機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第99話 増える基準

第99話 増える基準

プトレマイオス2・トレーニングルーム

「……増えてる」

トレーニングルームへ入った沙慈は、思わず入口で足を止めた。

最初に始めた頃は、レイナスとラッセ。

そこへアレルヤとマリーが加わった。

それだけでも、自分の比較対象として何かがおかしいと思っていた。

今日はさらに二人いる。

刹那・F・セイエイ。

そして。

グラハム・エーカー少佐。

「どうした、沙慈」

ストレッチをしていたラッセが声を掛ける。

「増えてる……」

「さっき聞いた」

「いや、だって」

沙慈は室内を見回した。

刹那は既に黙々と身体をほぐしている。

アレルヤも準備運動中。

その隣ではマリーが髪をまとめていた。

そしてグラハムは、何故か当然のような顔でトレーニングウェア姿になっている。

最後にレイナスを見る。

「レイナスさん」

「ん?」

「どうしてこうなったんですか?」

レイナスも準備運動をしながら答える。

「俺に聞かれても困るな。気がついたら増えてた」

「主催者みたいなものでしょう?」

「俺は沙慈の基礎体力作りに付き合ってただけだよ。会員募集を始めた覚えはないんだけどな」

「では、私の参加に問題はないな」

グラハムが言った。

レイナスがそちらを見る。

「問題はないけど……馴染むの早くないか?」

「身体を鍛えるのに所属は関係あるまい」

「そりゃそうなんだが」

グラハムは刹那を見る。

「それに、ガンダムのパイロットがどのような鍛錬をしているのか興味もある」

刹那が一度だけグラハムを見る。

「俺は普段通りやる」

「望むところだ」

「張り合うなよ」

レイナスが即座に止めた。

「今日は沙慈のトレーニングに付き合ってるだけだ。ここで勝負を始められると、話が別の仕事になる」

「無論、承知している」

グラハムは答えた。

レイナスは数秒見つめる。

「……本当だろうな?」

「私を信用したまえ」

「今のところ、その台詞が一番信用できないな」

ラッセが笑った。

沙慈はもう一度、参加者を見る。

レイナス。

ラッセ。

アレルヤ。

マリー。

刹那。

グラハム。

「僕、この中でやるんですか?」

「安心しろ」

ラッセが沙慈の肩を叩いた。

「前にも言っただろ」

「何を?」

「比較する相手を間違えてる」

「増えたせいでもっと酷くなってるよ!」

          ◇

最初はランニングだった。

もちろん、沙慈に合わせたペースである。

そのはずだった。

「はぁ……はぁ……」

沙慈が走る。

横にはラッセ。

少し前には刹那とグラハム。

アレルヤとマリーは会話しながら走っている。

レイナスは最後尾で沙慈の状態を確認していた。

「呼吸を崩すな。速度はそのままでいい」

「はい……」

「前の時より余裕あるな」

「そう……ですか?」

「ああ。少なくとも最初みたいに、今すぐ床と仲良くなりそうな顔はしてない」

「そんな顔してました?」

「してた」

ラッセまで即答した。

「してたね」

アレルヤも振り返る。

マリーが笑う。

「顔色も悪かったわね」

「みんな覚えてるんだ……」

「本人には忘れたい記録でも、周りには案外残るもんだよ」

レイナスが言う。

「忘れてくださいよ……」

「無理だな。こっちも付き合って走ったんだ。改善した分くらい確認させてくれ」

「そういうものですか?」

「最初の状態を知らなきゃ、良くなったかどうかも分からないだろ?」

ラッセが笑う。

「そう言うと急に仕事っぽくなるな」

「長年の職業病だよ。勘弁してくれ」

前方でグラハムが振り向いた。

「しかし、レイナス」

「何だ?」

「君に基礎体力訓練が必要なのか?」

「必要かって聞かれたら、別にいらないな」

沙慈が横を見る。

「じゃあ、どうして毎回来てるんです?」

レイナスは少し考えた。

「沙慈一人にやらせるのも味気ないだろ」

沙慈が目を瞬く。

「それに《アニマ》を使わず身体を動かすのも悪くない。便利だからって何でも能力任せにしてると、肝心な時に身体の感覚が鈍りそうでな」

「なるほど」

アレルヤが頷く。

「それは分かる気がする」

マリーがアレルヤを見る。

「あなたも身体能力だけなら十分すぎるでしょう?」

「だからこそだよ」

「超兵二人がそれを言うと、僕の立場がないんだけど……」

沙慈が呟いた。

「気にするな」

ラッセが言う。

「お前は一般人代表だ」

「それ、励ましてます?」

「かなり」

「聞こえないんだけど!」

          ◇

ランニングの後は筋力トレーニングへ移った。

沙慈は以前より少し負荷を増やしている。

無理のない範囲。

レイナスとラッセが決めたメニューだった。

「十……十一……十二……」

沙慈がウェイトを持ち上げる。

「そこで終わり」

レイナスが言った。

沙慈が器具を戻す。

「まだ少しいけます」

「知ってる」

「なら――」

「だから終わり」

レイナスは端末へ記録する。

「限界までやるのが目的じゃない。明日になって腕が上がりませんじゃ、整備の方に差し支えるだろ」

「レイナスさんなら限界までやりそうなのに」

「俺を参考にするな」

即答だった。

「その辺は前にも言っただろ。俺みたいなのを基準にしたら、身体作りの前に常識の方が壊れるぞ」

「自覚はあるんですね」

「自覚くらいはあるさ。長く付き合ってる不具合だからな」

ラッセが笑う。

「直す気は?」

「今さら全面改修するくらいなら、取扱注意で運用した方が早い」

「お前、自分を機械みたいに言うなよ」

「アルティオールよりは部品交換が利かないからな」

少し離れた場所では、マリーが沙慈より遥かに重いウェイトを扱っていた。

沙慈が見る。

「……やっぱり凄い」

マリーが気づく。

「これでも訓練は続けていたから」

「超兵だから、じゃないんですか?」

「それもあると思う。でも」

マリーは一度ウェイトを置いた。

「身体は使わなければ鈍るわ。能力があるから何もしなくていい、というものでもないでしょう?」

「……ですよね」

「沙慈も前より良くなってるわよ」

「ありがとうございます」

少し自信が戻った。

その直後。

隣で刹那が無言でかなりの重量を持ち上げた。

さらにグラハムがそれを見て、自分の器具へウェイトを追加する。

沙慈の自信が消えた。

「……やっぱり比較する場所を間違えてる」

「だから最初から言ってるだろ」

ラッセが笑った。

          ◇

「レイナス」

グラハムが呼んだ。

「今度は何だ?」

「君自身の鍛錬を見せてもらいたい」

レイナスが嫌そうな顔をする。

「何でそうなる」

「君の生身での戦闘能力には以前から興味があった」

「嫌な興味の持ち方だな」

「MSを生身で破壊する人間が何をして身体を作っているのか、気にならない方がおかしい」

レイナスは少し考えた。

「期待してるところ悪いけど、普通の筋トレじゃ参考にならないぞ」

「構わん」

「いや、沙慈がまた比較して落ち込むだろ」

「僕を理由にしないでください」

逃げ道を塞がれた。

レイナスは頭を掻く。

「……こういう余計な仕事だけ増えるの、何とかならないもんかね」

空いているトレーニングマシンへ向かう。

「《アニマ》は使わないぞ」

「無論だ」

重量を設定する。

かなり重い。

沙慈には数字を見ても現実感がなかった。

レイナスが動かす。

一度。

二度。

三度。

動作は変わらない。

呼吸も乱れない。

さらに重量を上げる。

それでも同じだった。

グラハムの目が鋭くなる。

刹那も見ている。

アレルヤが苦笑した。

「やっぱり、素でもおかしいね」

「否定したところで数字は変わらないからな」

さらに負荷を上げる。

やがて機械が安全上設定できる最大値へ到達した。

数回動かして。

レイナスは手を離した。

「はい、ここまで」

沙慈がマシンを見る。

「……限界は?」

「俺じゃなくてこっち」

レイナスが器具を軽く叩く。

「これ以上やって機械を壊したら、またイアンに始末書みたいな顔される。筋トレで仕事を増やすのは割に合わない」

グラハムが楽しそうに笑う。

「なるほど」

「その顔やめろ」

「ますます君との決着が楽しみになった」

「何で筋トレからそこに着地するんだよ」

「当然だろう」

「当然じゃない」

レイナスはタオルを取った。

「せっかく今日は撃ち合わずに済んでるんだ。平和な日は平和なまま終わらせてくれ」

「今日は休みなのか?」

「気分だけな」

「仕事は?」

「この後アルティオールの打ち合わせ」

ラッセが吹き出す。

「休みじゃねえじゃん」

「だから気分だけって言っただろ。新型の打ち合わせなら、普通の残業よりはまだ気分がいい」

          ◇

最後は簡単な護身動作だった。

目的は敵を倒すことではない。

掴まれた時に振りほどく。

転倒した時に頭を守る。

危険な場所から逃げる。

そして必要なら、誰かを連れて移動する。

「じゃあ、前と同じ」

レイナスが沙慈の腕を掴もうとする。

沙慈が一歩引き、逆にレイナスの手首を取った。

「そこから――」

「いや、今は僕が掴んでる側ですよ」

レイナスが自分の手を見る。

「……そうだったな」

ラッセが額を押さえた。

「お前、本当に教えるの向いてないな」

「現場と教育は別業種なんだよ」

「それで済ませるな」

グラハムが興味深そうに見ている。

「実戦形式なら私が相手をしよう」

「やめろ」

レイナス、ラッセ、アレルヤ。

三人の声がほぼ同時に重なった。

グラハムが眉を上げる。

「何故だ?」

レイナスが沙慈を指す。

「こいつの目標は非常時に生きて帰ることだ。連邦軍のエースと組手して勝つことじゃない」

「手加減はする」

「そう言って始めた奴が途中から楽しくなってくるのを、俺は何度も見てるんだよ」

「私はそのような――」

レイナスは黙ってグラハムを見る。

刹那も見る。

アレルヤも見る。

ラッセも見る。

マリーまで見る。

数秒。

グラハムが咳払いした。

「……善処しよう」

「ほら見ろ」

「何がだ?」

「今の返事だけで任せちゃ駄目なのが分かった」

沙慈が思わず笑った。

          ◇

訓練が終わった。

沙慈は床へ座り込み、タオルで汗を拭いている。

「疲れた……」

「前より動けてるぞ」

ラッセがスポーツドリンクを渡した。

「ありがとうございます」

アレルヤとマリーは並んでストレッチをしている。

刹那は黙々と器具を片付けていた。

グラハムはまだ余力がありそうだった。

沙慈は改めて室内を見る。

「……本当に増えたなあ」

レイナスが隣へ腰を下ろす。

「悪くないだろ」

「比較対象としては最悪ですけど」

「そこは諦めろ。人選が悪い」

「レイナスさんもその一人ですよ」

「知ってる」

レイナスは笑った。

「でもまあ、続いてるなら十分だ」

沙慈が顔を上げる。

「強くなる必要はない。俺や刹那みたいになる必要もないし、アレルヤやマリーみたいな身体能力もいらない」

グラハムを見る。

「まして、あれを目指す必要はない」

「私だけ扱いが違わないか?」

「気のせいだ」

レイナスは沙慈へ視線を戻した。

「何かあった時、自分の足で走れる。転んでも起きられる。余裕があるなら、隣にいる誰かの手も引ける」

声から軽さが消える。

「それで十分だよ」

沙慈は黙って聞いた。

アフリカタワーで。

崩れ落ちる軌道エレベーターを見た。

あの時、自分は艦内にいた。

けれど、次もそうとは限らない。

「……はい」

沙慈が頷く。

「続けます」

「それでいい」

レイナスが立ち上がった。

「じゃ、今日は上がりだ。明日の仕事に響く前に切り上げよう」

「レイナスさんは?」

「俺?」

「アルティオールの打ち合わせでしょう?」

「ああ」

レイナスは出口へ歩き出す。

「こっから第二勤務だよ」

ラッセが笑う。

「やっぱ休みじゃねえな」

「言うな。本人が一番分かってる」

レイナスは肩を回した。

「まあ、新型を作ってる時の残業なら悪くない。完成品が上がってくる楽しみくらいはあるからな」

その言葉だけは、少し楽しそうだった。

          ◇

プトレマイオス2・トレーニングルーム前

「沙慈、お疲れ」

トレーニングルームを出た沙慈は、声のした方へ顔を向けた。

「ルイス?」

壁際にルイスが立っていた。

手には二本のボトル。

その一本を差し出してくる。

「はい」

「ありがとう」

受け取ると、よく冷えていた。

沙慈はキャップを開けながらルイスを見る。

「もしかして、待っててくれたの?」

「……ちょうど通っただけ」

「飲み物二本持って?」

「一本じゃ足りないかもしれないでしょ」

「ルイス、そんなに飲むの?」

「……」

ルイスが黙った。

沙慈も黙った。

数秒。

「待ってた」

「やっぱり」

「何よ。その顔」

「いや、嬉しいなって」

「……そういうこと普通に言うの、昔から変わらないよね」

ルイスが顔を逸らす。

耳が少し赤い。

沙慈は理由が分からないまま、飲み物を口にした。

「今日はどうだった?」

「前よりは楽になったよ。でも……」

沙慈がトレーニングルームを振り返る。

「人が増えた」

「また?」

「刹那とグラハム少佐」

「……何で?」

「僕が一番聞きたい」

ルイスが思わず笑った。

「最初はレイナスさんとラッセさんだったんでしょ?」

「うん」

「そこにアレルヤさんとマリーさんが来て」

「今日は刹那とグラハム少佐」

「沙慈のトレーニングだよね?」

「そのはずなんだけど……」

「そのうち艦のみんな集まるんじゃない?」

「やめてよ」

本気で困った顔をする沙慈を見て、ルイスがまた笑う。

以前なら。

こういうやり取りは当たり前だった。

沙慈が困った顔をして。

ルイスが笑う。

ただ、それだけのこと。

けれど今は、その当たり前が少しだけ嬉しかった。

「でも」

ルイスが沙慈を見る。

「本当にちょっと逞しくなったかも」

「姉さんにも言われた」

「絹江さんも?」

「うん」

「へえ……」

ルイスの視線が沙慈の腕へ移る。

トレーニングウェアから出た腕。

以前より僅かに筋肉がついている。

「……」

「ルイス?」

ルイスが腕を伸ばした。

沙慈の上腕を指先で軽く押す。

「……ほんとだ」

沙慈の身体が固まった。

「ル、ルイス?」

「前より硬くなってる」

「え?」

もう一度。

今度は少し摘むように触る。

「ちゃんと筋肉ついてるんだ」

「ちょ、ちょっと待って」

「何?」

「いや、その……」

沙慈の顔が赤くなる。

そこで。

ルイスもようやく気づいた。

自分が沙慈の腕を触り続けていることに。

「……」

「……」

目が合う。

ルイスの顔まで赤くなった。

ぱっと手を離す。

「違うから!」

「まだ何も言ってないよ!」

「確認しただけだから!」

「何を!?」

「筋肉!」

「それは分かってるよ!」

「だったら聞かないで!」

「ルイスが急に触るからでしょ!」

「昔はこれくらい普通だったじゃない!」

「そうだったっけ!?」

「……」

「……」

今度は二人とも黙った。

ルイスがさらに赤くなる。

「……今のなし」

「う、うん」

「忘れて」

「分かった」

「絶対よ」

「分かったって」

沙慈がボトルを飲む。

ルイスも自分のボトルを開けた。

二人とも前を向いたまま。

妙な沈黙だけが続く。

やがて沙慈が口を開いた。

「ルイス」

「何?」

「ありがとう」

「……飲み物?」

「それもだけど」

沙慈は少し考える。

「待っててくれたこと」

ルイスは何も言わなかった。

ただ、今度は少しだけ嬉しそうに笑った。

「……どういたしまして」

          ◇

「帰ろうか」

「うん」

二人で居住区へ向かう。

並んで歩く距離は近い。

けれど、触れそうで触れない。

沙慈が少しだけ手を動かす。

ルイスの手に触れた。

二人の足が僅かに遅くなる。

「……」

「……」

どちらも何も言わない。

一度離れた指先が。

もう一度触れる。

今度はルイスからだった。

沙慈が横を見る。

ルイスは前を向いている。

けれど手は逃げない。

沙慈がそっと指を重ねる。

ルイスも握り返した。

昔なら、もっと自然にできたはずだった。

今は、たったこれだけのことに勇気がいる。

それでも。

繋いだ手の温かさは、昔と変わらなかった。

「沙慈」

「何?」

「……明日もトレーニング?」

「明日は休み」

「そっか」

「どうして?」

「別に」

少し間を置いて。

「じゃあ、暇?」

沙慈がルイスを見る。

「うん」

「……私も」

「じゃあ、一緒に何かする?」

「いいけど」

「何しようか」

「それは沙慈が考えて」

「僕?」

「誘ったの沙慈でしょ?」

「今のって僕が誘ったことになるの?」

「なるの」

「そうなんだ……」

そんな話をしながら。

二人は手を繋いだまま歩いていく。

そして。

曲がり角の向こうからミレイナが現れた。

「お二人とも、お疲れさまですぅ――」

止まった。

沙慈とルイスも止まった。

ミレイナの視線が下がる。

沙慈の手。

ルイスの手。

しっかり繋がっている。

視線が上がる。

沙慈。

ルイス。

もう一度、手。

「…………」

三人の間に沈黙が流れた。

「……ミレイナ?」

「はいです」

妙に真剣な返事だった。

「どうしたの?」

「少々お待ちください」

ミレイナが二人へ近づく。

右から見る。

左から見る。

繋いだ手を見る。

二人の距離を見る。

ルイスの赤い顔を見る。

沙慈の赤い顔を見る。

「……なるほど」

沙慈が嫌な予感を覚えた。

「何が?」

ミレイナが腕を組む。

そして。

「チェックですぅ」

「何が!?」

「順調そうで何よりです!」

「だから何のチェック!?」

「秘密ですぅ」

満足そうに頷くミレイナ。

ルイスが繋いでいた手を離そうとする。

しかし。

それより先に沙慈が握ってしまった。

「……沙慈?」

「あ」

沙慈自身も反射的だったらしい。

また顔が赤くなる。

ミレイナの目が輝いた。

「おおっ!」

「今のは違う!」

「何も言ってないですぅ」

「顔が言ってるよ!」

「ミレイナは何も見てません」

そう言いながら。

ものすごく嬉しそうだった。

「では、ごゆっくりです!」

「ちょっと待って、ミレイナ!」

ルイスが呼び止める。

だがミレイナは既に走り出していた。

「これは報告案件ですぅ!」

「誰に!?」

ルイスの声が廊下に響く。

ミレイナは答えない。

その姿が角の向こうへ消える。

残された二人。

「……」

「……」

沙慈が恐る恐る口を開く。

「追いかける?」

ルイスは数秒考えた。

「……もう遅い気がする」

「僕もそんな気がする」

二人でため息をつく。

それから。

まだ繋がったままの手を見る。

今度は。

どちらも離さなかった。

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