多少、捏造があります。何しろ昔一度やっただけなんで。その辺はご了承ください。
兄さんの結婚式を祝ってから、僕はワタルーラを使って100年後の未来へ向かうことにした。
100年というのは遠いようで意外と近い。人間の血が濃い僕は120歳までなんて到底生きていられるとは思えないので、時間移動に問題はないはずだ。
「ワタルーラ!」
呪文は成功した。ルーラとも違う不思議な浮遊感が体を襲い、視界が白に染まる。ワタルーラは目的の時代、もしくは目的の世界に到着するまでこの真っ白状態が続く。それだけが欠点だ。今後これも改良していかないといけない。
この真っ白状態の間、僕は100年後の未来について想いを馳せた。
100年後といえば、世代的に考えると僕らのひ孫が生活しているぐらいの時代だ。兄さんと兄さんの子供が教育方針を変えていなければ、おそらく平和な良い時代になっていることだろう。
僕らの父である竜王は過激だった。世界征服一歩手前まで人類を追い詰めていた。人間にとって暗黒とも言えるあの時代を、たかだか100年程度ですっかり忘れ去るほど人間は愚かじゃないだろう。100年もあれば人間同士の争いは多少あったかもしれないが、大規模な戦争が起きたりはしていないと予想する。
「しかし、そうすると魔法のレベルはもっと下がってるかもしれないなぁ」
それはそれで歴史的に見れば面白いとも言えるのだけど、新しく学んだりするよりも100年で世界がどう変わったかの観光気分の方が勝ちそうだ。それは何と言うか、あんまり行く意味がないような気もするするけど……
「かと言って、ひ孫に暴れていてほしくはないかな」
視界に色が戻ってきている。そろそろ到着だ。
◇
100年後の未来に到着して初めてこの目で見たのは、何かに襲われてボロボロになった廃墟だった。襲われたのだろうとわかったのは、外観に古い印象がないのに石造りの壁がボロボロに砕けていたからだ。
まさかひ孫の仕業じゃないよなと思いながら、周囲を警戒しつつ廃墟の中に入る。
「これは酷い。ここは城下町か、向こうの城らしき建物も損傷が激しいな」
人の気配は一つもなかった。モンスターの気配も。一体何がこの街と城を廃墟に至らしめたのかは謎でしかない。しかし確実に何者かの手によって攻撃されたことは明白だった。
焼けた石畳は炎熱系の魔法の跡。壊れた家屋の破片からは棍棒のような武器で壊された痕跡が見られる。飛び散った乾いた血と、何かしらの毛やら羽やら……とにかく荒れている。
「魔物か? いや、この羽がキメラの翼なら逃げるために持っていただけかも知れないし、この毛もなんなら犬の毛かもしれない」
僕はしばらく廃墟を探索した。家を一軒ずつ回り、時には腐った死体を焼いた。探索の結果は少々の本を見つけたのと、この城がムーンブルク城というらしいことだけだった。
ムーンブルク……100年前には無かった城だ。
平和になっただろうと思って来てみれば、最初に訪れたのが滅ぼされた城だとは、なんとも幸先が悪い。
何があったのか詳しく知りたいところではあるが、ここではこれ以上の情報を得ることは出来ないだろう。城にいくらか霊魂が彷徨っているのは感じるものの、僕はその手の者を見れない。そっちの才能が全くないのだ。
持ってきた本の中には、幸いこの周辺の土地に関するものがあった。一面に広げられる地図と違って見づらいことこの上ない。でも無いよりはマシである。
「ここから一番近いのはムーンペタという町か。そちらは無事だといいが」
いくつかのページを開いてムーンブルク城との位置関係を確かめると、ムーンペタは北東方面にあるのがわかった。しかし、地形的に見ると非常に入り組んでいて、歩きでは時間がかかりそうだ。
「飛んでいくか。ルーラの研究をしていて良かったと心から思うよ。『トベルーラ』」
トベルーラはルーラの『目的地へ飛んで行く』という性質を、飛ぶという部分のみに特化させた魔法だ。単純に言えば飛行魔法である。ただし、ルーラとは違って飛ぶ間は常に魔法力を使用するため、魔法力の少ない者は使わない方が良いだろう。飛んでる最中に魔法力が尽きて墜落して死んだら最悪だからね。
僕は幸い種族的に魔法力が多い。ムーンブルクからムーンペタぐらいの距離なら全く問題ないぐらいだ。ただ、飛ぶのはかなり目立つ行為、この未来世界に来たばかりであまり目立つのは良くないので、それなりに気を遣わなければならない。何より道中で人間に見られて敵認定されたくない。
地面スレスレを滑るように飛び、川はバギ系の魔法を応用して飛び越えたように偽装する。するとあっという間にムーンペタの町にたどり着いた。
中に入るとそこはムーンブルクと違って当たり前に人間が生活していた。しかし、その様子はどこか慌ただしい。僕は事情を知っていそうな道具屋の店主に事情を聞いてみた。
「ムーンブルク城が魔物に襲われたらしい。ムーンペタはムーンブルク領の町だからね。こっちもいつ襲われるかと皆怯えてるのさ」
なるほどそれは慌てるだろう。これに予想はついていたが、話を聞いたことで一つわかったことがある。おそらくムーンブルクが襲撃されてからまだそれほど時間が経っていないだろうということだ。
「ムーンブルクの陥落について、どうやって知ったのですか?」
「ああ、ムーンブルクの生き残りの兵士がしばらく前に来たんだよ。そいつはローレシアに行くってすぐ出て行ったけどね。そこから噂はあっという間に広がってこのザマさ」
「あなたは町から逃げないのですか?」
「商人には縄張りがある。ここ以外の場所に行ったってそこじゃ商売を続けられないかも知れないからね。まあ、いざとなったら逃げ出すさ」
「そうですか。情報をありがとう」
道具屋から出て町を散策する。特に目立つものもない100年前にもみたような町だ。宿屋に教会、強張った顔の住人たち。少し見てまわればすぐに見るものも無くなる。魔法に詳しい人物も、本もないここにあったから意味は薄い。
次は北のローラの門に向かって、その先のサマルトリアに向かおうか。そう考えていた時だった。視界に映った一匹の犬。それを見た時、僕は思わず駆け寄った。
「おお、これは凄い!」
犬が動かないように両手でしっかり掴み、頭から尻尾、手先、足先までよく観察する。そして最後に顔をよく見れば、見えるぞ、外観とはずれた人の輪郭が。
「完璧だ。完璧な変身魔法だ。この時代にはこのような魔法もあるのか!」
「くうん」
「ああ、すまない。見たことのない魔法に興奮してしまった。この変身魔法は君の魔法かな? できればレクチャーしてもらいたいのだが。もちろんそれなりの報酬は払おう」
「わんわん」
「うん? もう犬のフリはやめてもいいんじゃないかな……おや? これは……失礼」
もう一度犬の顔を両手で挟み、顔を近づけてよく観察する。すると微かに魔法以外の力を感じた。
「これは呪いか? ということは、君自身でかけた魔法ではない?」
「わん……」
「ほーう。なるほど、なるほど」
となると、この変身魔法を身につけるにはこの少女を解析するしかなさそうだな。
しかし、呪いか。
呪いで犬にされた少女。廃墟と化したムーンブルク城。どう考えても無関係ではないだろう。解析するならこの町は近すぎて良くないな。敵が来たら面倒だ。
「お嬢さん。僕は旅の魔術師をしている竜二郎という。君のその体だが、見てみたところ少し解析する時間をもらえたら、元の人間に戻すことができると思う。どうだろう、僕に君の体にかけられた魔法の解析をさせてもらえないだろうか?」
僕は人間社会で身につけた、できるだけ柔らかい声色での交渉を行う。
わかっている。この少女から見て僕はものすごく怪しいだろう。竜王一族特有のちょっと悪そうな顔立ちもあるし。けれどこの少女も相当に困っているのは間違いない。7割ぐらいの確率で乗ってくるはずだ。
「……わん。わわん、わん」
「うーんと、それは了承ということであってるかな?」
「わん!」
どうやら交渉は成立したようだ。
「ありがとう。では早速、この町を移動しよう。君はおそらくムーンブルクの関係者だろう? ここはあそこに近すぎて危険だ。行き先はサマルトリア城、そこの宿屋で君の体を解析する。いいね?」
「わん!」
「よし、良い子だ。グッドガール、グッドガール」
おっと、思わず撫でてしまった。僕は昔から犬派なんだ。だからこれは発作のようなもの。仕方ないのさ。
さて、ここからもあまり時間はかけたくない。少女には申し訳ないが、サマルトリアまでジェットコースターを体験してもらうとしよう。