僕はビルボを追いかけることに決めた。ギャムジーの依頼という形で。
荷物を用意してもらって、すぐにトベルーラでホビット村を旅立った。行き先は多分わかっているが、そこへの行き方がわからない。だから初めに近くの村や町で聞き込みをした。
ビルボ達の向かった先はすぐわかった。ドワーフは目立つらしい。しかも十人以上一緒に動いていれば尚更。
ビルボ達が立ち寄った村や町を辿って、やがて高い山にたどり着いた。上から探せば見晴らしはいいが、見つけるのは難しい。
やっと見つけたのは野営の跡、けれどこれがビルボ達のものかはわからなかった。それでも一応調べて、その痕跡から辿って山を越えた。
ただ、そこから先は足取りがつかめなくなった。何かの大量な足跡が、痕跡を隠してしまったのだ。
そこからは難しかった。例えばこの大量の足跡の主にビルボ達が襲われたとして、一応追いかけてみたら崖の上に出てわからなくなった。
もう仕方がないので、広範囲をとにかく探し回って聞き込みをした。
ようやく手がかりを見つけたのは、とある場所にポツンとあった古い木の家でのことだ。そこはどこか獣臭くて、多分獣を狩って生活しているのだろうと思った。
そこにいたのはやけに大きな男だった。毛むくじゃらで、少し臭い。声も大きいし、威圧感があった。だけどその人の動きは何も壊さないように繊細なものだったし、声色も穏やかだった。
僕はその人に一月ほど前にドワーフ達がやってきたことを聞いた。そして彼らがエルフの住む山の森に入ったことも。
空から見てみたが、森は深すぎた。下の様子は全く見えないし、エルフの集落がどこにあるのかもわからない。毛むくじゃらの男に聞いたエルフの道の行き先を辿って、そして何もないまま森を抜けた。
そしたら、川沿いに争いの跡を見つけた。何かわからない人型の何かの死体も。
そのまま川に沿って下り、やがて湖に出た。凍った湖だ。
その湖には町があった。水上に作られた漁師町だ。
このような漁師町には珍しく、多くの人が行き交っている。辺りは大量の魚から出る生臭さで満ちていて、寒さで鼻の感覚が麻痺していなければとても耐えられなかっただろう。なにしろ捌ききれなかった魚を捨てているせいで、腐臭までしている。
僕は町を歩きながら聞き込みをした。ドワーフを見ていないかと。しかし、目撃証言はなかなか得られない。というのも、町の人たちはよそよそしくて何も対価をあげることができない僕にはまともに話をしてくれないからだ。
なんとか得た情報は、バルドと家のあたりで見たかもしれないという曖昧なものだった。けれどバルドの家がどこなのかは教えてもらえない。仕方がないので虱潰しに家を訪ねてまわった。
訪ねた家で指差しでバルドの家の方向を教えてもらえた。そしてようやくたどり着いた時、町は異常な静けさに包まれ始めていた。
夜になった、それだけの静かさではない。何かが足跡を消してそこらじゅうを這い回っている感覚。気配だけが微かに漂っている。
僕は一旦上空に移動した。状況を見るためだ。するとバルドの家から一人の小さな男が飛び出してきた。小さいと言ってもホビットほどではなく、体もがっしりしている。
僕はその男が何をするのかを観察した。男は何かも探しているようだった。タルの中やら散らばった雑貨の中、豚の餌箱まで覗いている。
「クソッ、ダメだ見つからない!」
何をそんなに慌てているのか、その理由は不明だが、一瞬見えた顔だちから、からがドワーフであることはすぐわかった。長い黒髪に立派な口髭。背の低さも相まってここまで聞いてきたドワーフの特徴と一致する。
僕はすぐにでも彼に話しかけたかった。けれどそれはドワーフを屋根の上から見張っている灰色の肌の人型の何かの視界に入ることになってしまう。
「あれは川沿いで見た死体と同じ種族か。ドワーフと敵対しているみたいだな」
彼らの視線がずっとドワーフの彼を追っている。
そのうちドワーフの彼は来た道を戻り始めた。向かう先はバルドの家。上の階のベランダに女の子が一人立って外を見渡している。そこへ屋根から灰色肌の一人が降り立った。
女の子の悲鳴が上がる。僕はすかさずそいつの後ろに移動して、首根っこを掴むとベランダから下に放り出した。
「大丈夫だ。落ち着いて」
そう言うも、女の子は中から扉を閉じてしまう。
直後今度は下からドワーフの彼が襲われる声がした。僕は急いで下に降りると、起きあがろうとしていたさっきベランダから落とした灰色肌の頭を杖で殴りつけて昏倒させ、ドワーフの彼を襲っている灰色肌を攻撃する。
「メラ!」
「ギャァ!?」
メラを受けて装備を燃やした灰色肌が、凍った湖に飛び込んでいくのを横目に、僕はドワーフの彼に手を差し出す。
「あ、あんたは?」
「つかまって、家が襲われてる。助けに向かうぞ」
「あ、ああ!」
自己紹介もしないまま、僕らはバルドの家に急いだ。正面扉の前に一人、屋根を破って中に入ったやつが一人。
「僕は家の前の奴を、君は屋根の穴から中に入ってった奴を頼む!」
「わかった。けどどうやって屋根の上に登ればいい!?」
僕は杖の先を地面につける。
「杖の先に乗って。屋根の上に投げる」
「そんなこと出来んのか?」
「こう見えて力はある方なんだ。時間がない。早く!」
「了解!」
杖の先に乗ったのを確認すると、僕は力を込めて彼を屋根の上に投げ飛ばした。彼はそのまま屋根の穴から中へ。僕は流れで正面扉の前の灰色肌を杖で殴りつける。一発で膝をつくが、しぶとく振り向いて立ちあがろうとした。そこを下からアッパーカット。今度こそ立ち上がれずに沈んだ。
僕は正面扉が施錠されたのを確認すると、上に飛んで穴から中へ。すると中では女の子二人とドワーフ二人が灰色肌に襲われていた。ベッドに一人横たわったドワーフがいる。
灰色肌は三人。僕は普段は使わないので袋に入れていた鉄の斧を取り出して、近くのドワーフは投げ渡す。
「これを使え!」
ドワーフは咄嗟に斧を手に取ると、迫っていた灰色肌の首筋に一閃。首元に深く傷を負った灰色肌は倒れる。
そこで再び天井の穴から誰かが降りてきた。灰色肌の増援かと思ったが、違う。整った容姿に長い耳の女。エルフだ。
エルフの女は持っていた剣で灰色肌に斬りかかる。どうやら味方らしい。
続いて金髪のエルフの男も降りてくる。彼はこの狭い中弓で正確に灰色肌を倒した。
けれど襲撃はまだ続く。灰色肌が続けて何人も穴を開けて降りてきたのだ。
ふと、ベッドに横たわっているドワーフが襲われているのが見えた。僕は流れるように走って、ドワーフの青年を襲おうとしていた灰色肌を殴り倒す。
「大丈夫か!」
「あ、ああ」
「随分顔色が悪い。怪我か?」
「怪我もある、けど毒も」
「なるほど、だからベッドに。だけど今は寝ている暇はない。これを持って」
僕は余っていた鋼の剣を渡す。
「す、すまない。けど毒のせいで体に力が」
「ああ、だから今すぐ君を治す。キアリー、それとベホマ!」
目の前のドワーフの青年の顔色がみるみるうちに血色を取り戻す。
「こ、これは! 治った。すごい、奇跡だ!」
「良かったな。けど今は喜んでる暇はないぞ!」
「ああ、もちろん! イヤァッ! ハッ!」
乱戦は続く。灰色肌と戦っている誰もが死んでもおかしくなかった。どれだけいるのか、どれだけこの襲撃は続くのか。灰色肌の死体が床に散らばる物より多くなってきた頃、外から一際大きな声が響いた。
知らない謎の言葉。その声により僕らを襲っていた灰色肌たちが家から出ていく。外を見にいくと、一際大きな灰色肌が他の灰色肌たちを率いて町から去っていくのが見えた。
その後、家の上階から金髪の方のエルフが降りてきて、しばらく後に女性のエルフも続く。灰色肌を追うらしい。
その時後ろから誰かが声をかけてきた。
「あんたも、さっきはありがとう。助かった」
振り返ればそれは先ほどベッドに寝ていたドワーフの青年だった。僕は向き直って礼を受け取る。
「礼は受け取るよ。僕は竜二郎、魔法使いだ」
「魔法使い? ガンダルフと同じか、それにしては随分若いな。俺はキーリだ。ドワーフの剣士。よろしく」
「よろしくキーリ。ところで僕は友達を探してここまで来たんだが、ホビットのビルボ・バギンズを知らないか?」
「あんたビルボの言ってたあの魔法使いか! 旅の途中で色々話を聞いたよ!」
「やっぱり君たちがビルボと一緒に旅してたドワーフだったのか。それでビルボはどこに?」
「ああ、ビルボは俺たち以外の皆なと一緒に離れ山に向かった。俺は傷と毒のせいでついていけなかったんだ。怪我も治ったしこれから俺たちも離れ山に行く。一緒に行くか?」
「ぜひ一緒に行かせてくれ。君たちと一緒なら門前払いされなさそうだし」
「ははは! 違いない」
そうやって笑っていた時だった。遠くに映っている離れ山、そこから岩が砕けるような音が届く。そして同時に何か空に舞い上がったのが見えた。
その舞い上がったものは飛び上がったまま翼を広げ、こちらに向かってくる。
「キーリ、あれも君の仲間か?」
「違うに決まってる。あれは……スマウグだ! こっちに向かってる。急いで中に知らせないと!」
遠くに見えていた空から来るもの。その輪郭は一時もないうちにハッキリした。巨大な竜。縦に割れた鋭い目、ところどころに金が塗られたような鱗、そしてその胸元は蓄えた炎によって黄色に染まっていた。