機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第98話 日常

第98話 日常

プトレマイオス2・格納庫

「……だから、どうしてこうなる」

イアンの低い声が格納庫に響いた。

GN-X IIIのコックピットから降りてきたレイナスは、床へ着地すると何食わぬ顔で振り返った。

「何が?」

「何が、じゃねえ!」

イアンが端末を突きつける。

「右脚の姿勢制御に負荷! 左肩のアクチュエータも規定値を超えてる! お前、ただの動作確認に出ただけだよな!?」

レイナスは表示された数値を眺めた。

「動作確認だからだよ。いざ本番って時に『そこまで動かしたことありません』じゃ、現場で泣くのは俺だろ?」

「だからって限界まで試す奴があるか!」

「限界が分からない機械に命預ける方が、俺は嫌だけどな」

「お前の場合、限界を知ったらそこまで使うだろうが!」

そこでレイナスが少し黙った。

「……まあ、その可能性は否定しない」

「そこは否定しろ!」

少し離れた場所で整備を手伝っていた沙慈が苦笑する。

ラッセは声を上げて笑った。

「諦めろ、イアン。レイナスに普通のテスト運用を期待する方が無理だ」

「ラッセ、お前までそっちにつくな!」

「俺は現実を言ってるだけだ」

レイナスはGN-X IIIを見上げた。

「でもまあ、悪くないよ。素直だし、変な癖もない。量産機だけあって整備性もいい」

「だったら大事に使え!」

「使ってるさ。借り物を雑に扱うほど若くない」

イアンの眉間に皺が寄る。

「借り物?」

「……言い方を間違えたな」

「奪った機体だろうが!」

「そこを毎回確認すると話が長くなるだろ。今はこっちの戦力なんだから、それでいいじゃないか」

「よくねえ!」

レイナスは沙慈へ視線を向けた。

「見ての通りだ。現場じゃ正論だけで仕事は片付かない」

「僕を巻き込まないでください」

「賢明だな。そういう判断ができるなら将来有望だ」

「変なこと教えるな!」

格納庫に笑い声が広がった。

少し離れた整備区画では、大破したアステリオンの作業も進んでいる。

外装の多くは既に取り外され、内部フレームが露出していた。

その隣の大型モニターには、新たな機体の設計図が浮かんでいる。

ガンダムアルティオール。

まだ輪郭しかない。

それでも少しずつ、新しい相棒は形になり始めていた。

          ◇

「ここのフレームは残せそうね」

リンダが損傷解析結果を表示する。

イアンが画面を睨んだ。

「中央部はな。だが右側は駄目だ。メメントモリを受けた時の歪みが深すぎる」

「交換?」

「いや」

イアンは設計図を切り替えた。

「どうせなら構造そのものを変える」

横から覗き込んでいたレイナスが顎へ手をやる。

「《オーバーライズ》込みで?」

「それもある」

画面にはアステリオンの戦闘記録が並ぶ。

機体各部に発生した応力。

《アニマ》による機体強化。

《オーバーライズ》発動時の出力変化。

そしてメメントモリ迎撃時に発生した、設計限界を遥かに超える負荷。

「アステリオンは、お前の能力を機体へ乗せるところまでは上手くいった」

「ああ」

「だが、お前が何をやらかすかまでは想定できてなかった」

レイナスは少し眉を上げた。

「そこまで言われると、俺が仕様書にない使い方ばかりしてるみたいじゃないか」

「してるんだよ!」

「メメントモリを受け止めるなんて項目、取扱説明書に書いてなかったからな」

「普通は書かねえ!」

リンダが笑いを堪えながら言う。

「だから今度は、最初からレイナスが無茶をする前提で設計するの」

「その方が話が早いな」

レイナスはあっさり頷いた。

「俺に『想定された範囲で使ってください』って頼むより、機体の想定範囲を広げた方が現実的だ」

「本人が開き直るな!」

「こっちだって好きで毎回予定外を引いてるわけじゃないさ」

レイナスは肩をすくめる。

「ただ、現場ってのは大体、設計した奴が一番見たくない使われ方を要求してくるもんだろ?」

「お前は自分からやってるだろうが!」

「必要になったからやっただけだよ」

「それを無茶って言うんだ!」

「結果的に必要だったなら、次は最初からできるようにしといた方がいい。反省ってのはそういうもんだろ?」

「お前の反省は絶対に何か間違ってる!」

さらに別のデータが表示された。

マスラオから提供されたトランザム関連情報。

イアンの表情が技術者のものへ変わる。

「こっちはまだ解析中だ」

「擬似太陽炉でトランザムを成立させる制御か」

「ああ。そのままアルティオールへ持ってくるわけにはいかねえ」

「太陽炉が違うからですか?」

沙慈が尋ねた。

「それもある」

リンダが答える。

「アルティオールには《オーバーライズ》がある。《トランザム》まで組み込むなら、二つが干渉した時にどうなるか確認しないと危険よ」

レイナスの目が明らかに変わった。

「だったら同時運用を――」

「しない」

「まだ最後まで言ってないぞ」

「言わせる必要がねえ!」

「客の要望くらい最後まで聞いてくれてもいいだろ」

「お前は客じゃねえ!」

「じゃあパイロットの現場意見」

「もっと悪い!」

レイナスはため息をついた。

「せっかく新造するんだ。後から『やっぱり欲しかった』で追加工事するより、設計段階で検討だけでもしといた方が安く済むだろ?」

イアンの動きが止まる。

「……検討だけだぞ」

「分かってるよ」

「絶対勝手に試すなよ」

「信用ないなあ」

「どの口が言う!」

レイナスは笑いながら設計図へ視線を戻した。

まだ完成には遠い。

だからこそ、面白い。

「まあ、急かしはしないさ」

珍しい言葉にイアンが怪訝そうな顔をする。

「何だ?」

「中途半端な仕事で上がってきたら、困るのは俺だからな」

レイナスは画面のアルティオールを見た。

「納期より仕上がり優先で頼むよ。代車ならしばらくある」

親指でGN-X IIIを指す。

イアンは深く息を吐いた。

「その代車を壊すなよ」

「善処する」

「即答で約束しろ!」

          ◇

プトレマイオス2・食堂

「姉さん、それ僕のなんだけど」

「一個くらいいいでしょ」

「自分のあるじゃない」

「そっちは後で食べるの」

「増えてるよね?」

絹江は沙慈の皿から一つ取った。

向かいに座っていたルイスが笑う。

「懐かしい」

「何が?」

「こういうの」

ルイスは姉弟を見る。

「前も沙慈の家で似たようなことしてましたよね」

「してた?」

「してました」

沙慈が即答した。

「姉さん、僕が買ってきたお菓子とか普通に食べてたから」

「家族なんだから共有財産でしょ」

「初めて聞いたよ、そんな制度」

ルイスがまた笑った。

以前より小さな笑い方だった。

けれど、確実に増えている。

絹江はそれに気づいていたが、口には出さなかった。

「ルイスちゃんは身体、大丈夫なの?」

「はい。レイナスさんに定期的に診てもらってます」

「薬は?」

「今はほとんど使ってません」

「そう」

それ以上、絹江は踏み込まない。

ルイスもそれに気づいた。

「……聞かないんですか?」

「何を?」

「アロウズにいた時のこととか」

絹江は少し考えた。

「聞きたいことならあるわよ。記者としては山ほど」

「姉さん」

「分かってるわよ」

沙慈を軽く睨んでから、絹江はルイスへ向き直った。

「でも今は記者としてここにいるんじゃないもの」

「じゃあ……」

「沙慈の姉として」

ルイスが目を瞬く。

「だから、あなたが話したくなった時に聞くわ」

「……はい」

「それまでは普通にしてればいいのよ」

少し間が空いた。

「普通って、難しいですね」

ルイスが呟く。

「そうね」

絹江も簡単には否定しなかった。

「でも、急いで昔へ戻る必要もないんじゃない?」

「戻る?」

「昔のルイスちゃんに」

ルイスが顔を上げる。

「いろいろあったんだから、何もなかった頃と同じになる方が無理でしょ」

「……」

「今のあなたが、これからどうするか。それでいいんじゃない?」

ルイスはしばらく黙っていた。

それから小さく頷く。

「……はい」

「それに」

絹江は沙慈を見る。

「こっちも昔の沙慈じゃないし」

「なんで僕に飛ぶの?」

「筋肉痛で歩き方がおかしくなる弟なんて昔はいなかったもの」

「姉さん!」

ルイスが吹き出した。

          ◇

プトレマイオス2・展望区画

地球が窓の向こうに浮かんでいた。

ライルは壁へ背を預け、缶飲料を片手にその光景を眺めている。

隣ではアニューが端末を操作していた。

「休憩中まで仕事か?」

「確認しているだけです」

「それを仕事って言うんだよ」

アニューが顔を上げる。

「ロックオンさんこそ、ここで何を?」

「俺はちゃんと休憩」

「胸を張って言うことですか?」

「休む時に休むのも仕事のうちだろ」

「誰かに似てきましたね」

「……誰だ?」

アニューは答えなかった。

だが二人とも、同じ人物を思い浮かべたらしい。

ライルが苦笑する。

「やめてくれ。あいつみたいに百年働く気はないぞ」

「そこまでは言っていません」

アニューが笑う。

ライルは横目でその表情を見る。

「最初より笑うようになったな」

「そうですか?」

「ああ」

アニューは少し考えた。

「ここは……不思議な場所ですから」

「そうか?」

「軍隊のようで、軍隊ではない。世界を変えると言いながら、食事の取り合いをしている人がいる」

「誰のことだ?」

「先ほど食堂で」

「ああ」

ライルも見ていた。

「それでいて、戦闘になれば命を預け合う」

アニューは窓の向こうを見る。

「変な人たちです」

「嫌か?」

「いいえ」

答えは早かった。

ライルが笑う。

「ならいい」

「ロックオンさんは?」

「俺?」

「ここは好きですか?」

ライルは少しだけ考えた。

「最初は兄貴の代わりを求められる場所だと思ってた」

アニューは黙って聞く。

「でも違った」

ライルは地球を見る。

「俺は俺でいいらしい」

「当たり前です」

「簡単に言うなよ」

「簡単なことですから」

ライルがアニューを見る。

彼女は真顔だった。

やがてライルが笑う。

「そういうところ、結構好きだぜ」

「……」

今度はアニューが黙った。

「お?」

「何ですか?」

「いや」

「何ですか?」

「顔、赤くなった?」

「なっていません」

「そうか?」

「なっていません」

今度はライルが楽しそうに笑った。

          ◇

プトレマイオス2・医務室

ルイスの診察が終わる。

レイナスは椅子へ座ったまま、端末の数値を確認していた。

《アニマ》による治療を始めた頃と比べれば、状態はかなり安定している。

だが、まだ終わりではない。

「今日はここまでだな」

「はい」

ルイスが袖を戻す。

「次も同じくらいですか?」

「ああ。調子がいいからって工程を飛ばすと、大体あとで余計な仕事が増える。身体も機械も、その辺は似たようなもんだ」

「じゃあ、焦らず?」

「それが一番だよ。こっちは納期を競ってるわけじゃないんだからな」

その時、扉が開いた。

「終わった?」

沙慈だった。

「うん」

「どうだった?」

ルイスが答える前に、レイナスが端末を置く。

「順調。だからって完治扱いにするにはまだ早いけどな」

「そうですか」

沙慈が安心したように息を吐いた。

レイナスは二人を見比べる。

「せっかくだ。少し歩いてくれば?」

「え?」

「治療の後は軽く身体を動かした方がいい。沙慈も今日の作業は終わったんだろ?」

「はい」

「だったらちょうどいい。俺まで付き合う必要はないだろ」

ルイスが少し笑う。

「追い出そうとしてません?」

「半分は正解」

「半分?」

レイナスは端末を持ち上げた。

「患者が帰ったら、次はアルティオールの仕様確認だ。診療と新型機の打ち合わせを同時にやるほど器用じゃないんでね」

「……忙しいですね」

「仕事ってのは一個片付けると、空いた場所に次が座るようにできてるらしい」

沙慈が苦笑した。

「レイナスさん、休んでます?」

「それを今考えると余計に疲れそうだから、やめとくよ」

「ちゃんと休んでくださいね」

「善処する」

「イアンさんと同じ反応されてますよ」

レイナスが一瞬黙る。

「……最近、その言葉の評判が悪いな」

ルイスが笑った。

「行こう、沙慈」

「うん」

二人が医務室を出る。

扉が閉まると、レイナスは一度だけ大きく背を伸ばした。

「さて、と」

別の画面を開く。

表示されたのは、ガンダムアルティオールの設計データ。

「休憩は……こいつが完成してから考えるか」

数秒。

レイナスは自分で言ってから首を振った。

「いや、それだとまた先送りだな。どっかで一回サボるか」

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

クリスティナの端末に、大量の通信解析結果が流れている。

その隣ではフェルトが別系統のデータを確認していた。

「また外れ」

クリスティナが椅子へ背を預ける。

「これで何件目?」

「今日だけで二十七」

フェルトが答える。

「うわぁ……」

「まだ見る?」

「見るしかないでしょ」

クリスティナが身体を起こした。

「ヴェーダさん、もうちょっと分かりやすいところにいてくれないかな」

「それだとリボンズも困ると思う」

「そっちの都合は聞いてないの」

フェルトが僅かに笑った。

その時。

新しいデータが表示される。

フェルトの表情が変わった。

「クリス」

「ん?」

「これ」

二人が画面を見る。

地上から宇宙へ向けられた通信記録。

単独なら珍しくもない。

だが。

「情報改竄が発生した直後だけ、通信量が増えてる?」

クリスティナが表示を拡大する。

「一ヶ所じゃない」

複数地域。

異なる時間。

異なる事件。

それでも、僅かに共通する流れがあった。

フェルトが通信経路を重ねる。

「全部、宇宙側へ抜けてる」

「行き先は?」

「途中で消えてる」

「……それでも」

クリスティナの表情から疲れが消えた。

「一歩前進じゃない?」

フェルトが頷く。

まだ場所は分からない。

月なのか。

軌道上なのか。

さらに別の場所なのか。

何も確定していない。

それでも。

ヴェーダへ続くかもしれない糸が一本。

ようやく見え始めていた。

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