機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第97話 帰還者

第97話 帰還者

プトレマイオス2・格納庫

輸送艇がゆっくりと格納庫へ滑り込んだ。

誘導灯に従って着艦し、固定アームが船体を掴む。

気密確認を終え、ハッチが開いた。

最初に姿を現した女性を見て、待っていた沙慈が駆け出す。

「姉さん!」

「沙慈!」

絹江・クロスロードは荷物を床へ置き、近づいてきた弟を迎えた。

「久しぶり」

「うん」

絹江は沙慈の顔を見たあと、その身体へ視線を下ろした。

以前より僅かに肩回りがしっかりしている。

「……少し逞しくなった?」

「そうかな」

「前より身体つきがしっかりした気がする」

「ああ……最近、トレーニング始めたから」

「トレーニング?」

絹江の眉が上がった。

「レイナスさんに、非常時に動けるくらいの体力はあった方がいいって言われて」

「レイナスさんに?」

「戦闘訓練じゃないよ。ラッセさんたちと基礎体力をつけてるだけ」

「そう」

絹江はもう一度、沙慈を眺める。

「本当に変わったわね」

「まだ始めたばかりだよ」

「それでもよ。前のあなたなら、自分からそんなことしようとは思わなかったでしょ?」

沙慈は少し考えた。

「……そうかもしれない」

「無茶だけはしないでね」

「姉さんまでそれ言うの?」

「姉なんだから言うわよ」

以前と変わらないやり取り。

それだけで、沙慈の表情から力が抜けていった。

絹江も小さく笑う。

「元気そうでよかった」

「姉さんも」

「私はほら、しぶといから」

「知ってる」

「そこは否定しなさいよ」

少し離れた場所で、その様子をニールが見ていた。

やがて絹江も気づく。

視線が合った。

姉弟の時とは違う沈黙が、ほんの少しだけ流れた。

ニールが先に片手を上げる。

「おかえり」

絹江は目を細めた。

「……ただいま」

それだけだった。

だが沙慈には、二人の間に流れる空気が以前とは違うことくらい分かる。

何か言おうとして。

やめた。

たぶん、それが正解だった。

「沙慈」

別の声がした。

絹江が振り向く。

そこに立っていたのはルイスだった。

「……ルイスちゃん」

「絹江さん」

二人がしばらく見つめ合う。

絹江は既に概要を聞いている。

ルイスがアロウズに所属していたこと。

リボンズ・アルマークからナノマシン錠剤を与えられていたこと。

擬似GN粒子による身体異常。

レイナスの《アニマ》による治療。

そして今、沙慈と同じプトレマイオス2にいること。

だから、事情を聞く必要はない。

それでも。

報告として聞くのと、実際に本人を見るのとでは違った。

以前より痩せた顔。

少し落ち着いた声。

かつて沙慈の隣で明るく笑っていた少女とは、確かに雰囲気が変わっている。

けれど。

目の前にいるのは間違いなく、絹江の知っているルイス・ハレヴィだった。

「話は聞いてるわ」

「……はい」

ルイスの肩に僅かに力が入る。

それを見て、絹江は小さく息を吐いた。

「だから、今さら事情聴取するつもりはないわよ」

「え?」

「そんな顔してるから」

「私、そんな顔してました?」

「してた」

即答だった。

ルイスが困ったように沙慈を見る。

「沙慈」

「僕に聞かれても……」

「昔から分かりやすかったもの」

ルイスが少しだけ目を丸くした。

やがて、その口元が僅かに緩む。

「……絹江さん、変わってませんね」

「それ、今の私を見て言う?」

「そういうところです」

絹江も笑った。

沙慈もようやく表情を緩める。

何もなかった頃と同じではない。

それでも。

三人がこうして再び同じ場所に立てた。

今はそれで十分だった。

          ◇

「それで」

絹江は改めて沙慈を見る。

「整備を手伝ってるっていうのも本当なのね?」

「うん。イアンさんのところで」

「MSの?」

「MSだけじゃないよ。まだ簡単な作業しかできないけど」

「へえ……」

「何?」

「あなたがねえ」

「僕だって工具くらい使えるよ」

「そういう意味じゃないわよ」

絹江は少し感慨深そうに弟を見る。

以前の沙慈なら。

戦争も。

軍隊も。

ガンダムも。

自分とは関係のない遠い世界の出来事だった。

今でも戦うことを選んだわけではない。

それでも、何も知らなかった頃へ戻ろうとはせず、自分の意思でこの艦に残った。

「報告で聞いてはいたけど、実際に見るとやっぱり違うわね」

「僕は僕にできることをやってるだけだよ」

「ええ」

絹江は素直に頷いた。

「それでいいんじゃない?」

沙慈も頷く。

その横顔を、ルイスが静かに見ていた。

その時。

格納庫の奥から工具の音が響いた。

三人が振り向く。

一機のGN-X III。

脚部装甲が開かれ、その周囲でイアンたちが整備を行っている。

そのすぐ横にはレイナスがいた。

「レイナスさんの機体?」

沙慈が尋ねる。

絹江はGN-X IIIを見上げた。

そして。

「……また人の機体に乗ってるの?」

レイナスが振り返った。

「帰ってきて最初の感想がそれか?」

「だってそうでしょ?」

絹江はGN-X IIIを指す。

「それ、元は?」

「アロウズ」

「やっぱり人の機体じゃない」

「今は正式にこっちで使ってるんだから、もういいだろ」

「その理屈、前にも聞いたような気がするんだけど」

レイナスは少し考えた。

「……心当たりが多すぎて、どれの話か分からないな」

「でしょうね」

絹江は呆れながらも笑っていた。

「フラッグに乗って、イナクトに乗って、GN-Xにも何度も乗って……」

「待て。並べると聞こえが悪い」

「事実でしょ?」

「事実だから困ってるんだよ」

作業中のイアンが顔を上げる。

「今回は乗っただけじゃねえ! 持って帰ってきやがった!」

「帰りの足が必要だったんだ。あの状況で現地調達まで禁止されたら、さすがに仕事にならない」

「普通は現地調達で敵のMSを丸ごと一機持って帰らねえ!」

「使えるものが目の前にあったんだから仕方ないだろ。徒歩で帰るよりはマシだ」

「宇宙で徒歩って言うな!」

絹江が笑う。

「でも、なんだかこっちの方がレイナスらしいわね」

「それは褒めてるのか?」

「半分くらいは」

「残り半分が気になるな」

「知らない方がいいんじゃない?」

「なら聞かないでおくよ。今日はもう面倒事の追加は間に合ってる」

レイナスはGN-X IIIを軽く叩いた。

「しばらくはこいつが俺の足だ」

そこで絹江の表情が少し変わった。

「アステリオンは?」

レイナスも一瞬だけ黙る。

「回収はできた」

「修理するの?」

「いや」

格納庫の奥へ視線を向ける。

大破したアステリオンは、既に詳細な損傷調査へ回されていた。

「もうアステリオンとして元に戻すのはやめた」

「……そう」

「フレームから相当やられてる。それなら無理に前と同じ形へ戻すより、使えるもの全部拾って次を作った方がいい」

絹江がレイナスを見る。

「もう決めてるの?」

「ああ」

今度は迷わなかった。

「ガンダムアルティオール」

その名前を口にすると、僅かに声が弾む。

「アステリオンの実戦データも、《オーバーライズ》も、今回分かった問題も全部持っていく。マスラオのトランザム技術も参考にして、一から組み直す予定だ」

「……楽しそうね」

「そりゃな」

レイナスは隠そうともしなかった。

「壊れた相棒を眺めて落ち込んでても、勝手に直ってくれるわけじゃない。だったら次は、同じ無茶をしても壊れないくらい頑丈に作る方が建設的だろ」

絹江が首を傾げる。

「無茶をしないっていう選択肢は?」

「それで済む仕事なら、最初からこんな苦労してないよ」

「でしょうね」

「即答で納得されると、それはそれで傷つくな」

絹江が笑った。

          ◇

プトレマイオス2・食堂

その日の食堂は、いつもより賑やかだった。

絹江の帰還を理由に、自然と人が集まっている。

スメラギ。

クリスティナ。

フェルト。

ニール。

ライル。

刹那。

アレルヤ。

マリー。

ティエリア。

王留美。

沙慈。

ルイス。

そして絹江。

さらに。

少し離れた席にはグラハムまでいる。

絹江がその姿を何度目か確認した。

「……本当にいるのね」

ニールが隣から見る。

「誰が?」

「グラハム・エーカー少佐」

「そこかよ」

「だって連邦軍の少佐よ?」

絹江は記者としてグラハムの名前も経歴も知っている。

その人物が、今は普通にCBの食堂で食事をしていた。

「取材したい」

「やめとけ」

ニールが即答した。

「どうして?」

「帰ってきた初日から仕事するなよ」

「記者にそれ言う?」

「言う」

「私の仕事なんだけど」

「今日は休め」

「十分だけ」

「明日」

「五分」

「値切るな」

沙慈が二人を見る。

ルイスも同じ方向を見る。

ルイスが小声で尋ねた。

「……前からあんな感じだった?」

「僕に聞かないでよ」

「弟でしょ?」

「だから余計に困るんだよ」

その声が聞こえたらしい。

絹江が二人を見る。

「何か言った?」

「何も」

「何も言ってません」

返事が綺麗に重なった。

ニールが笑う。

          ◇

少し離れた席。

レイナスの正面にはグラハムが座っていた。

「妙な状況になったな」

グラハムが言う。

「それは今さらだろ」

レイナスは食事を続ける。

「元アロウズがいて、現役の連邦軍少佐までいる。その横じゃ鹵獲機の整備中だ。組織図を作る奴には同情するよ」

「その混乱の一部は君が作っていると思うが?」

「否定はしないけどな。今回は俺だけの責任じゃないよ」

「ほう?」

「メメントモリを作った奴と、ピラーを落とした奴にも請求を回してくれ」

「誰に何を請求する気だ?」

「俺の休日」

グラハムが笑う。

王留美がそのやり取りを聞いていた。

「随分と親しくなられましたね」

「俺とグラハムが?」

「ええ」

レイナスは少し考える。

「腐れ縁みたいなもんじゃないか?」

グラハムが不満そうに眉を寄せる。

「私は君との関係をそのような言葉で片付けられるのは不本意だ」

「そこにこだわるのか?」

「当然だ」

「じゃあ予約客」

「それならば構わん」

レイナスが箸を止めた。

「そっちはいいのかよ」

クリスティナが吹き出す。

グラハムは真顔だった。

レイナスは諦めたように食事へ戻る。

「本人が満足してるなら、もうそれでいいよ」

          ◇

プトレマイオス2・居住区

食事を終えたあと。

絹江は自室へ向かっていた。

その隣にはニール。

絹江の荷物を一つ持っている。

「それくらい自分で持てるわよ」

「知ってる」

「じゃあ返して」

「嫌だね」

「何それ」

「久しぶりなんだから、これくらいさせろよ」

絹江は一瞬だけ黙った。

「……じゃあお願い」

「ああ」

二人で歩く。

会話が途切れる。

だが、気まずさはなかった。

むしろ。

離れていた時間を埋めるのに、言葉を急ぐ必要がなかった。

「ニール」

「ん?」

「ただいま」

格納庫でも言った言葉。

だが今は、周囲に誰もいない。

ニールが少しだけ笑った。

「おかえり、絹江」

絹江も笑う。

「遅い」

「何が?」

「名前」

「そこかよ」

「そこ」

絹江は歩きながら、僅かにニールの腕へ肩を寄せた。

ニールは何も言わない。

ただ。

歩く速度を少しだけ落とした。

          ◇

翌日――プトレマイオス2・ブリーフィングルーム

テーブル上には大量の情報が並んでいた。

王留美が追ってきた資金と物流。

カタロンが収集した連邦政府とアロウズの動向。

グラハムが保管していた軍内部の原本。

セルゲイ大佐から得られた輸送関連情報。

そして。

絹江が地上で集めてきた政治・報道記録。

絹江が端末を操作する。

「アフリカタワーの一件以降、情報統制がさらに強くなってる」

複数のニュース記録が表示された。

同じ事件を扱っているにもかかわらず、時間の経過と共に内容が変わっている。

メメントモリを示唆する映像。

消失。

アロウズの行動記録。

修正。

民間から投稿された映像。

削除。

王留美が画面を見る。

「ここまで徹底されると、逆に不自然ですね」

「ええ」

絹江が頷く。

「何を消しているのかを追えば、何を知られたくないのかが分かる」

ティエリアがデータを確認する。

「ヴェーダによる情報統制と考えれば説明はつく」

スメラギが腕を組む。

「問題は、そのヴェーダがどこにあるのか」

これまで彼らは、リボンズという人間を追ってきた。

だが本人は表へほとんど痕跡を残さない。

ならば。

使っているシステムから逆算する。

「通信経路」

ティエリアが表示を切り替える。

「処理が発生した時刻。情報が書き換えられた地域。外部サーバーに残った記録。これらを比較する」

「ヴェーダそのものへ入れなくても、外側から仕事の跡は追えるってわけか」

レイナスがモニターを見る。

「ああ」

ティエリアが答える。

レイナスは椅子へ深く腰掛けた。

「殴って止まる相手なら話は早いんだけどな。どこにいるかも分からない奴を探す方が、よっぽど面倒だ」

スメラギが横目で見る。

「でも、やるんでしょう?」

「放っといたらもっと面倒になる」

レイナスは苦笑する。

「こういう仕事は、面倒でも先に片付けるに限るよ」

「経験談?」

絹江が尋ねる。

「嫌になるくらいにな」

世界地図の上へ無数の点が現れる。

一つ一つは小さな痕跡。

まだヴェーダの位置を示すには足りない。

だが。

追うべき道筋は見え始めていた。

          ◇

同時刻――プトレマイオス2・格納庫

大破したアステリオンの装甲が、一枚ずつ取り外されていく。

イアンとリンダを中心に、技術スタッフが損傷箇所と戦闘データを照合していた。

使える部品。

捨てる部品。

改修すべき構造。

《オーバーライズ》への対応。

そしてマスラオから提供されたトランザム関連データ。

別のモニターには、まだ骨格しかない新型機の設計案が表示されている。

アステリオンを元へ戻すための図面ではない。

その経験を引き継ぎ。

さらに先へ進むための機体。

ガンダムアルティオール。

ヴェーダの捜索。

アルティオールの建造。

そして、同じ艦へ集まり始めた人々。

戦いが止まったわけではない。

それでも今は。

次の戦いへ向かう前の時間が、確かにプトレマイオス2に流れ始めていた。

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