第96話 それぞれの転機
地球上空――プトレマイオス2・格納庫
戦闘を終えた機体が、次々と格納庫へ戻ってくる。
00ライザー。
セラヴィー。
ケルディム。
アリオス。
GNアーチャー。
二機のGN-X III。
そして最後に、見覚えのない機体番号を持つもう一機のGN-X IIIが着艦した。
その姿を見上げていたイアンの眉間に、深い皺が刻まれる。
「……おい」
GN-X IIIのハッチが開く。
レイナスが顔を出した。
「ただいま。悪いが、着艦手続きはそっちで頼む」
「頼む、じゃねえ!」
怒声が格納庫に響いた。
「お前、俺が何て言ったか覚えてるか!?」
「覚えてるよ。敵のMSを持って帰ってくるな、だろ」
「じゃあ何で増えてんだ!」
レイナスはコックピットから降り、GN-X IIIを振り返った。
「帰りの足が必要だった」
「お前なら生身で帰れるだろうが!」
「帰れるさ。ただ、できるからって毎回やってたら身体より先に常識の方が保たない」
「もうとっくに手遅れだ!」
近くにいたラッセが吹き出す。
レイナスは肩をすくめた。
「まあ、そう怒るなって。アステリオン一機を潰して、代わりに一機持って帰ってきたんだ。格納庫の床面積は大して変わらない」
「整備する側には大違いなんだよ!」
「そこは悪いと思ってる。けど、あの状況じゃ選べる手札も少なくてね。徒歩で帰って来いって言われるよりは、現地で足を拾った方が早い」
「だから宇宙で徒歩って言うな!」
イアンが頭を抱える。
だが、アステリオンの名前が出た途端、レイナスから軽い笑みが消えた。
空になった格納スペースを見る。
「……回収は?」
「ああ。位置は押さえてる。回収班も向かわせた」
「そうか」
「ただし期待はするな」
イアンの声も変わる。
「メメントモリを正面から受け止めたんだ。装甲どころかフレームまで逝ってる可能性が高い。実物を見るまでは何とも言えんが、部品を替えて元通りって話にはならんぞ」
「そこまで都合よくはいかないか」
「当たり前だ」
少しの沈黙。
やがてイアンが続けた。
「いっそ全部見直す手もある」
レイナスが振り向く。
「全部?」
「中身から作り直すなら、今のアステリオンに戻すことだけ考える必要もないだろ。実戦データも山ほど取れた。問題点も見えてる」
レイナスの目に、僅かに光が戻る。
「なるほどな」
「……その顔やめろ」
「まだ何も言ってないだろ」
「新しい玩具を見つけた時のお前の顔くらい分かる」
「百年以上生きてて玩具扱いされるとは思わなかったよ」
「MS絡みじゃ大差ねえ」
レイナスはもう一度、空いた格納スペースを見る。
「まあ、元通りに直して終わりってのも勿体ないか」
「だからまだ決定じゃねえ」
「分かってる。見積もりも出てないのに発注するほどせっかちじゃないさ」
「お前の場合、その例えは妙に信用できん」
「酷い言われようだな」
それでも。
レイナスの視線は、もう失ったものだけを見てはいなかった。
◇
格納庫の反対側。
ルイスがGN-X IIIから降りると、沙慈がすぐに駆け寄った。
「ルイス!」
「沙慈」
「大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れたけど」
「本当に?」
「本当だって」
沙慈がようやく息を吐く。
「……よかった」
その様子を見て、ルイスが少し笑う。
「沙慈がトレーニング始めたと思ったら、私の方が先にMSで出ることになっちゃったね」
「競争じゃないよ」
「分かってる」
「それに僕は、出撃するためにやってるんじゃないから」
「それも分かってるって」
以前よりも自然に言葉が続く。
そのことが、ルイスには少し嬉しかった。
そこへニールがもう一機のGN-X IIIから降りてくる。
「お疲れさん」
「ニールさん」
「無事に戻れて何よりだ」
ニールはルイスの様子を一度確認すると、自分が使ったGN-X IIIを見上げた。
「俺もこいつで初仕事がピラー掃除になるとは思わなかったけどな」
ルイスも自分が乗っていた機体を見る。
「……私も、こんな形でまたMSに乗るとは思いませんでした」
かつてMSへ乗る理由は一つだった。
ガンダムを倒す。
家族の仇を討つ。
そのためなら財産も、自分自身も使った。
だが今日は違った。
「MSって……こういう使い方もできるんですね」
ニールが穏やかに答える。
「結局、使う奴次第さ」
ルイスは小さく頷いた。
今日は誰も憎まずに引き金を引いた。
その事実が、不思議なくらい胸に残っていた。
◇
プトレマイオス2・ブリーフィングルーム
グラハム・エーカー少佐がプトレマイオス2へ足を踏み入れた。
連邦軍の制服姿のまま。
武器だけは預けている。
スメラギ。
刹那。
ティエリア。
アレルヤ。
ニール。
ライル。
フェルト。
クリスティナ。
王留美。
そしてレイナス。
グラハムは室内を見回した。
「まさか私が君たちの艦に招かれることになるとはな」
「こっちも驚いてるよ」
レイナスは椅子へ深く腰掛けていた。
「朝からメメントモリを止めて、相棒を一機潰して、空から生身で降りて、最後には昔の敵を客として迎える。予定表に書いてあったら休暇を申請してたところだ」
グラハムの口元が上がる。
「その割には楽しそうに見えるが?」
「気のせいだ。面倒事に慣れすぎて顔に出なくなっただけだよ」
ニールが笑う。
「その割にマスラオ見てる時は分かりやすかったけどな」
「それとこれとは別件だ」
「ほう」
グラハムが反応する。
レイナスは視線を逸らした。
「……先に仕事を片付けよう。話が進まない」
スメラギが苦笑する。
「珍しく正論ね」
「俺を普段何だと思ってるんだ?」
「そこから始めると長くなるわよ」
「じゃあやめとこう。今日の残業はもう十分だ」
中央モニターが切り替わった。
映し出されたのはメメントモリ。
空気が変わる。
◇
スメラギはこれまでに判明した事実を説明した。
スイールを消滅させた一号機。
その破壊。
王留美が追跡した資金と物流。
一号機だけでは説明できなかった物資。
そして、アフリカタワーで存在が判明した二号機。
グラハムは黙って聞いていた。
「我々が確認していた大規模輸送とも符合する」
「あなたも追っていたのね」
「ああ」
グラハムは自ら保存していた記録について話した。
アロウズによって書き換えられた報告。
原本との食い違い。
理由を知らされない航路封鎖。
説明のない大規模輸送。
「当初はアロウズ内部の問題だと考えていた」
「普通はそう見るよ」
レイナスがモニターを見たまま言う。
「現場で不具合を追っかけて、担当部署を一つずつ潰していったら、最後に出てきたのが設計図そのものだった。笑えない話だけど、今回はそれに近い」
「設計図そのもの、か」
「ああ。アロウズだけ止めて終わるなら、まだ仕事としては分かりやすかったんだけどな」
スメラギが次の画像を表示する。
リボンズ・アルマーク。
「その設計図を書いてる可能性が高いのが、こいつだ」
グラハムの表情が変わる。
「この男は?」
「リボンズ・アルマーク」
ティエリアが答えた。
「イノベイターを名乗る者たちの中心人物だ」
そこから説明されたのは。
リボンズ。
イノベイター。
ヴェーダ。
アロウズ。
そして世界規模の情報統制。
グラハムは途中で口を挟まなかった。
全てを聞き終えてから、ゆっくり息を吐く。
「……なるほど」
リボンズの顔を見る。
「私が見ていたものは、氷山の一角だったということか」
「一角でも見えてたなら十分だ」
レイナスが言う。
「そっちが残した原本。セルゲイ大佐が拾った輸送情報。留美が追った金の流れ。向こうがどれだけ綺麗に片付けたつもりでも、現場ってのは何かしらゴミが残る」
王留美が頷く。
「完全な情報統制は困難です。消された情報そのものが、逆に意図を示すこともあります」
「セルゲイ・スミルノフ大佐も独自に動いているのだな」
「ええ」
スメラギが答える。
「アフリカタワーでも無事は確認されてる。パング大佐の説得に入っていたけど、ピラー崩壊後は民間人の避難に動いたそうよ」
セルゲイは生きている。
そして今も連邦軍人として、自分の立場からアロウズへの疑念を追っている。
グラハムは少し考えた。
「ならば、私が保存してきた記録も提供しよう」
「いいの?」
「ここまで見せられて出し惜しみをするほど、私は器用ではない」
ただし、とグラハムが続ける。
「私はソレスタルビーイングへ加入するつもりはない」
「そこは最初から期待してないよ」
レイナスが言う。
グラハムが彼を見る。
「随分とあっさりしているな」
「無理に制服を着替えさせたところで、中身まで変わるわけじゃないだろ」
レイナスは軽く肩をすくめる。
「同じ方向を向ける間だけ並んで走ればいい。進む先が変わったら、その時また考えりゃいいさ」
グラハムは僅かに目を細めた。
「君らしい答えだ」
「百年以上生きてると、全員と意見を揃えるなんて無茶な仕事は諦めがつくんだよ」
スメラギが口元を緩める。
「それは少し見習いたいわね」
「やめとけ。そこまで行くのに百年かかる」
空気が僅かに緩む。
だがグラハムはすぐに真剣な表情へ戻った。
「私は君たちの理念全てに賛同したわけではない」
「構わない」
刹那が答える。
「だが、民間人もろともメメントモリを撃ち込み、軌道エレベーターすら危険に晒し、その事実まで消そうとする組織を軍と呼ぶつもりもない」
「なら、どうする」
「私自身の目で確かめる」
グラハムは迷わなかった。
「そのために、しばらく君たちと行動を共にする」
加入ではない。
だが、敵でもない。
グラハム・エーカー自身が何と戦うべきなのか。
その答えを出すまでの同行だった。
◇
アロウズ艦隊・旗艦
「……グラハム少佐がソレスタルビーイングと行動を共にしている?」
カティは報告を聞いていた。
「はい」
「追撃命令は?」
「上層部より出ています。ただし我々には現時点で追撃指示はありません」
「そうか」
カティはモニターへ視線を戻した。
損傷したアフリカタワー。
破壊されたメメントモリ二号機。
そして上層部から送られてきた公式報告。
そこにはメメントモリについて、肝心な部分が抜け落ちていた。
「……また消すのか」
自分が見た。
自分の部隊も見た。
巨大な光がアフリカタワーへ向かって撃たれた。
それでも、公式記録からは消えていく。
「大佐」
「何だ、パトリック」
「俺、難しいことはよく分かりませんけど」
「それは知っている」
「大佐!?」
「続けろ」
「はい!」
すぐに姿勢を戻す。
「さっきまで一緒に破片を壊してた奴らを、終わった途端に撃つってのは……やっぱり違うと思います」
カティはパトリックを見る。
珍しく、ふざけた様子はなかった。
「ああ」
「大佐もそう思います?」
「思う」
カティは公式報告を閉じる。
「パトリック」
「はい」
「今日、自分の目で見たものを忘れるな」
「……はい」
「命令と事実が食い違った時、最後に判断するのは自分だ」
パトリックは少しだけ目を見開いた。
「了解です、大佐」
◇
プトレマイオス2・格納庫
ブリーフィングを終えたグラハムは、マスラオの状態を確認していた。
その少し後ろ。
レイナスが腕を組み、機体を見上げている。
グラハムが振り向いた。
「先ほどから随分と熱心だな」
「そりゃ見るさ」
レイナスは視線を外さない。
「初めて見る機体、それも明らかに量産を考えてない尖った作りだ。ロボット好きに見るなって方が無理な注文だよ」
「マスラオだ」
「名前もいいな」
「ほう?」
「こういう機体は名前まで癖が強い方がいい」
グラハムが楽しそうに笑う。
「君とは機体の趣味が合いそうだ」
「そこは認める。ただし乗り方まで真似する気はないぞ」
「どういう意味かな?」
「そのままの意味だよ」
レイナスはマスラオの背面へ回る。
擬似太陽炉。
粒子供給系。
明らかに通常のGN-X系とは異なる構成。
「専用機か?」
「ああ。私のために造られた」
「いいねえ。そういう言葉には弱いんだ」
「君にもアステリオンがあるだろう」
レイナスの足が止まった。
一瞬。
空になった格納スペースへ視線が向く。
「……あった、だな。今のところは」
グラハムは何も言わない。
レイナスも湿っぽくするつもりはなかった。
すぐにマスラオへ視線を戻す。
「それより一つ聞きたい」
「何だ?」
「さっき、こいつの出力が一気に跳ねたな」
グラハムの目が僅かに細くなる。
「気づいていたか」
「そりゃな。こっちはトランザムを何年見てると思ってる」
「ならば話は早い」
グラハムはマスラオを見上げた。
「この機体にもトランザムが搭載されている」
レイナスが振り向く。
「擬似太陽炉で?」
「ああ」
数秒。
レイナスは黙った。
そして。
「……そいつは面白いな」
明らかに声が変わった。
グラハムが笑う。
「やはり食いついたか」
「食いつくさ。今まで純正太陽炉側の切り札だったものを、擬似太陽炉で再現したんだろ?」
レイナスはマスラオへ近づく。
「仕組みが違っても、考え方は使えるかもしれない」
「私の愛機を勝手に解析する気ではあるまいな?」
「安心しろ。持ち主が見てる前で分解するほど非常識じゃない」
「見ていなければ?」
「……そこは信用してくれ」
「今の間は何だ?」
「気にするな」
グラハムが笑う。
レイナスも小さく笑ってから、空いた格納スペースを見る。
「ただ、データは欲しい」
「何に使う?」
今度は迷わなかった。
「次の相棒に使える」
◇
数日後――プトレマイオス2・格納庫
回収されたアステリオンは、かつての姿をほとんど残していなかった。
装甲は広範囲に焼失。
右腕部は機能停止。
脚部も大破。
内部フレームにまで深刻な損傷が及んでいる。
レイナス。
イアン。
リンダ。
そしてグラハムが、その機体を見上げていた。
イアンが診断結果を閉じる。
「結論から言うぞ」
「ああ」
「アステリオンとして直すのはやめる」
レイナスはすぐには答えなかった。
大破した機体を見上げる。
やがて。
「……まあ、そうなるか」
「フレームから作り直す部分が多すぎる。ここまで手を入れて元へ戻すくらいなら、実戦データを全部反映して新しく組み直した方がいい」
リンダも頷く。
「《オーバーライズ》への対応も、もっと詰められるわ。今回の戦闘で機体側の限界もかなり見えたもの」
「それに」
イアンがグラハムを見る。
「マスラオのトランザムシステムだ」
グラハムが腕を組む。
「必要な技術資料は提供しよう。ただし、マスラオそのものを解体するのは認めん」
レイナスが横から口を挟む。
「安心しろ。そこまでやったら同行初日で客と喧嘩になる」
「君ならやりかねん」
「信用が安いな、俺」
「自業自得だ」
イアンが話を戻す。
「擬似太陽炉でトランザムを成立させる制御技術は使える。丸ごと移植じゃない。こっちの機体に合わせて組み直す」
レイナスは大破したアステリオンを見る。
《アニマ》。
《オーバーライズ》。
アステリオンが残した実戦データ。
そしてマスラオから得られるトランザム技術。
全てを次へ繋ぐ。
「修理じゃなくて、建て替えか」
「そんなところだ」
「だったら中途半端に前の形へ戻す必要もないな」
レイナスは焼けた装甲へ手を触れた。
「こいつは十分働いた。最後はメメントモリまで止めたんだ。ここから先まで同じ仕様で働かせるのは、さすがに酷ってもんだろ」
イアンが横目で見る。
「珍しく機体を労うじゃねえか」
「俺だってそこまで薄情じゃないよ」
少しだけ間を置く。
「無茶させた自覚くらいはある」
それから手を離した。
「次は、その無茶を前提に作る」
「結局無茶させるのかよ!」
「俺が乗るんだぞ?」
レイナスは平然と答えた。
「無茶しない前提で設計する方が、よっぽど危ないだろ」
イアンが黙る。
リンダも黙る。
グラハムだけが笑った。
「否定できんな」
「だろ?」
イアンは深い溜息を吐いた。
「……だからお前の機体は面倒なんだ」
「悪いな。仕様変更の多い客で」
「自覚があるなら途中で追加注文するなよ」
「善処する」
「信用できねえ!」
少しだけ、空気が緩んだ。
リンダが尋ねる。
「それで、新しい機体の名前は?」
レイナスは大破したアステリオンを見上げた。
アステリオン。
星。
そこからさらに先へ。
より高く。
「――ガンダムアルティオール」
「アルティオール?」
「より高く、って意味だ」
レイナスは静かに続ける。
「同じ場所へ戻るために作り直すわけじゃない。だったら名前も、その先へ行くものにしたい」
イアンが頷く。
「ガンダムアルティオール、か」
「悪くないだろ?」
「名前だけ先に決めやがって」
「こういうのは形から入るのも大事なんだよ」
「完成まで時間はかかるぞ」
「そこは急かさないよ。突貫で仕上げて戦場で不具合なんて、笑えないからな」
「珍しくまともなことを言った」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「無茶する奴」
「否定できないのが辛いところだな」
イアンが格納庫の一角を指す。
「で、その間はどうする?」
そこには。
アフリカタワーからレイナスが奪ってきたGN-X III。
レイナスはしばらくその機体を眺めた。
「ちょうどいいのがあるじゃないか」
「やっぱりそれか」
「アルティオールが上がるまで、現場を空けるわけにもいかないだろ」
「だからって鹵獲機を当然みたいに自分の席にするな」
「間に合わせの社用車みたいなもんだ。大事に使うよ」
「MSを社用車扱いするな!」
「返す相手もいないんだ。働いてもらった方が機体も浮かばれるさ」
「勝手に機体の気持ちを代弁するな!」
レイナスはGN-X IIIを見上げる。
ガンダムではない。
《アニマ》を前提に作られた機体でもない。
性能もアステリオンには及ばない。
それでも。
「まあ、しばらく頼むよ」
機体の脚部を軽く叩く。
「次の相棒が上がるまで、俺の無茶に付き合ってもらう」
イアンが嫌そうな顔をする。
「壊すなよ」
レイナスは少し考えた。
「……努力はする」
「そこは即答しろ!」
格納庫にイアンの怒声が響いた。
ガンダムアルティオールが完成するまで。
レイナス・レノアークの新たな足は――GN-X IIIとなった。