機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第93話 残された数字

第93話 残された数字

ソレスタルビーイング宇宙整備拠点

束の間の休息から数日後。

王留美は端末の前で、長い時間動かなかった。

画面に並んでいるのは、これまで追ってきたアロウズへの資金の流れ。

ハレヴィ家から流れた莫大な資産。

複数の企業を経由した資金。

資材調達。

輸送船。

オービタルリング上へ運び込まれた建設資材。

メメントモリの存在が明らかになったことで、それらの多くは一度、答えが出たものとして扱われていた。

巨大衛星兵器の建造。

あれほどの施設ならば、異常な資金と物流にも説明がつく。

そのはずだった。

「……合いませんね」

留美が呟く。

何度計算しても同じだった。

メメントモリ一基の規模。

確認された構造。

推定される建造費。

そして、実際に動いた金と物資。

数字が余る。

しかも、誤差と呼べる量ではない。

留美は別の資料を開いた。

メメントモリ建造に使われたと推定される資材と、追跡できた搬入記録を比較する。

やはり同じだった。

「紅龍」

「はい」

「スメラギさんを呼んでください」

留美の表情から何かを察した紅龍は、理由を聞かなかった。

「分かりました」

留美は再び画面を見る。

一度なら見落としを疑う。

二度なら計算を疑う。

だが、別々の経路から数字を重ねても同じ場所へ辿り着く。

問題は――余ったものがどこへ消えたのか。

          ◇

ブリーフィングルーム

スメラギ、ティエリア、刹那、レイナス。

イアンとクリスティナも呼ばれていた。

中央モニターには留美が整理した数字が並んでいる。

「メメントモリ一基では足りない?」

スメラギが確認する。

「正確には、確認できた資金と物流の全てを一号機の建造費として処理するには多すぎます」

留美が表示を切り替えた。

「資金だけならば、アロウズの通常運用へ転用された可能性もあります。ですが問題はこちらです」

大量の工業資材。

高出力エネルギー設備。

特殊構造材。

大型施設向けの部品群。

イアンが眉をひそめる。

「確かに妙だな」

「一号機の補修用じゃないのか?」

レイナスが尋ねる。

「予備部品なら説明できるものもある」

イアンが答える。

「だが全部は無理だ。こいつは予備で置いておくには量が多すぎる」

ティエリアが端末を操作する。

「一号機の建造後も、複数の輸送記録が残っている」

「でも、行き先がない」

クリスティナが言う。

「正確には消されてるんですね」

留美が頷く。

「以前と同じです。帳簿上では途中まで追えます。しかし、オービタルリング周辺へ入ったところで記録が途切れています」

スメラギの表情が険しくなる。

一号機を発見した時と似ている。

「……もう一基ある可能性は?」

刹那が言った。

室内が静かになった。

誰もすぐには否定しなかった。

レイナスが椅子の背にもたれる。

「一号機を壊して仕事が終わったと思ったら、納品数が合ってませんでしたってか」

端末に表示された数字を見る。

「こういう追加作業は、できれば最初に教えといてほしいもんだな」

「まだ二号機と決まったわけじゃないわ」

スメラギが言う。

「ああ」

レイナスも頷く。

「だから厄介なんだろ」

巨大兵器なのか。

別の軍事施設なのか。

既に完成しているのか。

まだ建造中なのか。

場所すら分からない。

留美が口を開く。

「もう一度、最初から追います。資金ではなく、今度は余剰分の物流だけに絞ります」

「お願い」

スメラギが答えた、その時だった。

ブリーフィングルームに警報音が響いた。

クリスティナの端末へ緊急通信が入る。

「スメラギさん!」

「何?」

クリスティナが情報を確認する。

その表情が変わった。

「アフリカ軌道エレベーターで異常事態!」

モニターが切り替わる。

地球。

赤道上にそびえる巨大な軌道エレベーター。

アフリカタワー。

「連邦軍部隊が施設を占拠しています!」

「連邦軍?」

イアンが眉をひそめた。

「アロウズじゃなくてか?」

「識別は正規連邦軍です!」

次々と情報が入る。

軌道エレベーターの制御区画が制圧。

通信管制も掌握。

施設内に多数の民間人。

そして占拠部隊を率いる人物。

クリスティナが名前を読み上げた。

「パング・ハーキュリー大佐」

スメラギが息を呑む。

「連邦軍内部のクーデター……」

ティエリアがモニターを見る。

「目的は?」

「声明が出ます!」

映像が切り替わった。

          ◇

アフリカ軌道エレベーター

『我々の目的は、地球連邦政府を打倒することではない』

映像の中で、一人の軍人が語っていた。

パング・ハーキュリー。

連邦軍大佐。

その背後には武装した兵士たちがいる。

『世界に真実を知らせることだ』

アロウズによる弾圧。

情報統制。

中東地域で行われてきた軍事行動。

そして、スイールで起きた大規模破壊。

『連邦政府は情報を統制し、アロウズの行為を隠蔽している』

『ならば我々は、世界の目が集まるこの場所から真実を伝える』

映像が続く。

          ◇

ソレスタルビーイング宇宙整備拠点・ブリーフィングルーム

誰も口を開かなかった。

スイール。

あの時も、メメントモリの砲撃を捉えた映像は瞬く間に消された。

巨大なレーザーが都市を消し去った事実すら、公式発表からは削り取られた。

「情報統制を破るために、軌道エレベーターそのものを占拠したのか」

レイナスが呟く。

「相当追い詰められてるな」

「それだけじゃない」

スメラギが言う。

「世界中が注目する施設を押さえれば、アロウズも無視できない」

「逆に言えば――」

ティエリアが続ける。

「アロウズが武力で鎮圧すれば、それ自体が世界へ露呈する」

「そういう狙いでしょうね」

留美が頷いた。

クリスティナの端末へ、さらに情報が届く。

「アロウズが動きました!」

モニターに部隊配置が表示される。

アフリカタワー周辺へ向かう大規模部隊。

「指揮官は?」

スメラギが尋ねる。

「カティ・マネキン大佐です」

レイナスの目が僅かに細くなる。

メメントモリ一号機を巡る戦いで見た、無駄のない防衛指揮。

「またあの大佐か」

スメラギは黙って配置図を見つめる。

「スメラギ?」

刹那が呼ぶ。

「……嫌な状況ね」

クーデター側は多数の民間人を抱えている。

アロウズは大部隊を投入。

しかも場所は軌道エレベーター。

一つ間違えれば、被害は軍同士だけでは済まない。

その時。

留美の端末が小さく鳴った。

先ほどまで解析を続けさせていた検索処理。

余剰資材の物流。

その一部に、新しい結果が表示されている。

「……待ってください」

留美の声が変わった。

全員が振り向く。

「どうしたの?」

「余っていた資材の一部です」

留美が画面を拡大する。

「輸送経路が一つだけ復元できました」

表示されたのは、地上ではない。

宇宙。

低軌道オービタルリング。

だが、その先はまた消えている。

「場所までは?」

ティエリアが尋ねる。

「分かりません。ですが――」

留美は別の記録を重ねる。

「一号機が存在した区画とは違います」

沈黙。

スメラギがモニターを見る。

アフリカタワー。

そして、行方不明になった大量の資材。

まだ両者を結ぶ証拠はない。

だが。

「……タイミングが悪すぎるな」

レイナスが低く言った。

スメラギも同じことを考えていた。

「現時点では別件として考えるわ」

「それが妥当だな」

レイナスも同意する。

証拠のない段階で二つを結びつければ、判断を誤る。

だが、無視もできない。

スメラギは立ち上がった。

「プトレマイオス2へ戻るわ」

クリスティナが顔を上げる。

「地球へ行くんですか?」

「ええ」

「クーデターに介入するのか?」

刹那が尋ねる。

「まず状況を確認する。パング大佐の目的、アロウズの動き、民間人の状態。それを見てから判断するわ」

レイナスも立ち上がる。

「賛成だ」

「珍しいわね。すぐ飛び出さないの?」

「俺を何だと思ってるんだ?」

「そういう人」

「……否定しづらいな」

一瞬だけ空気が緩む。

だが、レイナスの目はモニターから離れていない。

アフリカタワー。

その周辺へ集まり始めた大部隊。

「ただまあ、何も起きずに話し合いで終わるなら、それが一番だ」

少し間を置く。

「こういう時ほど、大体そうならないけどな」

スメラギが頷いた。

「各員、出航準備」

「了解!」

クリスティナが席を立つ。

刹那とティエリアも格納庫へ向かう。

レイナスも続こうとして、一度だけ留美の端末を振り返った。

一号機では説明できない資金と物流。

消えた大量の資材。

そして、アフリカタワーで始まったクーデター。

まだ線は繋がっていない。

だからこそ、今は確かめるしかない。

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

ドック内でプトレマイオス2の各部が起動していく。

「GNコンデンサー、正常」

「航行システム、問題ありません!」

リヒティとクリスティナの声が飛ぶ。

スメラギが艦長席から前を見る。

「進路設定。地球、アフリカ軌道エレベーター方面」

「了解!」

ドック固定アームが外れる。

プトレマイオス2がゆっくりと宇宙整備拠点を離れていく。

その先に浮かぶ青い地球。

アフリカタワーでは既に、連邦軍とアロウズが対峙し始めている。

そして彼らはまだ知らない。

一号機を破壊したことで終わったと思っていたメメントモリの問題が、再び動き始めていることを。

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