僕のトベルーラはかなりのスピードで飛行することができる。本来ならサマルトリアまではそう時間もかけずに到着できるのだが、そうも言ってられない事情もある。
たとえばこのローラの門。ここを無視してムーンブルクからサマルトリアに飛んだ場合、普通のルーラでもなければ目撃情報から敵認定、もしくは不法入国者使いされてしまう。それに今はムーンブルク方面から来るものに対しての警戒値は相当に上がっているはずだ。ここは正面から堂々と犬を連れて門を通った方が後にも先にも良い。
ムーンブルク側からサマルトリア側に出ると、サマルトリア兵士たちに事情聴取された。入国の理由についてや、身分について。旅の魔法使いという曖昧な身分証明にもならない名乗りは兵士たちに随分と警戒されたものの、犬のお嬢さんの愛嬌のおかげでなんとか乗り切れた。
もちろん魔物が化けていないかとお嬢さんも私も徹底的に身体チェックされたので、お嬢さんには随分屈辱的だったことだろう。僕もまさか竜王一族であることがバレないかと少しヒヤヒヤした。
ようやく入国を許されてもすぐにトベルーラできるわけもなく、兵士たちの姿が完全に見えなくなるまでは徒歩での移動になった。そのおかげで幾らかの野生の魔物とも遭遇したが、正直弱すぎてメラ1発で全て片付いた。この辺りは魔物が弱い地域みたいだな。
「わん! わんわんわん!」
「どうしたお嬢さん、そんなに興奮して。僕の戦いを見るのそんなに楽しかったかな?」
僕の魔物との戦いを見てからお嬢さんはずっとこんな調子だ。僕が一撃で魔物を倒すのがそんなに興奮する材料になるとは思えないんだが、聞いてみても犬と話せるわけもない。何やら動作で伝えようとしているお嬢さん。ごめん、何が言いたいのかさっぱりわからない。ちゃんと人間に戻ったら話そうね。
兵士の姿が見えなくなると、あとはトベルーラで快適な低空飛行の旅だった。念のためサマルトリア城が近くなってからはスピードを調整して歩いているように偽装した。もちろん浮かびながら足も動かしたよ。走る時の足の動きから歩きの動きに変化する違和感を消すのがポイント。不自然にならないようにするのは大変だった。
サマルトリア城下町には特に念入りなチェックなどされずに入ることができた。姿形が人であれば、ローレシア方面からかローラの門での厳しいチェックを通っている者になるので、街に入るだけならそこまでの厳しいチェックはしないらしい。もちろん城に入るとなると別だけど。
僕らはそのまま宿に直行した。手持ちは100年前に稼いだゴールドがほとんどだったけど、どうやら問題なく使えるらしかった。
犬連れのため一階の奥の窓もない部屋になってしまったが、まあ問題ない。城の地下室で何ヶ月も籠った経験からすれば別になんでもないしね。
「さてお嬢さん。宿屋に到着したところで早速その魔法の解析をするよ。いいかな?」
「わん!」
「よし。予定時間は大体一週間とみてる。長くても一ヶ月はかけないよ。それじゃあ解析開始」
さーて、どんな魔法かな? 僕も使えると嬉しいんだけど。もし使えるようになったら、動物に変身して兄さんの子供をあやしに行っちゃおうかな。
◇◇
「人間です……人間の姿です。私は本当に戻れたのですね!」
目の前で紫色の髪を赤い頭巾で覆った10代中盤ごろの少女が嬉しそうに姿見を見て喜んでいる。どう見ても町娘ではない質の良い服、そして何より問題なのは頭巾に形どられた印。
どこからどう見てもロトの紋章だ。もしかしてこのお嬢さん勇者の末裔か? だとしたらなんたる偶然、僕は他に呪われているとでもいうのか。
「あの、魔法使い様、ありがとうございました! 私はムーンブルクの王女、プリンと申します。先程まであのような姿になっていましたので何もお渡し出来ませんが、せめて最大級の感謝を。お礼の品は必ず後ほど用意させていただきます」
恭しく上品に腰を曲げる王女。僕の顔が少し引き攣ってることなんてこの感じじゃ気付いてないな。万が一にも僕の正体がバレる事はないと思うが、勇者に関わっても碌なことにはならい。目的の変身魔法は使えるようになった。ここは言葉だけ受け取ってさっさとローレシア方面に行ってしまおう。
「どういたしまして。僕の名前は竜二郎、お礼は言葉だけで十分だよお嬢さん。変身魔法も解析できたしね」
「そんな言葉だけなんて、私は滅ぼされたとはいえムーンブルクの王女、王族として命を救っていただいた方に言葉だけでは面目がたちませんわ。そうです! これからサマルトリア城の国王様にお会いするため登城いたします。そちらで何か褒美をお渡しいただけないかお話しするというのはどうでしょう! 心配しないでください、ムーンブルクとサマルトリアは同じ勇者の末裔が起こした国。国王様とも昔から親しくさせていただいておりますので、きっと褒美をいただけますわ!」
マジかよ最悪じゃん。まさかこの国の王族も勇者の末裔だったなんて。じゃあもしかしてローレシアも……?
「あ、あの、つかぬことを伺うけど、もしかしてローレシア王とも親しいのかな?」
「はい。同じ勇者の末裔ですから!」
「わ、わぁ」
なんてことだ、まさか父上を倒した勇者の末裔がこんなに増えて、しかも国として力をつけていたなんて。安易に未来を見てみたいと思ってまずはこの時代に来てみたけど、かなり早まったことをしちゃったか、これ。
「す、すまないけど、僕は城には……」
「さあ、行きましょう!」
ガシッと手を掴まれて引っ張られる。気分はドナドナだ。
けれど僕は抵抗しなかった。というか出来なかった。ここで無理に手を振り払ったりしたら、それこそ厄介な事になりそうだったからだ。
もうこの時代から帰っちゃおうかな。そんなことを思いながら、僕は力の抜けた体で城の門を潜った。
サマルトリア城、謁見の間。プリン王女とサマルトリア王の感動の再会とこれまでの経緯、それから僕に対する褒美の話まで事はスムーズに進んだ。
僕としては謁見のあいだ黙って立っていただけで冷や汗が出てしょうがなかったのだが、冒険者時代に身につけたポーカーフェイスでなんとか乗り切ることができた。
「魔法使い殿、あらためてプリン王女を助けていただいて感謝する。この娘は私にとって姪のような存在、いわば家族なのだ。出来るだけの褒美を出そう。何か希望はあるだろうか?」
「そうですね。でしたら魔法書をいくつかいただけますでしょうか?」
「そんなもので良いのか? 望むなら宝石やゴールド、または家屋でも構わんが」
「いえ、私は魔法の探究が一番なので、魔法書で結構です」
「そうか、わかった。では後ほど用意させよう。時に魔法使い殿は今夜の宿はお決まりかな? よければ城の部屋を用意するが」
「いえいえ、下町の宿屋に一週間分の料金で部屋をとっておりますので、そちらで十分です。お心遣い感謝いたします」
「ふむ、そうか。ではプリン王女の部屋のみ用意しよう」
僕の話からプリン王女の方に戻ったところで、僕は小さく一息ついた。これでプリン王女ともお別れだ。ここで魔法書という思わぬ収穫も得られたが、それ以上に疲れた。さっさと宿に帰って眠りにつきたい。そして明日の早朝にはサマルトリアを出るのだ。
「国王様、その前に一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「もちろん、構わぬぞ」
「ありがとうございます。では、サマルトリア王子は現在城におられるのでしょうか?」
「いいや、あやつはおらぬ。ハーゴンを倒すべくローレシアの王子と共に旅だった」
ハーゴン?
「そうですか……では、私は城ではなく、こちらの竜二郎様の宿でお世話になる事にします」
「えっ?」
「な、なぜじゃ?」
「ローレシアの王子、サマルトリアの王子、ロトの勇者の血を引いた彼らがハーゴンに立ち向かおうとしている時に、同じロトの血を引く私が何もしないわけにはいきません。ですが、私は魔法使いとしてまだ力不足、そこで竜二郎様から魔法を学ばせていただきたいのです」
王様から僕に視線を移し、そのまっすぐな目で僕を見つめてくる王女。なぜそうなるんだ、僕はこの子に大した実力も見せてないのに。
「竜二郎様、どうか私に魔法の手解きをお願いいたします。人類とこの世界のために。どうか……」
「プリン王女……竜二郎殿、私からもお願いする。どうかこの娘を鍛えてやってほしい」
そうやって王族二人に頭を下げられる僕、当然この場所にはいくらか兵士もいるわけで、彼らの鋭い視線を感じる。
断れない。断れるわけがない。この状況で断ることができるなら、それこそそいつは勇者だ。
「わ、わかりました。どれほどお力になれるかはわかりませんが、精一杯指導させていただきます」
こうして僕は未来世界にて、望まぬ初弟子をとることになったのだった。