなった。
『あれが……』
メメントモリを破壊した機体。
『TRANS-AM!』
赤い光が広がる。
ダブルオーライザーが一気に加速した。
GN-X III三機が射撃を集中させる。
ダブルオーライザーはその間を縫うように突破。
一機のライフルを斬り飛ばし、二機目を蹴り飛ばす。
その進路上へブリングのガラッゾが入った。
ビームクローを展開。
刹那がサーベルで受ける。
粒子が激しく弾けた。
『この程度か、ダブルオー』
ブリングが押し込む。
その瞬間。
刹那の目が変わった。
膨大なGN粒子が周囲へ広がる。
ガラッゾのクローが00ライザーを捉える。
――はずだった。
機体が消えた。
『……何?』
ブリングが振り向く。
赤い粒子だけが漂っている。
次の瞬間。
背後。
何もなかった空間から00ライザーが出現した。
『ブリング!』
ヒリングの声。
00ライザーの一撃を、ガラッゾが辛うじて回避する。
リヴァイヴの表情から余裕が消えた。
『今のは……』
ティエリアも息を呑む。
『量子化……!』
レイナスはガラッゾの攻撃をかわしながら、その光景を見る。
「またやったか」
メメントモリ戦で一度見ている。
見間違いではない。
速さでもない。
機体そのものが一度消えている。
「敵に回したくない機能が、また一つ増えたな」
『聞こえているぞ、レイナス』
刹那。
「褒めてるんだよ」
すぐに視線を戻す。
ヒリングのガラッゾが目の前に迫っていた。
「っと」
アステリオンが急旋回。
ビームクローをかわす。
「見物するにも料金が高すぎるな」
◇
戦闘は続いた。
だが、時間が経つほどイノベイター側の動きが変わっていく。
無理に拠点へ突入しようとしない。
00ライザーへ攻撃を集中させる。
アステリオンにも何度も仕掛けてくる。
ティエリアが気づいた。
『スメラギ・李・ノリエガ』
「分かってる」
スメラギも敵の動きを見ていた。
「最初から拠点破壊だけが目的じゃない」
クリスが振り返る。
「じゃあ……」
「私たちの戦力を見てる」
特に。
00ライザー。
そしてアステリオン。
◇
ガデッサが再びGNメガランチャーを構えた。
だが、狙いは拠点ではない。
00ライザー。
『避けてみろ、刹那・F・セイエイ』
砲撃。
巨大な光が00ライザーへ迫る。
刹那は回避しない。
赤い粒子が広がった。
再び量子化。
GNメガランチャーの光が、何もない空間を貫く。
直後。
00ライザーがガデッサの側面へ出現した。
『やはり……!』
リヴァイヴが距離を取る。
その声には驚きよりも、確認したという色が強かった。
レイナスがそれを聞く。
「……なるほどね」
ヒリングのガラッゾを振り切りながら呟く。
「俺たちを潰しに来たってより、品定めに来たってところか」
『随分と余裕だね!』
ヒリングが追う。
「ないよ」
アステリオンが反転。
ガラッゾのクローと武装が激突する。
「だから、そろそろ帰ってもらおうと思ってる」
レイナスの目が鋭くなる。
「こっちはまだ整備も終わってないんでね」
◇
『データは十分だ』
リヴァイヴから通信が飛ぶ。
ヒリングが不満そうに答える。
『もう? まだやれるよ』
『目的は達成した』
ブリングが即座に離脱を開始する。
『撤退する』
「逃がすか!」
ティエリアが追おうとする。
スメラギが止めた。
『深追いしないで!』
「しかし!」
『相手の目的が情報収集なら、撤退経路にも何か用意している可能性がある。拠点防衛を優先するわ』
ティエリアが僅かに迷い。
「……了解」
ガデッサと二機のガラッゾ。
残ったGN-X IIIが後退を始める。
ヒリングのガラッゾが最後までアステリオンの方を向いていた。
『今度はもっと遊ぼうね、レイナス』
「できれば遠慮したいね」
『嘘』
「……まあ、新型には興味あるけどな」
『やっぱり』
通信が切れた。
レイナスは離れていくガラッゾを見る。
追わない。
「まったく……」
操縦桿から少し力を抜く。
「休憩時間くらい守ってほしいもんだ」
◇
???
リボンズ・アルマークの前に、戦闘記録が映し出されている。
ダブルオーライザー。
攻撃が命中する寸前、その姿が消失する。
別地点へ再出現。
映像が何度も繰り返された。
『機体そのものの量子化です』
リヴァイヴの報告。
『ヴェーダに存在する00ガンダムの予測データを超えています』
リボンズは黙って映像を見る。
「ツインドライヴ……」
その視線が別の映像へ移った。
アステリオン。
青白い光を纏う機体。
《オーバーライズ》。
こちらもまた、ヴェーダの計算だけでは説明できない力。
「00ライザー」
そして。
「レイナス・レノアーク」
リボンズは僅かに笑った。
「僕の知らないものが、二つも同じ場所にある」
画面の中で、赤い粒子と青白い光が交差していた。