機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第91話 ひととき

第91話 ひととき

ソレスタルビーイング宇宙整備拠点

イノベイターの襲撃を退けたあと。

宇宙整備拠点には、ようやく静かな時間が戻っていた。

損傷した外壁の補修。

各MSの点検。

襲撃時の戦闘記録の解析。

やるべきことはいくらでも残っている。

それでも警報が鳴っていないだけで、拠点内の空気は随分と違った。

          ◇

整備区画

00ライザーの周囲には、複数の整備用アームが伸びていた。

刹那はその機体を見上げている。

メメントモリ戦。

そして、拠点防衛戦。

二度にわたって起きた現象。

量子化。

刹那自身にも、まだ完全には説明できていなかった。

「機体そのものが粒子になった……か」

横から声がした。

レイナスだった。

刹那は振り向かない。

「俺にも分からない」

「だろうな。分かってやってたなら、そっちの方が驚きだ」

「だが、あの時……」

刹那が自分の手を見る。

「感覚が広がった」

「感覚?」

「俺がどこにいるのか。敵がどこにいるのか。それだけじゃない」

刹那は言葉を探す。

「もっと遠くまで……人の存在そのものが分かるような感覚があった」

レイナスが刹那を見る。

「声も聞こえた」

「通信じゃなく?」

「ああ」

「……どんな?」

「言葉になっていないものまで、伝わってくるような……」

刹那自身、うまく説明できない。

だが、レイナスにはその話に妙な既視感があった。

人の存在を感じる。

離れた相手の意思を捉える。

言葉を介さず、他者と感覚を共有する。

かつていた世界で、似た話を何度も聞いた。

「……ニュータイプみたいだな」

刹那が振り向いた。

「ニュータイプ?」

「俺が昔いた世界にいた連中だよ」

レイナスは00ライザーを見上げる。

「人の意思を感じたり、離れた相手の存在を捉えたりな。細かいところは違うが、今のお前の話を聞いて最初に思い出した」

「俺が、そのニュータイプになっていると?」

「いや、そこまでは言ってない」

レイナスは首を振る。

「世界も仕組みも違う。似てるからって同じもの扱いしたら、後で話がややこしくなる」

「……そうか」

「ただ、お前自身に何か起きてるのは確かだろうな」

「身体は?」

「問題ない」

「頭痛とかは?」

「ない」

「意識が飛んだりは?」

「それもない」

「なら、今のところ慌てて答えを出す必要もないか」

「そうなのか?」

「分からないものを、無理に分かったことにする方が危ないよ」

レイナスは00ライザーを見上げる。

「機体の方はイアンたちが調べる。お前の方は、お前自身が一番分かる」

「俺自身……」

「ああ。何か変わったと思ったら言え。それが良い変化か悪い変化かは、それから考えればいい」

刹那は再び自分の手を見る。

戦場で感じた無数の意識。

怒り。

恐怖。

迷い。

そして――言葉を交わすより先に、相手の存在へ触れたような感覚。

「俺は……変わろうとしているのか」

レイナスは少し考えた。

「さあな」

「……」

「百年以上生きてるからって、何でも答えを知ってるわけじゃないよ」

そこで少し笑う。

「そこまで便利な先輩を期待されても困る」

「期待していない」

「……そこは少しくらい期待してくれてもいいんじゃないか?」

「どっちなんだ」

「難しいところだな」

刹那の表情が僅かに緩む。

そして再び00ライザーを見上げた。

自分の中で何かが始まっている。

まだ名前すら知らない変化が。

          ◇

情報処理室

アニュー・リターナーは、襲撃時の戦闘記録を整理していた。

ガデッサ。

ガラッゾ。

GN-X III。

攻撃地点と撤退経路を重ね、端末へ入力していく。

「真面目だねぇ」

背後から声がした。

アニューが振り返る。

「ライル」

「休憩時間だろ?」

「まだ少し残っています」

「そう言ってる奴が一番休まないんだよ」

ライルは端末の横へ飲み物を置いた。

「はい」

「私に?」

「他に誰がいる?」

アニューは少しだけ笑った。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

ライルは近くの椅子を引いて座る。

「で、何見てたんだ?」

「先ほどの戦闘記録です」

「休憩時間に?」

「気になってしまって」

「ほらな」

「何がです?」

「休まない奴」

アニューが困ったように笑う。

「あなたもここに来ているじゃないですか」

「俺は休みに来たんだよ」

「情報処理室へ?」

「たまたま」

「飲み物を二つ持って?」

ライルが止まった。

「……細かいところ見てるな」

「情報処理担当ですから」

「そりゃ勝てない」

アニューが笑った。

ライルもつられて笑う。

少しだけ沈黙が流れる。

気まずいものではない。

アニューが飲み物へ口をつける。

「ライルは、どうしてソレスタルビーイングに?」

「また難しい質問するな」

「聞いてはいけませんでした?」

「いや」

ライルは椅子の背にもたれる。

「最初は兄さんの代わりなんて御免だった」

アニューは黙って聞いている。

「顔が同じだからって、同じ人間になれるわけじゃない。兄さんの仲間からすりゃ、余計にそうだろ」

「今は?」

「俺は俺でいいって思ってるよ」

迷いなく答えた。

「ケルディムに乗ってるのも、兄さんになるためじゃない」

ライルは自分の手を見る。

「俺が決めて、俺が撃つ。それだけだ」

「……そうですか」

「何だよ」

「少し羨ましいと思って」

「俺が?」

「自分が何者なのか、はっきり言えることが」

ライルがアニューを見る。

一瞬。

アニュー自身も、なぜそんな言葉が出たのか分からないようだった。

「私は……」

言葉が止まる。

頭の奥に何かが引っ掛かった。

けれど、それが何なのかは掴めない。

「アニュー?」

「……いえ」

アニューは首を振った。

「何でもありません」

ライルは追及しなかった。

「まあ、分からないなら急ぐ必要もないだろ」

「そういうものですか?」

「たぶんな」

ライルは笑う。

「俺だって、つい最近まで似たようなもんだったし」

アニューも小さく笑った。

「説得力があるような、ないような」

「あることにしといてくれ」

二人の間に、また静かな時間が流れた。

          ◇

居住区・女性用ラウンジ

「というわけで!」

クリスティナが両手を叩いた。

「今日は女子会をします!」

「女子会ですぅ!」

隣でミレイナも元気よく手を上げる。

ルイスが目を瞬かせた。

「……女子会?」

「そう、女子会」

テーブルには飲み物と菓子が並んでいる。

集められたのはクリスティナ、フェルト、マリー、ルイス、王留美、アニュー。

そしてミレイナ。

スメラギも誘われたが、戦闘報告の整理を理由に逃げた。

「どうして急に……」

ルイスが戸惑う。

クリスティナは笑った。

「最近、暗い話ばっかりだったでしょ?」

メメントモリ。

スイール。

イノベイターの襲撃。

そしてルイス自身のこと。

「ずっと考えてても、答えが出ない時ってあるからね」

クリスティナはルイスの前へ菓子を置く。

「だから今日は休む!」

「そんな理由でいいんですか?」

「いいの。休むのに立派な理由なんていらないから」

「そうですぅ。甘いものは大事です!」

ミレイナが力強く頷く。

マリーも微笑んだ。

「私も賛成です」

ルイスは少し迷ってから。

「……じゃあ、少しだけ」

「よし!」

クリスティナが満足そうに頷いた。

最初は取り留めのない話が続いた。

食事。

艦内生活。

ミレイナが整備区画で見つけた用途不明の工具。

王留美が地上で食べた菓子の話。

ルイスも初めは聞いているだけだったが、少しずつ会話へ混ざるようになる。

そして――。

「ところで」

クリスティナが菓子を一つ摘まんだ。

その表情を見て、フェルトが僅かに警戒した。

「何?」

「せっかく女子だけで集まってるんだし」

王留美がカップを置く。

「嫌な予感がしますね」

「恋バナしよう!」

「やっぱり」

フェルトが小さく息を吐いた。

ミレイナの目が輝く。

「恋バナですか!?」

「ミレイナ、食いつきすぎ」

「重要な話題ですぅ!」

「何が重要なの……」

ルイスが思わず笑った。

その笑顔を見て、クリスティナも僅かに表情を緩める。

そして最初の標的を決めた。

「じゃ、まずルイスちゃん」

「わ、私!?」

「沙慈君とは今どうなの?」

「どうって……」

「好き?」

「……」

ルイスの顔が赤くなる。

全員の視線が集まった。

「……好き、だけど」

「はい、いただきました!」

「クリスさん!」

「素敵ですぅ!」

「ミレイナまで……!」

久しぶりに、ルイスの声に明るさが混じった。

クリスティナは笑う。

「いいじゃない。そこは変わってなかったんだから」

ルイスは少し黙ったあと。

「……うん」

小さく頷いた。

次にクリスティナの視線がマリーへ向く。

「じゃあマリー」

「私ですか?」

「アレルヤとは?」

マリーは少し考えた。

「大切な人です」

即答だった。

「強い!」

クリスティナが感心する。

マリーは柔らかく笑う。

「もう隠す必要もありませんから」

「羨ましいですぅ……!」

「ミレイナにはまだ早いんじゃない?」

フェルトが言う。

「そんなことないです!」

「そう?」

「恋愛に年齢制限はありません!」

「どこで覚えたの、それ」

「秘密ですぅ」

笑いが起きる。

クリスティナの視線がアニューへ移った。

「じゃあ次。アニュー」

「私?」

「ライルとは?」

アニューが飲み物を噴きそうになった。

「どうしてそこでライルが出てくるんですか!?」

「最近よく一緒にいるじゃない」

「仕事です!」

「今日も二人で休憩してましたよね?」

ミレイナが無邪気に加える。

「ミレイナ!?」

「飲み物も二つありましたですぅ」

「どうしてそんなところまで見てるんですか!?」

「たまたまです!」

クリスティナがにやりと笑う。

「へえ、二人でねえ」

「本当に休憩していただけです!」

アニューの頬が僅かに赤い。

「その割には顔が赤いけど?」

「クリスティナ!」

また笑いが起こった。

そして。

クリスティナの視線がゆっくりフェルトへ向く。

「……何?」

「フェルト」

「何?」

一拍。

「レイナスとはどうなの?」

フェルトが瞬きをした。

「レイナス?」

「そう」

「どうって……」

フェルトは少し考える。

恋愛対象として突然名前を出されたこと自体、意外だったらしい。

「レイナスは何と言うか……」

全員が待つ。

「無茶ばっかりするおじいちゃん? みたいな……」

沈黙。

次の瞬間。

クリスティナが吹き出した。

「おじいちゃん!?」

「だって百歳超えてるし」

フェルトは真面目だった。

王留美が口元へ手を当てる。

「本人が聞けば、かなり傷つきそうですね」

「でも見た目は若いですぅ!」

ミレイナが言う。

「見た目の話じゃなくて」

フェルトは少し困ったように続ける。

「すぐ無茶するし、止めても結局やるし……大丈夫って言って、本当に大丈夫だから余計に困るというか」

クリスティナが笑いながら頷く。

「あー……分かる」

「それで新しいMSを見ると、急に子供みたいになるし」

「おじいちゃんなのか子供なのか分かりませんですぅ」

「私も分からない」

フェルト自身が少し笑った。

クリスティナはまだ楽しそうにしている。

「じゃあ、恋愛対象ではない?」

「そういうふうに考えたことはないかな」

フェルトは自然に答えた。

「大切な人ではあるけど、それはみんなも同じだし」

「なるほどねえ」

クリスティナが意味ありげに頷く。

フェルトがその顔を見る。

「何、その顔」

「別に?」

「絶対何か考えてる」

「考えてないって」

フェルトは少しだけクリスティナを見つめた。

そして、ふと思いついたように口を開く。

「……そういうクリスはどうなの?」

「え?」

今度はクリスティナが固まった。

フェルトが僅かに笑う。

「みんなに聞いてるけど、クリスはまだ答えてないよね」

「あ」

「確かにそうですぅ!」

ミレイナが勢いよく食いついた。

「クリスお姉さまの好きな人も聞きたいです!」

「ちょ、ミレイナ!?」

「言い出した本人ですから、答えないわけにはいきませんね」

留美まで静かに追撃する。

「留美まで!?」

マリーも楽しそうに笑っている。

「私たちは答えましたから」

「マリーまでそっち!?」

一気に立場が逆転した。

ルイスも興味を持ったようにクリスティナを見る。

「クリスさんは……いるんですか?」

「え、いや、その……」

さっきまでの勢いが嘘のように消える。

フェルトはそんなクリスティナを見ながら、少し楽しそうだった。

「誰?」

「フェルト、楽しんでるでしょ!?」

「少し」

「即答!?」

ミレイナが身を乗り出した。

「リヒティさんですか!?」

「――っ!?」

クリスティナの顔が一気に赤くなった。

一同が止まる。

そして。

「……あら」

留美が微笑む。

「分かりやすいですね」

「違っ――いや、違わないっていうか……!」

「違わないんですぅ!」

「ミレイナぁ!」

フェルトも思わず笑う。

「クリス、さっきルイスに言ってたよね」

「何を!?」

「好き?」

「それ私に返す!?」

「答えてないよ」

完全に逃げ道を塞がれた。

クリスティナはしばらく視線を泳がせたあと、観念したようにテーブルへ突っ伏す。

「……気にはなってるわよ」

「おおー!」

「ミレイナ、声大きい!」

「好きなんですか!?」

「そこまで一気に聞かないで!」

ラウンジにまた笑い声が広がる。

クリスティナは赤くなったまま顔を上げた。

「もう! 次! 次行くわよ!」

逃げるように視線を動かす。

その先にいたのは――王留美。

「……何でしょう?」

留美が優雅にカップを置いた。

「留美! 次はあなた!」

「随分と強引に話題を変えますね」

「いいから! 好きな人は!?」

留美は少し考えるような仕草をした。

「さて。どうでしょう」

「私だけ答えさせて逃げる気!?」

「秘密です」

「ずるい!」

ルイスまで声を上げて笑った。

クリスティナは一瞬だけ、その笑顔を見る。

昨日まで。

自分のせいでメメントモリが造られたのではないかと、自分を責めていた少女。

全部が消えたわけではない。

これからも何度も思い出すだろう。

それでも今は笑っている。

それで十分だった。

「よし!」

クリスティナが菓子へ手を伸ばす。

「今日はこのまま、暗い話は禁止!」

「クリスが一番騒いでるよ」

フェルトが言う。

「こういう時は騒いだ者勝ちなの!」

「そんなルールあるんですか?」

ルイスが笑いながら聞く。

「今作った!」

「適当ですぅ!」

「ミレイナに言われたくない!」

再び笑い声が広がった。

兵器も。

戦争も。

リボンズも。

今、この部屋には必要なかった。

          ◇

ラウンジ前・通路

レイナスとニールが通路を歩いていた。

ラウンジの前を通り過ぎようとしたところで、扉の向こうから笑い声が聞こえる。

「随分盛り上がってんな」

ニールが言う。

「女子会らしいぞ」

「へえ」

その時。

中からクリスティナの声が聞こえた。

『レイナスとはどうなの?』

二人の足が同時に止まった。

「……」

「……」

続いてフェルトの声。

『レイナスは何と言うか……無茶ばっかりするおじいちゃん? みたいな……』

沈黙。

ニールがゆっくりレイナスを見る。

「……おじいちゃん」

「聞こえてるよ」

「百歳超えてるもんな」

「事実確認は頼んでない」

ニールが肩を震わせる。

「いや、悪い」

「笑ってるだろ」

「笑ってない」

「こっち見て言えよ」

完全に笑っていた。

レイナスは額を押さえる。

「百年以上生きてきて、見た目二十代のままおじいちゃん扱いされるとは思わなかったな……」

「長生きも大変だな」

「他人事だと思って楽しみやがって」

その直後。

今度は中から別の声が聞こえた。

『リヒティさんですか!?』

二人がまた止まる。

ニールが目を瞬かせた。

「今度はリヒティか」

「らしいな」

続いてクリスティナの慌てた声と、女性陣の笑い声。

レイナスはラウンジの扉を見る。

「……これは入らない方がいいな」

「最初からそのつもりだろ?」

「さっきまではな。今は確信に変わった」

二人は再び歩き出す。

ニールが隣で笑う。

「でも、大切な人だってよ」

レイナスが横目で見る。

「そこまで聞いてたのか」

「お前も聞いてただろ」

「……まあな」

少しだけ間が空いた。

レイナスは前を向いたまま答える。

「それなら十分だよ」

ニールはその横顔を一度だけ見る。

今度はからかわなかった。

背後のラウンジからは、まだ明るい笑い声が聞こえていた。

戦いが続いているからこそ。

こういう時間まで手放す必要はない。

少なくとも今だけは、それぞれが自分の時間を過ごしていた。

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