境界のアルカナ・コード 〜隣ん家の子が何か主人公っぽいんだけど、もしかして俺は師匠枠なの?〜 作:夜月詠
焦土。
それが、この世界の在り方だった。
「……防御は任せる」
カードを触媒に、精霊界から召喚した精霊に
それを精霊に渡す事で、人は間接的に奇跡を起こす。
それこそ原初の精霊契約。これこそ原初の
傍らに控える、竜翼を広げた少女から返答代わりに加工された"力"が──精霊力がこの身に流れ込んでくるのを実感する。
その精霊力を1枚のカードに込め、世界を書き換える奇跡を起こす。
「詠唱術式──【
術式が展開された途端、傍らの竜姫が妖しくも美しい、凄絶な笑みを浮かべ、その歌を奏でた。
それは、人の可視聴域を超越した幻想の調べ。聞いたモノの一切を、冥府へ葬る鎮魂歌。
「ッ、聞くな!! "弑逆者"の魔笛だ!! 聞けば死ぬぞ──!」
慌てた様に、相対していた精霊の一団から矢や魔法、ブレスに自然現象の類が滝のように降ってくる。
その一切を、竜姫とはまた別の契約精霊がその身を盾に受け止めて消滅した。
「あれは、水の──! 来る、帰って来るぞ!! それだけじゃない、他の者共も引き連れて──!」
途端、彼女を呼ぶのに使っていたカードが反応してひとりでに精霊召喚を実行し、消え去った筈の彼女は再び此処に顕現した。
同時に、他の姫君たちも引き連れて。
「輪唱始め」
途端、音圧を増す竜姫の魔笛。それこそは、歌う者が増える程に出力と効力を増す致命の歌。聞いた者たちの一切を死滅させる、深淵よりの絶唱。
その前に、敵対していた精霊の一団が一人、また一人と倒れて行き、最後には一人の竜人だけが残っていた。
「風の精霊王に伝えろ……人間側に付かなければ、"魔王"がお前を滅ぼすと……」
「ぐ、う──王、は……リンドヴルム様は、どちらにも、加担しない……ただ、我ら竜人は、傭兵として、どちらの側にも付くだけだ……対価さえ貰えるのなら、どちらでも──」
「それが不都合なんだよ、竜人族。
傍らの竜姫が膝を付いた竜人を蹴り飛ばし、"境界"から彼の精霊界に強制送還した。後に残ったのは、四柱の精霊と、精霊王たる自分と、幾つもの物言わぬ骸だけ。
──そうして、静寂が訪れる。
姫達に流していた"力"の流れを遮断して、彼女らを送還して、骸の傍らに腰を降ろす。ほぉ、と息を吐き出して、直ぐに呼吸を浅く抑える。血肉の焼ける臭いと、腐り始めた肉の腐臭。鉄錆と、焰の臭い。それが、この戦場の全て。
「……司令部、部隊は全滅だ。両方な……了解。これより、"騎士王"の援護に移る……」
死を、破壊を、破滅を、絶望を、終焉を。ただ敵を殺し尽くし、護るべき世界を護る為に。
これが、この世界の戦争だった。
◇
「んで、最近活発化してんだっけ、"
淹れて貰った茶を啜り、カタログ片手に彼女の話に対して適当に相槌を返す。
「そうなのよぉ。此処は輝堂の管理地……だったから、まだ被害は少ないんだけどねぇ……」
"庭園"と云うのは、アレだ。簡単に言ってしまえば悪の組織だ。人や精霊を取っ捕まえてカードに封じ込めるテロ組織の類で、境界戦争終戦後、大裁判の日に戦犯認定を受けた六人の精霊王。
その内の一人、世界最大にして最悪の復讐者たる"異界主"率いる反精霊組織。戦争が終わって尚、かつて人類の半数を殺した精霊達を憎悪し続ける過去の傀儡。
「ま、そんな怖がらなくても良いでしょ。アキちゃんに勝てる腕前じゃないよ、"異界主"付きの連中は」
「そうなの? っていうか、貴方ねぇ、戦時中は何処の部隊に居たのよ。精霊王付きの部隊って、精鋭中の精鋭でしょう?」
精霊王、"異界主"ナナシ。彼女に率いられた祈祷者部隊は然程強く無い。その大半が、彼女が拾ってきた民間人や非戦闘要員だからだ。家を焼かれた女子供。家族を喪った男たち。
そう云う、復讐心だけを武器に立ち上がった人間達を引き連れ、膨大な犠牲と共に数多の精霊界を壊し、亡ぼした。
数多の復讐者を盾に、数多の復讐者を足止め役として。
「激戦地飛び回ってたんだぜ、これでもさぁ。何しろ、スカウト組だから」
境界戦争の影響なのかどうなのか、気が付けば俺はこの世界に迷い込んでいた。それからと云うもの、行く当ての無い俺はあちこちをふらふらと旅していたのだ。
大勢の人間が死んでいるのでアレなのだが、ぶっちゃけてしまえば俺は境界戦争のお陰で生きてこれた様なものだ。死体から金銭やカードを拝借したり、戦火に紛れて火事場泥棒の様な真似をした事もある。そうでもしなければ生きていけなかったのだ。
そうしている内に、カードが自然と集まって行き、祈祷者としての腕も飛躍的に成長していった。そうして、戦場やらを渡り歩いている内に国連軍に拾われて、臨時国連軍軍属祈祷者として雇われた、と云う訳だ。
「あら、そうなの。じゃあ、私たち何処かで遭っていたかもね。これでも、元第五部隊──"勇者"麾下に居たのよ」
「いや、遭ってたら絶対覚えてるから……記憶に無いと云う事は……」
何しろ、今俺の前方に座っている"彼女"の容貌は凄まじいのだから。筋骨隆々。筋肉の、その一筋に至るまで鍛え上げられた鋼の肉体と、天性の
そんな鋼の
「あら、アイカちゃんたら、記憶力良いんだから!」
バンバンと肩を叩かれるが、多分アキちゃんが思ってるのとは違うと思う。
「痛い、痛いよアキちゃん」
「あら、ごめんなさい。……しっかし、アイカちゃんがスカウト組だったなんてねぇ……確か、精霊王も全員そうでしょう?」
「"騎士王"は精霊界を渡り歩いて修行してた変人で、
"弑逆者"は人間界も精霊界もふらふらしてたはぐれ者。
"異界主"は全てを失った復讐者で、
"魔王"は唯一存続する
"星詠み"は人のカタチをした│剣聖《つるぎ》、
"勇者"は人類の刃たる星剣の担い手」
全員が全員、精霊界との境界接続で蹂躙された大地で頭角を現した才人達だ。スカウト組は元来そう云う存在だが、精霊王はその中でも一二を争うバケモノ。
ただの人間の身でありながら大精霊──その中でも、時には神とすら崇められる"精霊王"を討ち滅ぼし、
「ただのスカウト組とは訳の違う……人類最強と呼ぶに相応しい
「……随分詳しいのね。私も直属の上官だった"勇者"の事しか分からないのに。……ま、それも声しか分からなかったけど」
戦時中、精霊王達は顔を隠し軍用外套で全身を覆っていた。
暗殺や呪殺に備えての事だ。互いの顔と名を知るのは、当の本人たちと国連軍上層部だけ。
「"異界主"ナナシ……あの方は知っているのだけどね……」
"異界主"はただ一つの例外だ。常に数多の復讐者を引き連れた彼女にとって、暗殺や呪殺は有り得ない事だった。
何故なら、その危機があれば傍らに控える復讐者達がその身を盾として使い潰すからだ。己が復讐を、最強の復讐者に託して、死に果てる。"異界主"はそう云う、昏いカリスマ性に満ちていた。
「"勇者"様の名前ぐらいは知りたかったわね。何度も、何度も命を救われて……家族の仇だって、あの人にとってもらったのに……結局、顔を合わせてお礼も言えなかった。それなのに、戦後は……英雄なのにねぇ……」
「あんま迂闊な事言わん方が良いぜ、アキちゃん。一般人は兎も角、政治家や精霊が黙ってないからね」
精霊王は戦後、戦時下に於ける戦争犯罪を咎められ、戦犯認定を受けた。戦後も続く精霊達との関係の円滑化の為に。殺し合いに疲れた果てた精霊と、人間の、共存共和の未来の為に。
全ての罪を精霊王が背負い、境界戦争は終結した。
「……ま、肝心の精霊王を一人も捕まえられてないのは笑い所だけどなぁ」
無論、精霊王なんて怪物が大人しく裁判結果を受け入れて拘束される訳が無い。皆して追っ手──滅茶苦茶やる気のないポーズだけだった──をブッちぎり、世界各地に逃げ去ったのだ。
裁判の当日にすら顔を隠し続けていた為、一度追っ手を振り切ってしまえば潜伏するのは容易だからだ。
顔を隠すのを許していた辺り、政治家連中も、精霊王を実際に裁く気は無かったと云う事だろう。
「──よし、アキちゃんコレとコレ、4枚ずつね。
最近、カードを教えてやってる子が居てさぁ、どんどん強くなるから、良いカード使わせてやんないとってね」
今更ながら、アキちゃんの店はカードショップだ。退役後、彼女は国連軍から支払われた莫大な報奨金で日本の土地を買い、開業に必要な各種資格をとって店を開いたのだ。
カードの種類は少ないがその質は優秀で、精霊王達が使っていたカードと同じモノすらも取り扱っている。
「あら、良い笑顔。最近は良く笑う様になったわねぇ……はい、合計8枚ね。支払いは何時も通りクレカで良いわよね?」
輝堂印のクレジットカードで支払いを済ませると、包んで貰ったカードを鞄に収め、残っていたお茶を口に含む。
何時も通り、完璧に入れられたアールグレイだ。茶葉の苦味一つ感じない。
プロローグ以来の出番かと思えば、半分位しか出張ってないコイツが主人公ってマジ?