ドラゴン状態の体でさえ微かにダメージを通す大魔王のマヒャド。凍える吹雪やかがやくいきは、その広範囲かつ霧状であることから我の体を迂回してオルテガさんたちにも多少なりとも襲いかかる。フバーハをかけていて良かった。
しかし、フバーハもバイキルトもスクルトも、ゾーマの手からほと走る『いてつくはどう』によってかき消され、何度掛け直してもその度に消されてを繰り返した我らは、合間の攻撃も防御もリズムを狂わされて思うようにはいかなかった。
ゾーマの腕による振り下ろしや薙ぎ払いは、通常でも強力で相当なダメージを受けるというのに、高頻度で痛感の一撃を与えてくる。未だザオラルとベホマまでしか回復呪文を習得していない我だけでは戦士の回復にかかりきりになってしまって、オルテガさんとアルスくんは自分で隙を見つけて回復してもらうしかなかった。
本気になったゾーマ相手に我らは一進一退の攻防を繰り広げた。途中死亡してザオラルを何度もかけて復活させたり、我がダメージを受けすぎてアルスに回復してもらうことも多々あった。
そのうち我らはゾーマ相手に善戦するようになっていった。これは破壊神と違ってゾーマがベホマを使えなかったのが大きい。着実にダメージを与えて、ゾーマの体力を削る。地味だがこれが最も安全かつ最善の方法に思えていた。
しかし、ことはそう上手くは進まない。体力をかなり削って、もし体力バーがあるなら半分は削ったと確信した時、ゾーマは温存しておいた力を一気に解放させたのだ。
魔力を覚醒させたゾーマのマヒャドは空間を埋め尽くし、バギクロスは星が生み出した竜巻と遜色ない威力で、この広い王座の間を破壊する。砕けた石の柱の破片が風に飛ばされながら凍り、幾千本もの鋭か太い氷柱となって飛び交う。
氷は防げる我が体でも、その鋭さと凄まじいスピードで行き交う氷柱に当たれば唯では済まない。串刺しにされるまではいかなくとも、まるでハリネズミの如く全身に氷柱が刺さり、そこから溢れた血は瞬時に凍結されて内部から氷漬けにされ始める。
「竜二郎! 大丈夫か!」
「大丈夫と言いたいが、すまぬオルテガさん。我は炎で自身の氷を溶かすので手一杯になりそうだ」
「わかった。ここからは私たちで何とかする。すまんがその巨体の影に隠れさせてもらうこともあるだろう。それだけ頼む」
「承知した。我も氷を溶かし、傷を治したらまた前に出る」
オルテガさんとアルスくんが我の前に出て魔力を爆発的に高めているゾーマに突っ込んでいく。しかも、彼らの武器はそれぞれ雷を纏っていた。この戦いで何かを掴んでいるのやもしれない。
戦士は我の近くで戻ってきた二人の代わりに攻撃を受けるために待機、魔法使いは自身の体にマホカンタをかけて我の周りを動き回り、少しでも魔法のダメージを受けぬように跳ね返している。
ゾーマと勇者たちの戦いはいよいよ佳境に入っていた。想定外に追い詰められたゾーマは、もはやその荒ぶる魔力を抑えることもせず、体が耐えきれずに崩壊しかけようがお構いなしに二人を殴りつけている。魔力を纏った拳や爪は豆腐を削るかのようにあっさりと石畳をえぐり、その威力はオルテガさんのオノを凹凸だらけの鈍に変え、特別な勇者の盾を凹ませている。
ゾーマは白目を剥いているように見えることから、もうギリギリだろう。しかし、だからこそリミッターの外れたその力はこれまでよりも恐ろしかった。
このままではあの二人といえどどうなるかわからない。そこでようやく我の体は熱を取り戻し、ベホマで回復することが出来た。
「よし、これで我も行ける。戦士さん、魔法使いさん、共にゆこうぞ!」
「背中に乗せてもらうよ。私は背後からの攻撃を弾く」
「ではわしはベギラゴンで道を作ろう」
オルテガさんとアルスくんが荒れ狂うゾーマに攻撃する隙を見出せていない中、魔法使いさんのベギラゴンが凍った地面を溶かし、いてつく寒さを破って道を作る。我はその道をただまっすぐにゾーマに向かって突進した。背後からの飛んでくる氷柱は戦士さんが叩き落としてくれる。
そしてゾーマに突っ込んだ我は、鋭い爪を立てて襲いくるゾーマの腕を素直にその身で受けた。
「ぐっ……!」
グサリと深く刺さるゾーマの右腕、傷は深いがこれこそが我の狙い。両腕で刺さるゾーマの腕をがっしりと固定し、叫ぶ。
「今だッ!」
最初に見えたのはオルテガさん。我の右側から滑るように現れた彼は、追撃しようとしていたゾーマの左腕をボロボロのオノで切り飛ばす。
「ガァァァァッ!?」
痛みに悲鳴をあげるゾーマだが、その痛みでまともな意識を取り戻したと同時に、その理性の宿る瞳には雷そのものにさえ見える剣を振りかぶるアルスくんの姿が映っていた。
ギガスラッシュ!!
技名をつけるならそうなるであろうその斬撃は、ゾーマの体を頭から足先まで一刀両断。今度は悲鳴をあげる暇もなく、その存在の終わりを決定づけた。
終わりだ。これで大魔王ゾーマとの戦いは、我々の勝利で完全に終わった。だというのに、流石は大魔王というべきか、ゾーマはただでは消えはしなかった。
「あ、アルスとその仲間よ……。よくぞわしを倒した」
「だが、光あるかぎり、闇もまた、ある……」
「わしには見えるのだ。再び何者かが、闇から現れよう……」
「だが、その時はお前たちは年老いて生きてはいまい。無論そこの竜もな。わはははは…………ッ! ぐふっ!」
直後、城が激しく揺れた。そして崩壊が始まる。
僕は竜から人に戻った。けれど体に空いた穴は元には戻らない。背中にまで到達した大穴を開けたまま、回復する暇もなくオルテガさんに担がれて城を行く。
何とか城の外に脱出すると、アルスくんのルーラで街に移動。僕はそのまま気絶してしまった。
◇
一ヶ月後、僕はふかふかの白いベッドの上で目覚めた。目覚めた時、近くには魔法使いさんがいて、僕が目覚めたことを皆に知らせてくれた。
「竜二郎、心配したぞ」
「すみません、ご心配をおかけしました。記憶が曖昧なんですが、僕らは大魔王を倒したんですよね?」
「はい。大魔王は倒しました。消えるのもこの目で確かに見ましたよ」
「最後に切ったアルスくんがいうなら間違いないか……はぁ、大変だったなぁ」
そんな風にしみじみした後も話は続く。
大魔王を倒した後、ラダトームで式典とパーティーがあった事。そこでオルテガさんとアルスくんがロトの勇者と認められたこと。世界を覆っていた闇が晴れて、空が青くなったこと。そして、空に開いていた大穴が閉じて無くなってしまったこと。
「それじゃあ、オルテガさんたちは元きた上の世界に帰れなくなってしまったんですか?」
「そうなる。だが、私は諦めるつもりはない。息子と共にこの世界を旅してアリアハンに帰る手立てを必ず見つけ出して見せる。向こうで待つ妻のためにも」
そう言うオルテガさんの横で、アルスくんもどこか寂しそうな顔をしている。
僕はこの時代より未来から来た人間だ。だから彼らが元の世界に帰れたかどうかは想像がつく。
たぶん二人は元の世界に帰れなかった。だから僕の時代に勇者がいたんだ。
二人と僕の時代の勇者に血縁関係があるのは明らかだった。だって顔立ちがあまりにも似ていたから。
正直な話をすると、おそらく時間さえかければ僕なら二人を元の世界に帰せる。けれどそれをしてしまうと僕の世界に勇者がいなくなって、大きな影響が出てしまう。
僕が難しい顔をして黙ってしまったのを見て、オルテガさんが笑って話しかけてくれる。
「そう暗い顔をするな。大魔王を倒した、君は君のためにその目標を達成できたのだ。こちらの問題は気にせずともよい」
「……魔法使いさんと戦士さんも一緒に旅をするんですか?」
「いいや、わしはもう歳じゃからな。家族もおらんし、このままこっちで余生を過ごすつもりじゃ」
「私も旅の途中でいい人に巡り会ってね。いずれは結婚するつもりだから旅には同行しないよ」
ということは、親子二人での当てのない旅というわけか。何年も何年も、いつの日か故郷の奥さん、お母さんに会うためにひたすら探し続ける。その手段は恐らく見つからない、辛い旅。
僕はそれを考えた時、彼らをこのまま行かせたくないと思った。思ってしまった。深く関わった彼らの不幸を知っているのに、それを黙って見過ごすのは、この先の人生で大きな後悔になると思ってしまった。
それがたとえ別の後悔に繋がるとしても。僕は彼らを助けたい。だから、一つだけ条件をつけよう。
「……オルテガさん、アルスくん。旅は必要ありません。僕は別世界に渡る方法を知っています」
「なに!? 本当か竜二郎! ならば私たちはすぐにでもアリアハンに帰れるのか!?」
「いえ、すみませんがそういうわけではないんです。僕自身がアリアハンに行ったことがあればすぐにでも帰すことは出来たのですが、あいにく僕は上の世界に行かないまま大魔王を倒してしまったので……でも、可能性はあります。この方法なら時間はかかりますが必ず帰れます」
「そ、そうか。だが時間さえかかれば帰れるのなら当てのない旅をするよりは良い。その方法とやらを教えてくれるか?」
「もちろんです。ただ、この方法を使うにあたって一つだけ条件があります」
「条件? どんな条件だ」
「その条件は、アルスくんかオルテガさんがこの世界で子供を作るというものです」
この瞬間、宿屋の一室の空気は、ゾーマのマヒャドよりも冷たく冷えた。