境界のアルカナ・コード 〜隣ん家の子が何か主人公っぽいんだけど、もしかして俺は師匠枠なの?〜 作:夜月詠
コトハの奴が精霊を引き当てて3日ほど経過した。
あの子が引き当てた精霊の名は『シャラ・リンドヴルム』。風の先代精霊王リンドヴルム、その娘だ。
「コトハ、そろそろ出るぞ。俺の知り合いの店とは云え、契約書類の発行には時間掛かるからなぁ」
「ん、ちょっと待って……シャラ、早く寝癖直してよ!」
ドタバタガタガタと音の響く隣室の前でコキコキと首を鳴らしながら待機する。今日、コトハ達を連れて赴くのはアキちゃんが営むカードショップだ。アホみたいなこの世界では、カードショップは役所の真似事が出来る。
コンビニで住民票の写しが取得できる様に、カードショップで死亡届けだったり転居届けだったり、結婚届を出せるのだ。それが合理的だから。
精霊契約でトチって死んだらその場で届けられるし、引き当てたら申請書類をそのまま発行・受理できるのは実に楽だ。
つまり、カードのパックから精霊なんて云う超存在が出現するからこその制度なのだ。
「……このご時世に、自力で境界を開けるなんてなぁ」
コトハが引き当てたシャラは、通常の顕現をしていない。
本来、精霊は
何しろ、人間界には精霊祓いの
その祓魔効果を越えて人間界に顕現する辺りは流石はリンドヴルムの直系、風の大精霊の一柱と云うべきだろう。
「んむ。準備は整った。ゆくぞ、父の仇を探しに」
「違ぇ、今日は各種手続きすませンだよ。……それに、魔王にはお前じゃ勝てん。
"魔王"──それは、
大精霊級のシャラ・リンドヴルムとそのマスターと云えど、勝てる相手では無い。
「随分はっきりと断言する様だが、貴様は知っているのか? 魔王ヴラウについて」
一体どこから情報を仕入れたのか。魔王の奴の名前を知っているなんて。軍が徹底的に隠匿し尽くしていた筈なんだが……。
「……ま、これでも境界戦争帰りだ。出撃先でちょいちょい顔合わせてたからなぁ、そりゃ、多少は知ってるよ」
「え、兄ちゃん、軍人だったの?」
「スカウト組だけどな。臨時で国連軍の軍属祈祷者として雇われてた。……第二部隊だったよ」
今もハッキリと思い出せる程に苛烈な、あの頃の記憶と光景。瞼を閉じればそれが今も目に浮かぶ様で。
全く、碌な戦場では無かった。
現代の精霊祈争とは異なる、戦式祈争。立体映像や幻影による効果処理では無く、テキストによって言語化されただけの事象干渉と精霊による暴虐。命を賭けた闇のゲーム。真なるアルカナコードと呼ぶべきそれが、かつての戦場だった。
「水の僭称者の麾下、か。道理で強い水の気配を感じる訳だ。
人類最初の精霊王殺し。世界最悪の叛逆者たる"弑逆者"。その麾下ならば、貴様もまた水使いか?」
「ま、一応ね。水属性コントロール、になるのかねェ」
カードイラストが実体化……と云うか、立体映像として投影されるこの世界で使うのは少し躊躇う位には、女の子カードばかり入ったデッキだ。まぁ一番手に馴染むのがそれなんだから仕方ない。
「兄ちゃん、そんな頭使いそうなデッキ握ってたんだ。以外だね」
「おうコラ、どう云う意味だー?」
舐めた口を聞きやがるコトハの奴にヘッドロックを仕掛けて、年季の違いを分からせてやった。
馬鹿め。この俺様に舐めた口を聞くからこうなるのだ。
「んじゃ、行くぞガキ共。契約申請、あんま遅れると違法滞在扱いで強制送還になるからな。
公安特別室の連中は、まぁ、あんま強くは無いがそれでもコトハ&シャラをボコボコにできる程度には強い。戦時中は精霊王の代わりに緊急顕現に対応していたからだ。話にもならんレベルの雑魚は皆死んだ。言っちゃあ何だが、厳選されたエリート連中なのだ。
俺には及ばんけども。
「ってか、兄ちゃん、まだ行かないの? 歩くんでしょ?」
「いや、普通にタクシー呼んだ。奢ってやるよ」
クソガキ相手にも慈悲深い俺様は、タクシーを手配しておいたのだ。この世界、アルカナコード割とか云うアホみたいな割引制度があるから距離移動しても安値で済ませられるのだ。
流石にバスとか電車よりは高いが、それでも札1枚にも満たない額になる。
「……っかしい、来ねぇ。
懐から取り出した懐中時計に目を落とすと、既に約束の時間を十分程過ぎていた。だと云うのに、遅延の連絡一つ無いなんて。
とても嫌な予感がする。本当に碌でもない予感がしやがる。
コトハが精霊を引き当てた途端にコレかよ。この子は面倒事の星の下に生まれてんじやねーのか?
「──強い地と、闇の気配がする。構えろ、マスター、アイカ。之は、戦闘者だ」
シャラのその言葉と共に、肌感覚で空気中に満ちる精霊力の気配が読み取れた。極めて強い地と闇属性の、この特有の気配。
──あぁ、クソ。嫌な予感が辺りやがった。
「連中が使うテーマは【
眼を媒介に精霊契約を呼び起こす。
人間は精霊力を精製できない。精霊力となる以前の原初の力──アルヴァ=アシエが魔力と呼ぶ根源的要素、それを籠めて眼を介した繋がりを喚ぶ。
「貴様、随分と深い精霊契約を結んでるな。
人差し指を一つ立て、閉口を促す。
来る。
「──
住宅街の、コンクリートフェンスを飛び越える影が4つ。精霊術によって隠形効果を受けた祈祷者だ。戦時中はよく見た光景だが、今やソレを為す者は極わずか。境界戦争も終結したこのご時世、制式に違法行為に指定されたソレ。ならば、彼らの名は決まっている。
「知ってる気配だと思えば、お前か、シロ。ったく、新顔も揃えて、うちの子の首をお望みかな?」
──反精霊組織"
「戦友故に、我らと共に戦った
戦友故に、貴殿らの扱う
だが、
白髪頭に黒い瞳。名を捨て去った彼はシロ。
精霊王"異界主"に忠節を誓う復讐者の、その一人。精霊の侵攻によって故郷を失い、家族を失った白髪鬼。
「アインの復讐はまだ終わんないのか」
「そうとも。我らは家族を失い、友を失い、故郷を失い、同志を失った。死した同志の無念は、生き残ってしまった我らが晴らす」
ギロリと向けられる8つの双眸。敵意と戦意に満ちたソレは、器を越える程の復讐心の現れ。
「兄ちゃん、これは……」
「ガキまでやる気かぁ?」
「ただの精霊ならばいざ知らず、竜人は……リンドヴルムは赦さない。奴らさえいなければ、幾つもの都市が防衛できていたんだ……! 知っているだろう、"
ケズウィック、キョウト、ハリウッド……全て、お前が守りきれなかった……護ろうとして、竜人に焼かれた都市だ!! 忘れたとは、言わせない……!!」
国連軍軍属をやっていた頃は、世界各地を転戦していた。
主に激戦地に投入されて、それで数多の精霊を殺していた。だから、忘れる筈が無い。
庭師の内の何人かは、俺が守りきれなかった民間人だ。防衛を果たせなかった
忘れる訳が無い。
「……それでも、だ。もう、戦争は終わったんだ」
「だが、戦争は終わらない……! 我らの復讐が終わるまで……!」
言葉で済むなら、戦争なんて起きていない。
この立ち位置なら、シロと他二人は巻き込める。一人は残るが、まぁ、そこはコトハに期待しよう。最悪、俺が速攻を決めて割り込んでしまえば最悪は避けられる。
故に──指先に精霊力を籠めて、パチリと弾いた。
「
「三人で貴殿を抑えられるとは、僥倖だな。良いだろう、精々、その子供とリンドヴルムが潰えるまで耐えるとしようか」
足元に広がって行く幾何学模様。俺の背後に立つコトハを巻き込まない様に、展開中心点を調整し、半径を極限まで抑えた位相転移術式。戦時中、人間界の構造物を護る為に編み出された精霊魔術。
効果は単純、真なるアルカナコードの影響を抑え込む異界に転移する事──要は、バトルフィールドへの強制移動だ。
「コトハ、シャラ! 耐え凌げば俺が割り込む! 耐久だけ考えてろ!!」
「ちょ、兄ちゃん!?」
ぷつん、と電源の切れたモニターの様に。視界が黒く闇に染まった。
この流れでコトハvs庭師が始まるのか