機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第94話 崩壊の光

第94話 崩壊の光

地球低軌道――アフリカ軌道エレベーター周辺

プトレマイオス2が地球低軌道へ到達した時、アフリカタワー周辺は既に大規模な部隊によって包囲されていた。

連邦正規軍。

そしてアロウズ。

宇宙側にも地上側にも多数の艦艇とMSが展開し、クーデター部隊の逃げ道を塞いでいる。

一見すれば、軌道エレベーターを奪還するための包囲網。

だが。

戦術モニターを見つめていたスメラギの目が細くなる。

「……おかしい」

「何がです?」

クリスティナが振り向く。

「配置よ」

アロウズの部隊配置が拡大される。

「包囲するなら、ここを空ける理由がない」

スメラギが一つの宙域を示した。

軌道エレベーターを中心とした包囲網。

その一方向だけが、不自然なほど綺麗に空いている。

「戦力不足じゃないんですか?」

「違うわ。足りないんじゃない。意図的に置いてない」

フェルトが展開状況を確認する。

「確かに……この宙域だけ部隊密度が極端に低いです」

スメラギは別のデータを重ねた。

王留美が追っていた資金と物流。

メメントモリ一号機では説明できなかった大量の資材。

最後に確認されたのは、低軌道オービタルリング上だった。

「まさか……」

ティエリアの表情が変わる。

「一号機と同じなのよ」

スメラギは空白となった宙域から線を伸ばした。

その先にあるのは――アフリカタワー。

「この空白が、味方を巻き込まないための射線だとしたら?」

ブリッジが静まり返った。

刹那がモニターを見る。

「メメントモリ……」

「ええ」

スメラギは頷いた。

「留美が見つけた余剰資材。消された輸送記録。そしてこの布陣」

ここまで揃えば、もはや偶然とは考えにくい。

「メメントモリは、もう一基ある」

レイナスが椅子の背から身体を起こした。

「……一号機で仕事は終わりだと思ってたんだけどな」

「私もよ」

「追加分があるなら、最初から言っといてほしいもんだ」

「誰が教えてくれるのよ」

「それもそうだな」

軽口とは裏腹に、レイナスの視線はモニターから離れない。

クリスティナとフェルトが観測範囲を絞る。

やがて。

「反応あり!」

フェルトが顔を上げた。

「オービタルリング上に大型構造物!」

映像が拡大される。

リング上に建造された巨大構造物。

一号機と酷似した砲身。

そして、その砲口は地球へ向いていた。

「……二号機」

スメラギの声が低くなる。

「各員、戦闘準備。発射される前に破壊するわ」

          ◇

アロウズ艦隊・旗艦

同じ頃。

カティ・マネキン大佐もまた、戦術モニターを見つめていた。

クーデター部隊が占拠するアフリカタワー。

その周囲を包囲するアロウズと連邦正規軍。

だが、作戦指揮官であるカティには、一つだけ理解できないものがあった。

「……この配置は誰が決めた?」

オペレーターが振り向く。

「上層部より指定された展開区域を基にしています」

「私が提出した作戦案ではないな」

「はい。一部宙域に展開禁止区域が追加されています」

カティの視線が止まる。

包囲するなら、そこへ部隊を置かない理由がない。

むしろ敵に突破口を与えかねない、戦術上の穴だった。

「禁止理由は?」

「開示されていません」

「作戦指揮官にもか?」

「はい」

カティの眉が僅かに動いた。

まただ。

アロウズの作戦指揮を任されていながら、自分に必要な情報が与えられていない。

メメントモリ一号機の時もそうだった。

それ以前から、何度も同じことが続いている。

「……」

カティは空白となった宙域から線を伸ばした。

オービタルリング。

そしてアフリカタワー。

「……射線?」

自分の口から出た言葉に、カティ自身の表情が変わる。

「まさか……」

「大佐!」

オペレーターが声を上げた。

「ソレスタルビーイングと思われる艦艇を確認!」

モニターにプトレマイオス2が映し出される。

続いて複数のガンダム。

カティはその進路を見る。

彼らは占拠部隊へ向かっていない。

アロウズが意図的に空けた宙域。

その先にあるオービタルリングへ向かおうとしている。

「……何かあるのだな」

ソレスタルビーイングは知っている。

少なくとも、自分には知らされていない何かを。

「各部隊へ通達。ガンダムを確認しても独断で追うな」

「しかし、敵性組織です!」

「分かっている。だが今ここで陣形を崩すな」

カティはモニターを睨む。

「連中が何をしようとしているのか確認する」

「了解!」

その時。

「大佐ぁ!」

聞き慣れた声がブリッジへ響いた。

ヘルメットを抱えたパトリック・コーラサワーが立っている。

「パトリック」

「ガンダムが来たんなら、俺が――」

「待機だ」

「まだ何も言ってませんよ!?」

「どうせ出撃すると言うつもりだったのだろう」

「さすが大佐!」

「褒めていない」

「でも大佐が俺のことを分かってくれてるなら、それで十分です!」

「……待機だ、パトリック」

「了解です、大佐!」

カティは小さく息を吐き、再びモニターへ視線を戻した。

今はソレスタルビーイングよりも、この不自然な空白の方が気になる。

          ◇

アフリカタワー・占拠区画

パング・ハーキュリーは窓越しに外を見ていた。

軌道エレベーターを包囲する大部隊。

残された時間が多くないことは分かっている。

「大佐」

部下が近づく。

「連邦軍から使者です」

「誰だ?」

「セルゲイ・スミルノフ大佐」

パングの表情が僅かに動いた。

「……通せ」

          ◇

セルゲイは武器を持たず、一人で区画へ入った。

パングが彼を迎える。

「久しぶりだな、セルゲイ」

「パング」

かつて同じ軍にいた二人。

今は片方が連邦軍。

もう片方がクーデターを起こした反乱兵。

「投降しろ」

セルゲイは回りくどい言葉を使わなかった。

「このままでは兵だけでは済まん。ここには多くの民間人がいる」

「分かっている」

「なら――」

「だからこそだ」

パングが遮る。

「我々がここまでしなければ、世界は何も知らない」

アロウズによる弾圧。

情報統制。

消された事実。

スイールで起きた惨劇すら、連邦政府は真実を覆い隠した。

「軍人が命令に従うだけで済む段階は過ぎた」

セルゲイは黙ってパングを見る。

「お前も気づいているのだろう、セルゲイ」

「……」

セルゲイ自身、アロウズへの疑念を既に抱いている。

説明されない大規模輸送。

不自然な航路制限。

隠された軍事行動。

だが。

「それでも、ここにいる民間人を巻き込む理由にはならん」

「分かっている」

パングは目を閉じた。

「私も、彼らを死なせたいわけではない」

「ならば投降しろ。今ならまだ――」

その時。

施設内の警報が鳴った。

二人が同時に顔を上げる。

          ◇

アフリカタワー外周・連邦軍包囲部隊

GN-X IIIを中心とした連邦軍部隊。

その中に、一機だけ明らかに異質なMSがいた。

黒と赤を基調とした細身の機体。

《マスラオ》。

そのコックピットで、グラハム・エーカー少佐は戦術モニターを見つめていた。

「……妙だな」

『何がでしょう?』

部下の声が通信から返る。

「アロウズの配置だ」

包囲網の一方向だけが空いている。

戦術的には説明できない空白。

「意図的に空けているように見える」

グラハムの脳裏に、これまで集めてきた情報が過ぎる。

改竄された報告。

隠蔽された戦闘。

アロウズ内部で消された記録。

そしてスイール。

「また何かを隠しているのか……」

その時。

レーダーが新たな反応を捉えた。

『ソレスタルビーイング!』

青いGN粒子。

複数のガンダム。

グラハムの視線が、その中の一機で止まる。

アステリオン。

「来たか、レイナス・レノアーク」

いつもなら胸が高鳴る相手。

万全の機体で再戦するという約束も残っている。

だが、今は違った。

ソレスタルビーイングがこの状況で現れた。

しかも彼らが向かっているのは、アロウズが意図的に空けた宙域。

「……なるほど」

何かがある。

グラハムもそう確信した。

マスラオは動かない。

今はレイナスとの決着より、確かめるべきことがあった。

          ◇

アフリカタワー上空

00ガンダム。

セラヴィー。

ケルディム。

アリオス。

アステリオン。

各機がプトレマイオス2から飛び出す。

そしてオーライザーにはラッセ。

『刹那、最優先はメメントモリよ!』

「了解」

『ラッセ!』

『いつでもいける!』

オーライザーが00へ接近する。

接続。

二基のGNドライヴとオーライザーが一体となる。

00ライザー。

「トランザム!」

赤い光が爆発的に広がった。

膨大なGN粒子を撒き散らしながら、00ライザーが加速する。

『砲身内部にエネルギー反応!』

フェルトの声。

『発射準備に入ってる!』

「間に合わせる!」

00ライザーが防衛線へ突入する。

進路を塞ぐGN-X III。

アヘッド。

だが。

00ライザーが消えた。

赤い粒子だけを残して姿を失い、次の瞬間には防衛線の向こう側へ出現する。

量子化。

アロウズ側に動揺が走る。

00ライザーはそのままメメントモリ二号機へ向かった。

だが。

アステリオンは途中で進路を変えた。

『レイナス?』

スメラギが呼ぶ。

「俺はタワー側に残る」

『理由は?』

「保険だよ」

レイナスは巨大なアフリカタワーを見上げる。

メメントモリ二号機。

その砲口。

そして射線。

「刹那が壊してくれれば、それで終わりだ」

アステリオンがタワー側へ移動する。

「でも、あれが撃たれた時に全員でメメントモリへ突っ込んでましたじゃ、笑えないだろ」

スメラギもすぐに意図を理解した。

『タワーへの砲撃に備えるのね』

「ああ」

『分かった。任せるわ』

「了解」

アステリオンの装甲表面を青白い光が流れる。

「できれば保険は使わずに済ませたいところだけどな」

          ◇

メメントモリ二号機周辺

00ライザーが巨大構造物へ迫る。

『砲身内部のエネルギー、さらに上昇!』

クリスティナの声。

『刹那、急いで!』

「分かっている!」

00ライザーの周囲へ膨大なGN粒子が集中する。

トランザムによって増大した粒子が収束。

巨大な光刃となって伸びていく。

ライザーソード。

「はああああああっ!」

刹那が振り抜く。

巨大な光刃がメメントモリ二号機を直撃した。

装甲が切り裂かれる。

砲身の一部が崩壊。

巨大な爆発が連続する。

『命中!』

クリスティナが叫ぶ。

だが。

フェルトの表情が変わった。

「待って!」

エネルギー反応が消えていない。

「発射シーケンス継続!」

「何!?」

刹那が目を見開く。

ライザーソードは確かに二号機を大きく破壊した。

だが、完全破壊には届いていない。

切り裂かれた構造物の奥で、既に蓄積されていたエネルギーが解放される。

『刹那、離れて!』

スメラギの叫び。

次の瞬間。

メメントモリ二号機が発射された。

          ◇

アロウズ艦隊・旗艦

カティは戦術モニターを走る巨大な光を見た。

オービタルリングから地球へ。

アフリカタワーへ。

その瞬間。

全てが繋がった。

不自然な空白。

展開を禁止された宙域。

作戦指揮官である自分にすら理由を知らされなかった配置。

「……これを撃つために」

カティが立ち上がる。

「我々を射線から退かせていたのか……!」

「大佐、あれは!?」

オペレーターの声にも、すぐには答えられなかった。

メメントモリ。

一号機だけではなかった。

そしてアロウズ上層部は、クーデター部隊だけを狙っているのではない。

あの射線上には――。

「軌道エレベーターまで巻き込むつもりか!」

          ◇

アフリカタワー上空

光が迫る。

スイールを一撃で消し去った巨大レーザー。

その進路上へ、一機のMSが飛び込んだ。

アステリオン。

「……やっぱり、そうなるか!」

逃げない。

むしろ砲撃へ向かって加速する。

『レイナス!』

スメラギの声。

「《オーバーライズ》!」

青白い光が爆発した。

アステリオンの全身を《アニマ》が覆う。

さらに機体前方。

巨大な防壁が展開される。

直後。

メメントモリのレーザーが激突した。

視界が白く染まった。

「ぐっ――!」

アステリオンが激しく揺れる。

警報が一斉に鳴り響く。

装甲温度上昇。

各部出力低下。

内部フレーム異常。

それでもレイナス自身には傷一つない。

「さすがに……楽な仕事じゃないな!」

《アニマ》をさらに注ぎ込む。

アステリオンの両腕が前へ出る。

青白い防壁が巨大レーザーを正面から受け止める。

主光軸が止まった。

タワーへ届かない。

「このまま――!」

だが。

『レイナス! 砲撃が拡散してる!』

フェルトの声。

「何?」

ライザーソードによって大きく損傷したメメントモリ二号機。

破壊された砲身から放たれたレーザーは、完全な一本の光軸にはなっていなかった。

アステリオンが受け止めているのは、その大部分。

だが一部が分散し、防壁の外へ逸れていく。

「ちっ!」

レイナスが《アニマ》の防壁を広げる。

間に合わない。

逸れた光がアフリカタワーへ走った。

巨大な外壁を掠める。

直後。

爆発。

構造材が弾け飛んだ。

『タワーに直撃!』

クリスティナが叫ぶ。

『外壁損傷!』

フェルトが被害状況を追う。

「構造材が剥離しています!」

「範囲は!?」

『広がっています! 一か所じゃありません!』

巨大な軌道エレベーター。

その外壁を構成するパネル。

支持構造。

無数の構造材。

一部が破壊されたことで、連鎖的に剥離が始まる。

          ◇

アフリカタワー外周

メメントモリの発射による衝撃が周囲を駆け抜けた。

マスラオも大きく煽られる。

「何だ、この光は!」

グラハムのモニターに映るのは、オービタルリングから放たれた巨大レーザー。

そして。

その真正面へ立つアステリオン。

「レイナス……!」

青白い光を纏ったアステリオンが、巨大レーザーを正面から受け止めている。

グラハムは一瞬、言葉を失った。

だが。

その背後。

アフリカタワーの外壁が次々と剥がれ始める。

驚いている場合ではない。

「全機、退避ではない!」

グラハムが即座に通信を開く。

『落下物への対応準備! 民間区域への被害を防ぐぞ!』

『りょ、了解!』

「アロウズの命令を待つ必要はない!」

マスラオが加速する。

眼下では、巨大な構造物が地球へ向けて落下を始めている。

「ここからは人命が最優先だ!」

          ◇

アフリカタワー・占拠区画

激震。

セルゲイとパングが同時に壁へ手をついた。

「何が起きた!」

『外壁に大規模損傷!』

通信から悲鳴に近い声が響く。

『構造材が剥離しています!』

パングの顔色が変わる。

「アロウズが撃ったのか……?」

セルゲイは答えない。

窓の外。

遥か上空に残る巨大な光。

そして、崩れ始める軌道エレベーター。

説得も。

クーデターも。

今は後回しだった。

「避難を始めろ!」

セルゲイが叫ぶ。

パングもすぐに部下へ向き直る。

「全区画へ通達! 民間人の避難を最優先!」

二人の立場は違う。

だが、この瞬間だけは目的が一致していた。

人を生かす。

それだけだった。

          ◇

アステリオン・コックピット

警報が鳴り止まない。

右腕部。

脚部。

装甲。

駆動系。

内部フレーム。

機体各所の表示が次々と赤へ変わる。

アステリオンは限界を超えていた。

それでも。

メメントモリの主光軸だけは通さなかった。

やがてレーザーが細くなる。

そして――消えた。

青白い防壁も砕け散る。

アステリオンが宇宙空間で大きく揺らいだ。

「……ったく」

レイナスが息を吐く。

本人は無傷。

だが機体は違う。

モニターに表示された損傷状況を見て、レイナスは眉をひそめた。

「こりゃイアンに見せたくないな……」

操縦桿を動かす。

反応が鈍い。

もう戦闘を続けられる状態ではない。

だが。

すぐにレイナスの表情が変わった。

アフリカタワー。

そこから無数の構造物が剥がれている。

数十メートル。

数百メートル。

さらに巨大なブロック。

重力に引かれ、地上へ向かって落ち始めていた。

『落下予測地点に多数の居住区域!』

プトレマイオス2から警告が入る。

『このままじゃ地上に――!』

レイナスは再び操縦桿を動かす。

アステリオンは応えない。

「……ここまでか」

大破。

それでも、機体が役目を果たしたことに変わりはない。

メメントモリの主砲撃は止めた。

なら、次だ。

レイナスは眼下へ視線を向ける。

落下を始めた巨大なピラー。

その下には人がいる。

迷う理由はなかった。

レイナスはハッチの開放操作へ手を伸ばす。

「機体が動かないなら――」

その身体を青白い《アニマ》が包み始める。

「俺が行くしかないな」

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